よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ

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第一部

13. 自分と向き合う決意

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 翌日、さっそく松永から連絡があり、その日に新規のクライアントとランチをすることになった。
 待ち合わせの場所に向かうと、松永と一緒に現れたのは、三十代前半くらいの、いかにもベンチャー企業の社長といった風情の男だった。にこやかに差しだされた名刺を見ると、わりと名の知れた会社で、松永の人脈の広さに舌を巻く。
「はじめまして、大河内おおこうちと申します」
 なんでも大河内は、松永が新卒採用で就職した先の先輩だったそうだ。二人とも会社を辞めて起業したが、今でも頻繁に連絡を取り合う仲だという。
「松永には、うちでプロジェクトを立ち上げる度に応援を何人か派遣してもらうんです。あなたのことをうかがって、是非この度の新規プロジェクトに参加していただけないかと思いましてね」
 願ってもない話だが、顧客の個人情報を扱うため、作業の大半は社内で行わなくてはならないらしい。
「あなたは普段、自宅で作業されるそうですね。いかがでしょう、毎日とは言いませんので、弊社まで通っていただけませんか。もちろん、一部の作業は自宅でも行えます。うちの社員の半分はノマドですし、フレックス制も取り入れてますので、時間の融通もつけやすいですよ」
 フレックスが許されても、通勤することに変わりはない。だがセッティングしてくれた松永の手前もあるから、無下に断るのもとまどわれる。
 なにより、こんな大口のクライアントの依頼を受ける機会なんて、滅多にないから逃したくはなかった。今回の仕事を引き受けることで、次の仕事に繋がることだって十分あり得る。
「少しだけ、考えさせてもらえませんか」
「もちろんです。いいお返事を期待してますよ」
 大河内はせっかくだから食事を楽しもうと言い、松永は「ここのランチは俺持ちだ」と言って聞かなかった。だが俺は胸が一杯でほとんど食事が喉を通らず、失礼とは思いつつも、大河内に連絡先を渡して早々に失礼することにした。
 平日の昼間の電車は、それほど混んでないが、スーツ姿のサラリーマンをちらほら見かけた。こうやって毎日たくさんのクライアント先を訪問してるのだろう。
 暑い日も寒い日も、外回りは大変だと思うが、誰もがデスクワークを好きなわけではない。実際、前の会社で営業課に配属された同期が、外回りしていた方が性に合うと言ってた。
 それに比べて、外回りも苦手でデスクワークも根を上げた自分が、とてつもなく根性の無い人間に思えてしまう。
 自分は偏頭痛に悩まされていたが、世の中には花粉症やアレルギーに苦しむ人たちもいる。埃っぽいオフィスでは発作が起こるからと、年中マスクをつけていた喘息持ちの同僚だっていた。
 そんな状況下で、自分は会社を去ることを、皆は会社に残ることを選択した。今振り返っても、当時の自分の選択が正しかったかどうか、いまだにわからない。
 いろいろ事情があっても、会社に通い続ける人は多い。だから時折、無性に自分が情けなく、中途半端な人間に思えてしかたない。

 その日の夜、ビルの清掃を終えて帰宅した俺は、先に帰宅していた津和に出迎えられた。
 飯は食ってきたと嘘をつき、間借りしている部屋に入って鞄を下ろすと、PCの電源を入れる。手を洗おうと洗面所に向かうと、リビングから出てきた津和と鉢合わせた。
「忙しそうだね、仕事?」
「ああ、うん……まあ」
 歯切れの悪い俺に対し、津和は特に何も聞いてこなかった。しかし洗面所で手を洗って顔を上げると、鏡越しに津和と目が合ってドキリとする。
「なにか悩んでいるなら、話しぐらい聞くけど?」
 俺の態度や口調から、勘の鋭いこの男はなにかを察したらしい。俺は洗面台に両手をつくと、鏡越しに津和を見つめ返した。
「今日、新規のクライアントに会ったんだ」
 津和に話してみたくなった。彼ならなんて言ってくれるか、知りたいと思った。
「でも条件が、向こうの会社に通うってことで……正直迷ってる」
「体調が心配なんだろう? 昔みたいに会社勤めして、偏頭痛が酷くなったりしないかって」
「うん……そんなとこ」
 今さら隠したってしょうがないから、素直に認めた。
(情けないって言われるかな。呆れられるかもしれない……)
 津和は同年代なのに、俺よりずっと大人の男で格好良くて、的確なアドバイスをくれる気がした。
 鏡の中の津和は腕組みして、少し問うような視線を俺に向けている。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「……は? 行くってどこに?」
「病院。どうせ挑戦するなら、万全の準備しておかないとね」
 それで俺は、津和が頭痛外来を指していることに気づいた。俺が無言でいると、後ろからそっと肩を引き寄せられる。
「心配なら俺も一緒に行くよ。明日なら仕事を休める。車出すから、朝食後に」
「……病院なら一人で行く。だからそんなことのために、仕事を休むなんて言うなよ」
 肩を押しのけようとしたのに、かえってギュッと抱きしめられてしまった。そしてクルリと体を反転させられ、向き合う形で顔をのぞきこまれる。
「『そんなこと』じゃないよ。君にとっては、これまでの生活を一変させる一大事だろう」
 その言葉に、涙腺がゆるみそうになった。そうだ、俺にとっては大ごとだ……きちんと自分の体について、向き合わないといけない。
(だから、自分の足で病院へ行かなきゃ)
 俺はそっと津和の手を振りほどくと、真っ直ぐ津和の顔を見上げた。
「ありがとう。でも一人で行ってくる」
「そうか」
 津和は小さくうなずくと、やはりここでもあっさり引いてくれた。むしろ絶対ついてくると言いはられたら、俺は強がりで自分をごまかしながら、反発したかもしれない。
 でもこうやって、最終的に俺自身の意思を尊重されると、かえって前向きになることができた。
(津和って、すごいな)
 彼の、絶妙な力加減で背を押してくれるやさしさに、俺はなぜか泣きそうで、あわてて話題を変えた。
「やっぱ腹減ったな。なんか食おうっと……ラーメンでもあったかな」
「それならパンがあるよ。例のホームベーカリーを使って、いくつか焼いてみたんだ」
 津和はまるで褒めてもらいたい少年のように、得意げにそう言った。
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