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第二部
5. バージルの推測
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カシュアは、エンシオ王子の表情を注意深く観察する。なにか意図がありそうな様子で、しかも体が心持ち隣に立つ医師に傾いていた。頼っているのだろう。
(この男に言わされてるのか。俺が例の伝染病に罹ったのか、確かめたいのか)
昔ヒースダインの後宮で、例の病に母親とその侍女が罹患したにもかかわらず、寝食を共にしていたカシュアにはうつらなかった。四年前ウェストリンへ向けて出国するときは、ちょうど同じ病が再燃してきたころで、とうぜんカシュアは検査を受けている。結果は陰性としか聞いてないが、本当はどうだったのだろう。
(あの病は徐々に痛みが全身に広がっていく。痛みがわからない俺は、病の兆候には気づけない。もし俺が罹患してたとすれば……)
ウェストリンでは、なんの手当てもされてなかった。来て早々、北の塔に閉じこめられたのだ。三食運ばれてきたが、それ以外はほぼ放置されていた。病気が進行してたとすれば、今ごろ生きているとは到底思えない。
「我が国の医療技術は、大陸でも一、ニを争うと自負しておりますからね」
隣のピアースがほがらかな声音で先方に告げる。
「カシュア妃殿下には、我々がついております。どうぞご安心ください」
「つまりこの四年もの間、手厚く塔で保護されていたとおっしゃるのですか。まるで俗世から隔離するように?」
医師の言葉に、カシュアはこれまでの自分の境遇がなんらかしらの形でヒースダインに漏れていることを知った。
「先王は不器用な人間でした。大切なあまり、過保護になってしまわれたのです」
なるほど、物は言いようだとカシュアは思う。終始腹の探り合いのような会話となってしまったが、最後にエンシオ王子と握手を交わして立ち上がった。まさにこの最後の一挙がこの顔合わせの最大の目的だったと言える。
「あっ」
よろけたカシュアに、近くにいた医師が手を差し伸べた。
「すいま……」
カシュアの言葉が続かないことに、ピアースが駆け寄って医師の手をそっと押し戻した。
「大丈夫ですか」
「はい、少しめまいが」
ほんの少しだけ肩を支えられただけ。それでも伝わってきたのは、医師の容体が極めて思わしくないことだった。
自室に戻ると、部屋にはバージルが待ちかまえていた。カシュアは顔を青くさせて斜め後ろに控えるピアースに振り返った。やはりバージルには事前に知らされてなかったのだ。あせるカシュアをよそに、バージルの重々しい声が響いた。
「兄上……陛下の指示か」
「ええ」
ピアースの短い返答に、バージルは深い溜め息をつく。
「私は陛下の勅命ならば反対も妨害もしない。だから次からカシュアになにか命じるときは、私も同席させてくれ」
「そのように陛下へお伝えしておきます」
「ん……カシュア、ここへ」
なにを言われるだろうかと、カシュアは冷や汗をかきながら神妙にバージルのもとへ向かう。バージルはカシュアの頭から足先まですばやく視線を走らせると、かたい表情をゆるめて両手をのばした。
「怪我はないようだな」
そっと抱きよせられ、カシュアは体をかたくする。心配をかけてしまったと、申し訳ない気持ちになった。
「それで、ヒースダインの王子について、なにかわかったのか?」
「毒におかされてました。まだ軽度の段階ですが、俺と同じように常用されて『仕込まれた』のでしょう」
「あなたと同じとは気に入らない」
バージルはなにが不服なのかわからない、複雑な表情をみせた。
「しかし俺ほどの段階まできてません。毒の仕込みかたは三段階に分かれてまして、一段階目である程度の毒に慣らし、二段階目にその毒の増幅薬を与えます。そして次の最終段階で体が耐えうる限りに強い毒を投与するのです」
「あなたは最後の段階までやられたのか」
バージルのまっすぐな質問に、カシュアは無言でうなずいて肯定する。
「許さない」
バージルの腕の拘束がきつくなった。頭を抱えられて胸に押しつけられたので、表情こそ見えないが、抱きしめる腕が震えてるところから相当頭にきてる様子なのはうかがえた。
「あなたに手を下した人間も、それを命じた人間も許さない」
そのまま黙ってしまったバージルの代わりに、ピアースから質問が投げられた。
「ではエンシオ王子の容体は、それほどひっ迫した状態ではないということですか」
「そうですね。むしろあの医師のほうが気になります」
その言葉に、バージルはカシュアの肩をつかんで体をはなした。
「医師に触れたのか。なにを知ったのか話してくれ」
研ぎ澄まされた視線で見つめられ、隠しごとはできない気持ちにさせられる。
「おそらく、俺たちと同じ毒を服用してます。なぜだかわかりませんが」
「宮廷医師が? 彼らは『与える』側だろう?」
「ええ。自分で効果を試したとも思えません。あれらは普通の毒ではないのですから」
カシュアも不思議だった。宮廷医師ならばあの毒の危険性は熟知してるはずだ。故意に飲んだならば、己の境遇を儚んで自暴自棄に服用したのだろうか。
「なるほど、その王子の代わりに己が犠牲になるとは。ここまで同行したのもうなずける」
バージルは納得がいったようにうなずく。カシュアは首をかしげた。
「どうして医師が犠牲になるのです?」
「その王子を好いているからだろう」
「えっ?」
カシュアはそこではじめて、医師がエンシオ王子に好意をよせている可能性に気づかされた。人の心の機微にうといとは言わないが、こと恋愛に関しては察しが悪いのは否めない。
「な、なるほど……そうですか、そうか……たしかにそれなら」
「あなたは二人の間の空気に、なにか特別なものを感じなかったか」
「あの医師が王子を守ろうとしてるのは伝わってきました。ただそれは義務感からきてるものだと思ってました」
「義務感か。それもあるかもしれない。その医師の素性を調べてみる価値がありそうだ。もしかするとヒースダインの王宮勢力は水面下で二分化してる可能性がある」
バージルの推測と提案を聞いて、ピアースはカシュアの部屋を退出した。まっすぐ国王のもとへ報告に行くのだろう。
二人きりになったカシュアとバージルは、互いに見つめ合う。
「あまり危険な真似はしてくれるな。それでなくても、あなたの体調は不安定だ。今朝はガイアの定期検診があったろう? なんと言われた?」
「安定してるようです」
「新薬を出されたと聞いたが」
「前のより効能が期待できるそうです。まだ服用をはじめたばかりなので、なんとも言えませんが」
カシュアはできるだけ言葉を選びつつ、しかし本当のことを伝えるよう努めた。バージルは心配してるが、ごまかされることを嫌う。
カシュアの体は、悪化こそしてないが、改善もみられなかった。やはり根本的な治療は、ヒースダインの医療技術にかかっているのだろうか。
(この男に言わされてるのか。俺が例の伝染病に罹ったのか、確かめたいのか)
昔ヒースダインの後宮で、例の病に母親とその侍女が罹患したにもかかわらず、寝食を共にしていたカシュアにはうつらなかった。四年前ウェストリンへ向けて出国するときは、ちょうど同じ病が再燃してきたころで、とうぜんカシュアは検査を受けている。結果は陰性としか聞いてないが、本当はどうだったのだろう。
(あの病は徐々に痛みが全身に広がっていく。痛みがわからない俺は、病の兆候には気づけない。もし俺が罹患してたとすれば……)
ウェストリンでは、なんの手当てもされてなかった。来て早々、北の塔に閉じこめられたのだ。三食運ばれてきたが、それ以外はほぼ放置されていた。病気が進行してたとすれば、今ごろ生きているとは到底思えない。
「我が国の医療技術は、大陸でも一、ニを争うと自負しておりますからね」
隣のピアースがほがらかな声音で先方に告げる。
「カシュア妃殿下には、我々がついております。どうぞご安心ください」
「つまりこの四年もの間、手厚く塔で保護されていたとおっしゃるのですか。まるで俗世から隔離するように?」
医師の言葉に、カシュアはこれまでの自分の境遇がなんらかしらの形でヒースダインに漏れていることを知った。
「先王は不器用な人間でした。大切なあまり、過保護になってしまわれたのです」
なるほど、物は言いようだとカシュアは思う。終始腹の探り合いのような会話となってしまったが、最後にエンシオ王子と握手を交わして立ち上がった。まさにこの最後の一挙がこの顔合わせの最大の目的だったと言える。
「あっ」
よろけたカシュアに、近くにいた医師が手を差し伸べた。
「すいま……」
カシュアの言葉が続かないことに、ピアースが駆け寄って医師の手をそっと押し戻した。
「大丈夫ですか」
「はい、少しめまいが」
ほんの少しだけ肩を支えられただけ。それでも伝わってきたのは、医師の容体が極めて思わしくないことだった。
自室に戻ると、部屋にはバージルが待ちかまえていた。カシュアは顔を青くさせて斜め後ろに控えるピアースに振り返った。やはりバージルには事前に知らされてなかったのだ。あせるカシュアをよそに、バージルの重々しい声が響いた。
「兄上……陛下の指示か」
「ええ」
ピアースの短い返答に、バージルは深い溜め息をつく。
「私は陛下の勅命ならば反対も妨害もしない。だから次からカシュアになにか命じるときは、私も同席させてくれ」
「そのように陛下へお伝えしておきます」
「ん……カシュア、ここへ」
なにを言われるだろうかと、カシュアは冷や汗をかきながら神妙にバージルのもとへ向かう。バージルはカシュアの頭から足先まですばやく視線を走らせると、かたい表情をゆるめて両手をのばした。
「怪我はないようだな」
そっと抱きよせられ、カシュアは体をかたくする。心配をかけてしまったと、申し訳ない気持ちになった。
「それで、ヒースダインの王子について、なにかわかったのか?」
「毒におかされてました。まだ軽度の段階ですが、俺と同じように常用されて『仕込まれた』のでしょう」
「あなたと同じとは気に入らない」
バージルはなにが不服なのかわからない、複雑な表情をみせた。
「しかし俺ほどの段階まできてません。毒の仕込みかたは三段階に分かれてまして、一段階目である程度の毒に慣らし、二段階目にその毒の増幅薬を与えます。そして次の最終段階で体が耐えうる限りに強い毒を投与するのです」
「あなたは最後の段階までやられたのか」
バージルのまっすぐな質問に、カシュアは無言でうなずいて肯定する。
「許さない」
バージルの腕の拘束がきつくなった。頭を抱えられて胸に押しつけられたので、表情こそ見えないが、抱きしめる腕が震えてるところから相当頭にきてる様子なのはうかがえた。
「あなたに手を下した人間も、それを命じた人間も許さない」
そのまま黙ってしまったバージルの代わりに、ピアースから質問が投げられた。
「ではエンシオ王子の容体は、それほどひっ迫した状態ではないということですか」
「そうですね。むしろあの医師のほうが気になります」
その言葉に、バージルはカシュアの肩をつかんで体をはなした。
「医師に触れたのか。なにを知ったのか話してくれ」
研ぎ澄まされた視線で見つめられ、隠しごとはできない気持ちにさせられる。
「おそらく、俺たちと同じ毒を服用してます。なぜだかわかりませんが」
「宮廷医師が? 彼らは『与える』側だろう?」
「ええ。自分で効果を試したとも思えません。あれらは普通の毒ではないのですから」
カシュアも不思議だった。宮廷医師ならばあの毒の危険性は熟知してるはずだ。故意に飲んだならば、己の境遇を儚んで自暴自棄に服用したのだろうか。
「なるほど、その王子の代わりに己が犠牲になるとは。ここまで同行したのもうなずける」
バージルは納得がいったようにうなずく。カシュアは首をかしげた。
「どうして医師が犠牲になるのです?」
「その王子を好いているからだろう」
「えっ?」
カシュアはそこではじめて、医師がエンシオ王子に好意をよせている可能性に気づかされた。人の心の機微にうといとは言わないが、こと恋愛に関しては察しが悪いのは否めない。
「な、なるほど……そうですか、そうか……たしかにそれなら」
「あなたは二人の間の空気に、なにか特別なものを感じなかったか」
「あの医師が王子を守ろうとしてるのは伝わってきました。ただそれは義務感からきてるものだと思ってました」
「義務感か。それもあるかもしれない。その医師の素性を調べてみる価値がありそうだ。もしかするとヒースダインの王宮勢力は水面下で二分化してる可能性がある」
バージルの推測と提案を聞いて、ピアースはカシュアの部屋を退出した。まっすぐ国王のもとへ報告に行くのだろう。
二人きりになったカシュアとバージルは、互いに見つめ合う。
「あまり危険な真似はしてくれるな。それでなくても、あなたの体調は不安定だ。今朝はガイアの定期検診があったろう? なんと言われた?」
「安定してるようです」
「新薬を出されたと聞いたが」
「前のより効能が期待できるそうです。まだ服用をはじめたばかりなので、なんとも言えませんが」
カシュアはできるだけ言葉を選びつつ、しかし本当のことを伝えるよう努めた。バージルは心配してるが、ごまかされることを嫌う。
カシュアの体は、悪化こそしてないが、改善もみられなかった。やはり根本的な治療は、ヒースダインの医療技術にかかっているのだろうか。
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