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第四部
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「ん、どした?」
「えっ」
いつもの金曜日。倉澤のマンションで夕食の後、ソファーを背に床のマットで胡座をかいて、ちびりちびりとビールの缶をすすっていた三崎は、大きな手に顎を撫でられてハッとした。
「こぼしてるぞ」
「あ……すいません」
キッチンで洗い物を終わらせた倉澤が、いつの間にか隣に座っていた。三崎の手の中でぬるくなった缶は取り上げられてしまい、新しいビールの缶を差し出される。
「謝ることないけどな……ぼんやりしてるとこ、可愛いから」
正面では男前の顔が、甘く蕩けそうな表情を浮かべて、頬杖つきながらこちらを見つめていた。
「なっ……何言ってんですか、もう……」
三崎は熱い視線に堪えきれず横を向くと、口元を袖で拭った。やはり倉澤は目がおかしいと頭を抱えたくなる。
「それで、俺の可愛い恋人は、何か話があるんじゃないか?」
「へっ?」
わざと『可愛い』という言葉に力をこめたところはスルーして、三崎は何のことか分からず首を傾げた。
「この間、あの本屋でユウに会ったんだって?」
「あっ……」
どうして知ってるんだ、と聞こうとして開いた口は、きっとユウ本人から聞いたのだと思い至り、声が音になる前に飲み込んだ。倉澤は淡々と、だが逃がさないとばかり正面から口火を切った。
「昨日の夜、時間が空いたから久しぶりに友人の店に顔を出したんだ。そこに偶然ユウが来てて、お前に会ったって話を聞いたよ」
軽い口調の中に少しだけ非難する響きが混じるように感じるのは、三崎の思い違いだろうか。心なしか視線もやや鋭い気がする。
別に隠そうと思っていたわけではない。ただ、なんとなく話題にしづらかった。
(だって、あの人は昔、倉澤さんと……)
嫉妬してると、潔く認めようと思う。そして、それを上回る不安を感じていることも。でも、自分の本心を認める事と、その全てを恋人に明かす事は別問題だ。
(わざわざ波風を立てる事なんて、言わないほうがいい。だって俺たちは今のところ、うまくいってる。余計な事は黙っていた方がいいんだ……)
三崎は心を落ち着かせようと、ほんの少しだけ目を閉じると、ゆっくり顔を上げて隣の倉澤に微笑んでみせた。
「すいません、なんとなく言いそびれちゃって。偶然書店で会って、ほんの少し話しただけなんです……あの、実は俺、家を出ようか迷ってて」
三崎は手短に、年末に父親が帰国する予定と、それに伴い妹夫婦が実家に移り住む計画について説明した。
「家を出るって言っても、そう急ぐ必要も無いんですけど。でもユウさんが賃貸の仲介やってるって聞いたから、少しだけ相談に乗ってもらったんです」
「家出るって、どうして俺に話さなかったんだ?」
「それは……ずっと迷ってたから。というか、まだ迷ってて……なかなか気に入った物件が見つからなかったので」
「なんだ、それなら俺に一言相談してくれればよかったのに」
「あ、でも、もう大丈夫ですから! やっと候補が見つかったんです。実家近くにある、わりと良さげな物件で……妹も親父も近くに住めっていうから、もし本当に引っ越すとしたら都合いいかと思ってまして」
本当の話の中に混じる、いくつかの嘘。まず迷ってなんかない、最初から家を出るつもりでいた。そして物件はまだ見つかっていない。
正直どんな部屋がいいか、さしてこだわりはなかった。今まで決まらなかった理由は、場所を決めかねていたからだ。
倉澤のマンションに近すぎると、今よりもっと一緒にいたくなる。だが遠すぎるのも嫌だ。適度な距離はどの辺りなのか、いまだに決めかねている。
「見つかったって……よくまた、そんな事を言えたもんだ」
「倉澤さん?」
再びぬるくなり出したビールの缶を取り上げられ、硝子のローテーブルに置かれた。それからあっという間に視界が反転し、気が付くとフローリングの上に押し倒されていた。
天井を背にした倉澤の顔が、意地悪そうな笑みを浮かべて三崎を見下ろしている。乗り上げられた腰が熱く感じ、次第に浅くなっていく自分の呼吸がやけに煩わしく感じた。
「可愛い嘘もたまにはいいが、今回は少し勝手が違うからな」
「う、嘘って……」
つい素直な反応を返してしまい、己の分かりやすさに臍を嚙む。スルリと頬を撫でられ、体が小さく震えてしまった。
(倉澤さん……怒ってる)
しかも相当、酷く。
「お前が言い出すまで我慢しようと思ったが、このまま引っ越しして逃げられちゃ手遅れだからな」
「に、逃げたりなんか……」
「逃げるだろ、お前自身から」
「えっ……」
「俺から逃げても、いくらでも追いかけられる。だけどお前自身の気持ちから逃げてたら、お前が辛いだろう……だから俺が引き戻す」
噛みつくようなキスをされ、三崎は頭が真っ白になった。呼吸まで奪われるその激しさに、息が詰まってしまい、苦しさのあまり涙が滲んでくる。
「ふっ……ほら、素直になれ……」
「はっ……ん、なんで……」
水音を小さく立てて唇が離れる。倉澤は三崎の手を取り上げると、指先に自らの唇を寄せ、見せつけるように濡れた舌先で煽情的に舐め上げた。つい声を漏らすと、倉澤は愉悦に満ちた瞳を細めた。
「感じやすい体」
「ん……」
「すっかり俺好みの体になったな……ふふ、なのにどうしてお前は、いつまでたっても自信を持てないんだろうな……」
手加減しない愛撫で昂っていく体の内側に、暴力的なまでの快楽を持て余し、助けを求めて手を伸ばすも、結局は倉澤に縋るしかなかった。
(酷い……こんなに俺を駄目にして……これ以上、どうしろって言うんだよ……)
涙で滲む視界の先には、恍惚とした表情を浮かべている恋人の顔があった。
「お前、俺なしじゃもう無理だろ」
「うっ……うう」
「観念しちまえ」
むずかる赤ん坊をなだめるような、やさしいキスを顔じゅうに落とされる。その慈愛に満ちた行為とは裏腹に、両手は嫌らしく執拗に全身を弄られている。激しいギャップに翻弄され、三崎はついに音を上げてしまった。
「怖い……怖いよ、倉澤さん……」
「何が怖いんだ? 俺はやさしくないか?」
「やさしすぎて、怖い……」
支離滅裂だと自分でも分かっている。倉澤は全身で愛情を示してくれているのに、それが不安の種になるなんて、自分勝手も甚だしい。こんなの単なる我儘だ。それなのに、倉澤の笑みは一層深くなった。
「もっと言えよ、正憲……なんでも話せ、お前の不安も何もかも」
「倉澤、さん、ずるい……ひどい、です……」
「可愛いなお前、本当に可愛い」
「かわい、く、なんかない……ぜんぜん、俺、綺麗でもないし、気がきかないし……」
「こんなに俺を夢中にさせといて? これ以上好きにさせて、どうしようってんだ」
深く愛されれば、それと同じくらい不安になる。それはもう仕方ないのかもしれない。それだけ失いたくない、という意味なのだから。
(俺、いつの間に、こんなに倉澤さんのこと……)
気づいてしまうと、恥ずかしさで悶えそうだ。両手で熱くなった顔を隠すと、下半身に熱い吐息を感じた。硬直する腰を撫でられ、そのくすぐったさに身をよじろうにも、両腕でがっちりと太腿を絡め取られて叶わない。
「くっ……んん……」
絶妙な舌遣いであっという間に欲望を解放させられた。全身の筋肉が弛緩すると、今更床の固さを背に感じておかしくなった。
「なんだ、急に笑い出して」
「いえ、なんだか自分がおかしくって……」
あれこれ悩み、不安になり、次の瞬間あっと言う間に幸福感に包まれる。相手の一挙一動で幸せになったり絶望したり、人を愛するということは、傍から見ててさぞ滑稽で愚かだろう。
でも倉澤はそんな事とっくに分かっていて、それでも辛抱強く三崎が追い付いてくるのを待っている。愛情が同じくらい高まる日は近いと、きっと気づいている。
(いや、もうメロメロなんだけど……)
テレワークが始まって以来、三崎はサテライトオフィスへ通っている。倉澤と待ち合わせがしやすくなるよう考えた上でのことだ。それでも週三日に抑えたのは、倉澤に負担を掛けたくなかったからだ。
ずっと自宅で仕事することも可能だが、それだといずれ倉澤がやってくるのを待ち続けてしまいそうで、いつか来なくなったらと思うと不安で、とても続けられそうになかった。
会社で会うことがなくなり、毎日顔を見れなくなってつらかった。平日の夕方から夜のほんの数時間じゃ少なすぎる。金曜日の夜は泊まることもあるが、必ずしも休み前日に会えるわけではないから毎週とはいかない。
会う度に体を合わせているのに、足りないと感じるなんて贅沢だ……留まるところを知らない気持ちは、どこまで膨らみ続けるのか分からず、ただ不安だった。でもその不安を解消できるのは、結局のところ倉澤しかいない。そしてまた、さらに好きという気持ちに拍車がかかるのだから質が悪い。
「それで、物件探しはいつ行く?」
熱いひとときが過ぎ、ベッドで背中から抱かれていた三崎は、倉澤の質問に肩を揺らした。
「寝室は一緒でいいけど、在宅するならそれぞれ部屋があった方がいいよな。まあ最低3LDKじゃないとな」
「ちょ、ちょっと待ってください、あの」
「なんだ、俺と一緒に暮らすのは嫌か?」
「嫌、じゃないですけど……」
あやすように両手を弄られるのは嫌いじゃない。背中の温もりも、声の近さも、おそらく三本の指に入るくらい好きな時間のひとつだ。
「いくつか候補あるんだけど、見る?」
倉澤は半身を起こしてベッドサイドのタブレットに手を伸ばす。軽くタップして操作すること数秒、ようやく体を起こした三崎の目の前に画面が差し出された。
「いつの間に……」
「この間ユウに会ったって話しただろ? その時いくつか見繕ってくれるよう頼んどいたんだよ」
「そうですか……」
散々愛された後にも関わらず、ユウの名前を耳にしただけで、どうしてこう落ち込んでしまうのか……三崎にもコントロールできない感情だった。
「それから、ユウのことだけど……お前なんか誤解してるだろう?」
倉澤の真剣な声音に、つい視線を落としてしまう。だが次に発せられた言葉に、三崎の目は丸くなった。
「ハッキリ言っておくが、あいつとは一度も寝てない。そもそもそんな色っぽい付き合いしてないぞ」
「えっ」
いつもの金曜日。倉澤のマンションで夕食の後、ソファーを背に床のマットで胡座をかいて、ちびりちびりとビールの缶をすすっていた三崎は、大きな手に顎を撫でられてハッとした。
「こぼしてるぞ」
「あ……すいません」
キッチンで洗い物を終わらせた倉澤が、いつの間にか隣に座っていた。三崎の手の中でぬるくなった缶は取り上げられてしまい、新しいビールの缶を差し出される。
「謝ることないけどな……ぼんやりしてるとこ、可愛いから」
正面では男前の顔が、甘く蕩けそうな表情を浮かべて、頬杖つきながらこちらを見つめていた。
「なっ……何言ってんですか、もう……」
三崎は熱い視線に堪えきれず横を向くと、口元を袖で拭った。やはり倉澤は目がおかしいと頭を抱えたくなる。
「それで、俺の可愛い恋人は、何か話があるんじゃないか?」
「へっ?」
わざと『可愛い』という言葉に力をこめたところはスルーして、三崎は何のことか分からず首を傾げた。
「この間、あの本屋でユウに会ったんだって?」
「あっ……」
どうして知ってるんだ、と聞こうとして開いた口は、きっとユウ本人から聞いたのだと思い至り、声が音になる前に飲み込んだ。倉澤は淡々と、だが逃がさないとばかり正面から口火を切った。
「昨日の夜、時間が空いたから久しぶりに友人の店に顔を出したんだ。そこに偶然ユウが来てて、お前に会ったって話を聞いたよ」
軽い口調の中に少しだけ非難する響きが混じるように感じるのは、三崎の思い違いだろうか。心なしか視線もやや鋭い気がする。
別に隠そうと思っていたわけではない。ただ、なんとなく話題にしづらかった。
(だって、あの人は昔、倉澤さんと……)
嫉妬してると、潔く認めようと思う。そして、それを上回る不安を感じていることも。でも、自分の本心を認める事と、その全てを恋人に明かす事は別問題だ。
(わざわざ波風を立てる事なんて、言わないほうがいい。だって俺たちは今のところ、うまくいってる。余計な事は黙っていた方がいいんだ……)
三崎は心を落ち着かせようと、ほんの少しだけ目を閉じると、ゆっくり顔を上げて隣の倉澤に微笑んでみせた。
「すいません、なんとなく言いそびれちゃって。偶然書店で会って、ほんの少し話しただけなんです……あの、実は俺、家を出ようか迷ってて」
三崎は手短に、年末に父親が帰国する予定と、それに伴い妹夫婦が実家に移り住む計画について説明した。
「家を出るって言っても、そう急ぐ必要も無いんですけど。でもユウさんが賃貸の仲介やってるって聞いたから、少しだけ相談に乗ってもらったんです」
「家出るって、どうして俺に話さなかったんだ?」
「それは……ずっと迷ってたから。というか、まだ迷ってて……なかなか気に入った物件が見つからなかったので」
「なんだ、それなら俺に一言相談してくれればよかったのに」
「あ、でも、もう大丈夫ですから! やっと候補が見つかったんです。実家近くにある、わりと良さげな物件で……妹も親父も近くに住めっていうから、もし本当に引っ越すとしたら都合いいかと思ってまして」
本当の話の中に混じる、いくつかの嘘。まず迷ってなんかない、最初から家を出るつもりでいた。そして物件はまだ見つかっていない。
正直どんな部屋がいいか、さしてこだわりはなかった。今まで決まらなかった理由は、場所を決めかねていたからだ。
倉澤のマンションに近すぎると、今よりもっと一緒にいたくなる。だが遠すぎるのも嫌だ。適度な距離はどの辺りなのか、いまだに決めかねている。
「見つかったって……よくまた、そんな事を言えたもんだ」
「倉澤さん?」
再びぬるくなり出したビールの缶を取り上げられ、硝子のローテーブルに置かれた。それからあっという間に視界が反転し、気が付くとフローリングの上に押し倒されていた。
天井を背にした倉澤の顔が、意地悪そうな笑みを浮かべて三崎を見下ろしている。乗り上げられた腰が熱く感じ、次第に浅くなっていく自分の呼吸がやけに煩わしく感じた。
「可愛い嘘もたまにはいいが、今回は少し勝手が違うからな」
「う、嘘って……」
つい素直な反応を返してしまい、己の分かりやすさに臍を嚙む。スルリと頬を撫でられ、体が小さく震えてしまった。
(倉澤さん……怒ってる)
しかも相当、酷く。
「お前が言い出すまで我慢しようと思ったが、このまま引っ越しして逃げられちゃ手遅れだからな」
「に、逃げたりなんか……」
「逃げるだろ、お前自身から」
「えっ……」
「俺から逃げても、いくらでも追いかけられる。だけどお前自身の気持ちから逃げてたら、お前が辛いだろう……だから俺が引き戻す」
噛みつくようなキスをされ、三崎は頭が真っ白になった。呼吸まで奪われるその激しさに、息が詰まってしまい、苦しさのあまり涙が滲んでくる。
「ふっ……ほら、素直になれ……」
「はっ……ん、なんで……」
水音を小さく立てて唇が離れる。倉澤は三崎の手を取り上げると、指先に自らの唇を寄せ、見せつけるように濡れた舌先で煽情的に舐め上げた。つい声を漏らすと、倉澤は愉悦に満ちた瞳を細めた。
「感じやすい体」
「ん……」
「すっかり俺好みの体になったな……ふふ、なのにどうしてお前は、いつまでたっても自信を持てないんだろうな……」
手加減しない愛撫で昂っていく体の内側に、暴力的なまでの快楽を持て余し、助けを求めて手を伸ばすも、結局は倉澤に縋るしかなかった。
(酷い……こんなに俺を駄目にして……これ以上、どうしろって言うんだよ……)
涙で滲む視界の先には、恍惚とした表情を浮かべている恋人の顔があった。
「お前、俺なしじゃもう無理だろ」
「うっ……うう」
「観念しちまえ」
むずかる赤ん坊をなだめるような、やさしいキスを顔じゅうに落とされる。その慈愛に満ちた行為とは裏腹に、両手は嫌らしく執拗に全身を弄られている。激しいギャップに翻弄され、三崎はついに音を上げてしまった。
「怖い……怖いよ、倉澤さん……」
「何が怖いんだ? 俺はやさしくないか?」
「やさしすぎて、怖い……」
支離滅裂だと自分でも分かっている。倉澤は全身で愛情を示してくれているのに、それが不安の種になるなんて、自分勝手も甚だしい。こんなの単なる我儘だ。それなのに、倉澤の笑みは一層深くなった。
「もっと言えよ、正憲……なんでも話せ、お前の不安も何もかも」
「倉澤、さん、ずるい……ひどい、です……」
「可愛いなお前、本当に可愛い」
「かわい、く、なんかない……ぜんぜん、俺、綺麗でもないし、気がきかないし……」
「こんなに俺を夢中にさせといて? これ以上好きにさせて、どうしようってんだ」
深く愛されれば、それと同じくらい不安になる。それはもう仕方ないのかもしれない。それだけ失いたくない、という意味なのだから。
(俺、いつの間に、こんなに倉澤さんのこと……)
気づいてしまうと、恥ずかしさで悶えそうだ。両手で熱くなった顔を隠すと、下半身に熱い吐息を感じた。硬直する腰を撫でられ、そのくすぐったさに身をよじろうにも、両腕でがっちりと太腿を絡め取られて叶わない。
「くっ……んん……」
絶妙な舌遣いであっという間に欲望を解放させられた。全身の筋肉が弛緩すると、今更床の固さを背に感じておかしくなった。
「なんだ、急に笑い出して」
「いえ、なんだか自分がおかしくって……」
あれこれ悩み、不安になり、次の瞬間あっと言う間に幸福感に包まれる。相手の一挙一動で幸せになったり絶望したり、人を愛するということは、傍から見ててさぞ滑稽で愚かだろう。
でも倉澤はそんな事とっくに分かっていて、それでも辛抱強く三崎が追い付いてくるのを待っている。愛情が同じくらい高まる日は近いと、きっと気づいている。
(いや、もうメロメロなんだけど……)
テレワークが始まって以来、三崎はサテライトオフィスへ通っている。倉澤と待ち合わせがしやすくなるよう考えた上でのことだ。それでも週三日に抑えたのは、倉澤に負担を掛けたくなかったからだ。
ずっと自宅で仕事することも可能だが、それだといずれ倉澤がやってくるのを待ち続けてしまいそうで、いつか来なくなったらと思うと不安で、とても続けられそうになかった。
会社で会うことがなくなり、毎日顔を見れなくなってつらかった。平日の夕方から夜のほんの数時間じゃ少なすぎる。金曜日の夜は泊まることもあるが、必ずしも休み前日に会えるわけではないから毎週とはいかない。
会う度に体を合わせているのに、足りないと感じるなんて贅沢だ……留まるところを知らない気持ちは、どこまで膨らみ続けるのか分からず、ただ不安だった。でもその不安を解消できるのは、結局のところ倉澤しかいない。そしてまた、さらに好きという気持ちに拍車がかかるのだから質が悪い。
「それで、物件探しはいつ行く?」
熱いひとときが過ぎ、ベッドで背中から抱かれていた三崎は、倉澤の質問に肩を揺らした。
「寝室は一緒でいいけど、在宅するならそれぞれ部屋があった方がいいよな。まあ最低3LDKじゃないとな」
「ちょ、ちょっと待ってください、あの」
「なんだ、俺と一緒に暮らすのは嫌か?」
「嫌、じゃないですけど……」
あやすように両手を弄られるのは嫌いじゃない。背中の温もりも、声の近さも、おそらく三本の指に入るくらい好きな時間のひとつだ。
「いくつか候補あるんだけど、見る?」
倉澤は半身を起こしてベッドサイドのタブレットに手を伸ばす。軽くタップして操作すること数秒、ようやく体を起こした三崎の目の前に画面が差し出された。
「いつの間に……」
「この間ユウに会ったって話しただろ? その時いくつか見繕ってくれるよう頼んどいたんだよ」
「そうですか……」
散々愛された後にも関わらず、ユウの名前を耳にしただけで、どうしてこう落ち込んでしまうのか……三崎にもコントロールできない感情だった。
「それから、ユウのことだけど……お前なんか誤解してるだろう?」
倉澤の真剣な声音に、つい視線を落としてしまう。だが次に発せられた言葉に、三崎の目は丸くなった。
「ハッキリ言っておくが、あいつとは一度も寝てない。そもそもそんな色っぽい付き合いしてないぞ」
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