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二十二日目-2

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 これからどうする。眠った振りして、この男の行動をうかがうか。

(いや、きっとバレる)

 鋭くて抜け目ない奴だと、かつて仲間だったからよく知ってる。下手な行動を取って、俺が勘づいたことに気づかれたら、目的手段問わずに俺の身に危険が及ぶ。
 自分の命が惜しくないわけじゃないが、それ以上に俺の身が、殿下への脅迫材料として利用されたら困る。そして確信を持って言えるが、殿下は俺を見捨てたりしない。結果、俺は足手纏いになって、殿下の身を危険にさらしてしまう。

(でも仮にここで俺が本気で眠ったら、その隙をつかれて殿下が襲われる……)

 しかし情けない話ではあるが、俺が離れたところで、殿下の警護レベルが下がるとは思えない。もし紅葉狩りで俺を襲った連中がこの男の仲間ならば、今の俺の実践能力が、以前に比べて格段に落ちてることに気づかれている。あの襲撃は、むしろ俺の能力を測る為だったのだろう。

(俺が殿下のそばにいなくても差し障りがないなら、逆にいても不都合ないじゃないか。それなのに今回わざわざ奥離宮に忍び込んで、俺を攫うように連れ出したってことは……やっぱり俺をダシに何か仕掛けるつもりか)

 やはり、ここは眠らない以外に選択肢はない。できれば、この部屋から離れたいところだ。

「俺、下に行ってなんか食べるものもらってくるわ。非常食とか必要になるだろ」
「非常食? そんなの出発前に頼めばいいだろ。それより……足大丈夫そうか」

 ウルスの探るような視線が、俺の右足に注がれた。

(まさかと思うけど、コイツ……)

 背筋に冷たい汗が流れる。表情を変えないようにするのが精一杯で、あまり気の利いた返しはできそうになかった。
 そんな俺の様子は、足の不調と捉えられたのか。ウルスはベッドの足元に転がしておいた鞄を開くと、小さな小瓶を取り出した。

「コレ、ケガに効くヤツ。こんなこともあろうかと、調達しといた」
「ふーん……そっか」
「塗ってやろうか」
「いや、いいよ。後で自分でやる」

 ケガの状態を見られたくないし、こんなあやしい薬なんて塗られたくないし、どうしたものか。

「待てよ、お前こそコレが必要じゃねーの」
「え、俺? なんで?」
「なんでって、お前も腹に大ケガしたんたろ? そのために、コイツを持ち歩いてたんじゃないか」
「いやいや、だから大げさなんだってば。たいしたことなかったって、前にも言った通りだから……」
「そうなの? じゃあ見せてみろよ」
「え、それは……嫌に決まってんだろ」

 ウルスの笑顔が、少しばかりぎこちない。なるほど、コイツはたぶんケガなんかしてない……前線から離脱する為の口実だったのか。離脱した振りして、どこかに潜伏してたんだ。でも、何の為に?

(殿下が、前線に来ると思ってたのか……?)

 しかし、実際にやってきたのは殿下じゃなく兄の方だった。まさか国王陛下自ら戦地に、しかも前線に駆けつけるとは思わなかったろう。あてが外れたな。

「ところでロキ、なんか俺に言いたいことあったんだっけ?」

 ウルスは話題をそらしつつ、核心をついてきた。たしかに、ウルスに話したいことがあったが、コイツの正体が分かった今は、話していいものか迷う。しかし下手にごまかしたら、あやしまれてしまうだろう。

「なんかさ、殿下を狙ってる刺客なんだけど、どうやらうちの国の仲間が疑われてるみたいだぞ」
「え、そうなんだ」

 俺は嘘を含めないように気をつけつつ、具体的な内容は省いた。

「あの宰相補佐からの情報だぞ。しかも協力しろって持ちかけてきた」
「マジかよ……で、協力したの」
「するわけねーじゃん。もしホントだったら、俺だけじゃなくてお前の身も危ないぞ」
「なるほど……じゃあ、離れるいいタイミングだったわけか」

 ウルスは納得がいったような、どこか満足げな顔で深く息をついた。俺は内心ホッとしたが、この先この男がどんな行動に出るつもりか読めず、気が抜けない。

 その時、部屋の外から人の足音が聞こえてきた。階段を上がって、こちらへと近づいてくる。

「……時間だ」

 ウルスがそうつぶやくと同時に、部屋の扉が開いた。扉の向こうには、木箱を手にした男が立っていた。男は訝しげな表情を浮かべて、俺たち二人を交互に眺めてる。

「なんだ、眠ってたんじゃなかったのかよ」
「そのつもりだったんだけどな」

 男は、ウルスと会話しながら、木箱を部屋に運びこんだ。その男に続いて、もう一人男が入ってきた。手にはロープを持っている。

(いやこれ、絶対やばいだろっ……!)

 俺のひきつった顔は、ウルスには見えなかっただろう。なぜなら一瞬のうちに、頭にすっぽりと袋をかぶせられてしまったからだ。

「なんだよ、やけに落ち着いてるな」
「いや、騒いでも仕方ねーだろ」

 ウルスの嘲笑混じりの声に、俺はそっけなく返した。

「ロキには、特別恨みはないんだがな。まあ運が悪かったと思って、来世で幸せになれよ」
「えっ……?」
「何を今さら驚いてんだよ。まさかこの期に及んで、命乞い? ああそっか。ロキはずっと、勘違いしてたもんなあ」

 ウルスはクスクス笑って、布越しに俺の頭を撫でた。それはまるで、物の分からない子どもをなだめるような、仕方なくといった手つきに思えた。

「だって、本気でお前が王族の、しかも次期国王陛下の護衛だとか信じこんで、最後まで気づかねーんだもんな」

 指先から血の気が引いていく。しゃがれた声音が、鼓膜を突き破って脳天に響いた。

「狙われてたのは、お前だよ」
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