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第五話 洗濯物について

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 卵をフライパンに落とすと、ベーコンの油でジュワッとおいしそうな音がした。
(今日は、なにしよっかな)
 いつも土曜日の朝は、もっと遅く起きるけど、昨夜は熟睡したせいか、早く目が覚めてしまった。久しぶりによく眠れたのは、入江さん曰く、部屋を寒くして温かい布団で寝たからだそうだ。
(温かかったのは、布団だけじゃないけど)
 薄くて軽い夏がけの布団は、とても防寒にはならず、入江さんが横にいなかったら凍えてたかもしれない。そのくらい、あの部屋は寒かった。
 あの恥ずかしい体勢は、思い返すと頬に血がのぼる。最近はドラマや映画でも、男同士の恋愛が当たり前になってるんだから、つい意識しちゃうじゃないか。なぜ入江さんは平気な顔してんだろう。
(あー、やめやめ! 俺だけ悶々としてたって、しかたないだろ。今はベーコンと卵の焼き加減に集中だ)
 昨日は入江さんが朝食作ってくれたから、今日は俺の番だと勝手にきめた。メニューが同じだけどいいかな、いまさら感すげーけど……と、皿を見下ろす。
(そうだ、ソーセージもつけよう。土曜日の朝はゆっくりできるから、ボリュームあってものんびり食べれていいよな)
 俺はソーセージにナイフで切りこみを入れてフライパンに転がしながら、ふと洗面所に洗濯物の入ったカゴを置きっぱなしにしたことを思い出した。今朝は天気もいいし、できれば午前中に、たまった洗濯を洗ってしまいたい。もちろん洗剤は持ってるけど、洗濯機を先に使わせてもらっていいのか迷ってる。こういうことは、できるだけ家主の生活パターンに合わせるべきだろう。
(えーと、あとはコーヒーの用意だな。豆はこの戸棚にあったはず……ん、どっちだ?)
 パントリーの密閉容器には二種類のコーヒーの袋が入っていて、両方とも開封されている。
「入江さーん、コーヒーなんですけどー」
 キッチンからリビングへ向かって声をかけてみたが、返事がない。廊下に続く扉を開くと、奥の洗面所から水音がした。
「入江さん、コーヒーが」
「どうしました?」
 俺が洗面所の前にやってきたのと、入江さんが振り返ったのは、ほぼ同時だった。前髪の濡れた束が額に落ちて、妙な色気を感じる。いかんいかん、変な目で見ては。
「あー、顔洗ってたところを邪魔してすいません」
「いえ、コーヒーがどうしました?」
「ええと、戸棚にあったこの二種類のコーヒー、どっち使うんだろうと思……」
 俺はコーヒー豆の入った容器を手にしたまま、視界の端に飛びこんできた光景に固まった。
(俺の洗濯カゴが、空っぽになってる……)
 そして今さらながら、洗面所に設置されたドラム式洗濯機が、グルグルと勢いよく回っていることに気づいた。
「まさか入江さん……ここにあった俺の服、洗濯しちゃったんですか?」
「ええ。洗濯するつもりの服でしょう?」
「そうですけど!」
「ならよかった。ちょうど私も洗濯物があったので、ついでに一緒に洗っておきました」
「一緒に?」
 まって、俺のパンツとかも、入江さんの服と一緒に洗っちゃったの?
「ちゃんと色分けしましたよ」
 そうじゃない、その心配じゃないよ、入江さん!
「あの、でもほら、俺のし、下着とか……」
「あなたの白のブリーフは、私の白いティーシャツと、色落ちしない薄いグレーのパジャマと一緒に洗ってますので大丈夫です」
「そう、ですか……」
 しかもパンツ見られた。あのめっちゃダサい、子供のころから愛用してる某メーカーのヤツ。ヤバイ、思ったよりダメージでけぇ。
(いやでも履き心地サイコーなんだよ、あれ。トランクスはスカスカして心もとないし、ボクサータイプはピッタリして逆に落ち着かないし、ブリーフが一番しっくりくるんだよ)
 頭の中で、誰も聞いちゃいない言い訳がぐるぐる回る。
「ところでいい香りですね。朝食を作ってくれたのですか」
「あ、ああ……はい、今朝は俺が作りました」
「食べるのが楽しみです」
 入江さんはそう言って、本当にうれしそうに笑った。
「でも、昨日と同じメニューですよ?」
 ソーセージ付いてるけど。
「あなたが作ってくれたから、楽しみなんですよ」
 なんだ、それは。昨日は俺がほめたら、誰が作っても同じ味とか言ってたくせに。
「焼き加減気をつけたから、昨日と同じ味ですけど」
 つい憎まれ口を叩いてしまったが、入江さんはクスクスと笑い出した。
「私にとっては、あなたが作った物は特別に思えるんですよ。一緒に暮らしている者の特権ですね」
 なんだそれ、俺も似たようなこと思っていたのに、先に言われてしまった。なんだか悔しい。

 朝食の後片付けは、入江さんがやると言って聞かなかった。
(ならばそのあいだに、できあがった洗濯物でも干しとくか)
 グズグズしてると、俺のパンツも干されてしまう。それだけは避けたい。
「洗濯物を干すなら、もうベランダにスタンドを用意してありますから、お好きに使ってください」
 キッチンから声がかかって、俺は悪いことしてないのにビクッとした。
(ついでに、入江さんの服も干しとこう)
 脱水が終わった洗濯物をカゴに入れ、寝室を通ってベランダに出た。天気は上々で、速攻乾きそう。
(先にパンツから干しちまおう。あ、コレはまさか……)
 薄いグレーのパジャマとおそろいの色をした、ボクサーパンツが……疑いようもなく入江さんのパンツだろう。
(ふーん、こーゆーの履くんだ。やっぱフィット感ありそうなだなー)
 薄い生地は収縮性抜群のようで、しなやかによく伸びる。履き心地悪くなさそうだけど、ピッタリしすぎて、やっぱ俺には無理だと思った。
「どうしました?」
「うわあああっ!」
 思わず手の中のパンツを取り落としてしまった……と思いきや、入江さんが素早くキャッチしてくれた。
「すいません、まだ未使用だったので、一緒に洗ってしまいました」
「き、気にしてませんからっ! お、俺のも、入ってますし!」
「そうですか……ならよかった」
 入江さんはそう言って、固まっている俺の隣でさっさと自分のパンツを干してしまった。
「もし、ご不快にさせたのなら申し訳ありません」
「い、いや、そーゆーんじゃないんです。ただ俺とは違うタイプのだから、履き心地とか気になって、どういう感じかなあって」
 ヤバイ、フォローのつもりが変な方向へ掘り下げちまった。
「履き心地が気になるならば、一度使ってみますか?」
 なんだって?
「お話しした通り、このパンツは未使用ですから、乾いたら一度履いてみてはいかがですか?」
「いえいえいえ! いいです、大丈夫ですから!」
「私は気にしませんよ? 試して気に入ったならば差し上げます」
「ホント、いーんですって!」
 つい声が大きくなってしまい、俺はあわてて口をふさいだ。
「すいません……あの、本当に大丈夫です。前に一度、ためしに履いてみたことあったんですけど、ピッタリしすぎて落ち着かなくって」
「そうだったんですか……」
「はい……」
 なんだこの会話。気まずさ半端なくて、いっそ逃げ出したくなる。
「私のパンツをご覧になって、以前ためしたときの感じを思い出してしまったのですね」
「そう、ですね……?」
「そんな落ちこまなくても、この手のパンツが履けなくても、生きていく上で支障はありませんよ」
 そらそーだろ。入江さんの真面目な口調に、つい吹き出してしまった。そのままお互い声を上げて笑いあう。
「入江さんでも冗談言うんですね」
「半分本気ですよ」
 半分の、主にどの部分が本気なんだろう。でも冗談でも本気でも、入江さんなら構わない。社長命令で半ば無理やりはじまった共同生活なのに、驚くほど寛容で気遣いのできる人だもの。感謝してもしきれない。
(嫌な顔とか、イラついてるところなんて、見たことないもんなあ)
 俺ははじめて、入江さんちに住むよう提案してくれた社長に感謝した。そしてそれ以上に、その突然の提案を受け入れてくれた入江さんに。
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