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第一部

6.婚儀の日

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 婚姻式当日。朝からあいにくの雨だったが、婚儀は警備面を考慮して本宮殿の奥に位置する小聖堂で行われたので、悪天候による影響は特になかった。
 カシュアは早朝から起こされて、着替えやら衣装やらで大勢の人たちに世話を焼かれ、いざ本番を迎えるころにはヘトヘトになっていた。着付けをしてくれた針子たちは寝不足の頭痛に加え、肩こり腰痛を抱えながらも顔色ひとつ変えずに、終始にこやかだった。彼らの辛抱強さとプロ意識には、本当に脱帽するしかない。だから、この日のために用意された衣装が、生まれてこのかた着たことない重さで、立ってるのすらつらくても、文句など言えなかった。
(それにしても、これほど本格的な式になるとは思わなかった)
 婚儀は、参列者こそ少ないが、王族のそれらしく厳かに進められた。てっきり書類に署名する程度の、簡易なものを想像してたカシュアは、緊張のあまり少々挙動不審になってたかもしれない。
 式の後には、これまたおどろいたことに、ささやかな祝賀会のような会食がもうけられた。料理はどれも悪くなかったが、疲れ果てていたため、肉料理やクリームがたっぷり盛られたデザートに胸焼けしてしまい、あまり手をつけられなかった。
 隣の席に座っていたバージルは、表情にこそ出さないが心配してたようで、あれこれ声を掛けてくれた。予定が押しているからと中座をする際も、何度かこちらをふり返っていた。
(そっちこそ、疲れているくせに)
 バージルがカシュアに触れたのは、婚儀の最中でほんのわずかな間、儀礼的に手を取ったときだけだったが、それでも彼の寝不足や疲労感が瞬時に感じられた。こちらも針子たち同様、顔色ひとつ変えずにいたが、ただの我慢強さとは少し違う気がした。
(不思議な人だ)
 はじめて顔合わせしたときは、限りなく事務的で、カシュアになどこれっぽっちも興味がないように見えた。それがどういうわけか、急に態度を豹変させたのだから、なにか理由があるに違いない。
(まさか俺の噂を耳にして、ご機嫌取りをするような人間とも思えないが。なにか理由があるのだろうか)
 カシュアは物心ついたときから、この容姿のせいで周囲から忌み嫌われてきた。黒髪黒目が一般的なヒースダインでは、カシュアのくすんだ灰色の髪と目の色は、さながら老人のようだと揶揄された。やがて周囲からは、カシュアに触れられると病になるやら、不幸に見舞われるやら言われるようになり、後宮にいる誰からも厭われるようになった。ウェストリンの年老いた国王の元へ側室として嫁がされたのも、ていのいい厄介払いにすぎなかった。
 ウェストリン前国王は、節操なしの好色と知られていた。それでもカシュアを閨に呼んだのは、たった一度だけ。しかも気味悪がって触れようとはせず、けっきょく早々に寝室から追い出されてしまい、そのまま北の塔に監禁された。
(でも、食事は三度与えられてたし、塔の中では監視もなく自由に動けたし、これといって不便さは感じなかったな)
 ただ自分は一生、死ぬまでここから出られないと絶望しただけだ。五階建ての石造りの塔は、いつしか自分の墓標のように思えてきた。きっといつか骸骨になって、風化しかけたころに、どこの誰とも知れない未来の人間に、ぐうぜん発見されるのだろうと想像した。
 だから今の境遇がまるで夢物語のようで実感がわかず、また降ってわいたような目覚ましい出来事の数々に翻弄され、婚儀が終わった途端ドッと疲れが出てしまった。部屋に戻って、侍女たちに世話を焼かれながら着替えをすませると、ひとり寝室にこもることにした。
(もう寝よう)
 カシュアは、ベッドにゴロリと横になると、静かに目を閉じた。侍女たちに風呂をすすめられたが、とても入れる体力は残ってなかった。彼女たちは風呂の介助をする気だったらしく、それだけは勘弁してほしいと首を振った。
 どうにか早くひとりになりたくて、皆には『気分がすぐれないから休みたい』と告げ、全員下がってもらった。なにしろほんの数日前まで、毎日三度の食事を受け取る以外ずっとひとりでいたのだ。それがいきなり大勢の人間の目にさらされる生活になってしまい、精神的ストレスはかなり大きい。
 このまましばらくの間、病のふりして部屋にこもってようかと考えていると、外からなにやらあわただしい足音が近づいてきた。一体何事かと半身を起こすのと、寝室の扉が勢いよく開くのと、ほぼ同時だった。
「……バージル殿下?」
 そこには、青ざめた顔で息を切らすバージルが立っていた。彼はベッドにいるカシュアの姿を認めると、カツカツとブーツの踵を鳴らして近づいてきた。
「容体は? 医者はなんと?」
 いきなり端的に問われても、何について聞かれてるのかさっぱりだ。なんと返したらいいのかわからず押し黙っているうちに、バージルの顔色はますます悪くなっていく。
「まだなのか……誰か!」
 バージルの呼びかけに、後から追いかけるように集まってきた兵士や侍女らは、部屋の入り口の前でかたまったままだ。バージルは彼らに背を向けたまま、静かだが非常によく通る低い声を出した。
「ガイヤはまだか」
「典医殿は、只今こちらへ向かっております」
「遅い。もういい……私が連れていく」
 バージルは焦れた様子でベッドに乗り上げると、瞬く間にカシュアを抱き上げてしまった。そして、兵士があわてておさえる扉を足早に通り抜けていく。
 そんな中、バージルに抱えられたカシュアは、かつて経験したことがない全身の痛みにさいなまれていた。
(な、なんだこれ……頭が重苦しくて、胸が痛い……いや、全身が、まるで岩につぶされているような、圧迫感と痛みが……苦しい、つらい、誰か……!)
 意識が朦朧とする中、バージルの声が遠くから聞こえてきた。どうやら誰かと話しているらしい。
「とにかく苦しそうだ、なんとか原因を突き止めてくれ」
「殿下、まずは落ち着いてください。あなたこそ、今にも倒れそうではないですか……ひどい顔色ですよ。最近きちんとお休みは取られてますか」
「私のことは後回しでいいから、先に彼を診てほしい」
 いや、頼むから先に診てもらってくれ、とカシュアは言葉に出したかったが、それは叶わなかった。なぜなら口を開く前に、バージルの腕の中で気を失ってしまったから。
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