囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ

文字の大きさ
上 下
16 / 26
第一部

16.もうひとつの共感*

しおりを挟む
 カシュアはいろいろ混乱していた。まず、この部屋の状況だ。
(本当に、机を持ってきた……)
 部屋の右端には、小ぶりな仕事机が設置され、その上には分厚い書類の束が積まれてる。そして机の隣には、小さな丸テーブルが置かれた。
 バージルは、部屋を出たり入ったりと忙しないが、決して他の人間を部屋に入れようとはしなかった。
(俺に近づけると、危ないからな)
 カシュアは典医からの説明で、自分の体がどんな状態だったか知った。今はある程度は毒が抜けたとはいえ、きっとバージルは侍女や部下を危険に巻き込みたくないのだろう。
 閉じられた寝室の扉の前から、バージルの声が聞こえたが、内容まではわからない。しかしどうやら、誰かにあれこれ持ってくるよう指示を出しているようだ。やがて再び扉が開いて、バージルが顔をのぞかせた。
「食事が届いたから、ひと休みしよう」
 ひと休みもなにも、カシュアは先ほどからずっとベッドにいる。背もたれにたくさんのクッションを敷き詰められたので、半身を起こしても楽な姿勢を保てた。まるで壊れ物を扱うようだと、どうも落ち着かない。
 バージルは自ら食事のワゴンをベッドサイドまで押して運ぶと、当然のようにカシュアの隣に並んで座った。やさしく肩を引き寄せられ、至近距離で顔をのぞかれる。
「顔色は悪くなさそうだ。どこか痛みは感じるか? 私は、先ほどのんだ鎮痛剤が効いてるから、特に痛むところはないのだが」
 言われてみれば、どこも痛くはない。カシュアは、ほうけたようにバージルを見上げると「子どもみたいだ」と微笑まれた。
「食べやすいものを用意させた。あなたの口に合うといいのだが」
 バージルは濡れたタオルで両手をていねいに拭くと、次に大きなクロスを二人の前に広げた。
「さて、まずは前菜からだな。ん、なんだこれは? ビスケットに魚卵をのせたのか……あなたは嫌いなものはあるのか? もしくは体が受け付けないものは?」
 カシュアはいまだ混乱したまま、とりあえず質問された答えとして首をふると、件の食べ物が顔の前にさしだされた。
「口を開けて」
「え、あの、自分で」
「私にやらせてくれ。さあ……うまいか?」
 けっきょく口に入れてもらって、必死に咀嚼する。久しぶりのまともな食べ物は、感動するほどおいしくて、泣きそうになってしまう。
「涙目のあなたは、かわいいな」
「ぐぅっ……」
 バージルの思いもよらない発言に、カシュアはもう少しでむせそうになった。
「大丈夫か。あわてずに、ゆっくり食べてくれ。あと、ビスケットのかすがついてる」
 口の端を親指でこすられ、そのままあごをすくい上げられた。熱を帯びた双眸で見つめられると、カシュアの頬にも熱がうつってしまう。
「あなたは、私の伴侶だな」
「は、はい……」
「ならば、もう一度この唇に触れる許しを乞うてもいいだろうか」
 カシュアは、一瞬あっけにとられてようにかたまったが、すぐ我に返ってバージルの胸を押しもどした……が、力の差があって、うまくいかない。
「お、俺に触れると、危険です」
「医師からは、軽い触れ合い程度なら、あなたの負担にならないと聞いてる。安心して、急がないから……こわがらないで」
 カシュアが体を引いて距離を取ろうとすると、バージルは真剣な表情で身を乗り出し、引き寄せた手に唇を押しつけた。
(まさか本気で、俺を相手にするつもりか?)
 カシュアは、身長こそバージルより低いが、あとは標準的な男性体だ。女性的な可憐さや美しさもなければ、男性的な凛々しさや精悍さもない。
 しかし、人の好みというのは千差万別だ。前ウェストリン国王には無理でも、バージルには問題ないということもあり得る。
 カシュアは性的な触れ合いに関して、本からの知識しか持ち合わせてない。本来なら、他国へ嫁ぐ前に閨教育を受けるはずが、触れると呪われると厭われて、教育係からは数冊の本を押しつけられて終わった。
(たしか男同士だと、受け入れる側の負担が大きいと書かれてたな。しかし殿下は、今日のところはご配慮くださるようだから、最後まではいかないだろう)
 もし最後まで抱かれるのであれば、指南書に記されていたように、後ろを慣らしておいたほうがいい。北の塔にいるころは、そんな必要性など感じなかったのに、まさかここにきて、である。
(……途中で気が変わって、やめるとかないだろうか)
 そんな期待もむなしく、バージルはカシュアを求めてきた。そっと唇が重ねられ、カシュアは人生で二度目のキスを味わった。
(やわらかい……それに、なんか……)
 うっすらと目をひらけば、青い瞳と視線がからみ合った。唇から伝わる刺激がやけに強く感じるのは、緊張のあまり過敏になってるせいだろうか。
 やがて口のあわいから、熱く濡れた塊がすべりこんできた。それはたとえようもないくらい気持ち良く、うっかりすると意識がのまれそうだ。
「ん……ふっ、う……?」
 そのとき、カシュアの体にある異変が起こった。
(これは……あっ、なんで!?)
 体の中心のもっとも敏感な部分が、とつぜん甘い刺激に包まれた。それは強弱をつけたリズミカルな波に乗って、昂りをますます高みへと増長させて止まらない。
「んあっ、はっ、はっ……はあっ……!」
「ん……ふっ……くっ……、んっ……」
 荒い息づかいが、互いの唇越しに共鳴し合って、新たな快感を生み出していく。生理的にこぼれ落ちた涙を追って視線を落とすと、バージルが己の中心を慰めている光景が目に入ったので、あわてて視線を上げ直した。
「はっ……ん……、くっ……」
 手の動きとシンクロしてゆれる、金色の長いまつ毛が艶かしい。しかし手の動きが早まると、そんなことを感じる余裕など吹き飛んでしまった。
(や、強すぎるっ……あ、だめもう……)
「くっ……、……」
 その刹那、唇が解放されると、汗ばんだ額が肩に強く押しつけられた。あまりの強烈な快感と解放に、カシュアは汗だくで腰を抜かしてしまった。
「ん、どうした……?」
 荒い息の中、バージルが不思議そうにカシュアの中心を見下ろす。
「濡れてる……」
「あ、さ、触らないでくだ」
「キスだけで達するとは、敏感なのだな」
 バージルは、とろけそうな笑みを浮かべると、カシュアの腰を引き寄せた。すると再びかたくなったバージルの中心が、カシュアの内腿に押し付ける形となった。
「あっ、ん……」
 再び強い刺激に見舞われると、そこでカシュアは驚愕の事実に気づかされた。
(まさか……触れた人の痛みだけでなく、こういう刺激も伝わってしまうのか!?)
 ならばカシュア自身に対する刺激はどうだろうか。その疑問は、次の瞬間で解消された。
「あ、や、待って」
「ふっ……あなたにも、気持ちよくなってもらいたい」
 バージルに触れられた中心は、敏感すぎる感覚とともにしっかり反応していた。
「ああっ……俺は、いいですからあっ! やあっ、ああ……」
「ふふ、気持ちよさそうだ……」
 やさしく擦り上げられて、先ほどの強すぎる刺激とは違う、じれったいほどゆるやかな快感が、ぞくぞくと背中をなぞっていく。
(そんな、嘘だろこんなことって……!)
 この日カシュアは、新たな秘密を抱えることとなった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

特別じゃない贈り物

高菜あやめ
BL
【不器用なイケメン隊長×強がり日雇い苦労人】城下町の食堂で働くセディにとって、治安部隊の隊長アーベルは鬼門だ。しょっちゅう職場にやってきては人の働き方についてあれこれ口を出してお小言ばかり。放っておいて欲しいのに、厳しい口調にもかかわらず気づかうような響きもあって、完全に拒絶できないから困る……互いに素直になれない二人のじれじれストーリーです

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

泣かないで、悪魔の子

はなげ
BL
悪魔の子と厭われ婚約破棄までされた俺が、久しぶりに再会した元婚約者(皇太子殿下)に何故か執着されています!? みたいな話です。 雪のように白い肌、血のように紅い目。 悪魔と同じ特徴を持つファーシルは、家族から「悪魔の子」と呼ばれ厭われていた。 婚約者であるアルヴァだけが普通に接してくれていたが、アルヴァと距離を詰めていく少女マリッサに嫉妬し、ファーシルは嫌がらせをするように。 ある日、マリッサが聖女だと判明すると、とある事件をきっかけにアルヴァと婚約破棄することになり――。 第1章はBL要素とても薄いです。

6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話

あめ
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話 基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想 からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定

悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?

「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。 王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り 更新頻度=適当

処理中です...