休出の人たち

高菜あやめ

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第二部

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 プレゼンは概ね上手くいった。葉山は初めて客先で行うプレゼンとあってか、勢いがつき過ぎて空回りする場面もあったが、元気な声でハキハキと説明を進めることが出来て、先方の担当者である小林の反応も好感触だった。
 もちろん鋭い指摘も受けたが、そこは三崎のフォローで切り抜け、なんとかこちらに有利な折衷案に落とし込めたのだから成功と言えるだろう。
「だいぶ遅くなってしまいましたが、この後のご予定は?」
 そうルミナス側から切り出され、二人共このまま直帰予定であることを告げると飲みに誘われた。葉山はすっかり向こうの担当者と打ち解けモードで、さらに無類の酒好きらしく、喜んで応じている。
「三崎さんは、どうされます?」
 向こうは男性の小林の他、会議に同席していたサブ担当の女性社員も同行するらしい。
「もちろん、是非ご一緒させていただきます」
「では10分後にロビーで待ち合わせでいいですか」
「はい」
 荷物をまとめて、まさに会議室を出ようとしたその時だった。
「今、会議が終わったところですか」
 廊下の向こうから、鷺沼が現れた。
「ええ、なかなか有意義な打ち合わせでしたよ。せっかくだから、お二人も誘ってこれから皆で一杯やることになりましてね……よろしければ専務もいかがですか」
 小林が最後に付け加えたのは、社交辞令からだろうか。
 鷺沼はなぜか三崎に目を向けて、やんわりと断ってきた。
「そうしたいところだけど、今夜は遠慮しておくよ……三崎さん」
「はい」
「出掛ける前に、本日お話しした内容で確認したい箇所があるのですが、少しだけ構いませんか」
「もちろんです」
 小林たちとは後から合流すればいい、そう思って葉山には「先に行っていいよ」と告げる。
 鷺沼は小林に「店はどこ?」とたずね、店名を聞き出すと、今度はとんでもない提案をしてきた。
「じゃあ三崎さんは、私が車で店まで送りますよ」
「え、そんな申し訳ないですよ!」
「ちょうど私も帰るつもりだったし、引きとめたお詫びだから気にしないでください……じゃあ小林さん、後はよろしく」
「分かりました。では三崎さん、また後で」
「え、ええ……」
 三崎はいきなりの展開に、唖然とした。あれだけ倉澤に注意されたのに、二人きりになってしまうとか、心底自分が情けなくなった。





「ほんの少しだけお時間いただくつもりが、すっかり遅くなってしまいましたね」
 鷺沼が申し訳なさそうに壁の時計を見上げた。ちょっとした確認事項から話が発展し、気がつくと一時間半近く経過していた。だが次の発注に繋がりそうな企画を伝えられ、営業としては良い手土産を持たされたと言わざるを得ない。
 会議室では二人きりだったが、さすがに社内とあってかおかしな空気にはならなかった。
「車を回してくるから、エントランスで待っていてください」
 連れ立って会議室を出ると、鷺沼は三崎の返事も聞かずに足早に去っていった。
 本当は車で送ってもらうのを断って、電車と徒歩で店まで向かうつもりだった。だがもし二時間制だとしたら、間に合わずにすれ違ってしまうかもしれない。そうすると先方にも失礼だし、一人で参加させた葉山にも申し訳ない。
(やっぱり車で送ってもらうしかないか……)
 気が進まないままエントランスへ向かうと、白い高級車が横付けにされていた。
「さ、早く乗って」
「は、はいっ……」
 鷺沼に促されて助手席に乗ると、革張りのシートが疲れた体に心地良くフィットした。
 しばらくぼんやりと窓の外のネオンを眺めていたら、隣から低い声で「疲れてるようだね」と囁かれた。
「いえ、まだ月曜日なので元気です」
「そうは言っても、週末も仕事していたんじゃないの? 今日の打ち合わせ資料、短い時間なのによく出来ていたから、無理させてしまったんじゃないかと心配でね……」
 砕けた口調で話しかけられる度、三崎は逆に緊張感が増していった。
「そろそろ、店に着きそうですか」
「……待って、駐車するから」
 店の隣の駐車スペースで車が止まると、三崎はホッとして急いで助手席から降りた。
「そんな、あわてなくても」
 鷺沼はクスクス笑いながら、車をロックする。
「……あれ、この店……」
 三崎が違和感を覚えると同時に、鷺沼は携帯で誰かと話し始めた。
「……ああ、三崎さんと一緒だ。少しばかり打ち合わせが長引いてしまってね。……ああ、分かった。大丈夫、帰りはタクシーで送っていく」
 鷺沼は通話を切ると、三崎の背を叩いて店の入り口へと誘導する。
「さ、入って」
 何か言おうと口を開きかけた三崎を押し切るような形で、二人は店内に入った。
 ダウンライトが洒落た雰囲気なその店は、カウンター席の他に間仕切りされた半個室のテーブル席が奥まで続いていた。
(仕方ない、一杯だけ飲んですぐに帰ろう)
 せめてカウンター席に座りたかったが、またしても鷺沼がテキパキと店員に声を掛けて奥のテーブルに案内されてしまった。
「上手いウイスキーをボトルキープしてるんだ。この間飲んだ時、たしかウイスキーも飲めるって言ってたから、この店がいいと思ったんだ」
 とりあえずビールで乾杯することになり、三崎はひと口だけ啜ってテーブルに置いた。
「あの……小林さん達は」
「今から行っても間に合わないようだったから、代わりに私が別の店に連れていくって話をしておいたよ。せっかく飲むつもりのところを水を差した形になったから、せめてものお詫びだよ」
 そんな風に言われると、無下に断れない。三崎はどうやって早目に席を立とうかと思案していたが、料理の皿が次々と運ばれてきてしまい、箸をつけないわけには行かなくなった。
「三崎さんって、箸の使い方が綺麗だね」
「えっ、そうですか」
「指が綺麗だからかな……白くて細っそりしている。私は好きだな」
 フッと微笑まれ、ウイスキーを持つグラスを指ごと握られた。
「冷たいな……もしかして寒い?」
「そ、そんなことないです!」
 三崎は全力で否定しながら、なるべくやんわりと手を振りほどいた。すると何を思ったのか、鷺沼は席を立つと、三崎の隣に座ってしまう。
「空調、こっちから当たるだろう? 少しは風除けになると思ってね」
「あ……」
 ウイスキーが回ってきた。頭がグラグラする中、三崎はどうにか立ち上がろうともがいたが、いつの間に肩に回された手で体が起こせない。
(ヤバイ、ヤバイヤバイ……どうしよう、どうにか倉澤さんに、連絡を……)
 ほとんどパニック状態になりつつも、酒が回っている頭では上手く思考が働かず、三崎が頭を振ったその時だった。
「……失礼します……うわっ、もうそんなに酔ってるのか?」
 耳慣れた声が頭上から響いたかと思うと、グンッと背後から引っ張られた。
「……くら、さわ、さん……?」
「ああ、遅くなって悪かったな」
 そこには不敵な笑みを浮かべた倉澤がいた。




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