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第一部

16.もうひとつの共感*

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 カシュアはいろいろ混乱していた。まず、この部屋の状況だ。
(本当に、机を持ってきた……)
 部屋の右端には、小ぶりな仕事机が設置され、その上には分厚い書類の束が積まれてる。そして机の隣には、小さな丸テーブルが置かれた。
 バージルは、部屋を出たり入ったりと忙しないが、決して他の人間を部屋に入れようとはしなかった。
(俺に近づけると、危ないからな)
 カシュアは典医からの説明で、自分の体がどんな状態だったか知った。今はある程度は毒が抜けたとはいえ、きっとバージルは侍女や部下を危険に巻き込みたくないのだろう。
 閉じられた寝室の扉の前から、バージルの声が聞こえたが、内容まではわからない。しかしどうやら、誰かにあれこれ持ってくるよう指示を出しているようだ。やがて再び扉が開いて、バージルが顔をのぞかせた。
「食事が届いたから、ひと休みしよう」
 ひと休みもなにも、カシュアは先ほどからずっとベッドにいる。背もたれにたくさんのクッションを敷き詰められたので、半身を起こしても楽な姿勢を保てた。まるで壊れ物を扱うようだと、どうも落ち着かない。
 バージルは自ら食事のワゴンをベッドサイドまで押して運ぶと、当然のようにカシュアの隣に並んで座った。やさしく肩を引き寄せられ、至近距離で顔をのぞかれる。
「顔色は悪くなさそうだ。どこか痛みは感じるか? 私は、先ほどのんだ鎮痛剤が効いてるから、特に痛むところはないのだが」
 言われてみれば、どこも痛くはない。カシュアは、ほうけたようにバージルを見上げると「子どもみたいだ」と微笑まれた。
「食べやすいものを用意させた。あなたの口に合うといいのだが」
 バージルは濡れたタオルで両手をていねいに拭くと、次に大きなクロスを二人の前に広げた。
「さて、まずは前菜からだな。ん、なんだこれは? ビスケットに魚卵をのせたのか……あなたは嫌いなものはあるのか? もしくは体が受け付けないものは?」
 カシュアはいまだ混乱したまま、とりあえず質問された答えとして首をふると、件の食べ物が顔の前にさしだされた。
「口を開けて」
「え、あの、自分で」
「私にやらせてくれ。さあ……うまいか?」
 けっきょく口に入れてもらって、必死に咀嚼する。久しぶりのまともな食べ物は、感動するほどおいしくて、泣きそうになってしまう。
「涙目のあなたは、かわいいな」
「ぐぅっ……」
 バージルの思いもよらない発言に、カシュアはもう少しでむせそうになった。
「大丈夫か。あわてずに、ゆっくり食べてくれ。あと、ビスケットのかすがついてる」
 口の端を親指でこすられ、そのままあごをすくい上げられた。熱を帯びた双眸で見つめられると、カシュアの頬にも熱がうつってしまう。
「あなたは、私の伴侶だな」
「は、はい……」
「ならば、もう一度この唇に触れる許しを乞うてもいいだろうか」
 カシュアは、一瞬あっけにとられてようにかたまったが、すぐ我に返ってバージルの胸を押しもどした……が、力の差があって、うまくいかない。
「お、俺に触れると、危険です」
「医師からは、軽い触れ合い程度なら、あなたの負担にならないと聞いてる。安心して、急がないから……こわがらないで」
 カシュアが体を引いて距離を取ろうとすると、バージルは真剣な表情で身を乗り出し、引き寄せた手に唇を押しつけた。
(まさか本気で、俺を相手にするつもりか?)
 カシュアは、身長こそバージルより低いが、あとは標準的な男性体だ。女性的な可憐さや美しさもなければ、男性的な凛々しさや精悍さもない。
 しかし、人の好みというのは千差万別だ。前ウェストリン国王には無理でも、バージルには問題ないということもあり得る。
 カシュアは性的な触れ合いに関して、本からの知識しか持ち合わせてない。本来なら、他国へ嫁ぐ前に閨教育を受けるはずが、触れると呪われると厭われて、教育係からは数冊の本を押しつけられて終わった。
(たしか男同士だと、受け入れる側の負担が大きいと書かれてたな。しかし殿下は、今日のところはご配慮くださるようだから、最後まではいかないだろう)
 もし最後まで抱かれるのであれば、指南書に記されていたように、後ろを慣らしておいたほうがいい。北の塔にいるころは、そんな必要性など感じなかったのに、まさかここにきて、である。
(……途中で気が変わって、やめるとかないだろうか)
 そんな期待もむなしく、バージルはカシュアを求めてきた。そっと唇が重ねられ、カシュアは人生で二度目のキスを味わった。
(やわらかい……それに、なんか……)
 うっすらと目をひらけば、青い瞳と視線がからみ合った。唇から伝わる刺激がやけに強く感じるのは、緊張のあまり過敏になってるせいだろうか。
 やがて口のあわいから、熱く濡れた塊がすべりこんできた。それはたとえようもないくらい気持ち良く、うっかりすると意識がのまれそうだ。
「ん……ふっ、う……?」
 そのとき、カシュアの体にある異変が起こった。
(これは……あっ、なんで!?)
 体の中心のもっとも敏感な部分が、とつぜん甘い刺激に包まれた。それは強弱をつけたリズミカルな波に乗って、昂りをますます高みへと増長させて止まらない。
「んあっ、はっ、はっ……はあっ……!」
「ん……ふっ……くっ……、んっ……」
 荒い息づかいが、互いの唇越しに共鳴し合って、新たな快感を生み出していく。生理的にこぼれ落ちた涙を追って視線を落とすと、バージルが己の中心を慰めている光景が目に入ったので、あわてて視線を上げ直した。
「はっ……ん……、くっ……」
 手の動きとシンクロしてゆれる、金色の長いまつ毛が艶かしい。しかし手の動きが早まると、そんなことを感じる余裕など吹き飛んでしまった。
(や、強すぎるっ……あ、だめもう……)
「くっ……、……」
 その刹那、唇が解放されると、汗ばんだ額が肩に強く押しつけられた。あまりの強烈な快感と解放に、カシュアは汗だくで腰を抜かしてしまった。
「ん、どうした……?」
 荒い息の中、バージルが不思議そうにカシュアの中心を見下ろす。
「濡れてる……」
「あ、さ、触らないでくだ」
「キスだけで達するとは、敏感なのだな」
 バージルは、とろけそうな笑みを浮かべると、カシュアの腰を引き寄せた。すると再びかたくなったバージルの中心が、カシュアの内腿に押し付ける形となった。
「あっ、ん……」
 再び強い刺激に見舞われると、そこでカシュアは驚愕の事実に気づかされた。
(まさか……触れた人の痛みだけでなく、こういう刺激も伝わってしまうのか!?)
 ならばカシュア自身に対する刺激はどうだろうか。その疑問は、次の瞬間で解消された。
「あ、や、待って」
「ふっ……あなたにも、気持ちよくなってもらいたい」
 バージルに触れられた中心は、敏感すぎる感覚とともにしっかり反応していた。
「ああっ……俺は、いいですからあっ! やあっ、ああ……」
「ふふ、気持ちよさそうだ……」
 やさしく擦り上げられて、先ほどの強すぎる刺激とは違う、じれったいほどゆるやかな快感が、ぞくぞくと背中をなぞっていく。
(そんな、嘘だろこんなことって……!)
 この日カシュアは、新たな秘密を抱えることとなった。
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