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16. 魔物の森へ
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森に入ってしばらくすると、辺りには見たこともない光景が広がっていた。
(わわっ……すごい綺麗……)
暗闇に包まれる森は、ほのかに青白く光る草花が入り混じり、幻想的な姿へと変貌をとげていた。まるで、おとぎばなしの世界みたいだ。
(きれいだけど、あれ、まさか……?)
足元から発する淡い光に、冷や汗が流れた。空を仰ぎ見ると、月は雲にすっぽり隠れて見えなくなってる。
(これって、毒素の光だ……!)
暗闇で発光する植物は、普通は瘴気スポットが存在する、森の奥にしか存在しない。
森の奥深くには、まれに瘴気が吹き出す場所、瘴気スポットというものが存在する。
その瘴気スポットから発する毒素を吸うことで、獣は魔物化するのだ。
毒素は、暗いところで発光する性質がある。だから毒素がしみこんだ植物は、夜になると淡く光るそうだ。
(噂では聞いたことがあったけど、これがそうなんだ……)
普通、夜に森の奥なんて出かけたりしないから、こういった植物があるなんて噂でしか聞いたことなかった。当然私も、光る植物なんて見るのは今回がはじめてだ。
(でもここって、そんなに森の奥じゃないよね? てことは、魔物が持ち込んだのかな……)
もしかしたら、この辺りに出没する魔物の体に、毒素が染み込んだ植物の種や胞子がついていたのかもしれない。だから、こんな村に近い場所にも、毒素の植物が生えてるのだろうか。
(それにしても、これだけたくさん生えてるとなると……魔物の数は、一頭や二頭どころじゃないかも)
私は『魔除けの提灯』の持ち手をグッと握りしめた。
(そもそも、どうしてこんな場所にまで、魔物が出てくるようになったんだろう)
昔から、魔物の生息地は瘴気スポットが発生する森の奥と決まってる。でもいつの頃からか、人里の近くまで出没するようになった。
(魔物の数が増えたから? でもそれだけの理由かな……瘴気スポット自体、増えてるとか?)
魔物討伐を目的とする『ギルド制度』ができたのも、ごく自然の成り行きだろう。
しかしギルドで魔物討伐するだけでは、根本的な解決策にはならない気がしてきた。王都の近くにも魔物が出たと聞くし、村が近いこんな場所にも徘徊するようになったんじゃ、そう遠くない未来には、そこらじゅうが魔物だらけになってしまいそうだ。
(と、とにかく、魔物が出そうなところまで来たんだから、ルイーズ様たちの待機場所にも近いってことだよね!?)
ルイーズ様たちは、村から北北西へとのびる獣道をまっすぐ進んだ先にある、森番のための小屋に待機してると聞いた。
(でも、さっきから道という道が、よく分からなくなってるような……)
まるで足元の光がまどわすように、道筋がうやむやになってしまってる。コンパスがあるから、強いて方角は確認できるものの、もし磁場が強い場所にでも当たったら迷子になってしまうだろう。
(うう、どうか無事にたどり着けますように……!)
私にとって、ギルドが戦っている現場へ向かうのは初めての事だ。背負った救援物資の重さに、責任感と使命感を感じる。
(みんな……ルイーズ様も、無事でいますように!)
祈る気持ちで夜空を振り仰いだ、その時だった。
「あれ、女の子だ」
気の抜けた声に驚く間もなく、突然現れた青年は、私の行く手に立ち塞がった。
「……!」
私は驚きのあまり、口もきけずに立ちすくむ。
(えっ、誰この人? なんでこんな夜更けに、森になんているの? いや私も、人のこと言えないけど)
青年はスラリと背が高く、二十歳前後の風貌をしていた。ほのかな明かりを吸い込んで輝く艶やかな黒髪と、しなやかで俊敏そうな体の動きは、まるで森に住む野生動物を彷彿とさせる。
青年はやれやれ、とかったるそうに首を回すと、私の顔をチラリと見やってため息をついた。
「ひっどい匂いがしたから、何事かと駆けつけてみれば、まさか君みたいな子が、こんな場所をひとりで歩いてるなんてね……驚いたよ」
ひどい匂いは、間違いなくこのニンニク入りの提灯のせいだろう。申し訳ない気もするが、明かりを消すわけにはいかない。
「えーと、すいません。さっき食べた料理のせいかな……それともしばらくお風呂入ってないからかもしれませんね」
関わると面倒そうな予感がしたので、わざと相手が引くようなことを言ってみた。すると青年は、ますます興味を持った様子で、面白そうに私の顔をのぞきこむ。
「君、少し変わってるって言われない?」
「いえ、まったく。平凡な田舎育ちですから、口のききかたがなってないかもですが」
「ふーん、それにしちゃ、垢抜けたドレスを着てるね。それ、王宮のメイド服でしょ」
青年は優しげな顔立ちと声音をしているが、隙のない視線で私の頭からつま先までしげしげと観察してる。
「それで、君はどこ行く途中なの?」
青年は気が済んだのか、ニッコリ笑ってたずねてきた。たしかにこんな夜中に森を歩いてるとか、不審に思われても仕方ない。
だがこの人も、なぜここにいるのだろう。逆に問いたいくらいだ……私は警戒しつつ、慎重に口を開いた。
「ええと、この道の先に、森番の小屋があると聞きまして。その、村からの差し入れを届けるところです」
「森番の小屋?」
「はい、いつも届けてる人が体調を崩してて、私が代わりにやってきたんです」「へえ、こんな危ない森に、君みたいな非力な女の子が一人でお使いにきたの?」
疑われてるようだけど、それはお互い様だろう。私は無邪気さを装って、何もわかってない振りをつき通すことにした。
「危ないって、どうしてでしょう? 森とはいえ、ここは村に近い場所ですし、お使いはいつも近所のおばさんが行ってますよ。私が代わりをつとめて、なにか問題でもありますか」
「問題なら大ありだよ。この景色を見ても分からない? 魔物がたくさんいる証拠だよ」
「そうなんですか?」
青年はふうん、と何か考える素振りを見せると、それから手を叩いた。
「よし、じゃあ僕が、君をその小屋まで送ってあげよう」
明るく言われたけど、知らない人だ。ただの親切ならばいいが、はたして信用できるだろうか。
しかし足元を見下ろすと、これまで歩いていた道は、ちょうど青年の立っている場所でぷっつりと途切れてしまっていた。このままでは、迷子になる可能性が高い。
(困ったなぁ……知らない人についていっちゃダメだって、子どもだって知ってるわ。でもこのままだと、永遠にルイーズ様に合流できないかもしれないし)
よく見ると、青年は詰襟のスッキリした服に、腰にはサーベルのようなものをぶら下げている。どこかの騎士を思わせる服装に、ふと万が一魔物に襲われても、守ってもらえるかもしれないと打算的な考えが浮かんだ。
(いや、私をおとりにして、逃げたりするかも……でも、私には魔除けの提灯があるんだから、そもそも魔物に襲われることはないだろうし……それに物取りなら、今ごろとっくに荷物を奪われててもおかしくないでしょ。ということは、たぶん、ただの親切心で声をかけてくれたんだ。うん、きっとそうだ)
私は無理やり、楽観的な思考に切り替えた。正直、ひとりきりで森を歩くのは心許ないから、誰かに会えたこの安堵感を手放したくなかった。
「では、すいませんが、よろしくお願いします……」
「もちろん、よろこんで。ぐずぐずしてて夜が明けてしまったら、その明かりの意味がなくなっちゃうからね」
「えっ、どうして分かるんですか!?」
魔物除けの提灯は、夜でこそ威力を発揮する。昼間もまったく効果がないわけではないが、力のある魔物は防ぎ切れないだろうと祖父に教わったことを思い出した。でも、どうしてこの人が、そのことを知ってるのだろう。
「どうして分かるって……そりゃ明かりは、夜に使うものだからね」
「あ、そうですね……」
当然の理屈に私は面食らった。手元の提灯を見下ろして、首をかしげる。
(なんだ、深読みし過ぎちゃった?)
とりあえず、このまま迷子になる事を避けるためには、青年の後をついていくしかない気がした。
「俺の名前は、サーガっていうんだ。君の名前を教えてくれる?」
「ヨリ、です」
とっさすぎて、偽名を考える余地もなかった。うっかり本名を教えてしまったけど、ヨリなんて凡庸な名前だから、たぶん大丈夫だ、きっと。
青年……サーガは、私の隣に並ぶと、当然のように手を差し伸べた。
「その背中の重そうな荷物、途中まで持ってあげる」
「いえ、結構です」
まさか、そこまで信用は出来ない。迷いなく断ると、サーガは体を揺らして笑い出した。
「うん、気に入った……お近づきの印にいいものをあげる。はい、手を出して」
サーガの言葉に、つい反射的に手を出してしまった。
(しまった、つい……)
あわてて引っ込めようとしたが、その前にしっかりと手首を握られてしまう。そうして手のひらにのせられたのは、細い革紐がついた、黒っぽい小さな石だった。
「……ペンダント?」
「そ、魔物避けのペンダント。それを着けていれば昼間も安全だよ。おまけに君の提灯みたいに臭くない」
何と返したらいいか分からずポカンと口を開けていると、サーガはさっさとそのペンダントを私の首にかけてしまった。
「これでよし、と」
「あ、あの」
「それから、君が探している森番の小屋はあそこじゃない? ほら見える? この茂みの向こう」
サーガの指差す方向には、淡い光を放つ茂みが広がっていて、その先に小さな小屋が透けて見える。
「この森も少し『掃除』が必要だな……じゃあ、また会おうね」
明るい声と共に、サーガの姿は森に溶けるように消えてしまった。
(えっ、なんで……!?)
夢でも見ていたのだろうか。小屋の前にたどり着いても、私はまだ狐につままれたような感覚が抜けず、扉の前でしばらく動けないでいた。
(親切だけど、あやしすぎる……!)
ようやく我に返った私は、このままこうもしてられないと、小屋へと一直線に走った。
(はああ、やっとついた……)
息を切らしつつ、勢いにまかせてノックをしようと手をあげたら、ちょうと内側から勢いよく扉が開いた。
「きゃっ」
私は荷物と共に、後ろにひっくり返って尻餅をついた。
「誰だ……」
扉の前には、ルイーズ様が立っていた。しかも手には剣が握られていて、その切っ先はまっすぐ私に向けられている。
「……えっ、君!?」
ルイーズ様は私の姿を認めると、驚いて剣を下ろした。
(わわっ……すごい綺麗……)
暗闇に包まれる森は、ほのかに青白く光る草花が入り混じり、幻想的な姿へと変貌をとげていた。まるで、おとぎばなしの世界みたいだ。
(きれいだけど、あれ、まさか……?)
足元から発する淡い光に、冷や汗が流れた。空を仰ぎ見ると、月は雲にすっぽり隠れて見えなくなってる。
(これって、毒素の光だ……!)
暗闇で発光する植物は、普通は瘴気スポットが存在する、森の奥にしか存在しない。
森の奥深くには、まれに瘴気が吹き出す場所、瘴気スポットというものが存在する。
その瘴気スポットから発する毒素を吸うことで、獣は魔物化するのだ。
毒素は、暗いところで発光する性質がある。だから毒素がしみこんだ植物は、夜になると淡く光るそうだ。
(噂では聞いたことがあったけど、これがそうなんだ……)
普通、夜に森の奥なんて出かけたりしないから、こういった植物があるなんて噂でしか聞いたことなかった。当然私も、光る植物なんて見るのは今回がはじめてだ。
(でもここって、そんなに森の奥じゃないよね? てことは、魔物が持ち込んだのかな……)
もしかしたら、この辺りに出没する魔物の体に、毒素が染み込んだ植物の種や胞子がついていたのかもしれない。だから、こんな村に近い場所にも、毒素の植物が生えてるのだろうか。
(それにしても、これだけたくさん生えてるとなると……魔物の数は、一頭や二頭どころじゃないかも)
私は『魔除けの提灯』の持ち手をグッと握りしめた。
(そもそも、どうしてこんな場所にまで、魔物が出てくるようになったんだろう)
昔から、魔物の生息地は瘴気スポットが発生する森の奥と決まってる。でもいつの頃からか、人里の近くまで出没するようになった。
(魔物の数が増えたから? でもそれだけの理由かな……瘴気スポット自体、増えてるとか?)
魔物討伐を目的とする『ギルド制度』ができたのも、ごく自然の成り行きだろう。
しかしギルドで魔物討伐するだけでは、根本的な解決策にはならない気がしてきた。王都の近くにも魔物が出たと聞くし、村が近いこんな場所にも徘徊するようになったんじゃ、そう遠くない未来には、そこらじゅうが魔物だらけになってしまいそうだ。
(と、とにかく、魔物が出そうなところまで来たんだから、ルイーズ様たちの待機場所にも近いってことだよね!?)
ルイーズ様たちは、村から北北西へとのびる獣道をまっすぐ進んだ先にある、森番のための小屋に待機してると聞いた。
(でも、さっきから道という道が、よく分からなくなってるような……)
まるで足元の光がまどわすように、道筋がうやむやになってしまってる。コンパスがあるから、強いて方角は確認できるものの、もし磁場が強い場所にでも当たったら迷子になってしまうだろう。
(うう、どうか無事にたどり着けますように……!)
私にとって、ギルドが戦っている現場へ向かうのは初めての事だ。背負った救援物資の重さに、責任感と使命感を感じる。
(みんな……ルイーズ様も、無事でいますように!)
祈る気持ちで夜空を振り仰いだ、その時だった。
「あれ、女の子だ」
気の抜けた声に驚く間もなく、突然現れた青年は、私の行く手に立ち塞がった。
「……!」
私は驚きのあまり、口もきけずに立ちすくむ。
(えっ、誰この人? なんでこんな夜更けに、森になんているの? いや私も、人のこと言えないけど)
青年はスラリと背が高く、二十歳前後の風貌をしていた。ほのかな明かりを吸い込んで輝く艶やかな黒髪と、しなやかで俊敏そうな体の動きは、まるで森に住む野生動物を彷彿とさせる。
青年はやれやれ、とかったるそうに首を回すと、私の顔をチラリと見やってため息をついた。
「ひっどい匂いがしたから、何事かと駆けつけてみれば、まさか君みたいな子が、こんな場所をひとりで歩いてるなんてね……驚いたよ」
ひどい匂いは、間違いなくこのニンニク入りの提灯のせいだろう。申し訳ない気もするが、明かりを消すわけにはいかない。
「えーと、すいません。さっき食べた料理のせいかな……それともしばらくお風呂入ってないからかもしれませんね」
関わると面倒そうな予感がしたので、わざと相手が引くようなことを言ってみた。すると青年は、ますます興味を持った様子で、面白そうに私の顔をのぞきこむ。
「君、少し変わってるって言われない?」
「いえ、まったく。平凡な田舎育ちですから、口のききかたがなってないかもですが」
「ふーん、それにしちゃ、垢抜けたドレスを着てるね。それ、王宮のメイド服でしょ」
青年は優しげな顔立ちと声音をしているが、隙のない視線で私の頭からつま先までしげしげと観察してる。
「それで、君はどこ行く途中なの?」
青年は気が済んだのか、ニッコリ笑ってたずねてきた。たしかにこんな夜中に森を歩いてるとか、不審に思われても仕方ない。
だがこの人も、なぜここにいるのだろう。逆に問いたいくらいだ……私は警戒しつつ、慎重に口を開いた。
「ええと、この道の先に、森番の小屋があると聞きまして。その、村からの差し入れを届けるところです」
「森番の小屋?」
「はい、いつも届けてる人が体調を崩してて、私が代わりにやってきたんです」「へえ、こんな危ない森に、君みたいな非力な女の子が一人でお使いにきたの?」
疑われてるようだけど、それはお互い様だろう。私は無邪気さを装って、何もわかってない振りをつき通すことにした。
「危ないって、どうしてでしょう? 森とはいえ、ここは村に近い場所ですし、お使いはいつも近所のおばさんが行ってますよ。私が代わりをつとめて、なにか問題でもありますか」
「問題なら大ありだよ。この景色を見ても分からない? 魔物がたくさんいる証拠だよ」
「そうなんですか?」
青年はふうん、と何か考える素振りを見せると、それから手を叩いた。
「よし、じゃあ僕が、君をその小屋まで送ってあげよう」
明るく言われたけど、知らない人だ。ただの親切ならばいいが、はたして信用できるだろうか。
しかし足元を見下ろすと、これまで歩いていた道は、ちょうど青年の立っている場所でぷっつりと途切れてしまっていた。このままでは、迷子になる可能性が高い。
(困ったなぁ……知らない人についていっちゃダメだって、子どもだって知ってるわ。でもこのままだと、永遠にルイーズ様に合流できないかもしれないし)
よく見ると、青年は詰襟のスッキリした服に、腰にはサーベルのようなものをぶら下げている。どこかの騎士を思わせる服装に、ふと万が一魔物に襲われても、守ってもらえるかもしれないと打算的な考えが浮かんだ。
(いや、私をおとりにして、逃げたりするかも……でも、私には魔除けの提灯があるんだから、そもそも魔物に襲われることはないだろうし……それに物取りなら、今ごろとっくに荷物を奪われててもおかしくないでしょ。ということは、たぶん、ただの親切心で声をかけてくれたんだ。うん、きっとそうだ)
私は無理やり、楽観的な思考に切り替えた。正直、ひとりきりで森を歩くのは心許ないから、誰かに会えたこの安堵感を手放したくなかった。
「では、すいませんが、よろしくお願いします……」
「もちろん、よろこんで。ぐずぐずしてて夜が明けてしまったら、その明かりの意味がなくなっちゃうからね」
「えっ、どうして分かるんですか!?」
魔物除けの提灯は、夜でこそ威力を発揮する。昼間もまったく効果がないわけではないが、力のある魔物は防ぎ切れないだろうと祖父に教わったことを思い出した。でも、どうしてこの人が、そのことを知ってるのだろう。
「どうして分かるって……そりゃ明かりは、夜に使うものだからね」
「あ、そうですね……」
当然の理屈に私は面食らった。手元の提灯を見下ろして、首をかしげる。
(なんだ、深読みし過ぎちゃった?)
とりあえず、このまま迷子になる事を避けるためには、青年の後をついていくしかない気がした。
「俺の名前は、サーガっていうんだ。君の名前を教えてくれる?」
「ヨリ、です」
とっさすぎて、偽名を考える余地もなかった。うっかり本名を教えてしまったけど、ヨリなんて凡庸な名前だから、たぶん大丈夫だ、きっと。
青年……サーガは、私の隣に並ぶと、当然のように手を差し伸べた。
「その背中の重そうな荷物、途中まで持ってあげる」
「いえ、結構です」
まさか、そこまで信用は出来ない。迷いなく断ると、サーガは体を揺らして笑い出した。
「うん、気に入った……お近づきの印にいいものをあげる。はい、手を出して」
サーガの言葉に、つい反射的に手を出してしまった。
(しまった、つい……)
あわてて引っ込めようとしたが、その前にしっかりと手首を握られてしまう。そうして手のひらにのせられたのは、細い革紐がついた、黒っぽい小さな石だった。
「……ペンダント?」
「そ、魔物避けのペンダント。それを着けていれば昼間も安全だよ。おまけに君の提灯みたいに臭くない」
何と返したらいいか分からずポカンと口を開けていると、サーガはさっさとそのペンダントを私の首にかけてしまった。
「これでよし、と」
「あ、あの」
「それから、君が探している森番の小屋はあそこじゃない? ほら見える? この茂みの向こう」
サーガの指差す方向には、淡い光を放つ茂みが広がっていて、その先に小さな小屋が透けて見える。
「この森も少し『掃除』が必要だな……じゃあ、また会おうね」
明るい声と共に、サーガの姿は森に溶けるように消えてしまった。
(えっ、なんで……!?)
夢でも見ていたのだろうか。小屋の前にたどり着いても、私はまだ狐につままれたような感覚が抜けず、扉の前でしばらく動けないでいた。
(親切だけど、あやしすぎる……!)
ようやく我に返った私は、このままこうもしてられないと、小屋へと一直線に走った。
(はああ、やっとついた……)
息を切らしつつ、勢いにまかせてノックをしようと手をあげたら、ちょうと内側から勢いよく扉が開いた。
「きゃっ」
私は荷物と共に、後ろにひっくり返って尻餅をついた。
「誰だ……」
扉の前には、ルイーズ様が立っていた。しかも手には剣が握られていて、その切っ先はまっすぐ私に向けられている。
「……えっ、君!?」
ルイーズ様は私の姿を認めると、驚いて剣を下ろした。
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