よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ

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スピンオフ【相川と太田】

7. 夕食会

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 その日の夕方。雅史は定時に会社を出ると、自宅アパートの最寄り駅内にあるスーパーに立ちよった。
(どのくらい食べるかな。多めに作っといてもし口に合わないとかであまったら、俺の明日の夕飯に回せばいっか)
 つらつらとメニューを考えながら買い物をしていると、ポケットのスマホが震えて、某メッセージアプリ経由の着信を知らせる。
「……はい?」
『相川だけど……今どこ?』
「えっ、スーパーで買い物してんすけど。それよりどうやって俺のID知ったんすか」
『サークルのグループリストの履歴から辿った。ID変わってなくてよかったよ』
 言われてみれば、昔サークルで作ったグループリストに入ってた。サークルに顔を出さなくなって、リストから退出した後すっかり忘れてた。
『それより買い物まだかかりそう? 駅ナカのスーパーなら、引き返してそっち行くけど』
「えっ、相川さんこそ今どこにいるんですか!?」
『お前のアパートの前』
 スマホの時計を確認すると、まだ七時前だ。
「早くないですか? 俺まだなにも作ってませんよ?」
『楽しみで、急いで仕事終わらせてきた。作るの手伝うよ』
「えっ……ええと、そうすか……?」
 サラリと楽しみだと言われ、なんと返したらいいかわからず反応が遅れた。
(うちのキッチンせまいぞ。てか今の部屋に他人を入れるのってはじめてだな)
 今住んでいるアパートは就職を機に引っ越した部屋で、なかなか気に入ってる。当時は卒業旅行などせず、物件探しから引っ越し手配まで時間をかけて準備した。駅から徒歩五分と便利な立地で、新築で綺麗なのはもちろん、家賃も相場と比べて悪くない。
 今夜のために掃除だけは念入りにしておいたが、来る前に空気を入れかえておきたかった。とりあえず戻ったら換気しようとスーパーのかごを手にレジへ向かおうとすると、不意に肩を叩かれて飛び上がりそうになった。
「うわっ、相川さん!?」
「ああよかった、すれ違いにならなくて」
 やや息を乱した相川がトレンチコートを手に立っていた。ブルーグレーのスリーピースは似合ってるが、主婦層が多いスーパーの店内ではかなり浮いてる。
「お疲れさま。これ持つよ」
 ごく自然にかごを取られ、興味深そうに中をのぞかれた。
「この魚は刺身にするの?」
「いえ、煮付けにしようと思って」
「楽しみだな。ほかに買うものはある?」
「いやこれだけです」
 すると相川はスタスタとレジへ向かっていく。
「あ、ちょっと、お金……」
「材料費は払うって言っただろ」
「いやでも」
「ちょっとこれ持ってて」
 ぐいっとトレンチコートを押しつけられて、裾を引きずらないように持ち直しているうちに、相川はさっさと会計をすませてしまった。
「その中に俺の朝食とか、別の買い物も入ってんすけど」
「ああ、このヨーグルトとか?」
 相川はビニール袋に購入したものを詰めながら、ヨーグルトのカップを手に取った。
「じゃあ食べるとき、ひと口ちょうだい」
「なっ……」
「冗談だよ。さっ、遅くなる前に帰ろう」
 相川の冗談は心臓に悪い。サラリと言われると本気かと思ってしまう。雅史はぶっきらぼうにトレンチコートを返した。コートの持ち主は荷物を持ったまま器用に袖を通すと、当然のように鞄とスーパーの袋を手に出口へ向かう。続いて雅史も急かされるようにスーパーを出た。
「荷物は俺が持ちますよ」
「軽いから大丈夫。ところでお前のアパート、駅チカだし便利だよな。ここに来る途中も……」
 会話は相川のテンポになってしまい、雅史は荷物を奪うタイミングを失ってしまった。そうしてるうちに、気づいたらアパートに到着していた。
「お邪魔します」
「……どうぞ」
 相川は当然のように荷物をキッチンまで運んでくれた。そしてさっさとコートとスーツの上を脱いで、無造作に近くの椅子の背もたれにかけると、ハンガーを手にモタモタしてる雅史を目で追いながら、シャツの袖をまくった。
「何か手伝うよ」
「いやここ、せまいんで……向こうのソファーにでも座って待っててください」
「料理するとこ、見てちゃダメか?」
 1DKの狭いキッチンは男二人が立つだけで息苦しい。そうじゃなくても料理してる姿なんて、見てても面白くないに決まってる。
「……お茶出すんで、向こうで待っててもらっていいすか?」
 相川は残念そうに承諾したが、見られるほうは無駄に緊張するから勘弁して欲しい。しかも相川は、百七十六センチある雅史が少し見上げるくらいだから、間違いなく百八十センチは超えるだろう。そんな図体のデカい男二人が並んでキッチンに立つとか、かえって非効率としか思えない。
(まあ相川さんとこの広いキッチンなら、余裕あるだろうけど)
 きっと過去に恋人と一緒にキッチンに立って、料理の手伝いをしたことがあるのだろう。今回なりゆきで雅史が料理することになったが、本来これは恋人の役割だ。
「お、いい匂い」
 料理が佳境に入ったところで、相川がキッチンに顔を出した。雅史は渋面を作ってみせるも、相川は悪びれず隣に並んだ。
「いい匂いしてきたから、どんなもの作ってるか気になってね」
「食べるときになれば、なんのメニューかわかりますよ。なんもめずらしいもの、ないすけど」
 マグロの煮付けに豆腐とワカメの味噌汁、それから作り置きの茹でたほうれん草だ。普段は冷凍ご飯をレンジで温めて食べるが、今回は一応気を使って炊きたてのご飯を用意した。
「いやめずらしいだろ、太田が料理してる姿なんて」
「……からかってるのなら、食べないでください」
「褒めたんだよ」
 後ろからクシャッと髪をなでられ、なんとも落ち着かない気持ちになる。
「いいから、向こうで大人しくしててください」
「ハイハイ」
 怒ってみせても、相川はクスクス笑うばかりだった。そしてその夜なにを口にしても『うまい』を連呼する相川に、雅史は羞恥に耐えかねてつっけんどんな態度しか取れなかった。
 だが相川の見かけによらない豪快な食べっぷりは見ていて気持ち良く、また久しぶりに誰かと囲む食卓はにぎやかで、普段よりも食事がおいしく感じられたのは事実だ。
「それにしても、太田がこんなに料理上手だなんておどろいたな。毎日食べたいくらいだ」
 相川は食後の茶をすすりながら幸せそうに微笑んだ。だが雅史は言葉半分に受け止めた。家庭料理に飢えていればそこそこ食べられるだろうが、毎日だと飽きるメニューだろう。実際、雅史自身もときどき外へ食べに出ることがある。
「今日のお礼になにかご馳走するよ。なにがいい?」
「えっ、いいですって」
 雅史はとっさに相川の申し出を断った。今夜の夕飯は、週末に迷惑かけたからその詫びようなものだ。
「うまい和食の店があるんだよ。太田が好きそうだなって。つきあってよ、ね?」
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