囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ

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第一部

12.カシュアの過去

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 カシュアが、バージルと朝食を食べるようになってから、早一週間が経った。忙しいバージルは、毎日とはいかなかったが、同席できない日は贈り物が届けられた。
「昨日は、貴重な本をありがとうございました」
 三回目の朝食の席で、カシュアは恐縮気味にお礼をのべた。
「いや、あれは詫びのつもりだから、礼などいい」
 向かいの男は、顔を赤らめて視線をそらすので、カシュアはますます恐縮してしまう。忙しい中どうにかして一緒に朝食を取ろうとすることも、同席できないことに詫びの品を送ってくることも、理解し難かった。だって、これではまるで本当の妃扱いではないのか。
(いや本当の妃だが、あくまで形式上の話のはずだ)
 昨日は妃教育と称して、マクシミリアン・ピアースと名乗る執務補佐官が部屋にやってきて、彼から小一時間ほど王家のしきたりや年間儀式、また序列について説明を受けた。その際に、カシュアは自分の立場について誤認していたことに気づかされた。
(まさか、自分が正妃だったとはな……)
 しかし、同時にわかってしまった。この婚姻は、ヒースダインを刺激しないための、暫定的な措置に過ぎないと。カシュアを正妃に迎えておけば、しばらくはヒースダインからの干渉を回避できると踏んだのだろう。
 ヒースダインとウェストリンの同盟は、非常に危うい。隙あらば、互いに寝首をかく気でいる。いや、どちらかと言えば、ヒースダインの方がよりウェストリンを欲していた。
(ここは、いい場所だからな)
 もし今でも北の塔に幽閉されてたとしても、同じことを思っただろう。ヒースダインでの日々は、精神的にも肉体的にも、あまりにも『苦痛』をともなう毎日だった。二度とあの生活に戻りたくない。
「そこで急だが、今日の午後あたりはどうだろうか」
 カシュアは顔を上げた。別のことを考えていたせいで、バージルの言葉を聞き逃してしまった。
「もちろん、あなたの体調にもよるが。途中まで馬車も使うから、それほど歩かせないつもりだ」
 どうやら、外出の提案をされてたようだ。しかも馬車に乗ると言うから、宮殿の外へ向かうのだろう。
「もちろん、よろこんで」
 カシュアは二つ返事で承諾した。この機会を逃したら、きっと後悔する。
(外、外へ出られる!)
 実感した途端、胸の辺りが落ち着かなくなり、食事に集中できなくなった。
 行き先は宮殿の裏手に位置する見晴らしのいい丘だそうで、午後のお茶はそこに用意するという。
「いずれ体調がよくなれば、街へ出掛けるのもいい。だが、まずは外の空気に慣れる必要がある。あなたの体調を見ながら、ゆっくり慣らしていこう」
 なぜバージルは、これほどカシュアの体調を気にするのだろう。たしかに、四年間の幽閉生活は、体をすっかり鈍らせただろうが、あまりにも慎重な扱いに思えてしかたない。これではまるで、深窓の令嬢みたいではないか。
(いや、なに考えてるんだ俺は)
 深窓の令嬢のように、大切にされてしかるべき存在ではない。ヒースダインの後宮で、自分がどのように扱われてきたか……ことの発端は、この奇妙な体質による。
(もう十五年も昔のことだ)
 十五年前。カシュアの母親は、流行病で亡くなった。さいごまで寄り添っていたのは、幼かった自分と、母親付きの侍女だった。
 侍女は、母親が亡くなったとき、めずらしく抱きしめてくれた……だから、わかってしまった。
『ねえ、あなたもいずれ、母上のようになるよ』
 そばにつかえていた侍女は、告げられた言葉にとてもおどろいた。そして顔を真っ青にして、カシュアから離れていき、じきに風の噂で亡くなったことを知った。
 カシュアは死ぬ間際まで母親の手を握っていたので、この病の症状や進行具合を、まさに『身をもって』知った。
 母親は、カシュアの体質を理解する唯一の人間だった。そしてカシュアが痛みにくじけかけ、手をはなそうとする度に、こう言い聞かせた。
『皆を助けるためにも、あなたがこの病をしっかり理解するのよ』
 この病に罹患すると、まず体のどこが痛むのか。進行すると、どの部分が痛むのか。カシュアは、母親の言いつけにしたがって必死に『知った』。そして皆に、病について伝えようとした。
 だがその結果、呪いをかける子どもとして、後宮の地下牢に入れられた。そして地下牢には、数名の大人たちが待ち構えていた。彼らは宮廷につかえる医師で、カシュアの体をさまざまな角度から検証し、結果『役に立つ』と結論づけた。それから、あのつらい日々がはじまった。
 来る日も来る日も、妙な液体を飲むよう強要された。そして日によって、体に起こるさまざまな反応に苦しめられた。あるときは体がしびれて何日も動けなくなり、またあるときは吐血や下血がとまらなくなった。人としての尊厳など無視され、まさに実験道具のように扱われる日々が何年も続いた。
 だからウェストリンへ送られたのは、とても幸運だった。たとえ年老いた国王の側室でも、あの場所にとどまるよりずっとマシだと思った。
(生きてるうちに外へ出られるなんて、なんだか変な気分だ)
 カシュアは、自分の体の悲鳴が聞こえない。だから、いつか急にすべてが終わる日がくる。その覚悟はできていたはずなのに、さいきんは気持ちがぐらつくことがあって困ってしまう。

 その日の午後、カシュアはバージルに連れられて、王宮の裏手にある小高い丘へ向かった。
 途中まで馬車で移動していたが、ゆるやかな坂道が途絶えると、あとは徒歩で移動となった。
「あと少しだけ、歩けそうか?」
「ええ、もちろんです」
 バージルが緊張した面持ちで手を差し伸べたので、カシュアは今度こそ迷わず手をのせた。
(……これは寝不足による頭痛だな。だがそれ以外は、特段体調は悪くないようだ)
 涼しい顔を装っても、こうして触れるだけでわかってしまう。無理をしないでほしいが、そう口には出せない。もう『過ち』は繰り返したくない。
「着いたぞ」
 丘の上は、一面に緑の芝で覆われていた。裸足で歩いてみたかったが、それは許されないだろう。なぜならカシュアの足のケガは治りが悪くて、いまだ包帯が取れないことを、バージルはとても気にしてるからだ。
「ここから城下町が一望できる。そのうちあなたを連れていこう。夏になれば祭りも開催されて、とてもにぎやかだ……きっとあなたも楽しめる」
 夏はあと数ヶ月先だ。それまでに体が持ち直すのか、カシュアにはわからない。
 だがバージルこそ、そのころまでに元気になってもらいたいものだ。カシュアの体調ばかり気にして、しかたない人だと苦笑する。
「ん……笑ってるのか」
 カシュアはあわてて口元を引き結んだが、バージルは追求の手をゆるめない。
「もっとよく見たいから、こちらを向いてくれないか」
 バージルの手がそっと頬にあてられ、すくいあげるように顔を押し上げられた。
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