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二十六日目
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「はい、そのままで。その位置から手を差し伸べて……はい、殿下はこちら側から。あまり近づきすぎませんように……」
本日は王宮に隣接する、大聖堂と呼ばれる大きなドーム型の建物で、なんと婚姻式の予行練習が行われてる。当事者とはいえ、まさか本当にこんな日が来るとは思わなかった。
俺は、街の職人さんたちが用意してくれた婚礼衣装を着る予定だが、今は別の服を着せられてる。なんでも裾の長さと、服の重さが似てるそうで、本番でも違和感がないよう工夫したらしい。
(いやでも、違和感しかないよなコレ……)
バスローブの上に、裾の長いコートをはおり、頭にはショールをかぶった姿は、何かの罰ゲームのようだ。一方のセレは普段着と変わらない、騎士服のような姿である。本番ではとんでもなく長いローブに王冠かぶるって話だけど、さすがに同じような衣装は用意出来なかったようだ。
(まあ儀式と言っても、たいして覚えることないな)
立ち位置と、歩くルートさえ間違えなければなんとかなるようだ。進行係の司祭はいるが、特段神に祈りを捧げるとか誓いの言葉を述べるといったこともなく、会場にいる出席者たちが証人となって婚姻は成立するそうだ。宗教色は極めて薄いと言える。
X国の人間はほとんど無神論者だが、Y国も似たようなもので、国教とか存在しない。大聖堂と呼ばれても、単に王族の冠婚葬祭の場であり、過去に数度一般公開する程度に気楽な場所になってる。
この国は信仰の自由はあれど、街に教会や寺は少なく、多くの人々の心の拠り所は、昔の賢人の教えや哲学的思想のだと聞く。市井は各居住エリア毎に、その自治体の管轄下に置かれていて、困ったことがあれば、所属の自治体に相談すれば、必要な補助が国から受けられる仕組みとなっていた。
(おかげで、難しい決まりごとや儀式が少なくて、ありがたいよな)
予行練習を終えて控え室へ向かうと、そこには婚礼衣装が着せられた首なしマネキンが待っていた。
「きれいだね。はやく君が着た姿を見たいな」
俺についてきたセレは控え室に入るなり、頬を染めてそんなことを俺にのたまう。一方の俺は、あっけに取られていた。
(いやコレ、本気かよ)
頭にフラッシュバックしたのは、はじめて出席した晩餐会の衣装だ。あのヒラヒラテロテロした、色モノ隠し芸大会の衣装として着れそうなやつが、今回は婚礼衣装としてアップグレード仕様となってる。
「ロキ、泣いてるの」
「だって……」
「今からそんなだと、本番では化粧が崩れてしまうよ」
クスクス笑うセレに、俺はさらに愕然とした。化粧するのか。
「化粧だけは、嫌だ……」
「もちろん、女性にするようなものではないよ? ただこういった場では、表情を明るくしたり、体裁を整えたりする類のものだから心配しないで」
いや明るくするって、白く塗られるのかよ。心配だらけだわ、と悪態つきたくなるが、ここは百歩ゆずって我慢しよう。この国の慣例や儀礼に文句言うつもりはない。どうせ数時間の辛抱だ。
「そうだ、実はね……君の父君もご招待した。当日にいきなり知ったら、動揺してしまうと思うから、先に伝えておこうと思って」
なにそれ、やめて。この姿で親子の再会とか、ありえねえ。今から泣きそうだよ。
「婚礼衣装を変えるとか、ありえませんからね」
午後になって、宰相補佐が奥離宮に現れた。戴冠式の当日についての説明と、その後に行われる婚姻式の最終チェックの為である。これが色んな意味でラストチャンスというわけだ。俺がダメ元で、衣装の装飾を減らしてくれるよう直談判できる、最後かつ唯一の機会でもある。
「あなた、殿下があの衣装にどれだけ力を入れてらしたか想像つきます?」
「でも無理です、とても耐えられそうにありません」
「ならば正直に、殿下に直接そう申し上げればいいではありませんか」
「それができないから、あんたに頼ってんじゃないですか」
「えっ、私に頼ってるのですか」
宰相補佐は顔を青くすると、座ってたカウチから立ち上がって、部屋を出ていこうとする。
「待って、行かないでください」
「その言葉もよしてください。あなたにとって、頼るのも引きとめるのも、殿下一択です」
「え、ちょっとちょっと……分かりましたから、そんなあわてて出て行かなくても! あんたに頼ってないし引きとめないし、誰でもいいから説明が必要なんです」
「……誰でもいい、とおっしゃいましたね?」
ワイダールは落ち着いた表情になると、カウチへと引き返してきた。
「それならばいいです。今後もあなたにとって、殿下以外の人間は誰でも代わりがきく、十把一絡げであることを肝に銘じといてください」
「あ、はい……分かりました」
いや、分かんねえ。ただこれだけエルフの愛情に警戒するのは、経験則から来てるに違いない。
(となると、セレのお母さんかな……一体どんな人だったんだ)
そのうち話を聞くチャンスがあるだろうが、少し聞くのがこわい。でもそれは、セレの愛情を知るための参考材料にも比較対象にもならないだろう。
セレの愛情の深さは、また少し違うと思うのだ。いくら得ても満足できない、餓鬼のように飢えた愛情ではなくて、たとえば俺のひと言で、安心し切ってぐっすり眠れる純粋さがあるやつだ。
信じるに足りる根拠がなくたって、殿下は俺を信じてくれる。それって、すごく強い心の持ち主だと思う。
宰相補佐が退出して、ひとりきりになった途端、少し気が抜けて疲れを感じた。足元がフラつき、反射的にカウチの背にすがりつく。
(あれ……?)
なんだか少し体が重くなったようだが、たぶん気のせいだ。
たぶんこの数日の間、様々なことか起こって、少し疲れがたまっているのだ。今夜は早めに寝よう。明日になればきっと、いつも通りだ。
本日は王宮に隣接する、大聖堂と呼ばれる大きなドーム型の建物で、なんと婚姻式の予行練習が行われてる。当事者とはいえ、まさか本当にこんな日が来るとは思わなかった。
俺は、街の職人さんたちが用意してくれた婚礼衣装を着る予定だが、今は別の服を着せられてる。なんでも裾の長さと、服の重さが似てるそうで、本番でも違和感がないよう工夫したらしい。
(いやでも、違和感しかないよなコレ……)
バスローブの上に、裾の長いコートをはおり、頭にはショールをかぶった姿は、何かの罰ゲームのようだ。一方のセレは普段着と変わらない、騎士服のような姿である。本番ではとんでもなく長いローブに王冠かぶるって話だけど、さすがに同じような衣装は用意出来なかったようだ。
(まあ儀式と言っても、たいして覚えることないな)
立ち位置と、歩くルートさえ間違えなければなんとかなるようだ。進行係の司祭はいるが、特段神に祈りを捧げるとか誓いの言葉を述べるといったこともなく、会場にいる出席者たちが証人となって婚姻は成立するそうだ。宗教色は極めて薄いと言える。
X国の人間はほとんど無神論者だが、Y国も似たようなもので、国教とか存在しない。大聖堂と呼ばれても、単に王族の冠婚葬祭の場であり、過去に数度一般公開する程度に気楽な場所になってる。
この国は信仰の自由はあれど、街に教会や寺は少なく、多くの人々の心の拠り所は、昔の賢人の教えや哲学的思想のだと聞く。市井は各居住エリア毎に、その自治体の管轄下に置かれていて、困ったことがあれば、所属の自治体に相談すれば、必要な補助が国から受けられる仕組みとなっていた。
(おかげで、難しい決まりごとや儀式が少なくて、ありがたいよな)
予行練習を終えて控え室へ向かうと、そこには婚礼衣装が着せられた首なしマネキンが待っていた。
「きれいだね。はやく君が着た姿を見たいな」
俺についてきたセレは控え室に入るなり、頬を染めてそんなことを俺にのたまう。一方の俺は、あっけに取られていた。
(いやコレ、本気かよ)
頭にフラッシュバックしたのは、はじめて出席した晩餐会の衣装だ。あのヒラヒラテロテロした、色モノ隠し芸大会の衣装として着れそうなやつが、今回は婚礼衣装としてアップグレード仕様となってる。
「ロキ、泣いてるの」
「だって……」
「今からそんなだと、本番では化粧が崩れてしまうよ」
クスクス笑うセレに、俺はさらに愕然とした。化粧するのか。
「化粧だけは、嫌だ……」
「もちろん、女性にするようなものではないよ? ただこういった場では、表情を明るくしたり、体裁を整えたりする類のものだから心配しないで」
いや明るくするって、白く塗られるのかよ。心配だらけだわ、と悪態つきたくなるが、ここは百歩ゆずって我慢しよう。この国の慣例や儀礼に文句言うつもりはない。どうせ数時間の辛抱だ。
「そうだ、実はね……君の父君もご招待した。当日にいきなり知ったら、動揺してしまうと思うから、先に伝えておこうと思って」
なにそれ、やめて。この姿で親子の再会とか、ありえねえ。今から泣きそうだよ。
「婚礼衣装を変えるとか、ありえませんからね」
午後になって、宰相補佐が奥離宮に現れた。戴冠式の当日についての説明と、その後に行われる婚姻式の最終チェックの為である。これが色んな意味でラストチャンスというわけだ。俺がダメ元で、衣装の装飾を減らしてくれるよう直談判できる、最後かつ唯一の機会でもある。
「あなた、殿下があの衣装にどれだけ力を入れてらしたか想像つきます?」
「でも無理です、とても耐えられそうにありません」
「ならば正直に、殿下に直接そう申し上げればいいではありませんか」
「それができないから、あんたに頼ってんじゃないですか」
「えっ、私に頼ってるのですか」
宰相補佐は顔を青くすると、座ってたカウチから立ち上がって、部屋を出ていこうとする。
「待って、行かないでください」
「その言葉もよしてください。あなたにとって、頼るのも引きとめるのも、殿下一択です」
「え、ちょっとちょっと……分かりましたから、そんなあわてて出て行かなくても! あんたに頼ってないし引きとめないし、誰でもいいから説明が必要なんです」
「……誰でもいい、とおっしゃいましたね?」
ワイダールは落ち着いた表情になると、カウチへと引き返してきた。
「それならばいいです。今後もあなたにとって、殿下以外の人間は誰でも代わりがきく、十把一絡げであることを肝に銘じといてください」
「あ、はい……分かりました」
いや、分かんねえ。ただこれだけエルフの愛情に警戒するのは、経験則から来てるに違いない。
(となると、セレのお母さんかな……一体どんな人だったんだ)
そのうち話を聞くチャンスがあるだろうが、少し聞くのがこわい。でもそれは、セレの愛情を知るための参考材料にも比較対象にもならないだろう。
セレの愛情の深さは、また少し違うと思うのだ。いくら得ても満足できない、餓鬼のように飢えた愛情ではなくて、たとえば俺のひと言で、安心し切ってぐっすり眠れる純粋さがあるやつだ。
信じるに足りる根拠がなくたって、殿下は俺を信じてくれる。それって、すごく強い心の持ち主だと思う。
宰相補佐が退出して、ひとりきりになった途端、少し気が抜けて疲れを感じた。足元がフラつき、反射的にカウチの背にすがりつく。
(あれ……?)
なんだか少し体が重くなったようだが、たぶん気のせいだ。
たぶんこの数日の間、様々なことか起こって、少し疲れがたまっているのだ。今夜は早めに寝よう。明日になればきっと、いつも通りだ。
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