神界の器

高菜あやめ

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第二部

十一、慕情*

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 触れ合っていることで、雨音の不安は当然ながら明翠に筒抜けだった。

 男娼なんて変なことを思い出してしまったと、雨音は少しばかり気まずい思いで視線を逸らす。すると長い指がなだめるように、額から頬に掛けて優しくなぞった。

「彼らと比べるなんて無意味だろう」

 静かな声音に、少しばかり落ち込んでしまう。たしかに自分の凡庸な容姿など、彼らの美しさとは比べるまでもない。それに閨での作法も知らないから、さぞかし明翠はやりにくいことだろう。

「彼らは仕事上詳しいだけだ。お前とは立場が違う」

 腰をなぞっていた手が、太腿の内側に滑り降りていく。それによって襟の合わせが全開となり、外気にさらされた素肌が心もとなく、より一層不安がつのる。

「商売ならば、意に沿わぬ相手と寝ることも多いだろう。だがお前は……私たちは、慕い合っているのだから」
「え……」

(まさか明翠様も、俺のことを……?)

「当たり前だ。そうでなければ、床を共にしようなど思わない」

 睫毛が触れそうなくらい至近距離で見つめられ、心臓が激しく脈を打ち出す。

「私が欲しいのはお前だけだ……他はいらない。この無垢な体に触れるのは、私だけだ……ここも」

 胸の尖りを指先で摘ままれ、背筋が反るように跳ねた。さらに二本の指で挟むようにこねねられると、むず痒いような緩慢な刺激が腹の奥まで届き、上擦った声が口から漏れ出てしまう。

「あっ……、んん……」
「甘い声だ……もっと聞かせてくれ」

 明翠の長い髪の房が、鎖骨の辺りを撫で下ろし、湿った熱い吐息が素肌に感じた。

「んっ……、ふっ……」

 指の感触が残る乳首に吸い付かれ、舌で転がすように弄ばれる。強めに押しつぶされたり、柔らかく噛まれたりと、緩急をつけた執拗な刺激に、雨音はたまらずあえいだ。

「……こちらも可愛がってやらなければな」

 反対側の乳首を指でこねられ、舌を這わされる。濡れた部分がひんやりとし、その湿り気が渇く前に再び熱い口内に含まれて、強く吸い上げられた。

「ああっ!」

 腰が震えるほど甘く切ない快感につい声を上げてしまい、羞恥のあまり両手で口を覆った。

「なぜ塞ぐ? もっと聞かせてくれ……」

 明翠は弄られすぎて腫れているであろう先端を口に含んだまま、低いかすれ声でそう囁くと、雨音の両手首を掴んで布団に縫い留めてしまう。

「あっ、ああ……、待っ……」
「雨音、舌を出せ」

 涙で曇る視界に明翠の顔が映り、喘ぎ声ごと口を塞がれた。深く差し入れられた肉厚の舌が、喉奥で縮こまっている雨音の舌を引きずり出し、ねっとりと絡みつく。
 甘露のような舌先に夢中になっていると、胸を散々弄っていた指がゆっくりと腰を辿って、後ろの谷間を撫でた。

「……!?」

 くぐもった叫び声は、明翠の喉の奥に吸い込まれてしまう。しなった背に腕が回され、向かい合って座る姿勢を取らされる。後ろの入口を指先でなぞられ、揉みこまれるように押された。

「ふっ……う……」
「狭いな」

 唇を離した明翠は、一度雨音の細い肢体をギュッと抱きしめると、枕元にある何かに手を伸ばした。それから何かが開封される音が響き、間を置かずに再び後ろに指をあてられる。濡れてぬるつく感触に、雨音の背筋がぞわりと震えた。

「傷つけないように、細心の注意を払う……だから受け入れてくれないか」

 覗き込む艶めいた青い瞳が、涙の膜で次第に曇っていく。

「は、い……」

(でも、こわい……)

「……すまない……だが、もう止められない」

 優しく後頭部を撫でられ、涙がぼろぼろと零れ落ちた。その雫を追って視線を下へ動かすと、見たこともない怒張が二人の体の間で、天を向いてそそり立っている様子が視界に飛び込んできた。

(こ、これが入るの? むり、そんな……!)

「これからじっくりとお前の中を解す。できる限り、痛みが無いよう努力する……」
「んあっ……」

 ゆっくりと、慎重に指先が埋められる。しばらく浅い場所を押し広げるように動いていたが、やがて少しずつ奥へと侵入してきた。

「ああっ……、はっ、あ……ああ……」

 粘着質な水音と、中をかき回される感触が共鳴して、頭の芯まで痺れる。快楽には程遠く、だが決して強烈な痛みや不快感はない、なんとも表現し難い奇妙な感触に困惑する。だが内部を擦る指が増やされ、やがて三本がなだらかに奥を行き来する頃には、気力も体力もすっかり無くなり、へとへとになってしまった。

「そろそろ挿れるぞ」

 再び背を布団に預けられ、痺れかけた両足の膝裏をぐっと高く持ち上げられた。顔に影が落ちると、思わず目をつぶってしまう。

「……あ、っく……うう……」
「痛いか」
「う、うう……あ……っ、つ……、う……」

(痛い。痛い、いたい、いたい、いたい……)

 強烈な痛みに心の中で泣き叫んだら、ふと明翠の動きが止まった。固く閉じていた瞼をのろのろと持ち上げると、苦し気な表情でこちらを見下ろす明翠と視線がぶつかる。

「……少しばかり、力を、抜けるか……」

 明翠の顎から汗がしたたり落ち、雨音の頬を濡らした。相当苦しそうなのは、きっと中が狭いからに違いない。

 雨音はどうすれば力が抜けるかが分からず、痛みに痺れている後ろばかり気になって、泣き出しそうになったその時……熱い手が雨音の前に伸ばされた。大きな手が雨音の萎えた性器を包み、親指で裏筋を撫で上げられると、体の奥に秘められた欲望が首をもたげる。

「はっ……ああっ!」

 雨音の反応に幾分表情を緩めた明翠は、手を動かしつつ腰を進めていった。やがて腰の動きが止まったので、ようやく奥に到達したのかと、雨音は涙ながらに安堵のため息を漏らした。

 だが動きが止まっていても、痺れるような痛みは感じる。ふと、先ほど目にした屹立が脳裏によぎり、あれほど大きく太い杭が自分の奥にあるのが凄いと思う反面、受け入れる部分が狭過ぎて合ってないのは明らかだった。
 経験したことのない痛みで、雨音は自分のことばかり考えていたが、相手の堪えるような顔から向こうも同様の、いやもっと痛いのかもしれないと心配になる。

「……痛みはない。まだ我慢出来る……が、気を抜くと果ててしまいそうだ」

 痛まないと聞いて少し安心したが、何かをとても我慢しているようで、その為に苦しんでいる様子が気になる。何を我慢しているか分からないが、もし自分の為ならば、と思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

(我慢なんて、しないで……)

「……くっ……!」

 体の奥で熱い飛沫が弾けるのを感じた。明翠の体が落ちてきて、汗ばんだ肌が重なる。

「油断した、すまない……」
「……?」
「その、我慢出来なかった。お前があまりにも、いじらしいことを思うから……」

 何についての謝罪か分からなかったが、明翠の弛緩した体に雨音はホッとした。そろそろと手を回し、広い背中を宥めるように撫でる。

「気にしないでください。俺は大丈夫ですから……」
「そういう問題ではない」

 雨音の頭を挟む形で、布団に両手をついた明翠は半身を起こすと、恥ずかしさと気まずさが入り混じった表情を向けた。潤んだ瞳で見下ろされると、僅かに開いた唇から、悩ましいため息が零れ落ちる。頬から首筋に掛けて、鮮やかな朱色に染まっている肌に、行燈の明かりが煌々と照らしている事実に気づかされた。

「なぜ、顔を背ける?」
「あっ……だって、恥ずかしい……」

 未だ体の中に入っている楔が、突然脈を打って膨らんだ気がした。

「……っ、煽らないでくれ……無理させたくないんだ」

 さらに質量が増した明翠のものが、雨音の中で動き出した。徐々に激しさを増していく律動により、引き攣れるような痛みの中に、僅かだが快感が混じり出す。すると雨音の昂りに、再び長い指が絡められ、巧みな動きで追い上げられてしまい、一気に激しい快楽の濁流へと飲み込まれていった。

「はあっ、ああ……、……っ……」

(こんなの、知らない……どうなっちゃうの……)

「雨音……」

 名前を呼ばれただけで、体の芯が甘く疼いた。何度も奥を穿たれ、互いの荒い息が部屋の濃密な空気に溶けていく。頬や顎を濡らすのが自分の涙なのか、それとも明翠の顎からしたたり落ちる汗なのか、最早分からないほどぐちゃぐちゃになっていた。
 粘膜を擦り上げられる感覚に、内壁が甘く蕩けてきた次の瞬間、雨音自身が弾けるように吐精した。

「ん……ふ……」

 一気に体の力が抜けていくのを感じていたら、両足を掴まれて高く掲げられたのを感じ、ハッとして目を見開いた。自分の足が明翠の両肩に乗せられ、有り得ないほど腰が上に向いている。

「すまないが、もう少し付き合ってくれ」
「ああっ!」

 ぐいっと奥深く貫かれると、衝撃で首を反らした雨音の白い喉があらわになった。そこに獣のようにむしゃぶりつかれ、律動はますます早くなっていく。何度も激しく上下に突かれて息も絶え絶えになった頃、最奥を突き上げられると、続いて熱いものが注がれるのが分かった。

「……大丈夫か?」

 声も出せずに薄目を開けると、恍惚とした表情を見せる明翠と視線が絡み合う。上気した頬は緩み、濡れた半開きの赤い唇が煽情的で、目のやり場に困ってしまう。

「ようやくお前と一つになれた」
「……!」

 嬉しそうな声音に、顔がみるみるうちに熱くなる。その真っ赤になった頬に手を添えられ、輪郭を確かめるように撫でられていると、体の奥に納められたままのものが再び硬くなっていく。

(ま、まさか……また……?)

 額を合わせられ、ふわりと優しく微笑まれるが、内壁を押し広げるものは、すでに凶暴なほど硬く膨れ上がっていた。雨音は求められる喜びと同時に、まだまだ終わりそうにない甘い責め苦に、半泣きで眉尻を下げたのだった。





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