39 / 41
婚姻式当日-1
しおりを挟む
これまで生きてきて、これ以上の恥辱は無いだろう。
「変わったな、息子よ」
大聖堂の控え室のさらに奥、当事者と親族以外は立入不可とされた小部屋で、俺は何年かぶりに親父と対面した。
親父は、記憶の人物よりも、あまり威厳は感じられなかった。セレの近くにいて王族オーラへの耐性がついたのと、親父の衣装が地味な兵服だったのもある。聞けば、身分を隠してのお忍び参加のようだ。仰々しいことは避けたかったらしい。
一方の俺は、仰々しい衣装をまとっている。あの例の、テロテロでヒラヒラなやつだ。ちっともマシになってない……俺が寝てる間に、少しは直してくれると思ったのに。
「その格好は、その……ブフ……こちらの、陛下のご趣味か。それとも、お前まさか……ブフォ……ゴホン」
「遠慮せずに笑えよ」
すると親父は、涙が出るほど笑った。俺は恥ずかしさを通り越して、もはや悟りの心境にある。この国で生きていくからには、こんな衣装を着る機会も多いだろう。慣れなくては。
「……ロキ、大丈夫? 開けても構わない?」
「どうぞどうぞ」
扉の向こうのセレの問いかけに応えたのは、俺じゃなくて親父だ。
すぐに部屋に入ってきたセレは、いつの間にか笑いを引っ込めた親父に向かって、深々と頭を下げた。ちなみに頭を下げるのは、うちの国では最上の敬意を示す態度である。
「必ず息子さんを、しあわせにします」
顔を上げたセレは、親父に向かって真っ直ぐキッパリ宣言した。
「頼みましたぞ」
親父はそう言ってから、俺をチラリと見やる。
「かわいがってる、自慢の末っ子なんでね」
「……おい、かわいがられたおぼえなんてねえぞ?」
全寮制の学校に放りこまれ、卒業後は他の同期と共に、厳しい任務ばかり与えられた。最後の任務では大ケガを負って、再起不能の憂き目にもあった。その間中、親子らしい会話なんてほぼ皆無だった。
「だってお前、特別扱いされたくなかっただろう?」
「……」
「お前は、自分の経験と実力に誇りを持っていた。まごうことなく、お前自身が自分の実力で勝ち取ったものだ」
親父の顔が、うれしそうにゆるんだ。俺のことを勝手に自慢して、誇って、なんだよそれ。
「自信を持て、ロキ。お前は強くて立派な男だ。俺が保証する」
今さら恥ずかしいから、やめて欲しい。よその親も、こんな感じなのだろうか……?
婚姻式を無事済ますと、俺は一足先に王宮へ連れてこられた。
案内された部屋は、ちょっとシャレにならないほど飾り立てられた寝室で、花の中に埋もれる天蓋付きのベッドに、ただただ圧倒されるばかりだ。
「本来ならば、いろいろお支度させていただくのですが、陛下よりかたく禁じられております。どうか、そのままでお待ちください」
「は……支度? え、ちょっと……」
案内してくれた神官服姿の男はそう言い残すと、従えてた兵士二人と一緒にさっさと退出してしまった。
俺は部屋の真ん中で、所在無く立ちすくむ。
(なんか、倒れてから今まで、あっという間だったな)
倒れた時こそ意識が飛んだが、ベッドに運ばれて医者に診てもらった辺りからの記憶はしっかりある。たしかに少しばかり、頭に霞がかかって眠りに落ちた瞬間もあったみたいだが、何が起こってどうなったか、大体のことは覚えてるつもりだ。
特に、セレに触れられたことや抱かれたことは、脳裏にも体にもしっかり刻み込まれた。あまりにも鮮烈な経験過ぎて、事が済んだ後はできる限り思い出さないように努めてきた。
(また、あれと同じこと、するのか)
嫌なわけではないが、向こうが嫌がったらやめとこう。あれだ、夫婦の形はそれぞれ家庭によって違うってやつだ。
「ぼんやりして、どうしたの」
「ひゃっ……」
額に触られて、はじめてセレの存在に気づいた。いつの間に部屋にやってきたのだろう。いくら任務から離れたとはいえ、ぼんやりしすぎだ。
「上着も脱がないで……ほらおいで」
セレは苦笑を漏らして、俺の婚姻式用のヒラヒラガウンを脱がしてくれた。脱いでもあまり変わらないヒラヒラ感に、なんだか気が抜ける。
「かわいいね、よく似合ってる」
「……どこがですか」
俺は彼に背を向けると、大股で部屋を横切って、酒や果物等が並ぶカウンターの前にやってきた。そして気もそぞろに、飲み物やつまみを適当に見つくろう。
「お腹空いた? 何か軽食でも用意させようか」
「いえ、これでじゅうぶんです。あんたも何か飲みます? 酒以外もありますけど……」
すると言葉が終わる前に、後ろから抱きすくめられた。心音が耳の奥でうるさく鳴り出し、体の芯が甘ったるく痺れていく。
「ロキ……」
やっぱりやるのか。それとも、やっぱり嫌なのか。もしかして、どう切り出そうか悩んでる?
「えーと、その……俺も、こんなこと言うの、緊張するんですが」
「うん、なんでも言って」
腹に回された腕に力がこもる。これはきっと、俺を好きでいてくれるしるしだ。でも体の相性は、正直よく分からない。
(だって、セレ……苦しそうな顔してた)
あの時、ベッドの中で何度も貫かれながら、涙越しに見上げた彼の表情が忘れられない。泣き出しそうで、苦しそうで、いや、泣いてたな。でも俺に縋りついてきて……俺は、その手をすがるように握りしめてた。
「ロキ、お願い……今夜だけは抱かせて」
「……へ?」
俺の、間の抜けた返事に、腕の力が緩んだ。セレは泣いていた。涙のあとも隠さずに、でも何か驚いてるような、問うような顔で、俺の顔をのぞきこむ。
「ロキ、顔が赤い……まだ熱あるのかな」
「もう下がってます。それより、あんた……俺を抱きたいって思ってんの? 冗談じゃなく?」
「どうして、それが冗談になるの」
セレは明らかに困惑していた。その顔を見て、俺も困惑する。
「いや、だって俺あんま良くなかったんだろ? だからあんた、あんな顔して」
「どんな顔? なんの話をしてるの?」
「いやだから、俺が倒れた時のことだよ。あんたが仕方なく俺を抱いてくれて……」
「仕方なく? よろこんで抱かせてもらったのだけど」
だんだんセレの顔から表情が抜け落ちて、能面のようになってきた。何か、まずい予感がする。
「変わったな、息子よ」
大聖堂の控え室のさらに奥、当事者と親族以外は立入不可とされた小部屋で、俺は何年かぶりに親父と対面した。
親父は、記憶の人物よりも、あまり威厳は感じられなかった。セレの近くにいて王族オーラへの耐性がついたのと、親父の衣装が地味な兵服だったのもある。聞けば、身分を隠してのお忍び参加のようだ。仰々しいことは避けたかったらしい。
一方の俺は、仰々しい衣装をまとっている。あの例の、テロテロでヒラヒラなやつだ。ちっともマシになってない……俺が寝てる間に、少しは直してくれると思ったのに。
「その格好は、その……ブフ……こちらの、陛下のご趣味か。それとも、お前まさか……ブフォ……ゴホン」
「遠慮せずに笑えよ」
すると親父は、涙が出るほど笑った。俺は恥ずかしさを通り越して、もはや悟りの心境にある。この国で生きていくからには、こんな衣装を着る機会も多いだろう。慣れなくては。
「……ロキ、大丈夫? 開けても構わない?」
「どうぞどうぞ」
扉の向こうのセレの問いかけに応えたのは、俺じゃなくて親父だ。
すぐに部屋に入ってきたセレは、いつの間にか笑いを引っ込めた親父に向かって、深々と頭を下げた。ちなみに頭を下げるのは、うちの国では最上の敬意を示す態度である。
「必ず息子さんを、しあわせにします」
顔を上げたセレは、親父に向かって真っ直ぐキッパリ宣言した。
「頼みましたぞ」
親父はそう言ってから、俺をチラリと見やる。
「かわいがってる、自慢の末っ子なんでね」
「……おい、かわいがられたおぼえなんてねえぞ?」
全寮制の学校に放りこまれ、卒業後は他の同期と共に、厳しい任務ばかり与えられた。最後の任務では大ケガを負って、再起不能の憂き目にもあった。その間中、親子らしい会話なんてほぼ皆無だった。
「だってお前、特別扱いされたくなかっただろう?」
「……」
「お前は、自分の経験と実力に誇りを持っていた。まごうことなく、お前自身が自分の実力で勝ち取ったものだ」
親父の顔が、うれしそうにゆるんだ。俺のことを勝手に自慢して、誇って、なんだよそれ。
「自信を持て、ロキ。お前は強くて立派な男だ。俺が保証する」
今さら恥ずかしいから、やめて欲しい。よその親も、こんな感じなのだろうか……?
婚姻式を無事済ますと、俺は一足先に王宮へ連れてこられた。
案内された部屋は、ちょっとシャレにならないほど飾り立てられた寝室で、花の中に埋もれる天蓋付きのベッドに、ただただ圧倒されるばかりだ。
「本来ならば、いろいろお支度させていただくのですが、陛下よりかたく禁じられております。どうか、そのままでお待ちください」
「は……支度? え、ちょっと……」
案内してくれた神官服姿の男はそう言い残すと、従えてた兵士二人と一緒にさっさと退出してしまった。
俺は部屋の真ん中で、所在無く立ちすくむ。
(なんか、倒れてから今まで、あっという間だったな)
倒れた時こそ意識が飛んだが、ベッドに運ばれて医者に診てもらった辺りからの記憶はしっかりある。たしかに少しばかり、頭に霞がかかって眠りに落ちた瞬間もあったみたいだが、何が起こってどうなったか、大体のことは覚えてるつもりだ。
特に、セレに触れられたことや抱かれたことは、脳裏にも体にもしっかり刻み込まれた。あまりにも鮮烈な経験過ぎて、事が済んだ後はできる限り思い出さないように努めてきた。
(また、あれと同じこと、するのか)
嫌なわけではないが、向こうが嫌がったらやめとこう。あれだ、夫婦の形はそれぞれ家庭によって違うってやつだ。
「ぼんやりして、どうしたの」
「ひゃっ……」
額に触られて、はじめてセレの存在に気づいた。いつの間に部屋にやってきたのだろう。いくら任務から離れたとはいえ、ぼんやりしすぎだ。
「上着も脱がないで……ほらおいで」
セレは苦笑を漏らして、俺の婚姻式用のヒラヒラガウンを脱がしてくれた。脱いでもあまり変わらないヒラヒラ感に、なんだか気が抜ける。
「かわいいね、よく似合ってる」
「……どこがですか」
俺は彼に背を向けると、大股で部屋を横切って、酒や果物等が並ぶカウンターの前にやってきた。そして気もそぞろに、飲み物やつまみを適当に見つくろう。
「お腹空いた? 何か軽食でも用意させようか」
「いえ、これでじゅうぶんです。あんたも何か飲みます? 酒以外もありますけど……」
すると言葉が終わる前に、後ろから抱きすくめられた。心音が耳の奥でうるさく鳴り出し、体の芯が甘ったるく痺れていく。
「ロキ……」
やっぱりやるのか。それとも、やっぱり嫌なのか。もしかして、どう切り出そうか悩んでる?
「えーと、その……俺も、こんなこと言うの、緊張するんですが」
「うん、なんでも言って」
腹に回された腕に力がこもる。これはきっと、俺を好きでいてくれるしるしだ。でも体の相性は、正直よく分からない。
(だって、セレ……苦しそうな顔してた)
あの時、ベッドの中で何度も貫かれながら、涙越しに見上げた彼の表情が忘れられない。泣き出しそうで、苦しそうで、いや、泣いてたな。でも俺に縋りついてきて……俺は、その手をすがるように握りしめてた。
「ロキ、お願い……今夜だけは抱かせて」
「……へ?」
俺の、間の抜けた返事に、腕の力が緩んだ。セレは泣いていた。涙のあとも隠さずに、でも何か驚いてるような、問うような顔で、俺の顔をのぞきこむ。
「ロキ、顔が赤い……まだ熱あるのかな」
「もう下がってます。それより、あんた……俺を抱きたいって思ってんの? 冗談じゃなく?」
「どうして、それが冗談になるの」
セレは明らかに困惑していた。その顔を見て、俺も困惑する。
「いや、だって俺あんま良くなかったんだろ? だからあんた、あんな顔して」
「どんな顔? なんの話をしてるの?」
「いやだから、俺が倒れた時のことだよ。あんたが仕方なく俺を抱いてくれて……」
「仕方なく? よろこんで抱かせてもらったのだけど」
だんだんセレの顔から表情が抜け落ちて、能面のようになってきた。何か、まずい予感がする。
34
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる