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第一部
5.憧れの存在
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一方バージルは、カシュアを目の前にして感動に打ち震えていた。
(本当に、妖精と同じ瞳なのだな……)
落ち着いたその色は、どちらかというと銀色というより灰色に近いと言える。昔バージルが頭に思い描いた妖精は、いつだって控えめな容姿をしていたので、ちょうどイメージどおりだ。
妖精物語は全三巻。一巻目はニンフと月の神との出会い編で、森の奥に住む孤独なニンフが月の神に見初められるロマンチックな構成となっている。二巻目では、二人の前に次々と立ちはだかる試練を乗りこえる冒険譚で、三巻目でついに身も心も結ばれた二人の間に、美しい妖精が誕生するというハッピーエンドで物語の幕は閉じる。
物語のさまざまな場面の中でも、バージルがもっとも心ひかれたのは、その妖精の子が将来大きくなると、人間界へ旅立つというラストシーンだ。夢見がちな幼少時代には、いつかどこかでその妖精と出会えるかもしれないとドキドキしたものだ。
その、夢にまで見た妖精……のような存在が、目の前に立っているのだ。バージルは今度こそ、その顔をじっと見つめた。造作は悪くなく、落ち着いた風貌は好感がもてる。また乳白色がかった淡い薄墨色の髪は、かのニンフの夜空色の髪に月光が溶けこんだようで、とても神秘的に映った。だだとても残念なことに、その美しい髪は肩の上でふぞろいに断ち切られていた。おそらく自分で切ったのだろうが、そうしなくてはならない環境下に置かれてたことに、バージルは憤りを覚えずにはいられなかった。
「髪を切りそろえた方がいい。あとで理髪師を手配しておく」
「見苦しい姿で、申し訳ございません」
気まずそうに目をそらす頬は、決して女性的な丸みを帯びてないものの、なだらかで手触りが良さそうだ。正式に婚姻を結んだ暁には、それに触れても許されるだろうか。
(その許しを乞うても、構わないだろう。許してもらえるなら、彼の頬に触れ、その指先にも……)
おそらく冷静に考えたら、頬や手くらいなら触れても問題ないはずだが、人生ではじめて当事者意識をもったバージルは、どこまで純粋に自分の希望を求めていいのか判断できないでいた。ただこの目の前の存在を大切にしたい、できれば自分のそばで幸福を感じてもらいたいと強く思う。今から、結婚式が待ち遠しくてしかたなくなった。
神秘的な『月光色』、と呼ぶことにした、彼の髪からのぞく白いうなじを見つめながら、相手を驚かせたり怖がらせたりしないように、できる限りやさしい声を出すよう努めた。
「そのように、あやまる必要はない。むしろこれまで、気が回らなくてすまなかった。ほかにも不便なことがあれば、都度言ってくれれば善処する」
だから、どうか顔を上げてほしい。そんなバージルの切なる願いにこたえるように、小ぶりの頭が持ち上げられた。再び美しい、そうちょうど艶消しの銀で作った鈴のような色、つまり『鈴色』と呼ぶことにした、彼の瞳と視線が絡むと、胸の奥が甘くうずいた。
「お心づかい、感謝します」
あらためて聞く声は、バージルの耳に心地よく響いた。この音色は……と、この思考にはきりがないと一旦止めた。
バージルは、一連のやりとりをふりかえって、ここに来た最大の目的である『顔の確認』を終えたものの、どこか満足できてない自分に気づいた。顔立ちはしっかり確認したし、式のしたくも順調に進んでいるし、これ以上なにが足りないのだろう。
そうだ、口調がかたすぎる。婚儀を終えたら伴侶となるのだから、もっとくだけた口調で話してもいいはずだ。しかし、面と向かって『今から話しかたを変えよう』と提案したら、それはなんだか違う気がする。
そんなこと考えていたバージルは、部屋にいる針子たちの手が止まってることに気づいた。
「邪魔してすまない、続けてくれ」
そう言って、ふりきるように部屋を後にした。もっと忙しくなさそうなときに訪れるべきだった。おそらく、これから仮縫いがはじまり、一日がかりとなるだろう。なにしろ式は二日後にせまってる。ちなみに戴冠式は明日だ。
(誰だ、そんな忙しない日程を組んだのは)
自分だ。物事を無駄なく理路整然と進めるべく、やるべきことは早くすませた方がいいと判断した。それは今でも、間違ってないと思う。エドワードの戴冠式と己の婚儀をさっさとすませておけば、急務である国政の建て直しに注力できる。新国王によって自分は新たな宰相に任命され、しばらくは政務に忙殺される日々が続くだろう。
(だがせめて、式の後くらいは予定をあけておくべきだった)
婚儀の後は、東の国境付近へ視察に向かうため、すぐに王宮を発たなくてはならない。戻るのは、早くても日をまたぐだろう。その翌日以降も、予定はびっしりと詰まっている。しかし体力的には無理なく、無駄のない日程だ。
(どこにも問題などないはず、なのだが……)
バージルは沈んだ気持ちで自室に戻ると、デスクにたまっている書類の山をながめてため息をついた。これでは伴侶と食事をする時間も取れない。ましてや、ゆっくり夜をともにする時間などあるはずもない。
同じベッドで、数時間ほど眠るくらいならできる。しかしバージルは、はじめてベッドをともにするのならば、思い出に残る特別な夜にしたいと思った。
(待てよ、彼は私と寝室を共にすることに納得してるのだろうか)
そこでバージルは、彼が前国王の元側室だった事実を思い出した。そして彼を後宮に入れず、まるで罪人のように北の塔に閉じこめていた前国王に対し、あらためて強い怒りを覚えると同時に、なぜそのような不当な扱いをしたのか気になった。
前国王は、無類の女好きだった。そういう意味では、男の側室に嫌悪感を抱いてたのかもしれない。しかし、北の塔はもともと高貴な身分の罪人を隔離する目的で建てられた場所だ。仮にも同盟国から迎えた側室を、あのように遠ざける理由としては、やや説得力に欠ける気がした。
(嫌うというよりも、まるで恐れていたような感じがするな)
とても嫌な予感がする。無理に真実を知ろうとすれば、あの妖精のごときかの人を傷つけてしまうかもしれない。しかし、彼のことならなんでも知りたいし、彼について前国王が知ってることを、自分が知らないなんて我慢ならない。
(もしや、これが『嫉妬』という感情か?)
誤ってはいないが、問題はそこではなかった。
(本当に、妖精と同じ瞳なのだな……)
落ち着いたその色は、どちらかというと銀色というより灰色に近いと言える。昔バージルが頭に思い描いた妖精は、いつだって控えめな容姿をしていたので、ちょうどイメージどおりだ。
妖精物語は全三巻。一巻目はニンフと月の神との出会い編で、森の奥に住む孤独なニンフが月の神に見初められるロマンチックな構成となっている。二巻目では、二人の前に次々と立ちはだかる試練を乗りこえる冒険譚で、三巻目でついに身も心も結ばれた二人の間に、美しい妖精が誕生するというハッピーエンドで物語の幕は閉じる。
物語のさまざまな場面の中でも、バージルがもっとも心ひかれたのは、その妖精の子が将来大きくなると、人間界へ旅立つというラストシーンだ。夢見がちな幼少時代には、いつかどこかでその妖精と出会えるかもしれないとドキドキしたものだ。
その、夢にまで見た妖精……のような存在が、目の前に立っているのだ。バージルは今度こそ、その顔をじっと見つめた。造作は悪くなく、落ち着いた風貌は好感がもてる。また乳白色がかった淡い薄墨色の髪は、かのニンフの夜空色の髪に月光が溶けこんだようで、とても神秘的に映った。だだとても残念なことに、その美しい髪は肩の上でふぞろいに断ち切られていた。おそらく自分で切ったのだろうが、そうしなくてはならない環境下に置かれてたことに、バージルは憤りを覚えずにはいられなかった。
「髪を切りそろえた方がいい。あとで理髪師を手配しておく」
「見苦しい姿で、申し訳ございません」
気まずそうに目をそらす頬は、決して女性的な丸みを帯びてないものの、なだらかで手触りが良さそうだ。正式に婚姻を結んだ暁には、それに触れても許されるだろうか。
(その許しを乞うても、構わないだろう。許してもらえるなら、彼の頬に触れ、その指先にも……)
おそらく冷静に考えたら、頬や手くらいなら触れても問題ないはずだが、人生ではじめて当事者意識をもったバージルは、どこまで純粋に自分の希望を求めていいのか判断できないでいた。ただこの目の前の存在を大切にしたい、できれば自分のそばで幸福を感じてもらいたいと強く思う。今から、結婚式が待ち遠しくてしかたなくなった。
神秘的な『月光色』、と呼ぶことにした、彼の髪からのぞく白いうなじを見つめながら、相手を驚かせたり怖がらせたりしないように、できる限りやさしい声を出すよう努めた。
「そのように、あやまる必要はない。むしろこれまで、気が回らなくてすまなかった。ほかにも不便なことがあれば、都度言ってくれれば善処する」
だから、どうか顔を上げてほしい。そんなバージルの切なる願いにこたえるように、小ぶりの頭が持ち上げられた。再び美しい、そうちょうど艶消しの銀で作った鈴のような色、つまり『鈴色』と呼ぶことにした、彼の瞳と視線が絡むと、胸の奥が甘くうずいた。
「お心づかい、感謝します」
あらためて聞く声は、バージルの耳に心地よく響いた。この音色は……と、この思考にはきりがないと一旦止めた。
バージルは、一連のやりとりをふりかえって、ここに来た最大の目的である『顔の確認』を終えたものの、どこか満足できてない自分に気づいた。顔立ちはしっかり確認したし、式のしたくも順調に進んでいるし、これ以上なにが足りないのだろう。
そうだ、口調がかたすぎる。婚儀を終えたら伴侶となるのだから、もっとくだけた口調で話してもいいはずだ。しかし、面と向かって『今から話しかたを変えよう』と提案したら、それはなんだか違う気がする。
そんなこと考えていたバージルは、部屋にいる針子たちの手が止まってることに気づいた。
「邪魔してすまない、続けてくれ」
そう言って、ふりきるように部屋を後にした。もっと忙しくなさそうなときに訪れるべきだった。おそらく、これから仮縫いがはじまり、一日がかりとなるだろう。なにしろ式は二日後にせまってる。ちなみに戴冠式は明日だ。
(誰だ、そんな忙しない日程を組んだのは)
自分だ。物事を無駄なく理路整然と進めるべく、やるべきことは早くすませた方がいいと判断した。それは今でも、間違ってないと思う。エドワードの戴冠式と己の婚儀をさっさとすませておけば、急務である国政の建て直しに注力できる。新国王によって自分は新たな宰相に任命され、しばらくは政務に忙殺される日々が続くだろう。
(だがせめて、式の後くらいは予定をあけておくべきだった)
婚儀の後は、東の国境付近へ視察に向かうため、すぐに王宮を発たなくてはならない。戻るのは、早くても日をまたぐだろう。その翌日以降も、予定はびっしりと詰まっている。しかし体力的には無理なく、無駄のない日程だ。
(どこにも問題などないはず、なのだが……)
バージルは沈んだ気持ちで自室に戻ると、デスクにたまっている書類の山をながめてため息をついた。これでは伴侶と食事をする時間も取れない。ましてや、ゆっくり夜をともにする時間などあるはずもない。
同じベッドで、数時間ほど眠るくらいならできる。しかしバージルは、はじめてベッドをともにするのならば、思い出に残る特別な夜にしたいと思った。
(待てよ、彼は私と寝室を共にすることに納得してるのだろうか)
そこでバージルは、彼が前国王の元側室だった事実を思い出した。そして彼を後宮に入れず、まるで罪人のように北の塔に閉じこめていた前国王に対し、あらためて強い怒りを覚えると同時に、なぜそのような不当な扱いをしたのか気になった。
前国王は、無類の女好きだった。そういう意味では、男の側室に嫌悪感を抱いてたのかもしれない。しかし、北の塔はもともと高貴な身分の罪人を隔離する目的で建てられた場所だ。仮にも同盟国から迎えた側室を、あのように遠ざける理由としては、やや説得力に欠ける気がした。
(嫌うというよりも、まるで恐れていたような感じがするな)
とても嫌な予感がする。無理に真実を知ろうとすれば、あの妖精のごときかの人を傷つけてしまうかもしれない。しかし、彼のことならなんでも知りたいし、彼について前国王が知ってることを、自分が知らないなんて我慢ならない。
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