28 / 41
二十二日目-1
しおりを挟む
昨夜は一睡もできなかった。精神的に、というわけではなく、物理的に、だ。
「だいぶひどい揺れだったね。荷馬車ってこんなものだったかなあ。王宮に出入りしてるから少しはマシだとおもったのに」
「うえ」
「わっ、ロキ! 吐くなら外にしろよ!」
俺は絶賛、乗り物酔い中だ。ウルスの手を借りて荷馬車を降りると、空はすっかり明るくなってた。
(殿下、心配してるだろうなあ……)
昨夜、奥離宮に現れたウルスに誘われるまま、夜明けのドライブ……というには粗末すぎる荷馬車に乗って、城下町の郊外へ向かった。
「で、親父のよこした迎えとは、どこで待ち合わせてんの」
「えーと、ここらで一件しかない宿屋って言ってたな」
その宿屋はすぐに見つかった。小さくて古い外観だが、中はリノベしたらしく、新しくてきれいだった。部屋はすでに取っておいたようで、受付ですぐに鍵を渡された。
部屋は二階の角部屋だったが、小さなベッド二つを無理やり入れてるせいで、寝所以外のスペースはほぼなかった。
「待ち合わせまで、もう少し時間があることだし、これから長旅になるはずだし、少し眠っておいてもいいかもな」
「俺、旅の支度なんて、何もしてねーけど」
「俺も急だったから、お前を拾ってくるのが精一杯だったわ」
ウルスは、大きくあくびをすると、さっさと窓際のベッドに横になって、寝息を立てはじめた。
任務の終わりは、いつもこんなものだ。撤退のタイミングは唐突かつ絶対的で、指示が出たらすぐさま行動にうつさなくてはならない。日陰の任務ばかりの傭兵家業は前もってとか、あらかじめとか、ましてや見送りなどありえない。
(俺、帰国すんのか……)
ウルスの迎えは、俺の想定内ではあった。彼がこの国に滞在してた理由のひとつは、国からの撤退指示を受けて、俺を速やかに王宮から脱出させる手助けをする為だったのだ。
(刺客もほぼ捕縛したみたいだし、戴冠式まであと十日切ったし、ちょうどいい頃合いだったよな)
理屈では納得できるが、心はモヤモヤしてる。それはきっと、俺が不用意に、殿下に近づきすぎたせいだ。
任務中は、特定の人物と親しい関係を築くこともあるが、それはあくまで仕事上の話であって、本当に心を許すわけではない。俺だって、そういった訓練を受けてきたはずだが、今回はややしくじったようだ。
ケガによる施設での療養生活で、すっかり気がゆるんでしまった。しかも妾のふりした護衛だなんて、ぬるい立場に甘んじる仕事なんてはじめてだったもんだから、いろいろ距離感とか見誤った。
(俺じゃなくて、他の奴にやらせりゃよかったのに)
だけど、殿下が俺をご指名だったから、仕方なくお鉢が回ってきたのだろう。
「ロキ……眠らねえの?」
背を向けて眠っていたウルスが、首だけ回してこちらを見た。コイツもいろいろ苦労あったはずなのに、いつも俺や仲間を気にかけてくれる。
「撤退する時ってさ、大抵ボロボロで疲労感満載なのに、今回に限ってそうでもないから落ち着かなくてさ」
「あー分かる。前回の任務だって、撤退のルートもヤバかったもんな。よりによって、崖伝うルートでさあ」
「そうだったな……」
俺はふと、違和感を感じた。たしかに帰り道は厳しかったが、それをなぜ、この男が知ってるんだ。
たしかこの男は、腹に傷を負って、先に国へ強制送還されたはずだ。その後ずっと会ってなくて、今回の任務ではじめて再会した。
(それに、俺の足の傷も知ってた……)
俺は抜けきれない習慣で、つい右足を撫でてしまう。このケガは、最後の接近戦で負ったものだ。満身創痍で前線を離脱し、夜の闇を縫って崖伝いに脱出したあの絶望感を、帰国してから幾度となく思い出した。
しかし今の今まで、この男がいなかったことなど、考えも及ばなかった。
(待て、落ち着け……ゆっくりと、細く息を吐くんだ……)
最初に感じた違和感は、もっと前かもしれない。記憶をたどると、脳裏に浮かんだのは、紅葉狩りの翌日のことだ。
部屋から出してもらえない俺を、この男はわざわざ部屋まで訪ねてきた。
『それにしても外出中、しかも丸腰で、大人数の刺客に遭遇したのは、だいぶ運が悪かったな』
『大人数じゃない、たった五人だ』
なぜこの男は、俺が一人ではなく、複数の刺客に襲われたことを知ってたのか。
「ロキ……まだ眠れねえの」
「あ、うん……なんか目が覚めちゃって」
調べれば分かったことばかりかもしれない。
「無理ねえな。王宮のベッドに比べりゃ、粗末なベッドだもんなあ」
「いや、ベッドあるだけありがたいけど。てか、俺に気にせず寝ていいよ。ホテルからわざわざ王宮まで迎えにきてくれたんだから、お前の方が疲れてんだろ」
「ん、言わなかったっけ? 今俺、王宮に滞在してんだよ」
その言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
「なんかさー、セキュリティがどうとか言われて。ホテルの最上階だって、じゅうぶんセキュリティいいのにな」
「だよなあ……」
「それに、あの隊長さん? よく訪ねてくるんだよな。なんだアレ、俺に気でもあんのかな」
以前ウォータル副隊長が言って言葉が頭をよぎる。
『でも隊長、さいきんは一人にご執心でね』
この話は、あたかもレイクドル隊長がウルスに懸想してるような流れの話し方だったから、なんとなく聞き流してしまった。だが、もし隊長が別の目的を持ってたら?
ワイダール宰相補佐と交わした会話を反すうして、疑いを確信に変える。
『最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから』
『えっ、身元は割れてるんですか?』
『まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます』
この男が、最後の一人だ。
「だいぶひどい揺れだったね。荷馬車ってこんなものだったかなあ。王宮に出入りしてるから少しはマシだとおもったのに」
「うえ」
「わっ、ロキ! 吐くなら外にしろよ!」
俺は絶賛、乗り物酔い中だ。ウルスの手を借りて荷馬車を降りると、空はすっかり明るくなってた。
(殿下、心配してるだろうなあ……)
昨夜、奥離宮に現れたウルスに誘われるまま、夜明けのドライブ……というには粗末すぎる荷馬車に乗って、城下町の郊外へ向かった。
「で、親父のよこした迎えとは、どこで待ち合わせてんの」
「えーと、ここらで一件しかない宿屋って言ってたな」
その宿屋はすぐに見つかった。小さくて古い外観だが、中はリノベしたらしく、新しくてきれいだった。部屋はすでに取っておいたようで、受付ですぐに鍵を渡された。
部屋は二階の角部屋だったが、小さなベッド二つを無理やり入れてるせいで、寝所以外のスペースはほぼなかった。
「待ち合わせまで、もう少し時間があることだし、これから長旅になるはずだし、少し眠っておいてもいいかもな」
「俺、旅の支度なんて、何もしてねーけど」
「俺も急だったから、お前を拾ってくるのが精一杯だったわ」
ウルスは、大きくあくびをすると、さっさと窓際のベッドに横になって、寝息を立てはじめた。
任務の終わりは、いつもこんなものだ。撤退のタイミングは唐突かつ絶対的で、指示が出たらすぐさま行動にうつさなくてはならない。日陰の任務ばかりの傭兵家業は前もってとか、あらかじめとか、ましてや見送りなどありえない。
(俺、帰国すんのか……)
ウルスの迎えは、俺の想定内ではあった。彼がこの国に滞在してた理由のひとつは、国からの撤退指示を受けて、俺を速やかに王宮から脱出させる手助けをする為だったのだ。
(刺客もほぼ捕縛したみたいだし、戴冠式まであと十日切ったし、ちょうどいい頃合いだったよな)
理屈では納得できるが、心はモヤモヤしてる。それはきっと、俺が不用意に、殿下に近づきすぎたせいだ。
任務中は、特定の人物と親しい関係を築くこともあるが、それはあくまで仕事上の話であって、本当に心を許すわけではない。俺だって、そういった訓練を受けてきたはずだが、今回はややしくじったようだ。
ケガによる施設での療養生活で、すっかり気がゆるんでしまった。しかも妾のふりした護衛だなんて、ぬるい立場に甘んじる仕事なんてはじめてだったもんだから、いろいろ距離感とか見誤った。
(俺じゃなくて、他の奴にやらせりゃよかったのに)
だけど、殿下が俺をご指名だったから、仕方なくお鉢が回ってきたのだろう。
「ロキ……眠らねえの?」
背を向けて眠っていたウルスが、首だけ回してこちらを見た。コイツもいろいろ苦労あったはずなのに、いつも俺や仲間を気にかけてくれる。
「撤退する時ってさ、大抵ボロボロで疲労感満載なのに、今回に限ってそうでもないから落ち着かなくてさ」
「あー分かる。前回の任務だって、撤退のルートもヤバかったもんな。よりによって、崖伝うルートでさあ」
「そうだったな……」
俺はふと、違和感を感じた。たしかに帰り道は厳しかったが、それをなぜ、この男が知ってるんだ。
たしかこの男は、腹に傷を負って、先に国へ強制送還されたはずだ。その後ずっと会ってなくて、今回の任務ではじめて再会した。
(それに、俺の足の傷も知ってた……)
俺は抜けきれない習慣で、つい右足を撫でてしまう。このケガは、最後の接近戦で負ったものだ。満身創痍で前線を離脱し、夜の闇を縫って崖伝いに脱出したあの絶望感を、帰国してから幾度となく思い出した。
しかし今の今まで、この男がいなかったことなど、考えも及ばなかった。
(待て、落ち着け……ゆっくりと、細く息を吐くんだ……)
最初に感じた違和感は、もっと前かもしれない。記憶をたどると、脳裏に浮かんだのは、紅葉狩りの翌日のことだ。
部屋から出してもらえない俺を、この男はわざわざ部屋まで訪ねてきた。
『それにしても外出中、しかも丸腰で、大人数の刺客に遭遇したのは、だいぶ運が悪かったな』
『大人数じゃない、たった五人だ』
なぜこの男は、俺が一人ではなく、複数の刺客に襲われたことを知ってたのか。
「ロキ……まだ眠れねえの」
「あ、うん……なんか目が覚めちゃって」
調べれば分かったことばかりかもしれない。
「無理ねえな。王宮のベッドに比べりゃ、粗末なベッドだもんなあ」
「いや、ベッドあるだけありがたいけど。てか、俺に気にせず寝ていいよ。ホテルからわざわざ王宮まで迎えにきてくれたんだから、お前の方が疲れてんだろ」
「ん、言わなかったっけ? 今俺、王宮に滞在してんだよ」
その言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
「なんかさー、セキュリティがどうとか言われて。ホテルの最上階だって、じゅうぶんセキュリティいいのにな」
「だよなあ……」
「それに、あの隊長さん? よく訪ねてくるんだよな。なんだアレ、俺に気でもあんのかな」
以前ウォータル副隊長が言って言葉が頭をよぎる。
『でも隊長、さいきんは一人にご執心でね』
この話は、あたかもレイクドル隊長がウルスに懸想してるような流れの話し方だったから、なんとなく聞き流してしまった。だが、もし隊長が別の目的を持ってたら?
ワイダール宰相補佐と交わした会話を反すうして、疑いを確信に変える。
『最後の一人が、一番やっかいなのです。なんといっても、相手は王宮の関係者ですから』
『えっ、身元は割れてるんですか?』
『まだ割れてません。ですが王宮内に潜伏してます』
この男が、最後の一人だ。
34
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる