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第四部 特別じゃない招待状
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バルテレミー王宮の食堂に勤めて早半年。ようやく忙しい夏が過ぎた。
初めて過ごした王宮の夏は、夏祭りをはじめ数々の祭典や行事が盛りだくさんで、とんでもなく忙しかった。食堂で仕事する仲間内では一番下っぱの俺は、普段なら入ることなど許されない、賓客用の料理を作る厨房の手伝いにかり出された。
でも『賓客用』の厨房って呼ばれるからには、さぞかしお上品なとこかと思いきや、けっきょく厨房はどこも似たようなものだった。殺気立った空気はまさに戦場であり、城下町の食堂にいたころを思い出して、ちょっぴり切ないような、懐かしい気持ちになったりもした。まあそんな感傷にひたれたのはほんの一瞬で、あとは目の回るような仕事量に忙殺されたけど。
(でも手伝いにいったおかげで、知り合いも増えたな)
今まで食堂の厨房と、その裏にある従業員専用の寮を往復するばかりの日々だったから、仕事仲間以外と知り合う機会がなかった。でも王宮行事の手伝いをしたら、びっくりするくらい多くの人間が働いていて、中には気さくに声をかけてくれる気のいい人もたくさんいた。
互いにはげましあいながら仕事をして、忙しいイベント期間を共にのり越えたため、今ではすっかり良き仲間・良き戦友だ。
でもそんな日々を過ごしていたら、ハルトに会う時間がなかなか取れなくて、この夏はほとんど会うことができなかった。
ハルト、つまりベルンハルト・アーベルは、市井の警備や治安を司るバルテレミー治安部隊の隊長であり、いちおう俺の恋人でもある。
「いちおうってどういう意味? 付き合ってんでしょ?」
賓客用の厨房に勤めるカイルは、サンドウィッチを片手にあきれた顔をしてる。
カイルとは、夏祭りの手伝いで厨房に入ったときに知り合った。偶然にも俺と同い年で、恰幅がよく丸顔をした、話しやすいいい奴だ。のんびりそうに見えて、無駄のない動作でびっくりするくらい見栄えのする料理を作る、立派な料理人でもある。
俺たちは北の塔の裏庭で、それぞれ持ち合った昼飯をのんびり食いながら、おしゃべりをしていた。風は冷たくなってきたけど、太陽さえ出ていればわりと暖かいので、やわらかな芝の上に直接座っても寝そべっても快適だ。
俺は食べ終わったサンドウィッチの包みをたたむと、芝の上であぐらをかいて腕組みをする。
「いや、たしかに付き合ってはいるけどさ。この夏は忙しすぎて、ほとんど会えてないんだよ……こんなんで、付き合ってるって言えんのかな」
「まあ、治安の隊長さんだから忙しいだろうね。あと、このあいだは貴重な時間を邪魔しちゃってごめん」
「それは、もういいかげん忘れろって」
ニコニコ笑うカイルに、俺は恥ずかしさに顔をしかめた。実は夏祭りの期間中、仕事の合間に抜け出してきたハルトとこの裏庭で逢引してたら、ぐうぜん通りかかったカイルに見られてしまったのだ。
「びっくりしたよ、まさかセディにあんなかっこいい恋人がいたんだもの。かっこいいと言えば王弟殿下が有名だけど、隊長さんはタイプが違うというか、硬派な感じがするな」
「硬派というか、生真面目というか……まあ殿下とは違うよな」
王弟殿下の姿なら、夏祭りの会場でチラリと見かけた。うわさどおり優男風の、いかにも女にモテそうな華やかな容姿で、大勢の人たちに囲まれながら作り物のような笑顔を浮かべていた。ハルトはそれとは正反対の、目つきが鋭く隙のない、キリッとした端正な風貌だ。
(そこがまた、カッコイイんだよな)
でも当の本人は、自分の外見に無頓着で、超がつくほど恋愛に対して奥手だ。しかも俺に対しても、いまだに自信が持てないらしい。だから付き合っているのに、数度のデートをしただけで、何の進展もない……こんなんじゃ、俺も自信を失うってもんだ。
「とにかく夏のイベントラッシュは終わったんだから、これからはもっと会える時間ができるでしょ? 隊長さんもほら、いろいろたまってんじゃないの?」
「たまっ……て、ばっかやろう! 変なこと言うなよ!」
そんなレベルからほど遠い俺らの関係は、いったいどの位置にいるんだろう。笑い転げるカイルに軽く蹴りを入れながら、俺の心に一抹の不安がよぎった。
しかしそんな話をした翌日のこと。めずらしくハルトから手紙が届いた。どうやら俺の次の休みに合わせて、ランチに招待したいとある。
(わざわざ手紙って、直接言いに来れないほど忙しいのか?)
忙しいなら無理しなくても、と思いつつ、顔がゆるんでしまう。ハルトの屋敷に招待されたのははじめてだ。
(きっと立派な屋敷だろうから、ちゃんとした服装しなくちゃな)
俺はクローゼットを引っかきまわして、まともな服を探した。
(なんか、ろくなのしかないな。まあ、おしゃれする機会なんて、今までなかったから当然か)
数枚あるシャツの中で、比較的新しいものと、前にハルトと街でデートしたときに履いたズボンを合わせてみる。まあ、それほどひどくないからこれでよしとしよう。
(そういえば、夏祭りの時にもらった首に巻くなんちゃらタイ……アスコットタイとかいうのがあった)
五日間お手伝いしたごほうびにと、厨房を監督していた貴族の、なんちゃら男爵って人がくれたものだ。
一緒に手伝いに入った他の奴らも、何かしらもらっていたようだけど、俺にはなぜか布切れ一枚だったから変な顔したら『昼間の礼装に使うものだ』って言われたっけ。俺が使ったことないって言ったら、男爵は笑いながら結びかたをていねいに教えてくれた。
俺はクローゼットの扉の内側にある鏡の前で、その男爵に教わった通りに、どうにかタイを結んでみた。この次は真ん中で留めるブローチをあげる、って言われたけど、それはさすがに必要ないって断った。そんな高価なものもらえないし、どうせ使うこともないだろうから。
(まあ俺のシャツには、タイも大げさな感じするけど、きちんとした場所じゃジャケットにタイが定番らしいからな)
残念ながらジャケットは持ち合わせがないが、タイを結べることに俺はとても満足していた……この時までは。
初めて過ごした王宮の夏は、夏祭りをはじめ数々の祭典や行事が盛りだくさんで、とんでもなく忙しかった。食堂で仕事する仲間内では一番下っぱの俺は、普段なら入ることなど許されない、賓客用の料理を作る厨房の手伝いにかり出された。
でも『賓客用』の厨房って呼ばれるからには、さぞかしお上品なとこかと思いきや、けっきょく厨房はどこも似たようなものだった。殺気立った空気はまさに戦場であり、城下町の食堂にいたころを思い出して、ちょっぴり切ないような、懐かしい気持ちになったりもした。まあそんな感傷にひたれたのはほんの一瞬で、あとは目の回るような仕事量に忙殺されたけど。
(でも手伝いにいったおかげで、知り合いも増えたな)
今まで食堂の厨房と、その裏にある従業員専用の寮を往復するばかりの日々だったから、仕事仲間以外と知り合う機会がなかった。でも王宮行事の手伝いをしたら、びっくりするくらい多くの人間が働いていて、中には気さくに声をかけてくれる気のいい人もたくさんいた。
互いにはげましあいながら仕事をして、忙しいイベント期間を共にのり越えたため、今ではすっかり良き仲間・良き戦友だ。
でもそんな日々を過ごしていたら、ハルトに会う時間がなかなか取れなくて、この夏はほとんど会うことができなかった。
ハルト、つまりベルンハルト・アーベルは、市井の警備や治安を司るバルテレミー治安部隊の隊長であり、いちおう俺の恋人でもある。
「いちおうってどういう意味? 付き合ってんでしょ?」
賓客用の厨房に勤めるカイルは、サンドウィッチを片手にあきれた顔をしてる。
カイルとは、夏祭りの手伝いで厨房に入ったときに知り合った。偶然にも俺と同い年で、恰幅がよく丸顔をした、話しやすいいい奴だ。のんびりそうに見えて、無駄のない動作でびっくりするくらい見栄えのする料理を作る、立派な料理人でもある。
俺たちは北の塔の裏庭で、それぞれ持ち合った昼飯をのんびり食いながら、おしゃべりをしていた。風は冷たくなってきたけど、太陽さえ出ていればわりと暖かいので、やわらかな芝の上に直接座っても寝そべっても快適だ。
俺は食べ終わったサンドウィッチの包みをたたむと、芝の上であぐらをかいて腕組みをする。
「いや、たしかに付き合ってはいるけどさ。この夏は忙しすぎて、ほとんど会えてないんだよ……こんなんで、付き合ってるって言えんのかな」
「まあ、治安の隊長さんだから忙しいだろうね。あと、このあいだは貴重な時間を邪魔しちゃってごめん」
「それは、もういいかげん忘れろって」
ニコニコ笑うカイルに、俺は恥ずかしさに顔をしかめた。実は夏祭りの期間中、仕事の合間に抜け出してきたハルトとこの裏庭で逢引してたら、ぐうぜん通りかかったカイルに見られてしまったのだ。
「びっくりしたよ、まさかセディにあんなかっこいい恋人がいたんだもの。かっこいいと言えば王弟殿下が有名だけど、隊長さんはタイプが違うというか、硬派な感じがするな」
「硬派というか、生真面目というか……まあ殿下とは違うよな」
王弟殿下の姿なら、夏祭りの会場でチラリと見かけた。うわさどおり優男風の、いかにも女にモテそうな華やかな容姿で、大勢の人たちに囲まれながら作り物のような笑顔を浮かべていた。ハルトはそれとは正反対の、目つきが鋭く隙のない、キリッとした端正な風貌だ。
(そこがまた、カッコイイんだよな)
でも当の本人は、自分の外見に無頓着で、超がつくほど恋愛に対して奥手だ。しかも俺に対しても、いまだに自信が持てないらしい。だから付き合っているのに、数度のデートをしただけで、何の進展もない……こんなんじゃ、俺も自信を失うってもんだ。
「とにかく夏のイベントラッシュは終わったんだから、これからはもっと会える時間ができるでしょ? 隊長さんもほら、いろいろたまってんじゃないの?」
「たまっ……て、ばっかやろう! 変なこと言うなよ!」
そんなレベルからほど遠い俺らの関係は、いったいどの位置にいるんだろう。笑い転げるカイルに軽く蹴りを入れながら、俺の心に一抹の不安がよぎった。
しかしそんな話をした翌日のこと。めずらしくハルトから手紙が届いた。どうやら俺の次の休みに合わせて、ランチに招待したいとある。
(わざわざ手紙って、直接言いに来れないほど忙しいのか?)
忙しいなら無理しなくても、と思いつつ、顔がゆるんでしまう。ハルトの屋敷に招待されたのははじめてだ。
(きっと立派な屋敷だろうから、ちゃんとした服装しなくちゃな)
俺はクローゼットを引っかきまわして、まともな服を探した。
(なんか、ろくなのしかないな。まあ、おしゃれする機会なんて、今までなかったから当然か)
数枚あるシャツの中で、比較的新しいものと、前にハルトと街でデートしたときに履いたズボンを合わせてみる。まあ、それほどひどくないからこれでよしとしよう。
(そういえば、夏祭りの時にもらった首に巻くなんちゃらタイ……アスコットタイとかいうのがあった)
五日間お手伝いしたごほうびにと、厨房を監督していた貴族の、なんちゃら男爵って人がくれたものだ。
一緒に手伝いに入った他の奴らも、何かしらもらっていたようだけど、俺にはなぜか布切れ一枚だったから変な顔したら『昼間の礼装に使うものだ』って言われたっけ。俺が使ったことないって言ったら、男爵は笑いながら結びかたをていねいに教えてくれた。
俺はクローゼットの扉の内側にある鏡の前で、その男爵に教わった通りに、どうにかタイを結んでみた。この次は真ん中で留めるブローチをあげる、って言われたけど、それはさすがに必要ないって断った。そんな高価なものもらえないし、どうせ使うこともないだろうから。
(まあ俺のシャツには、タイも大げさな感じするけど、きちんとした場所じゃジャケットにタイが定番らしいからな)
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