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スピンオフ【相川と太田】
18. 君と一緒に〜エピローグ
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気になる相手にそんなことを真顔で言われて、赤面しない人間なんていない……そう雅史は思ったとき、はじめて自分の感情に気づいた。
(そうか、俺はこの人のこと、気になるんだ……)
相川がなにを思って考えて、どう行動するのか気になってしかたない。知りたいのに本当のことを知るのが怖くて、核心に触れないように逃げてしまっている。ネガティブ思考でコミュ障で、おまけに臆病まで加わってしまった。自分の不甲斐なさに比べて、相川のなんと堂々としていることか。
「なに、どうしたの。また難しいことでも考えてる?」
「いや、まあ……別に」
「お前の悩み顔もクるけど、本気で悩んでるなら早めに相談しろよ」
「いや、相談っつーか、こんなん誰に相談するっていうか、つまんねえことで」
「相談なら俺にしろよ。他の奴にするな」
後ろから回された手で、頬をむにゅりと挟まれた。
「わかった?」
「む……」
「返事悪いなー、これは俺の愛情を疑ってるのかな」
「むううぅ」
「これは由々しき問題だ」
雅史は呆れて、近づいてくる唇をよけた。
(しゃべれねえんだっつーの。わざとだろ)
なんとか手を振り払うと、顔をそらして逆に相手の口元を手でおさえつけた。するとその手を濡れた舌がぺろりと舐めたので、雅史はハッとして手を引く。途端に嫌な予感がして体をねじり、もがきながら相川の腕から抜け出ようと試みたが、意外にも力が強い相川にがっしりと後ろからホールドされてしまい、それも叶わない。
「連れないなあ、まったく。そこもかわいいけど」
「は、はなせ」
「ダメ。雅史はこうなると、どんどん一人で考えこんじゃうだろ。素直に白状するまで、たっぷり愛情を注がないとな……ベッドへ行こうか」
「やだっ!」
「え、じゃあこのソファーでいいの? ソファーでするの、はじめてになるな」
「言うな! わかったから、ベッドがいい」
この後、雅史はベッドの上で散々しつこく求められ、息も絶え絶えな状況ですべての不安をぶちまけることになったのだった。
それから、一年後。
少し湿った夜風に夏の気配を感じる季節に、雅史は相川と一緒に都内の某居酒屋にやってきた。
「おおっ、相川先輩」
「きゃー、お久しぶりです!」
奥の長テーブルを囲むように座っている男女の数はざっと八名ほど。女子のほうがやや多いのは、雅史の隣に立ってにこやかな笑顔を振りまいている男のせいだろう。
相川からは事前に『半年に一度くらいの頻度で集まる大学時代のサークル仲間』と説明を受けている。誘われた雅史は最後まで参加を渋っていたが、いつもなら無理強いしない相川がめずらしく食い下がってくるので、最終的に少しだけ顔を出すことにした。
雅史が席に着くなり、隣の女性から「飲み物は?」とメニューを渡される。すると悩む前に隣の相川にメニューを取り上げられると、肩を引き寄せられた。
「コイツの飲み食いするものは、俺がチェックするから」
「ちょっ……先輩!」
メニューを渡してくれた女性は「えーなんで?」と面白そうに笑っている。
「で、雅史。お前何飲みたい?」
「……」
「言わなきゃ俺が勝手に決めちゃうからな」
「ま、待ってくださいよっ……ええと」
とりあえず雅史は目についたウーロンハイを選ぶ。相川は小さくうなずくと、注文を取りに来た店員の横に座るサークル仲間に振り返った。
「じゃ、それホットで。俺はまずビールでいいよ」
「じゃあ俺もビールで……」
雅史があわてて口を挟むも、相川の長い指で鼻をキュッと摘まれた。
「ふがっ……」
「ダーメ、お前は今夜温かいものだけ飲んどけ。昨日腹痛起こしてただろ」
「な、なんでそれを……」
雅史が鼻を抑えて体を引くと、呆れた顔の相川がテーブルに頬杖ついて雅史を見上げた。
「朝、洗面台に胃薬の箱が出しっぱなしだった。夜中飲んだだろ」
ここまでのやり取りを聞いていた周りは、どっと沸き立った。
「えー、どういうこと!?」
「もしや一緒に暮らしてるとか?」
「二人とも、いつの間にそんな仲良くなったんですかー?」
相川はニヤニヤしつつ、得意げに周囲を見回す。
「まあ、いろいろあってな。ようやく先月から同棲始めたばっか」
「なっ……単なるルームシェアですから! 相川先輩とは同じ会社で、たまたま近所だったから都合よかっただけでっ……」
雅史はあわてて事前に決めていた設定を口にしたが、周囲のからかうような笑いが止まらない。そもそも相川が変な『冗談』を言うから、さっそくおかしな空気になり出している。キッと隣の男を睨むが、睨まれた本人はどこ吹く風だ。綺麗に整った顔に甘い微笑を浮かべて、テーブルの人間の視線を根こそぎかっさらっている。
「あれ、でもたしか相川先輩って、大手に就職したんですよね?」
「ああ。でも去年の春に、今の会社に転職したんだ」
相川が転職したいきさつと、転職先の会社で雅史と再会した辺りを、軽快な調子で説明する。その隣で雅史はチビチビとウーロンハイをすすっていた。
(やっぱ先輩は人気者だよなぁ)
話し上手もあるが、気がつくと誰かの話を聞いている。トークもいけて聞き上手でもあって、意外と気さくで、なによりやさしい……挙げてみるときりがない。相川の周りに人が集まるのもうなずける。
(俺、ここに来てよかったのかな……)
再会して一年、正式に付き合い始めて半年、一緒に暮らし始めてまだ一か月。その間これでいいのか迷ってばかりだったが、いつもポジティブな相川に手を引かれ、気がついたら彼のテリトリーに深く入りこんでいた。
今夜の飲み会だって、参加者こそ大学時代のサークルの仲間だが、雅史と親しい人間なんてひとりもいない。一年も経たないうちに顔を出さなくなった人間なんて、空気のようなものだ。パッと見ても全員初対面に見えるし、向こうもそう思っているに違いない。
(なんか適当に食べて、時間をつぶすか)
テーブルの上にはイカリングとフライドポテトのつまみが並んでいる。選ぶ余地は無さそうだと、あきらめて箸を伸ばそうとしたときだった。
「雅史……まさかお前、それ食うつもりじゃないだろうな?」
「えっ」
ギクッと肩を揺らす雅史に、相川はメニューを手に取ると、テキパキと筑前煮や焼き鳥を追加注文してしまった。
「ほら、おしぼり」
「あ、ども……」
ふと雅史が顔を上げると、テーブルのあちこちから視線を感じた。
(あ……)
相川は雅史の世話を焼きつつ、真向かいに座る男と楽しそうに話してる。その男はたしか相川と同学年で、よく一緒にいる姿を見かけた記憶がある。おそらくここにいる全員が、サークルの枠を超えて相川と親しい友人なのだ。
「あの……」
雅史が口を開くと、周囲の会話がピタリと止んだ。皆の視線が向けられる中、雅史は緊張でもつれる舌で懸命に続ける。
「すいません、俺、実はあまり胃腸の具合が良くなくって。いや元からなんで、その体質っていうか。だから今日、特別に体調が悪いってわけじゃないんですけど、その……せっかくの料理、食べれないのが多くって、すいませんっていうか」
我ながら要領を得ない説明だ、とうなだれかけたそのとき、後頭部に温かい手を添えられた。ポンポンとあやすように叩かれ、なんだか泣きそうな気分で隣の相川を見上げた。
「えらいえらい、よく言えたな……ま、そういうことだから。こいつの食べるもんは俺が見張ってるし、皆は気がねなく好きなもん頼んで食ってくれ」
すると周囲は、どよどよとこちらに身を乗り出してきた。
「やだあ、最初から言ってくれればよかったのに!」
「冷たい酒は駄目なんだっけ? じゃあ俺と一緒に熱燗飲むか?」
「スープとかあるよ。あたしも温かいの一緒に頼もうかなぁ。雑炊もおいしそう」
ワイワイと楽しそうに提案してくる皆の様子に、雅史は一瞬唖然として、それからあわあわとお礼を言ったり謝ったりと忙しい。すると隣の相川は、肩を揺らして苦笑いを浮かべた。
「こらー、雅史の世話は俺が焼くから取るなよな」
「えー、ひとりじめはいけませんよ、相川先輩。太田君、なんか庇護欲そそるんですよねー」
「わかる、それ。面倒みたくなるっていうの?」
「でも基本変わってないよな、太田って」
最後の誰かのコメントに、雅史はズキリと胸を痛めた。だが次に続いた言葉に、ハッと息を飲む。
「ホント、周りに気を使うとこ変わってないよね。もっとリラックスしていいんだよ?」
すると相川はしたり顔でうなずいた。
「そうそう、こいつそういう奴だからね。空気読み過ぎるのも考えものだよな」
「相川先輩は己の道を行くって感じで真逆っすよねー」
「わかるー、基本相川ってそういう性格だよな」
ドッと笑いが起こり、雅史は当惑気味に相川の横顔を見つめた。すると視線に気づいた相川は、この席には相応しくないであろう甘い蕩けるような微笑を向けてきた。
「ホント、ほっとけないんだよな」
そういうことは、公衆の面前で言わないで欲しい。意識しないようにすればいいのだが、雅史はあまり器用な方ではないし、動揺してしまうと顔に出ないとは限らない。
その夜、まだ新居と呼べるマンションに帰宅した雅史は、玄関先で同居人である恋人に背中から抱きすくめられた。
「な、なんだよ……」
「あいつと、いつの間に仲良くなったの?」
あいつ、と言われても誰のことを指しているのかピンとこない。首をひねっていると、カギが閉まる音に続いてチェーンを掛ける金属音が響いた。
「隣で話してた奴。熱燗一緒に飲んでただろ?」
「あ、ああ……日本酒好きだっていうから、俺も嫌いじゃないし……え? ちょ、ちょっと……」
腰に回された不埒な両手が、雅史のジーンズのウエストをなぞっていく。そしてスルリとシャツの内側に入りこみ、酒で温まった素肌をしっとりと撫で回した。
「おい、ちょっと待てって!」
「お前、この部分弱いよな」
「やっ、だ……て、せんぱ……」
言葉が終わる前に、吐息さえも奪うようなキスを仕掛けられた。口内を蹂躙する舌遣いに、怒る気も削がれて不本意ながらも溺れていく。さいきん相川はこうやって、よくわからない嫉妬を見せるようになった。
(夜遅いし、疲れてるんだけど……やっぱするんだろうなぁ)
そしてこんな風にスイッチが入ってしまうと、濃厚な愛撫とともに激しく抱かれるのだ。雅史も求められて嫌な気はしないものの、こう毎回だと文句の一つも言ってやりたくなる。だが相川の巧みな愛撫により、すっかり快楽を叩きこまれてしまった体は、ベッドのシーツの冷たさを背中に感じてしまえば最後、もはや抗う術はない。
「俺だけを見て。お前は俺のかわいい恋人なんだから」
「ん……んうっ……あ」
相川の嫉妬と焦燥感に溢れた言葉が耳に注がれると、泣きたくなるほどたまらなく感じてしまう。まるで甘い毒が鼓膜から注がれ、全身を回って痺れて動けなくなりそうなくらい、それはそれは強烈な快感だった。
「ん……大好き」
やがて二人の体が吸い付くように、ぴったりと重なり合った。雅史は心地よい人肌に揺らされながら、両手を愛しい男の頬にのばし、そっと顔を近づける。そして少し汗ばんだ、余裕のない表情に唇を寄せたのだった。
(スピンオフ【相川と太田】・完)
(そうか、俺はこの人のこと、気になるんだ……)
相川がなにを思って考えて、どう行動するのか気になってしかたない。知りたいのに本当のことを知るのが怖くて、核心に触れないように逃げてしまっている。ネガティブ思考でコミュ障で、おまけに臆病まで加わってしまった。自分の不甲斐なさに比べて、相川のなんと堂々としていることか。
「なに、どうしたの。また難しいことでも考えてる?」
「いや、まあ……別に」
「お前の悩み顔もクるけど、本気で悩んでるなら早めに相談しろよ」
「いや、相談っつーか、こんなん誰に相談するっていうか、つまんねえことで」
「相談なら俺にしろよ。他の奴にするな」
後ろから回された手で、頬をむにゅりと挟まれた。
「わかった?」
「む……」
「返事悪いなー、これは俺の愛情を疑ってるのかな」
「むううぅ」
「これは由々しき問題だ」
雅史は呆れて、近づいてくる唇をよけた。
(しゃべれねえんだっつーの。わざとだろ)
なんとか手を振り払うと、顔をそらして逆に相手の口元を手でおさえつけた。するとその手を濡れた舌がぺろりと舐めたので、雅史はハッとして手を引く。途端に嫌な予感がして体をねじり、もがきながら相川の腕から抜け出ようと試みたが、意外にも力が強い相川にがっしりと後ろからホールドされてしまい、それも叶わない。
「連れないなあ、まったく。そこもかわいいけど」
「は、はなせ」
「ダメ。雅史はこうなると、どんどん一人で考えこんじゃうだろ。素直に白状するまで、たっぷり愛情を注がないとな……ベッドへ行こうか」
「やだっ!」
「え、じゃあこのソファーでいいの? ソファーでするの、はじめてになるな」
「言うな! わかったから、ベッドがいい」
この後、雅史はベッドの上で散々しつこく求められ、息も絶え絶えな状況ですべての不安をぶちまけることになったのだった。
それから、一年後。
少し湿った夜風に夏の気配を感じる季節に、雅史は相川と一緒に都内の某居酒屋にやってきた。
「おおっ、相川先輩」
「きゃー、お久しぶりです!」
奥の長テーブルを囲むように座っている男女の数はざっと八名ほど。女子のほうがやや多いのは、雅史の隣に立ってにこやかな笑顔を振りまいている男のせいだろう。
相川からは事前に『半年に一度くらいの頻度で集まる大学時代のサークル仲間』と説明を受けている。誘われた雅史は最後まで参加を渋っていたが、いつもなら無理強いしない相川がめずらしく食い下がってくるので、最終的に少しだけ顔を出すことにした。
雅史が席に着くなり、隣の女性から「飲み物は?」とメニューを渡される。すると悩む前に隣の相川にメニューを取り上げられると、肩を引き寄せられた。
「コイツの飲み食いするものは、俺がチェックするから」
「ちょっ……先輩!」
メニューを渡してくれた女性は「えーなんで?」と面白そうに笑っている。
「で、雅史。お前何飲みたい?」
「……」
「言わなきゃ俺が勝手に決めちゃうからな」
「ま、待ってくださいよっ……ええと」
とりあえず雅史は目についたウーロンハイを選ぶ。相川は小さくうなずくと、注文を取りに来た店員の横に座るサークル仲間に振り返った。
「じゃ、それホットで。俺はまずビールでいいよ」
「じゃあ俺もビールで……」
雅史があわてて口を挟むも、相川の長い指で鼻をキュッと摘まれた。
「ふがっ……」
「ダーメ、お前は今夜温かいものだけ飲んどけ。昨日腹痛起こしてただろ」
「な、なんでそれを……」
雅史が鼻を抑えて体を引くと、呆れた顔の相川がテーブルに頬杖ついて雅史を見上げた。
「朝、洗面台に胃薬の箱が出しっぱなしだった。夜中飲んだだろ」
ここまでのやり取りを聞いていた周りは、どっと沸き立った。
「えー、どういうこと!?」
「もしや一緒に暮らしてるとか?」
「二人とも、いつの間にそんな仲良くなったんですかー?」
相川はニヤニヤしつつ、得意げに周囲を見回す。
「まあ、いろいろあってな。ようやく先月から同棲始めたばっか」
「なっ……単なるルームシェアですから! 相川先輩とは同じ会社で、たまたま近所だったから都合よかっただけでっ……」
雅史はあわてて事前に決めていた設定を口にしたが、周囲のからかうような笑いが止まらない。そもそも相川が変な『冗談』を言うから、さっそくおかしな空気になり出している。キッと隣の男を睨むが、睨まれた本人はどこ吹く風だ。綺麗に整った顔に甘い微笑を浮かべて、テーブルの人間の視線を根こそぎかっさらっている。
「あれ、でもたしか相川先輩って、大手に就職したんですよね?」
「ああ。でも去年の春に、今の会社に転職したんだ」
相川が転職したいきさつと、転職先の会社で雅史と再会した辺りを、軽快な調子で説明する。その隣で雅史はチビチビとウーロンハイをすすっていた。
(やっぱ先輩は人気者だよなぁ)
話し上手もあるが、気がつくと誰かの話を聞いている。トークもいけて聞き上手でもあって、意外と気さくで、なによりやさしい……挙げてみるときりがない。相川の周りに人が集まるのもうなずける。
(俺、ここに来てよかったのかな……)
再会して一年、正式に付き合い始めて半年、一緒に暮らし始めてまだ一か月。その間これでいいのか迷ってばかりだったが、いつもポジティブな相川に手を引かれ、気がついたら彼のテリトリーに深く入りこんでいた。
今夜の飲み会だって、参加者こそ大学時代のサークルの仲間だが、雅史と親しい人間なんてひとりもいない。一年も経たないうちに顔を出さなくなった人間なんて、空気のようなものだ。パッと見ても全員初対面に見えるし、向こうもそう思っているに違いない。
(なんか適当に食べて、時間をつぶすか)
テーブルの上にはイカリングとフライドポテトのつまみが並んでいる。選ぶ余地は無さそうだと、あきらめて箸を伸ばそうとしたときだった。
「雅史……まさかお前、それ食うつもりじゃないだろうな?」
「えっ」
ギクッと肩を揺らす雅史に、相川はメニューを手に取ると、テキパキと筑前煮や焼き鳥を追加注文してしまった。
「ほら、おしぼり」
「あ、ども……」
ふと雅史が顔を上げると、テーブルのあちこちから視線を感じた。
(あ……)
相川は雅史の世話を焼きつつ、真向かいに座る男と楽しそうに話してる。その男はたしか相川と同学年で、よく一緒にいる姿を見かけた記憶がある。おそらくここにいる全員が、サークルの枠を超えて相川と親しい友人なのだ。
「あの……」
雅史が口を開くと、周囲の会話がピタリと止んだ。皆の視線が向けられる中、雅史は緊張でもつれる舌で懸命に続ける。
「すいません、俺、実はあまり胃腸の具合が良くなくって。いや元からなんで、その体質っていうか。だから今日、特別に体調が悪いってわけじゃないんですけど、その……せっかくの料理、食べれないのが多くって、すいませんっていうか」
我ながら要領を得ない説明だ、とうなだれかけたそのとき、後頭部に温かい手を添えられた。ポンポンとあやすように叩かれ、なんだか泣きそうな気分で隣の相川を見上げた。
「えらいえらい、よく言えたな……ま、そういうことだから。こいつの食べるもんは俺が見張ってるし、皆は気がねなく好きなもん頼んで食ってくれ」
すると周囲は、どよどよとこちらに身を乗り出してきた。
「やだあ、最初から言ってくれればよかったのに!」
「冷たい酒は駄目なんだっけ? じゃあ俺と一緒に熱燗飲むか?」
「スープとかあるよ。あたしも温かいの一緒に頼もうかなぁ。雑炊もおいしそう」
ワイワイと楽しそうに提案してくる皆の様子に、雅史は一瞬唖然として、それからあわあわとお礼を言ったり謝ったりと忙しい。すると隣の相川は、肩を揺らして苦笑いを浮かべた。
「こらー、雅史の世話は俺が焼くから取るなよな」
「えー、ひとりじめはいけませんよ、相川先輩。太田君、なんか庇護欲そそるんですよねー」
「わかる、それ。面倒みたくなるっていうの?」
「でも基本変わってないよな、太田って」
最後の誰かのコメントに、雅史はズキリと胸を痛めた。だが次に続いた言葉に、ハッと息を飲む。
「ホント、周りに気を使うとこ変わってないよね。もっとリラックスしていいんだよ?」
すると相川はしたり顔でうなずいた。
「そうそう、こいつそういう奴だからね。空気読み過ぎるのも考えものだよな」
「相川先輩は己の道を行くって感じで真逆っすよねー」
「わかるー、基本相川ってそういう性格だよな」
ドッと笑いが起こり、雅史は当惑気味に相川の横顔を見つめた。すると視線に気づいた相川は、この席には相応しくないであろう甘い蕩けるような微笑を向けてきた。
「ホント、ほっとけないんだよな」
そういうことは、公衆の面前で言わないで欲しい。意識しないようにすればいいのだが、雅史はあまり器用な方ではないし、動揺してしまうと顔に出ないとは限らない。
その夜、まだ新居と呼べるマンションに帰宅した雅史は、玄関先で同居人である恋人に背中から抱きすくめられた。
「な、なんだよ……」
「あいつと、いつの間に仲良くなったの?」
あいつ、と言われても誰のことを指しているのかピンとこない。首をひねっていると、カギが閉まる音に続いてチェーンを掛ける金属音が響いた。
「隣で話してた奴。熱燗一緒に飲んでただろ?」
「あ、ああ……日本酒好きだっていうから、俺も嫌いじゃないし……え? ちょ、ちょっと……」
腰に回された不埒な両手が、雅史のジーンズのウエストをなぞっていく。そしてスルリとシャツの内側に入りこみ、酒で温まった素肌をしっとりと撫で回した。
「おい、ちょっと待てって!」
「お前、この部分弱いよな」
「やっ、だ……て、せんぱ……」
言葉が終わる前に、吐息さえも奪うようなキスを仕掛けられた。口内を蹂躙する舌遣いに、怒る気も削がれて不本意ながらも溺れていく。さいきん相川はこうやって、よくわからない嫉妬を見せるようになった。
(夜遅いし、疲れてるんだけど……やっぱするんだろうなぁ)
そしてこんな風にスイッチが入ってしまうと、濃厚な愛撫とともに激しく抱かれるのだ。雅史も求められて嫌な気はしないものの、こう毎回だと文句の一つも言ってやりたくなる。だが相川の巧みな愛撫により、すっかり快楽を叩きこまれてしまった体は、ベッドのシーツの冷たさを背中に感じてしまえば最後、もはや抗う術はない。
「俺だけを見て。お前は俺のかわいい恋人なんだから」
「ん……んうっ……あ」
相川の嫉妬と焦燥感に溢れた言葉が耳に注がれると、泣きたくなるほどたまらなく感じてしまう。まるで甘い毒が鼓膜から注がれ、全身を回って痺れて動けなくなりそうなくらい、それはそれは強烈な快感だった。
「ん……大好き」
やがて二人の体が吸い付くように、ぴったりと重なり合った。雅史は心地よい人肌に揺らされながら、両手を愛しい男の頬にのばし、そっと顔を近づける。そして少し汗ばんだ、余裕のない表情に唇を寄せたのだった。
(スピンオフ【相川と太田】・完)
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