囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ

文字の大きさ
上 下
9 / 26
第一部

9.呪いの力

しおりを挟む
 十五年ほど前、ヒースダインの後宮では謎の流行病により、何人もの側室や妾、その侍女たちが亡くなったらしい。周囲の証言によれば、亡くなった半数以上は、件の王子に『病に罹患してる』と告げられ、その数日後に発症したと言う。
「年端もいかない子どもが、突然指をさして『この人は病気だ』と言ったそうだよ。それが死を招く病だったから、不吉な予言をする子どもだと気味悪がられて監禁されたらしい。その後、呪いだとか噂を立てられたみたい」
「つまり彼は、病の兆候がわかったというわけか。もしくは病になる原因を知っていたかだな」
 バージルは、あっさり結論を出した。呪いなど、解けない問題の逃げ道に使われる常套手段だ。もしくは、故意になにかを隠そうとするとき、または人を陥れようとするときに利用される。
「当時のヒースダインの宮廷医師たちには、病の原因が解明できなかったみたい。そいつらじゃないの、王子様の変な噂を撒き散らしたのって」
 マイヤーが言うように、宮廷医師たちが噂を広めた可能性はある。つまらない矜恃や体面を保つためでもあるだろうが、一番の理由は責任逃れだろう。
「で、話はここからなんだけど。四、五年前から同じような流行病が、ヒースダインの後宮で発症してるみたいでね」
 四、五年前と言えば、王子がウェストリンにやってきた時期と重なる。
「もしかしたら、それが理由で、王子様をヒースダインから追い出したのかなって。それで、もし意図的にウェストリンへ送り込んだとしたら?」
 それが本当なら、ヒースダインはウェストリンに対して、意図的に危害を加えようとしたことになる。しかもウェストリンの国力は、当時からすでに防衛力の面において著しく低下しつつあった。つけいる隙を与えたら最後、あっという間にヒースダインに攻めこまれてしまっただろう。
「ヒースダインに舐められてるね」
「兄上の統治になった以上、以前のようにはいかない。だが悠長には構えてもいられないな」
 次は何を仕掛けてくるかわからない。東の隣国ヒースダインは、国土も資源もウェストリンとほぼ同じで、昔からお互い牽制し合いつつ、動向を静観してきた。だが近年ウェストリンにおいては、前国王の腐敗政治のせいで弱体化に歯止めが効かず、国境付近では小競り合いが後をたたない。
 これからウェストリンは、防衛力の強化に加えて、ここ数十年おろそかにしてきた外交にも力を入れなくてはならない。できればウェストリン以上の強国、南や北の大国とも友好関係を築いていくのが急務だ。
「これから忙しくなるぞ。さっそく兄上……いや陛下に進言しなくては」
「それもいいけど、休みはちゃんと取りなよ? 今バージル兄さんに倒れられたら、陛下も僕も困る」
「ああ、そうだな……それに彼の元にも通わなくては」
 マイヤーは、うんうんとうなずいてる。
「いい伴侶にめぐり逢えて、本当によかったね」
「だが彼にとっては、私がいい伴侶かどうか疑問だ……触れようとして嫌がられてしまったから、どうしたものかと」
 しかし食事に誘うくらいだから、生理的嫌悪は持たれてないと信じたい。少しずつ距離をつめていけば、やがて自然と手を繋げる日も来るだろう。
「いや結婚したんだから、それは構わないでしょ。まあ最初が肝心だろうけど、そもそもバージル兄さん、男の経験あるの?」
「ないが?」
「じゃあ、二回目に挑む前に、少し勉強してみたら? なんなら僕のつてに詳しい奴がいるから紹介しても」
「二回目とは?」
「え、だから。初夜で失敗したんだよね? 男を抱くのは、女と違っていろいろ準備とかあるから」
「抱く? とんでもない、私は彼の手に触れようとしただけだが」
「え」
 マイヤーの顔はこわばったまま、しばらく動かなかった。
「いやいやいや、さすがにそれはないでしょ。バージル兄さん、そんなに奥手だった? 違うよね、来るもの拒まず去るもの追わずだったよね? え、違った?」
 たしかに性に目覚めた十代は、そういう時期もあったかもしれない。しかしここ数年はクーデターの準備で、本当に忙しかったのだ。それこそ食事もままならず、睡眠もおろそかにして、ようやくエドワードを新国王とする新しい御代を迎えたのだから。
「彼とは結婚したのだから、去られたら困る」
「そこは去らせないための結婚じゃなかった? ヒースダインと友好関係を築くためにも」
「私は、精神的な距離をのことを話してる」
 たとえ彼の体がそばにあろうと、心が離れてしまったら意味がない。バージルはすでに、自分の気持ちを自覚していた。
「いやいやいや、まさかバージル兄さん、気持ちが追いつくまで待つとか言わないよね? そこまで入れこむには、ちょっと早すぎる気がするんだけど。まさか妖精だから、気軽に手を出せないとか言わないよね?」
「何を言ってる。妖精は触れられないが、彼には触れることができる。彼は人間だからな」
「なる、ほど……そこは間違えてないんだ。えーと、うん、あとはバージル兄さんの好きにするといいよ。ただあの王子様には、まだ謎が多そうだけど」
 マイヤーは立ち上がると、部屋を出ていきかけた際に、そうそう、と足をとめた。
「噂についてもうひとつ、なんでもあの王子に『触れる』と呪われるそうだよ。バージル兄さん、たしか具合が悪くなった王子様を運んだんだよね? その後、気分はどう?」
「なんともないが?」
 それどころか、まともな食事を口にしたおかげか、いつなく気分がいい。
(まさか彼は、呪いを恐れて人に触れられることを厭うのか? そういえば私が触れようとしたとき、嫌がるというよりこわがっていたようだった)
 バージルが手を伸ばそうとしたとき、それに触れまいと必死に体をひいた様子を思い出す。青ざめた顔には、恐怖がありありと浮かんでいた。
(そうか、あれは彼のやさしさだったのか……!)
 ならば彼が気を病まないように、バージルが健康であればいい。呪いなど存在しないのだと、身をもって示せばいいのだ。
(そうと決まれば、今夜からしっかり睡眠を取ることにしよう)
 周囲には度々、睡眠不足だといつか体を壊すと言われてきた。つまり、しっかり睡眠を取ればそのリスクが減る。まさに典医が進言した通り、規則正しい生活を送ることがなにより大切だ。
 そして健康であり続けたら、いつか彼が心を開いて、身も心も結ばれる日が来る。この日を境に、バージルの生活が大きく変わっていくのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

処理中です...