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9. 王都観光のはずが
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王都はひと言で言うと、騒々しい場所だった。
道行く人々の喧騒が洪水のように辺りにあふれかえり、馬車や荷台引きがごちゃごちゃと行き交い、色とりどりの品物がそこかしこに陳列している。馬車の車窓から、そっと様子をうかがっているだけで目まいがしそうになった……田舎育ちの身には少々キツイ。
「どうした。喉が渇いたなら、ジュースでも買うけど?」
ルイーズ様の言葉に、あわてて両手と首を振った。緊張で喉が渇いているけど、とてもあの人混みに飛びこんで買い物する勇気がない。
「いえ、大丈夫です、特に渇いてないのでお気づかいなくっ!」
「……あっそ、あいにく僕は渇いてるんだ。あの店の果実水がいいな。ついでに君も付き合って」
ルイーズ様はいつものマイペースぶりを発揮して、ノロノロ走っている馬車の扉を開いて飛び降りると、あわてて路駐する御者を尻目にさっさと露店へと歩いていってしまう。
「ま、待ってくださ……うわっ!」
「おおと、危ねえな」
一足遅れて馬車を降りた私は、あやうく荷物を抱えたおじさんに体当たりしそうになった。
「なにやってるの」
買い物を済ませたらしき殿下が、両手に飲み物を持った状態で、あわてて駆けつけてくれた。私の全身を確認すると、小さくため息を漏らした。
(ど、鈍臭いな、私……)
まだ一歩も歩いてないのに、すでに疲労感がすごい。着いたばかりなのに、もう帰りたくなってきた。
「ほら、これ持って」
カラフルな縞模様のカップを押しつけられ、その冷たさにハッとした。これが果実水だろうか、透明なストローからは柑橘系の甘い香りがした。
まだまだ寒い日が続いてるとはいえ、王都はナダールと違って暖かい。特に日中は、晴れていると気温が高く、少し暑いくらいだ。だから冷たい飲み物は、かなりありがたい。
「……すいません、おいくらでしたか」
「いらないよ。ついでに買っただけだし、さっさと飲めば」
お互いしばらく無言でジュースを飲む。搾りたての果実らしく、口に含むと素晴らしく爽やかな味が舌の上に広がっていった。
(すごい、こんな美味しい飲み物はじめて飲んだ……!)
感動に打ち震えていると、ルイーズ様の視線を感じて顔を上げた。すると、パッとあからさまに視線をそらされてしまう。
「……もう行くよ。この先に目的の店があるんだ」
「え、あの、ちょっ……」
急に手首を取られ、あやうくジュースをこぼしそうになった。連れられるまま歩き出すと、先刻まで騒々しいと思ってた周囲が一変し、にぎやかで楽しげな風景に変わった。
(さっきまで人混みが怖いとすら思っていたのに、なんでかな……このジュースになにか不思議なエキスでも入っているのだろうか)
辺りを見回す余裕が生まれると、人々の様子が生き生きと彩りはじめた。友達とのおしゃべりに夢中な顔、無表情で歩く夫婦の息のあった歩調、走っていく子どもたちの笑い声……それら全てが懐かしく思えるのは、実家のあるナーダム地方でも、あたりまえの光景だから。
(なんだ……都会も田舎も、みんな変わらないじゃない。なに緊張してたんだろう私)
肩の力がふっと抜けて、うれしさのあまり思わず手を握り返した。そこではじめて、ルイーズ様と手を繋いでいたことに気づいた。
(え、いつの間に手を繋いでたの……?)
ちょっと恥ずかしい気もするけど、ふり払う気はしなかった。それに手を離した途端、はぐれそうだ。
(こうやって歩くのって、楽しいな)
やがて看板も出てない、小さな店の前までやってくると、ルイーズ様は躊躇もせず勢いよく扉を開いた。入り口の上に取り付けられたベルが、カランコロンと来客を告げる。
「いらっしゃいませ~」
店内は、とてもかわいらしい内装を施されていた。小花模様の壁紙は品がよく、焦茶色の棚には服らしきものが畳んで積まれている。
ルイーズ様は奥のカウンターへ進むと、台に置かれた呼び鈴を鳴らした。ややあって、小柄で人の好さそうな初老の女性が現れた。
「まあルイーズ様、いらっしゃいませ」
「この娘に合いそうなドレスを見繕ってくれ」
「承知しました……さあお嬢様、こちらへ。サイズを測らせていただきますわ」
会話の流れに、私は仰天して後ずさりした。
「ま、ま、待ってください! え、何ですか、ドレスってそんなもの、私買うつもりありませんよ! お金ないですし!」
これじゃまるで押し売りだ。しかもドレスなんて、どこに着ていくっていうのだ。
全身で拒否をしていると、ルイーズ様はカウンターにもたれて、冷ややかな視線を寄越した。
「僕が買うに決まってるだろう」
「へっ……ああ、そうなんですか……?」
私のサイズに近い人への、贈り物だろうか?
「何を他人事のような顔をしている。君のドレスだぞ」
「私の、ですか!?」
再び逃げ腰になった私の腕は、細身の割にたくましい手にガシッとつかまれた。
「明日の午後、園遊会が予定されている。そこで君には、僕のパートナーとして出席してもらうから」
「園遊会……って、なんですか」
「屋外の集まりだ。ガーデンパーティーと思えばいい」
「ガーデンパーティー? そこへ?」
「だから。僕のパートナーとして……」
「な、な、なんで私が!?」
うろたえる私に、ルイーズ様は舌打ちすると、言いにくそうに口を開いた。
「今までパートナーだった者が、先日めでたく婚約が決まって、王宮を出ていったからだ」
「……」
「なんだ、その憐れむような目は。彼女も雇われパートナーだっただけ、つまり君と同じ被雇用者だ」
いや、だって……雇わないとパートナーいないって、王子様なのに残念すぎる。
「言っておくけどな、僕のパートナーを希望する令嬢は、それこそごまんといる。だが僕にその気もないのに、下手に期待を持たせてはならないだろう? その点、雇われパートナーならば、お互いビジネスライクになれる上、変な誤解も避けられる」
「はあ……」
理にかなってる感じではあるけど、なんだかスッキリしない。ただ王子様って割と孤独な職業なのだな、という感想を持った。
翌日、朝食を済ませて執務室へ向かうと、相変わらず早起きの宰相様が待ち構えていた。
「本日はサージャス女史の手伝いをする必要はありません。代わりに午後は、ルイーズ様のパートナーとして、園遊会に出席していただきます」
昨日、ルイーズ様から聞いた通り、私が園遊会に出るのは決定事項らしい。
「あのう、パートナーの代わりは、私の他にいないのでしょうか?」
「まあ、急なことだったので」
いないらしい。宰相様も、どこか仕方ない、とあきらめた様子なので、本当にあてがないようだ。
「あなたは一応、私の遠縁となってますから身分的に釣り合います。新しいパートナー候補は目下選別中なので、まあ本日限りの、臨時のバイトみたいなものと思ってください。当然、バイト代は支払います」
「まあ、今日だけなら……」
おかしな成り行きで、変な仕事を押しつけられてしまった。
しかし勇者代理の次の仕事はまだ先だし、クリスティンさんとこのお手伝いは週二だし、執務室の掃除はすぐ終わっちゃうから、正直残りの時間は何をしようと悩み出した矢先だから、まあ助かったかもしれない。
(まあ、とりあえずここのお掃除しようっと)
掃除用具を取りに、奥の倉庫へ向かおうとすると、なぜか宰相様にとめられてしまった。
「すぐ園遊会の準備をはじめるので、掃除は結構です」
「準備って……着替えですか?」
この執務室なら、どんなにていねいに掃除しても、一時間もかからない。園遊会は午後なのに、こんな早くから着替えなくても……と思った私に、宰相様は鼻で笑った。
「あなたは最低限のマナーも知らずに、園遊会へ向かうつもりだったのですか」
「あ、でも昨日のルイーズ様の話では『何も喋らず、ただ隣に立っていればいい』そうです」
昨日ドレスの店を出た後、ルイーズ様に近くのカフェへ連れていかれ、豪華なアフタヌーンティーセットをご馳走になった。
下手に懐柔されないよう、最初はお茶も口にしなかったが、腕を組んだまま不機嫌そうにそっぽを向くルイーズ様がだんだんかわいそうに思えてきて、根負けして最後には引き受けてしまった。ちなみに引き受けると決心したから、その後お茶とケーキはすべておいしくいただいた。
ルイーズ様は、そんな現金な私を面白そうに眺めながら『明日は、黙って僕の隣に立ってればいいよ』と言ったんだ。マナーとかルールとか知らないから不安だ、とこぼす私を安心させるためだろう。
マナー云々は、私だって一番最初に気になった部分だ。でも、この短時間で付け焼き刃に学んでもボロが出そうだから、極力何もしなければどうにかなると踏んだ。
昨日のあらましを説明すると、宰相様は眉をひそめた。
「それは……たしかに一番安全で確実な方法ではありますが……外は冬とはいえ、日中はかなり暑くなりますよ? せめて飲み物くらい口にしないと、熱中症にかかったらどうするのです」
「たった二時間程度でしょう? 運動するわけじゃないし、余裕ですよ。いざとなったら化粧直しに行くフリをして、洗面所で水飲みますから」
「……あなたはそれでいいのですか」
「いいも何も、仕事ですから」
すると宰相様はフウと息を吐いて、小さく頷いた。
「分かりました、そのようにお願いします。でも決して無茶をしてはいけませんよ? 辛くなる前に水分は補給するようくれぐれも気をつけてください」
この宰相様が心配してくれるなんて……園遊会、そんなに大変なのだろうか?
「それでは昼食後、部屋へ着付けを手伝うメイドを送りますから、待機してるように」
それは助かる。一人では、あのドレスを正しく着る自信がない。特にドレスの中に着る補正下着は、本当によく分からない。
「いろいろお手配いただき、ありがとうございます」
感謝の意を込めて宰相様に一礼すると、いつもの冷ややかな視線がやや和らいだ気がした。
「堂々とふるまえば、どうにかなるでしょう。ルイーズ様がエスコートされるなら、めったな事は起こらないはずです。安心して、落ち着いて行動するように」
「承知しました」
面倒な事になったと思ったけど、何事も経験だ。
(それにせっかくだから、少しは楽しめるといいな)
この時の私は、のんきにもそんな事を考えていた……この後始まる地獄を知らずに。
道行く人々の喧騒が洪水のように辺りにあふれかえり、馬車や荷台引きがごちゃごちゃと行き交い、色とりどりの品物がそこかしこに陳列している。馬車の車窓から、そっと様子をうかがっているだけで目まいがしそうになった……田舎育ちの身には少々キツイ。
「どうした。喉が渇いたなら、ジュースでも買うけど?」
ルイーズ様の言葉に、あわてて両手と首を振った。緊張で喉が渇いているけど、とてもあの人混みに飛びこんで買い物する勇気がない。
「いえ、大丈夫です、特に渇いてないのでお気づかいなくっ!」
「……あっそ、あいにく僕は渇いてるんだ。あの店の果実水がいいな。ついでに君も付き合って」
ルイーズ様はいつものマイペースぶりを発揮して、ノロノロ走っている馬車の扉を開いて飛び降りると、あわてて路駐する御者を尻目にさっさと露店へと歩いていってしまう。
「ま、待ってくださ……うわっ!」
「おおと、危ねえな」
一足遅れて馬車を降りた私は、あやうく荷物を抱えたおじさんに体当たりしそうになった。
「なにやってるの」
買い物を済ませたらしき殿下が、両手に飲み物を持った状態で、あわてて駆けつけてくれた。私の全身を確認すると、小さくため息を漏らした。
(ど、鈍臭いな、私……)
まだ一歩も歩いてないのに、すでに疲労感がすごい。着いたばかりなのに、もう帰りたくなってきた。
「ほら、これ持って」
カラフルな縞模様のカップを押しつけられ、その冷たさにハッとした。これが果実水だろうか、透明なストローからは柑橘系の甘い香りがした。
まだまだ寒い日が続いてるとはいえ、王都はナダールと違って暖かい。特に日中は、晴れていると気温が高く、少し暑いくらいだ。だから冷たい飲み物は、かなりありがたい。
「……すいません、おいくらでしたか」
「いらないよ。ついでに買っただけだし、さっさと飲めば」
お互いしばらく無言でジュースを飲む。搾りたての果実らしく、口に含むと素晴らしく爽やかな味が舌の上に広がっていった。
(すごい、こんな美味しい飲み物はじめて飲んだ……!)
感動に打ち震えていると、ルイーズ様の視線を感じて顔を上げた。すると、パッとあからさまに視線をそらされてしまう。
「……もう行くよ。この先に目的の店があるんだ」
「え、あの、ちょっ……」
急に手首を取られ、あやうくジュースをこぼしそうになった。連れられるまま歩き出すと、先刻まで騒々しいと思ってた周囲が一変し、にぎやかで楽しげな風景に変わった。
(さっきまで人混みが怖いとすら思っていたのに、なんでかな……このジュースになにか不思議なエキスでも入っているのだろうか)
辺りを見回す余裕が生まれると、人々の様子が生き生きと彩りはじめた。友達とのおしゃべりに夢中な顔、無表情で歩く夫婦の息のあった歩調、走っていく子どもたちの笑い声……それら全てが懐かしく思えるのは、実家のあるナーダム地方でも、あたりまえの光景だから。
(なんだ……都会も田舎も、みんな変わらないじゃない。なに緊張してたんだろう私)
肩の力がふっと抜けて、うれしさのあまり思わず手を握り返した。そこではじめて、ルイーズ様と手を繋いでいたことに気づいた。
(え、いつの間に手を繋いでたの……?)
ちょっと恥ずかしい気もするけど、ふり払う気はしなかった。それに手を離した途端、はぐれそうだ。
(こうやって歩くのって、楽しいな)
やがて看板も出てない、小さな店の前までやってくると、ルイーズ様は躊躇もせず勢いよく扉を開いた。入り口の上に取り付けられたベルが、カランコロンと来客を告げる。
「いらっしゃいませ~」
店内は、とてもかわいらしい内装を施されていた。小花模様の壁紙は品がよく、焦茶色の棚には服らしきものが畳んで積まれている。
ルイーズ様は奥のカウンターへ進むと、台に置かれた呼び鈴を鳴らした。ややあって、小柄で人の好さそうな初老の女性が現れた。
「まあルイーズ様、いらっしゃいませ」
「この娘に合いそうなドレスを見繕ってくれ」
「承知しました……さあお嬢様、こちらへ。サイズを測らせていただきますわ」
会話の流れに、私は仰天して後ずさりした。
「ま、ま、待ってください! え、何ですか、ドレスってそんなもの、私買うつもりありませんよ! お金ないですし!」
これじゃまるで押し売りだ。しかもドレスなんて、どこに着ていくっていうのだ。
全身で拒否をしていると、ルイーズ様はカウンターにもたれて、冷ややかな視線を寄越した。
「僕が買うに決まってるだろう」
「へっ……ああ、そうなんですか……?」
私のサイズに近い人への、贈り物だろうか?
「何を他人事のような顔をしている。君のドレスだぞ」
「私の、ですか!?」
再び逃げ腰になった私の腕は、細身の割にたくましい手にガシッとつかまれた。
「明日の午後、園遊会が予定されている。そこで君には、僕のパートナーとして出席してもらうから」
「園遊会……って、なんですか」
「屋外の集まりだ。ガーデンパーティーと思えばいい」
「ガーデンパーティー? そこへ?」
「だから。僕のパートナーとして……」
「な、な、なんで私が!?」
うろたえる私に、ルイーズ様は舌打ちすると、言いにくそうに口を開いた。
「今までパートナーだった者が、先日めでたく婚約が決まって、王宮を出ていったからだ」
「……」
「なんだ、その憐れむような目は。彼女も雇われパートナーだっただけ、つまり君と同じ被雇用者だ」
いや、だって……雇わないとパートナーいないって、王子様なのに残念すぎる。
「言っておくけどな、僕のパートナーを希望する令嬢は、それこそごまんといる。だが僕にその気もないのに、下手に期待を持たせてはならないだろう? その点、雇われパートナーならば、お互いビジネスライクになれる上、変な誤解も避けられる」
「はあ……」
理にかなってる感じではあるけど、なんだかスッキリしない。ただ王子様って割と孤独な職業なのだな、という感想を持った。
翌日、朝食を済ませて執務室へ向かうと、相変わらず早起きの宰相様が待ち構えていた。
「本日はサージャス女史の手伝いをする必要はありません。代わりに午後は、ルイーズ様のパートナーとして、園遊会に出席していただきます」
昨日、ルイーズ様から聞いた通り、私が園遊会に出るのは決定事項らしい。
「あのう、パートナーの代わりは、私の他にいないのでしょうか?」
「まあ、急なことだったので」
いないらしい。宰相様も、どこか仕方ない、とあきらめた様子なので、本当にあてがないようだ。
「あなたは一応、私の遠縁となってますから身分的に釣り合います。新しいパートナー候補は目下選別中なので、まあ本日限りの、臨時のバイトみたいなものと思ってください。当然、バイト代は支払います」
「まあ、今日だけなら……」
おかしな成り行きで、変な仕事を押しつけられてしまった。
しかし勇者代理の次の仕事はまだ先だし、クリスティンさんとこのお手伝いは週二だし、執務室の掃除はすぐ終わっちゃうから、正直残りの時間は何をしようと悩み出した矢先だから、まあ助かったかもしれない。
(まあ、とりあえずここのお掃除しようっと)
掃除用具を取りに、奥の倉庫へ向かおうとすると、なぜか宰相様にとめられてしまった。
「すぐ園遊会の準備をはじめるので、掃除は結構です」
「準備って……着替えですか?」
この執務室なら、どんなにていねいに掃除しても、一時間もかからない。園遊会は午後なのに、こんな早くから着替えなくても……と思った私に、宰相様は鼻で笑った。
「あなたは最低限のマナーも知らずに、園遊会へ向かうつもりだったのですか」
「あ、でも昨日のルイーズ様の話では『何も喋らず、ただ隣に立っていればいい』そうです」
昨日ドレスの店を出た後、ルイーズ様に近くのカフェへ連れていかれ、豪華なアフタヌーンティーセットをご馳走になった。
下手に懐柔されないよう、最初はお茶も口にしなかったが、腕を組んだまま不機嫌そうにそっぽを向くルイーズ様がだんだんかわいそうに思えてきて、根負けして最後には引き受けてしまった。ちなみに引き受けると決心したから、その後お茶とケーキはすべておいしくいただいた。
ルイーズ様は、そんな現金な私を面白そうに眺めながら『明日は、黙って僕の隣に立ってればいいよ』と言ったんだ。マナーとかルールとか知らないから不安だ、とこぼす私を安心させるためだろう。
マナー云々は、私だって一番最初に気になった部分だ。でも、この短時間で付け焼き刃に学んでもボロが出そうだから、極力何もしなければどうにかなると踏んだ。
昨日のあらましを説明すると、宰相様は眉をひそめた。
「それは……たしかに一番安全で確実な方法ではありますが……外は冬とはいえ、日中はかなり暑くなりますよ? せめて飲み物くらい口にしないと、熱中症にかかったらどうするのです」
「たった二時間程度でしょう? 運動するわけじゃないし、余裕ですよ。いざとなったら化粧直しに行くフリをして、洗面所で水飲みますから」
「……あなたはそれでいいのですか」
「いいも何も、仕事ですから」
すると宰相様はフウと息を吐いて、小さく頷いた。
「分かりました、そのようにお願いします。でも決して無茶をしてはいけませんよ? 辛くなる前に水分は補給するようくれぐれも気をつけてください」
この宰相様が心配してくれるなんて……園遊会、そんなに大変なのだろうか?
「それでは昼食後、部屋へ着付けを手伝うメイドを送りますから、待機してるように」
それは助かる。一人では、あのドレスを正しく着る自信がない。特にドレスの中に着る補正下着は、本当によく分からない。
「いろいろお手配いただき、ありがとうございます」
感謝の意を込めて宰相様に一礼すると、いつもの冷ややかな視線がやや和らいだ気がした。
「堂々とふるまえば、どうにかなるでしょう。ルイーズ様がエスコートされるなら、めったな事は起こらないはずです。安心して、落ち着いて行動するように」
「承知しました」
面倒な事になったと思ったけど、何事も経験だ。
(それにせっかくだから、少しは楽しめるといいな)
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