よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ

文字の大きさ
上 下
32 / 64
後日談 夏の思い出

1

しおりを挟む
 それは夕食中に、お盆休みの話題が出た時だった。

「休み中、泊りで一緒に出掛けない?」

 突然の提案をしてきた恋人の津和梓つわあずさは差し向いに座り、優雅な箸使いで冷奴の角を崩して口に運んでいる。俺こと千野敬二郎せんのけいじろうは、咀嚼していたご飯を喉に詰まらせそうになってしまった。

「でも津和さん、休み取れるの?」
「お盆だからね」

 勤務先が外資系企業で、しかも北米担当チームに在籍してて、お盆休みとかあまり関係ないんじゃないかと思う。俺の休みに合わせて、有休を取ってくれたことは容易に想像できたけど、敢えて口にはしなかった。ただ津和の気遣いがうれしかったので、そのまま甘えてみたくなった。

「そっか、それはいいな」
「箱根でいい?」

 すでに行き先まで決めていたとは、ちょっと周到な気がした。箱根に何があるのだろう。大体その旅行先は、俺の中では温泉のイメージが強い。

(温泉なんて、とんでもないけどな……)

 大浴場を思い浮かべただけで、先ほどようやくおさまったばかりの頭痛が再発しそうで恐ろしい。このところ台風が多いせいで、ほとんど毎日のように偏頭痛があり、つい先ほども薬を飲んだばかりだ。そろそろストックが切れそうだから、旅行に出掛けるなら、その前に病院に行って処方箋を出してもらわないと。
 でも一緒に旅行できるのは、正直うれしい。

「いいよ、箱根で」
「じゃあ決まり。ついでに実家にも寄るけど、夜は老舗旅館に泊まるからね。そこ、料理がなかなかいけるから期待していいよ」
「ま、待った、今何て言った?」

 サラッと、物凄く重要な事を言った気がする。

「料理がうまいって話し」
「ちがっ、その前!」
「老舗旅館?」
「……おい、分かってて言ってるだろ……」

 俺が腕を組んで睨みつけると、津和は味噌汁のお椀から口を離して、少し上目遣いにいたずらっぽく微笑んで見せた。

「両親にはルームメイトと遊びに行くって伝えてあるから、変に緊張しなくても大丈夫」
「ルームメイト、ね」
「あれっ、同棲している人って言っておけばよかった?」
「それは駄目だって!」

 俺があわてて反対すると、津和は頬杖をつき、少し俯き加減にうっそりと唇で弧を描く。その艶めいた微笑みに一瞬見とれていたけど、ハッと我に返って椅子から立ち上がった。

「お、俺、シャワー浴びてくるわ」
「……それは駄目って言ったら?」

 素早く取られた手首に、長い指が絡みつく。親指の腹でそっと手の甲を撫でられると、彼の意図を察して顔が熱くなった。俺はこみ上げてくる羞恥心と戦いながら、悪あがきのつもりでじりじりと後退る。

「け、今朝も、したばっかだろ……俺、会社あるのに」
「うん、ごめんね」

 今の会社はフレックス制で週三回、午前十時から午後四時勤務で、あとは在宅という好条件で雇われている。半年前までフリーで仕事していたが、プロジェクトを通じて世話になったのがきっかけで、先月から正社員として採用された。
 無理なく働ける職場環境にホッとする反面、出社が十時とあって、朝早く目が覚めた津和にいたずらを仕掛けられてしまうことがよくある。そして大抵の場合、いたずらでは済まず、結局最後まで抱かれてしまうのだ。

(津和さんこそ残業多いし、朝だって俺より早いのに……どうしてあんなに元気なんだよ……!)

 明日は休みとあって、そういう日は津和もなるべく早めに仕事を切り上げて、一緒に遅めの夕食を取る。そして食欲が満たされると、言わずもがなベッドに連れ込まれて、心ゆくまで抱かれてしまうのだった。

「だから、今夜は……津和さんも、たまにはゆっくりした方が」
「うん、ゆっくりするから」

 グッと腰を引き寄せられ、熱を孕んだ胸板がぶつかる。鼓動が大きく跳ねて、握られた手が熱い。
 視線を落とすと、おとがいに指をかけられ、押し上げられた。そして何か言葉を発する前に、撫でるように唇が重ねられる。。じれったい触れ合いだが、それだけで済まされる雰囲気はまったく感じらない。

(ゆっくりの、意味が違う!)

 何度顔を背けても、執拗に唇を求められる。逃げたくても、背中に回った腕に体を拘束され、それも叶わない。

「だから、駄目だってば……や、やり過ぎるとっ……」
「ふっ……でも、すごく甘くて……ん、止められそうに、ないんだけど……」

 切れ切れに囁きながら繰り返し唇を食まれ、腰にぞくぞくと甘い痺れが走る。下唇を舐められ、吸い付かれると、もう自分の足で立っていることすらままならなくなり、思わず目の前の体に縋りついてしまった。涙目で見上げると、蕩けるような笑顔が向けられた。

「もっと、寄りかかっていいよ」
「やっ……やめ、津和さ……駄目だって、こ、こ、こわ」
「ん……怖くなんかないから」

 違う。怖いんじゃない。

「そう、じゃなくて、こ、壊れちゃう、から……ああっ!?」

 次の瞬間、なぜか抱き上げられてしまった。断っておくが、俺は平均的な成人男子の身長と体重のはずだ。だから、こんな簡単にお姫様抱っこされるわけにはいかないはずだ。そう毎回思うのに、結局相手のなすがままなのが地味に悔しい。
 抱き上げられたまま熱い唇が耳に押し当てられ、ビクッと肩を揺らすと、忍び笑いが聞こえた。

「いけない子だね……そんなエロい言葉で、俺を煽って」

 掠れた、甘い毒のような声が耳へと流し込まれ、体中の隅々まで蝕んでいく。

「あ、煽ってなんか」

 痺れた舌で喘ぐように反論しても、説得力は皆無に等しい。

「無自覚なら、仕方ないか……でも責任は取ってもらうよ?」

 寝室に連れ込まれると、性急にベッドに押し倒された。俺がソファーじゃ嫌だと何度も言ったから、津和もちゃんと学んで、近頃はどんなに急いている時も必ずベッドまで我慢してくれる。

(……って、違うだろ、俺!? ベッドまで、とかじゃなくって、そういう行為自体を我慢させろよ!)

 だが鮮やかな手つきで、あっという間に服を剥かれてしまい、両手をシーツに縫い留められると、もはや抵抗する余地などどこにも残されてなかった。俺は弄るような情熱的なキスを受けながら、涙目で睨みつけるのが精一杯だ。

「いいね、その目……ゾクゾクする」
「へ、変態……」
「変態で結構。君を愛せるなら、俺は何者でも構わないよ」

 わざわざ『抱ける』ではなく『愛せる』と言われると、俺は弱い。もうなし崩しに許す事しかできなくなってしまう。

「んん……」

 強く擦れあった唇から官能が刺激され、自然と浮かび上がった涙の膜越しに、シャツを脱ぎ捨てた津和を見つめた。
 間接照明の仄暗いライトを浴びた肢体は、綺麗に筋が入った筋肉に沿って陰影が刻まれる。赤い舌で唇をゆっくりと舐めて潤すその様は、獲物を目の前にした獰猛な獣を連想させられた。

「君の望み通り、ゆっくり、ね……」

 結局その夜も散々貪られてしまい、翌朝すっかり声を枯らしてしまった俺は、上機嫌で朝食をベッドまで運んできた津和を、思いっきりどついたのは言うまでもない。





 お盆休み初日の朝。車で箱根へ向かう際に、渋滞に巻き込まれないよう、夜が明ける前に起きて出発することになった。

 一泊分の荷物をトランクに積み終えると、助手席に乗ってシートベルトを着ける。一応、津和のご両親に会うのだからと、普段の着古したTシャツを避けて、薄いブルーの半袖シャツにした。多少なりとも、きちんとして見えるといいが。

「君は眠ってていいよ」
「いや、眠くないから」

 津和は微かに眉を上げると手を伸ばし、俺の両目を塞いでしまった。仕方なく目を閉じたが、緊張しているのか眠気は吹き飛んでしまってる。

「向こうに着いたら朝食にしよう。それまでゆっくりしているといい……頭は痛くない?」
「ああ、大丈夫……」

 目を閉じたまま答えると、瞼にキスを落とされた……こういうことは、恥ずかしいからやめて欲しい。照れ隠しに、しばらく寝た振りを装ったが、それもすぐに飽きてしまい、そっと薄目を開けて、運転する津和をこっそり観察した。淡いパープルのサマーニットに、ベージュのズボンがやたらカッコよく決まってる。

(こんな息子を持って、ご両親もさぞかし鼻が高いだろうなあ)

 そんな自慢であろう息子が、よりによって俺みたいな男と付き合っていると知ったら、どう思うだろうか。この際性別の問題は置いといたとしても、俺のような持病持ちの半人前は、友達としてすら歓迎されない可能性もある。
 ご両親に反対されたら、どうしようか……何度振り払っても、同じ不安が何度も押し寄せてくる。
 そんなことばかり考えていたら、緊張と心配で気持ち悪くなってしまった。それでも津和に心配掛けたくなくて、ひたすら寝た振りを続けていた。





しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...