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20. 二人きりのお茶会

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 王宮の南向きの庭は、王族専用となっている。ここは季節を問わず、一年中花が咲き乱れていると聞いたけど、本当だった。

(すごいなあ、まるでここだけ先に春が来たみたいだ……)

 小さな池に面した東家は、薄紅色の花弁を揺らす花々に包まれていて、かわいらしいブーケのようだ。
 東家の中には、ティーテーブルが設えられ、真っ白なクロスを彩るように、さまざまなお菓子が並べられている。
 リキュール漬けのドライフルーツを練り込んだバターケーキにたっぷりの生クリーム、数種類のナッツをまぶしたクッキー、焼き立ての香ばしいアップルパイ……二人で食べるには絶対に多すぎる量だ。

「お茶、いれ直しましょうか」
「あ……いえ、大丈夫です」

 メイドさんがお茶のポットを抱えて、気づかうような視線を向けてくる。明らかに、先ほどから待ちぼうけの私を心配してる。

(気まずいのは一緒かー……)

 ティーカップには、空きそうになる前に熱々のお茶がどんどん注がれてしまうので、途中から手をつけるのをやめた。これ以上飲んだら、トイレが近くなりそう。その時、壁のない東家の囲いを、一陣の風が吹き抜けていった。

(さ、寒い……!)

 毛織のひざ掛けを用意してもらったけど、白い練り大理石で作られた東屋は日陰で風除けもなく、しかもジッと座っているだけなので、体の芯からじわじわと冷えていく。

(部屋に戻りたいけど、お忙しいルイーズ様がわざわざ用意してくれた場だからなあ……)

 寒いけど我慢して、ジッと待つより他はない。

(たぶん、着ている服もよくないんだろなあ)

 薄いドレスは流行の先取りのつもりか、まだ冬なのに春物だ。生地が薄くて心もとないことこの上ない。しかもカーディガンは形ばかりで、レース製だから防寒はまったく期待できそうになかった。

(やっぱり、別の服がいいって正直に言うべきだったかー)

 今日はノーラさんが非番だそうで、代わりについた若いメイドさんが、準備を手伝ってくれた。
 若いメイドさんは、ルイーズ殿下とお茶会だからと張り切って『春の先取りで可愛らしくコーディネートしましょう』とか言って、この薄くて軽くて春めいたドレスを用意してくれた。まだ十代の若い子では、冷えに対する警戒心が薄いのだろう……。

(しかも、まさかルイーズ様の予定が押して、こんなに待つはめになるとは……)

 外でお茶会とかいっても、どうせ小一時間程度のことだと油断してた。まだ、はじまってすらないのに、すでに私が定めたリミットの小一時間が経とうとしてる。
 そんなこんなで、三杯目のお茶がアイスティーになった頃、ようやく待ち人が現れた。

「遅れてごめんね」

 私はカタカタと首を横に振った。やっと、お茶会がはじまると思うと、寒さでこわばった顔でも、自然とほころんでいく。

「……どうしたの、まだ何も食べてないね」

 食べてよかったのか。いやメイドさんも勧めてくれたけど、ここはマナーとして断るべきかと思ったわ。

(食べて、何かお腹に入れた方が、体が温まるかな……)

 できれば熱々のスープとかがいいけど、ここにはあるのはお茶以外すべてコールドフードだ。本来焼きたてがおいしいアップルパイですら、すっかり冷たくなってる。

「あれ……君、具合でも悪いの」

 ノロノロと顔を上げると、そこには眉を寄せたルイーズ様の、不機嫌そうな顔があった。

「顔が青い。唇も真っ青だ」
「……寒くて」
「えっ、それなのに外でずっと待ってたの!」

 ここでお茶をしようと提案したのは誰だろう……たしかルイーズ様かと思うが。

「それに、ずいぶんと薄着じゃないか」
「我慢してました」
「なんで我慢しているの!?」

 ルイーズ様は着ていた上着を素早く脱ぐと、私の肩にバサリとかけてくれた。

「ごめん……冬薔薇が見頃だから喜ぶかと思って、つい」
「いえ、お気持ちは、ありがたかったです……」

 東屋の外で控えていたメイドさん達も、急にバタバタと走り出して、ものの一分も経たないうちに私の体は毛布ですっかりくるまれてしまった。

「私どもも気づかず、大変申し訳ございません! てっきりお寒くないのかと勘違いしておりました!」
「いえ、私も何も言わなかったので……」

 ひたすらペコペコ謝る二人のメイドさん達に、私は恐縮のあまり、かじかんだ両手を首と一緒にカクカクと壊れた人形のように振った。

「さあ、早く中に戻ろう」
「ぎゃっ!」

 ルイーズ様にいきなり抱き上げられ、思わず押しつぶされた悲鳴が出てしまった。

「お、お、降ろしてくださ」

 おそれ多いのと、気まずさや恥ずかしさがごっちゃになった私は、降ろしてもらおうともがいてみたけど、ルイーズ様は不思議そうに首を傾げるばかりだ。

「あれ、女の子はお姫様抱っこが好きなんじゃないの?」
「……」
「それに、足が冷えて歩けないでしょ」

 たしかに足は冷え切ってる。反論できない私は、なすすべもなくルイーズ様の手で屋内へと運ばれた。

(なんかルイーズ様って、少し天然……ズレてる気がする)

 途中、廊下ですれ違った人は、何事だろうと好奇心丸出しでこちらを見るから、恥ずかしくて両手で顔を隠すしかなかった。ルイーズ様は平気のようだが、それはきっと王子殿下として常に人の目にさらされているからだろう。

「着いたよ」

 扉が開く音に、恐る恐る顔から手を外すと、そこは見慣れない部屋だった。でも、ここがルイーズ様の部屋だと分かる『汚部屋』っぷりだ。

(うわあ……想像以上に、ひどい)

 ルイーズ様は私を抱えたまま、器用にカウチの上のグチャグチャした物を端に退かすと、空いた場所にストンと腰を下ろした。

「気分はどう? 寒い?」
「少し……」

 なんといっても体が冷え切ってるのだ。正直に答えたら、私を抱いてる腕の力が増した。

「まさか、外がこんなに冷え込むとは」

 はあ、と大きなため息をついたルイーズ様に、逆に申し訳ない気持ちになってしまった。

「でも、お花綺麗でした」
「……そうか」

 間近で見たルイーズ様の目はうつろで、表情に覇気がない。
 ルイーズ様とは昨日、王宮に帰還してすぐ門の前で別れて以来だ。あれから少しは休めたのだろうか。
 まさか、そのまま寝ないで公務したとか。そして夜も晩餐会とか、予定が入っていたとすれば……思わず伸ばした指で、ルイーズ様の目の下をサッとこすった。

「うわっ、何をする……!」
「やっぱり、化粧で誤魔化してましたね」

 目の下に白粉を塗ったのだろう。指先でふき取ってしまうと、濃い隈がくっきりと浮き上がった。これは酷い、絶対寝てないこの人。
 ルイーズ様の腕の力がゆるんだ隙に、毛布から這い出ると、カウチのクッションに置いた手のひらにブニュリと変な感触があった。広げてみたら、ベトベトしたスポンジのようなものがくっついてる。

「……カップケーキ?」
「マフィンだ」

 さあっと血の気が引いた。よく見るとカウチの反対側には食べ物やら本やら書類やらが、ごちゃ混ぜに積まれている。

(気にしないようにしよう……)

 それらの物をザラっとまとめて床に置くと、空いたスペースにルイーズ様の体を押し倒した。

「なっ……君、こういうのはまだ早いだろう!?」
「寝てください、今すぐ……は?」

 顔を真っ赤に染めたルイーズ様が、少し怒った顔でこちらを見上げてる。なんか変な誤解されて気がするけど、知らないふりしてごまかそう。

「……寝不足なんですから、早いも何もないです。本来寝る時間に起きてるから、こんな顔になっちゃうんですよ」
「こんな顔とはなんだ。君は、僕の顔が嫌いなのか」
「き、嫌いとか、そういう話をしてるわけじゃないです!」
「じゃあ」

 ルイーズ様は体を起こすと、トロリと眠そうな表情になる。

「どんなのが、好きなんだ……」

 至近距離だと、プラチナブロンドのまつ毛がはっきりと見える。優雅なカールで、高い頬骨にまだらな影を落としている様は、清らかな女神像のようにも見えるし、ろうたけた色気も感じるから混乱する。

「そ、そんなことより、何か私に話があるんですよね?」

 私は、ルイーズ様の両肩を押して距離を取ると、顔を背けて苦しまぎれに話をそらす。

「なら聞くけど」

 耳元の髪をひと束、軽く引っ張られてる。

「どうして僕を追いかけてきたの」
「え、ああ……それは」

 心配だから、と言いかけて、その言葉をのみこんだ。すると私の心を読んだかのように、低くかすれた声でささやかれる。

「心配しただけ? それで、あんな危険で無謀なことまでできるの? 魔物に襲われるかもしれないのに?」

 私はぐうっと言葉に詰まった。つままれた髪の毛が、長い指でクルクルと弄ばれる。

「そんなに、僕のことが」
「いーから、ルイーズ様は少し眠ってください。これ以上、私に心配かけないで……!」

 再び肩を押しやると、ルイーズ様は逆らわすに体を倒して、背中をカウチに沈めた。

「前々から言おうと思ってましたが、きちんと睡眠取らないとお体壊しますよ」
「忙しいんだ」
「ワーカホリックですよ。このままじゃ近いうちに、過労で倒れてしまいます」
「分かったよ」

 えっ、と耳を疑った途端、ルイーズ様は素直に目を閉じてしまった。そして一呼吸置いて、すぐに寝息を立てはじめたので、その素早さにもおどろく。

(まったく……心配な人だなあ)

 ルイーズ様の寝顔は、天使のようだった。少し口を開き、スウスウ眠るその表情に憂いは無く、とても穏やかで幼い寝顔だった。

 起こさないように、そっとカウチから立ち上がって部屋を抜け出す。音を立てないよう扉を閉めると、どっと汗が吹き出した。

(び、びっくりした……)

 いろいろあって考えがまとまらない。ひとまず自分の部屋に戻ろうと廊下を歩き出すと、前方から顔見知りのメイドさん達がやってきたので、思わず柱の影に隠れてしまった。
 今の自分は小綺麗なドレス姿だ……本来なら仕事中のはずなのに、この格好のまま同僚に鉢合わせるのは、あまりにも気まずい。

「……それにしても急な話よねー」
「でも宰相様の遠縁らしいし、以前から顔見知りでも不思議じゃないわよね」

 柱の側を通り過ぎようとしているメイドさん達の会話が、聞こうとしなくても耳に入ってしまう。

(宰相様の遠縁?)

 やたら聞き慣れたフレーズに、心臓が跳ね上がった。

「どうやら最初から、そのつもりで王宮に呼んだみたいね」
「ルイーズ殿下も策士よねえ」

 ルイーズ殿下の噂のようだ。変な先入観は持ちたくないので、見つからないようそっと柱から離れようとしたのだけど、次の言葉で足が凍りついた。

「でもまさかヨリが、ルイーズ殿下のお妃候補だったとはね」
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