すべてはあなたを守るため

高菜あやめ

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婚姻式当日-1

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 これまで生きてきて、これ以上の恥辱は無いだろう。

「変わったな、息子よ」

 大聖堂の控え室のさらに奥、当事者と親族以外は立入不可とされた小部屋で、俺は何年かぶりに親父と対面した。

 親父は、記憶の人物よりも、あまり威厳は感じられなかった。セレの近くにいて王族オーラへの耐性がついたのと、親父の衣装が地味な兵服だったのもある。聞けば、身分を隠してのお忍び参加のようだ。仰々しいことは避けたかったらしい。
 一方の俺は、仰々しい衣装をまとっている。あの例の、テロテロでヒラヒラなやつだ。ちっともマシになってない……俺が寝てる間に、少しは直してくれると思ったのに。

「その格好は、その……ブフ……こちらの、陛下のご趣味か。それとも、お前まさか……ブフォ……ゴホン」
「遠慮せずに笑えよ」

 すると親父は、涙が出るほど笑った。俺は恥ずかしさを通り越して、もはや悟りの心境にある。この国で生きていくからには、こんな衣装を着る機会も多いだろう。慣れなくては。

「……ロキ、大丈夫? 開けても構わない?」
「どうぞどうぞ」

 扉の向こうのセレの問いかけに応えたのは、俺じゃなくて親父だ。
 すぐに部屋に入ってきたセレは、いつの間にか笑いを引っ込めた親父に向かって、深々と頭を下げた。ちなみに頭を下げるのは、うちの国では最上の敬意を示す態度である。

「必ず息子さんを、しあわせにします」

 顔を上げたセレは、親父に向かって真っ直ぐキッパリ宣言した。

「頼みましたぞ」

 親父はそう言ってから、俺をチラリと見やる。

「かわいがってる、自慢の末っ子なんでね」
「……おい、かわいがられたおぼえなんてねえぞ?」

 全寮制の学校に放りこまれ、卒業後は他の同期と共に、厳しい任務ばかり与えられた。最後の任務では大ケガを負って、再起不能の憂き目にもあった。その間中、親子らしい会話なんてほぼ皆無だった。

「だってお前、特別扱いされたくなかっただろう?」
「……」
「お前は、自分の経験と実力に誇りを持っていた。まごうことなく、お前自身が自分の実力で勝ち取ったものだ」

 親父の顔が、うれしそうにゆるんだ。俺のことを勝手に自慢して、誇って、なんだよそれ。

「自信を持て、ロキ。お前は強くて立派な男だ。俺が保証する」

 今さら恥ずかしいから、やめて欲しい。よその親も、こんな感じなのだろうか……?





 婚姻式を無事済ますと、俺は一足先に王宮へ連れてこられた。
 案内された部屋は、ちょっとシャレにならないほど飾り立てられた寝室で、花の中に埋もれる天蓋付きのベッドに、ただただ圧倒されるばかりだ。

「本来ならば、いろいろお支度させていただくのですが、陛下よりかたく禁じられております。どうか、そのままでお待ちください」
「は……支度? え、ちょっと……」

 案内してくれた神官服姿の男はそう言い残すと、従えてた兵士二人と一緒にさっさと退出してしまった。
 俺は部屋の真ん中で、所在無く立ちすくむ。

(なんか、倒れてから今まで、あっという間だったな)

 倒れた時こそ意識が飛んだが、ベッドに運ばれて医者に診てもらった辺りからの記憶はしっかりある。たしかに少しばかり、頭に霞がかかって眠りに落ちた瞬間もあったみたいだが、何が起こってどうなったか、大体のことは覚えてるつもりだ。

 特に、セレに触れられたことや抱かれたことは、脳裏にも体にもしっかり刻み込まれた。あまりにも鮮烈な経験過ぎて、事が済んだ後はできる限り思い出さないように努めてきた。

(また、あれと同じこと、するのか)

 嫌なわけではないが、向こうが嫌がったらやめとこう。あれだ、夫婦の形はそれぞれ家庭によって違うってやつだ。

「ぼんやりして、どうしたの」
「ひゃっ……」

 額に触られて、はじめてセレの存在に気づいた。いつの間に部屋にやってきたのだろう。いくら任務から離れたとはいえ、ぼんやりしすぎだ。

「上着も脱がないで……ほらおいで」

 セレは苦笑を漏らして、俺の婚姻式用のヒラヒラガウンを脱がしてくれた。脱いでもあまり変わらないヒラヒラ感に、なんだか気が抜ける。

「かわいいね、よく似合ってる」
「……どこがですか」

 俺は彼に背を向けると、大股で部屋を横切って、酒や果物等が並ぶカウンターの前にやってきた。そして気もそぞろに、飲み物やつまみを適当に見つくろう。

「お腹空いた? 何か軽食でも用意させようか」
「いえ、これでじゅうぶんです。あんたも何か飲みます? 酒以外もありますけど……」

 すると言葉が終わる前に、後ろから抱きすくめられた。心音が耳の奥でうるさく鳴り出し、体の芯が甘ったるく痺れていく。

「ロキ……」

 やっぱりやるのか。それとも、やっぱり嫌なのか。もしかして、どう切り出そうか悩んでる?

「えーと、その……俺も、こんなこと言うの、緊張するんですが」
「うん、なんでも言って」

 腹に回された腕に力がこもる。これはきっと、俺を好きでいてくれるしるしだ。でも体の相性は、正直よく分からない。

(だって、セレ……苦しそうな顔してた)

 あの時、ベッドの中で何度も貫かれながら、涙越しに見上げた彼の表情が忘れられない。泣き出しそうで、苦しそうで、いや、泣いてたな。でも俺に縋りついてきて……俺は、その手をすがるように握りしめてた。

「ロキ、お願い……今夜だけは抱かせて」
「……へ?」

 俺の、間の抜けた返事に、腕の力が緩んだ。セレは泣いていた。涙のあとも隠さずに、でも何か驚いてるような、問うような顔で、俺の顔をのぞきこむ。

「ロキ、顔が赤い……まだ熱あるのかな」
「もう下がってます。それより、あんた……俺を抱きたいって思ってんの? 冗談じゃなく?」
「どうして、それが冗談になるの」

 セレは明らかに困惑していた。その顔を見て、俺も困惑する。

「いや、だって俺あんま良くなかったんだろ? だからあんた、あんな顔して」
「どんな顔? なんの話をしてるの?」
「いやだから、俺が倒れた時のことだよ。あんたが仕方なく俺を抱いてくれて……」
「仕方なく? よろこんで抱かせてもらったのだけど」

 だんだんセレの顔から表情が抜け落ちて、能面のようになってきた。何か、まずい予感がする。
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