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回顧
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セレスタンが、ユリハルシラ王太子殿下として表舞台に出てきたのは、兄と紹介された人物が父王の後を継いで即位した時だ。
ワイダール宰相補佐を従えて現れた兄王は、たしかにセレスタンよりも年嵩に見えた。彼はセレスタンに会えて、とてもうれしそうだった。
「お変わりないですね」
「そちらは随分と変わったな」
一度だけ、彼が幼い頃に会ったことかあった。賢人と誉高い宰相が、密かに奥離宮で二人を引き合わせたからだ。
「姿こそ変わりましたが、体の弱さは相変わらずです。むしろ悪化したと言える」
「……僕のところへ訪ねてくるからには、それなりの理由があるのだろう」
「ええ、私はもう病で長くない。そこであなたに、私の後を継いでいただきたいと思いまして、こちらへお願いにあがりました」
「断る」
彼には、王子が一人いたはずだ。しかし未だ幼く、その子が後を継いで国王になれば、傀儡政治となるだろう。だが、それまでに優秀な後ろ盾をつけてやればいい。むしろ、自身の体調を見越して、早めに準備しておくものだ。それを怠ったのならば、国王陛下自身にも問題がある。
「ほんの十年……いや、十五年でいいのです。あの子、王子が成人するまでの間だけでも構わないので、どうかお願いします」
「それを引き受けたとして、僕になんの益がある?」
十年経って、また奥離宮に閉じ込められるのならば、ごめん被りたい。むしろ一度表の世界を知ってしまえば、再びこの隠遁生活に戻るのは難しく感じるだろう。
「ならば賭けをしませんか」
「賭け?」
「今、国境付近での戦いが激化してるのは、ご承知でしょう。私が出向いて蹴りをつけて参ります」
「……お前が、戦地へ?」
暗に『その体で?』と問いかけた。紙のように白く不健康な顔、肉の削げた細い肢体に合う防具など見つからないのではないか。
「本当は私の御代で、あの国境問題に区切りをつけたかった……まさか、人質を取られるとは」
「傭兵を雇ったとも聞いたが」
「ええ、でも彼らは表立って勝利宣言できない立場です。だから私が出向く必要があるのです」
「ならば、お前が無事凱旋帰国した暁には、望み通り玉座についてやろう。だから、死にものぐるいで帰ってこい」
それが、当初の約束たった。
セレスタンは戦地へ赴く道すがら、幾度となくその時交わした会話を反芻した。けっきょく、国王陛下は体調の悪化により、馬に乗ることすら叶わなかった。代わりに、セレスタンが密かに国王陛下と入れ替わって、戦地へ向かうことになってしまった。
(どちらに転んでも、あの男の思い通りになったな)
顔をバイザーで覆い、甲冑を纏って馬に乗る姿は、一部の関係者を除き、誰もが国王陛下と思い込んでいる。そして皆一様に、どこか冷めた視線を送るのだ。
粗方けりがついた戦場で、これみよがしに勝利を高らかに謳おうとしてる臆病者。国民はある程度納得できるかもしれないが、戦地で戦う人々にとっては嫌悪感や反感を持つものが出ても不思議ではない。
一方、奥離宮では、セレスタンの影武者として、政務に長けた国王陛下とワイダール宰相補佐が国政を執り行っている。優秀な弟殿下に国を任せても問題ないと、皆に周知させる為だ。
(しかし、これは……)
戦地でも最前線に到着した時、そこは予想に反して、激しい戦闘の真っ只中だった。進軍を指揮した将軍の趣旨返しだろうか。勝利は見えているものの、国王率いる一個隊は否応なく戦いに身を投じることとなった。
用意されたテントで待機することもせず、戦いの渦中に飛び込んでいく国王陛下の武勇伝は、のちに長く語られることとなる。
「陛下、危ない!」
戦いの最中、セレスタンをかばって負傷した兵士がいた。見慣れない隊服なので、おそらく傭兵の一人だろう。我が身を振り返ることなく、敵の攻撃を真っ向から受け止め、時には受け流し、疾風のごとく剣を振るう姿は、さながら鬼神のようだった。
このような状況下なのに、心を奪われるなんてどうかしてる。セレスタン自身も自制しようと努めたものの、コントロールの効かない部分がそれを阻む。
あれは己の分身だと、欠けていた半身なのだと本能が叫ぶ。その狂おしいほど身を焦がす情熱は、戦いの夜が明けて、傭兵部隊が跡形もなく姿を消した後も、消えることがなかった。
(必ず、彼を探し出してみせる)
凱旋帰国を果たした国王陛下が、程なくして『戦地でのケガが原因』で崩御した後、計画は動き出した。セレスタンはX国に書簡を送り、自ら現地へ赴くことにした。
「……そうして、ようやく君を見つけたんだ」
「うあっ……」
やさしく、壊れ物を扱うように、セレスタンはロキの肌をたどる。舌で解しているのは、少しでも体力を回復させる為と言い訳し、その実心の底から湧き上がる多幸感に恍惚としていた。
「ゆっくり、繋がるから……僕にすがって」
「う、ん……ふっ……」
「そう……そうだよ……愛してる、君を愛してる……だから、もっと」
ひとりよがりになりたくないが、おそらく気持ちは、彼よりずっと先まで走ってしまう。彼はきっと追いつけない。そしてセレスタンは、これから長い時の中で、遠くから待ち続けるもどかしさを味わうことになる。
「もっと、欲しい……欲しがって……君になら、いくらでも僕の命をあげる」
「ふっ……う、うう……ん」
溢れるほど満たしても、貪欲に絡みつく粘膜が、セレスタンの興奮をより一層かきたてた。同時に、とめどなく湧き上がる愛おしさを、全身全霊かけて、唯一無二の伴侶に注いでいく。
「僕の、ただひとりの愛おしい人……ご覧、もうすぐ夜が明けるよ」
ワイダール宰相補佐を従えて現れた兄王は、たしかにセレスタンよりも年嵩に見えた。彼はセレスタンに会えて、とてもうれしそうだった。
「お変わりないですね」
「そちらは随分と変わったな」
一度だけ、彼が幼い頃に会ったことかあった。賢人と誉高い宰相が、密かに奥離宮で二人を引き合わせたからだ。
「姿こそ変わりましたが、体の弱さは相変わらずです。むしろ悪化したと言える」
「……僕のところへ訪ねてくるからには、それなりの理由があるのだろう」
「ええ、私はもう病で長くない。そこであなたに、私の後を継いでいただきたいと思いまして、こちらへお願いにあがりました」
「断る」
彼には、王子が一人いたはずだ。しかし未だ幼く、その子が後を継いで国王になれば、傀儡政治となるだろう。だが、それまでに優秀な後ろ盾をつけてやればいい。むしろ、自身の体調を見越して、早めに準備しておくものだ。それを怠ったのならば、国王陛下自身にも問題がある。
「ほんの十年……いや、十五年でいいのです。あの子、王子が成人するまでの間だけでも構わないので、どうかお願いします」
「それを引き受けたとして、僕になんの益がある?」
十年経って、また奥離宮に閉じ込められるのならば、ごめん被りたい。むしろ一度表の世界を知ってしまえば、再びこの隠遁生活に戻るのは難しく感じるだろう。
「ならば賭けをしませんか」
「賭け?」
「今、国境付近での戦いが激化してるのは、ご承知でしょう。私が出向いて蹴りをつけて参ります」
「……お前が、戦地へ?」
暗に『その体で?』と問いかけた。紙のように白く不健康な顔、肉の削げた細い肢体に合う防具など見つからないのではないか。
「本当は私の御代で、あの国境問題に区切りをつけたかった……まさか、人質を取られるとは」
「傭兵を雇ったとも聞いたが」
「ええ、でも彼らは表立って勝利宣言できない立場です。だから私が出向く必要があるのです」
「ならば、お前が無事凱旋帰国した暁には、望み通り玉座についてやろう。だから、死にものぐるいで帰ってこい」
それが、当初の約束たった。
セレスタンは戦地へ赴く道すがら、幾度となくその時交わした会話を反芻した。けっきょく、国王陛下は体調の悪化により、馬に乗ることすら叶わなかった。代わりに、セレスタンが密かに国王陛下と入れ替わって、戦地へ向かうことになってしまった。
(どちらに転んでも、あの男の思い通りになったな)
顔をバイザーで覆い、甲冑を纏って馬に乗る姿は、一部の関係者を除き、誰もが国王陛下と思い込んでいる。そして皆一様に、どこか冷めた視線を送るのだ。
粗方けりがついた戦場で、これみよがしに勝利を高らかに謳おうとしてる臆病者。国民はある程度納得できるかもしれないが、戦地で戦う人々にとっては嫌悪感や反感を持つものが出ても不思議ではない。
一方、奥離宮では、セレスタンの影武者として、政務に長けた国王陛下とワイダール宰相補佐が国政を執り行っている。優秀な弟殿下に国を任せても問題ないと、皆に周知させる為だ。
(しかし、これは……)
戦地でも最前線に到着した時、そこは予想に反して、激しい戦闘の真っ只中だった。進軍を指揮した将軍の趣旨返しだろうか。勝利は見えているものの、国王率いる一個隊は否応なく戦いに身を投じることとなった。
用意されたテントで待機することもせず、戦いの渦中に飛び込んでいく国王陛下の武勇伝は、のちに長く語られることとなる。
「陛下、危ない!」
戦いの最中、セレスタンをかばって負傷した兵士がいた。見慣れない隊服なので、おそらく傭兵の一人だろう。我が身を振り返ることなく、敵の攻撃を真っ向から受け止め、時には受け流し、疾風のごとく剣を振るう姿は、さながら鬼神のようだった。
このような状況下なのに、心を奪われるなんてどうかしてる。セレスタン自身も自制しようと努めたものの、コントロールの効かない部分がそれを阻む。
あれは己の分身だと、欠けていた半身なのだと本能が叫ぶ。その狂おしいほど身を焦がす情熱は、戦いの夜が明けて、傭兵部隊が跡形もなく姿を消した後も、消えることがなかった。
(必ず、彼を探し出してみせる)
凱旋帰国を果たした国王陛下が、程なくして『戦地でのケガが原因』で崩御した後、計画は動き出した。セレスタンはX国に書簡を送り、自ら現地へ赴くことにした。
「……そうして、ようやく君を見つけたんだ」
「うあっ……」
やさしく、壊れ物を扱うように、セレスタンはロキの肌をたどる。舌で解しているのは、少しでも体力を回復させる為と言い訳し、その実心の底から湧き上がる多幸感に恍惚としていた。
「ゆっくり、繋がるから……僕にすがって」
「う、ん……ふっ……」
「そう……そうだよ……愛してる、君を愛してる……だから、もっと」
ひとりよがりになりたくないが、おそらく気持ちは、彼よりずっと先まで走ってしまう。彼はきっと追いつけない。そしてセレスタンは、これから長い時の中で、遠くから待ち続けるもどかしさを味わうことになる。
「もっと、欲しい……欲しがって……君になら、いくらでも僕の命をあげる」
「ふっ……う、うう……ん」
溢れるほど満たしても、貪欲に絡みつく粘膜が、セレスタンの興奮をより一層かきたてた。同時に、とめどなく湧き上がる愛おしさを、全身全霊かけて、唯一無二の伴侶に注いでいく。
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