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十九日目
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翌日。朝食後、仕事へ向かった殿下と入れ替わりでやってきたのは、ワイダール宰相補佐だった。
「ふん、おさまる所におさまった、ということでしょうか」
宰相補佐は勝手知ったるといった様子で、客間のソファーに腰を落ち着けた。どうやらこの眼鏡は、奥離宮に入れる数少ない人間の一人らしい。
「なんだか、意外だとでもいう顔してますね。あなた、自分がここに閉じ込められてる自覚あります?」
「つい先ほど、自覚したとこです」
コイツがわざわざ足を運んだのも、俺が出られないからだ。殿下は自由に出入りできるのに、俺には安静にしてろと謎の指示のもと、この奥離宮に留められてる。つまり、そういうことだ。
「ここは、もともと殿下の母君がお住まいでした」
「へえ、そうなんですか」
「あなた、知ってたでしょう」
なら聞くな、と言いたい。まあ眼鏡にしてみりゃ、俺があれこれ嗅ぎ回ってるって知ってるぞ、と暗に言いたいのだろう。
「重いでしょう」
「……なにがですか」
「エルフのことですよ」
ワイダールは鼻の頭にしわを寄せた。いろいろ不本意に違いない。なんてったって、この男は最初から俺を歓迎してなかったし、戴冠式後は追い返すつもりだったようだし、計画を狂わさせて面白くないはずだ。
「あの方の思い通りに、こんな豪華な鳥籠に閉じ込められて、あなたは満足でしょうか。それとも、命を賭して次の戦場に向かった人生の方がマシですか」
「まず、命は賭けてるつもりはありませんけど。それがうちの国の、標準的な生き方なだけです。あと任務が必ずしも戦場ってわけじゃないです。今回みたいなケースもあるんですから」
「『戦場』でしょう、ここだって」
ワイダールは足を組み替えると、身を乗り出す。挑むような、にらむような、変な視線を向けられた。
「あなたは、なぜこの国へやってきたのです」
「なぜって、仕事で……」
「なぜ、あの施設から出たのです。殿下の寵愛を受けなければ、自分の身がどうなるのかすべて承知で言ってるのなら、たいした覚悟をお持ちですが」
たしかに、俺はすべて分かってた。自分の体のことだから、自分が一番よく分かる。そういう訓練を受けたから。
たぶん、俺はもう長くない。
前回の任務のダメージが相当でかくて、体が持ちそうにないのだ。施設の医者にも、この先は無理せず暮らすよう言い渡された。それって、今後は任務につくなって意味だ。傭兵としては役に立たないと、過去にいた数多の名も無き英雄たちのように、現役を退いて生きるしかばねになれと、そういう残酷な宣告だ。
「殿下には、うちはボランティアでケガ人を囲い込む習慣はありませんと、何度も進言したのですけどね」
「つまり、殿下は俺に同情して、妾に迎え入れたってわけですか」
昨夜は、結局最後まで抱かれなかった。殿下に言われたように、体内に彼の精を注がれたら、おそらく延命に繋がるのだろう。しかしそれは、エルフの愛を受け入れたことになる。それは、この奥離宮に閉じ込められることを意味する。つまり俺は、どの道ここから出られなくなるんだ。
「殿下は、相手が俺でもいいんでしょうか……」
「あなたでもいいのか、こちらが問いただしたいくらいです」
ワイダールは鎮痛な面持ちで頭を抱えた。よっぽど相手が俺なのが納得できないのだろう。まあ、俺も同じ気持ちだが。
「まさか、本当にこの赤猿がいいとは信じ難い話です。エルフは愛情深いと言われますが、その分といいますか、選り好みが非常に激しいのです。なんと言っても、人生でたった一人に対して、ひたすら己の愛情を注ごうとする、極端でやっかいな生き物ですからね」
「……ずいぶん、エルフに対して詳しいんですね」
ワイダールは俺から視線を外すと、不自然に高い位置に設けられた窓へ目を向けた。
「私の祖母が、殿下のお世話係りをしてたもので。幼い頃から、面識があるのですよ」
「殿下の子供の頃って、どんなでした?」
「好奇心で聞かれても、答えることはできませんね。さて、無駄話はここまでにして、あなたにはやっていただくことがあります」
そう言ってワイダールは立ち上がると、やはり勝手知ったると言った風に客間のライティングデスクから何やら紙を取り出して、それを俺に差し出した。
「……なんのつもりですか、これ?」
「まさかあなた、タダでこちらにかくまってもらえるとでも? 先ほど申し上げた通り、うちはボランティアで他国の傭兵を守るなんて行為はしません。その分きっちり働いてもらいませんと」
渡された紙に目をやる。どう見ても、白紙だ。しかも上質な紙で、ヘッダーにこの国の紋章が刻まれている。王室御用達の便箋だろうか。
「先の戦争に、あなたはX国の傭兵として参加してましたね」
「ご存じでしたか」
まあ、それくらいの調べはついてても不思議じゃない。俺を、仮にも妾に迎え入れるのだから、ひと通りの身辺調査は想定内の話だ。
「あの前線で、X国の傭兵部隊に誰がいたのか、名前をリストアップして欲しいのです」
「は……」
俺は耳を疑った。つまりこのクソ眼鏡は、なんのつもりか知らないが、俺に仲間を売るような真似をさせたいらしい。
「まずは、どういう目的でそんなこと知りたいのか、教えてもらえませんかね」
「そこに、最後の一人が含まれています」
「最後のひとり?」
ワイダールはチッと舌打ちすると、ソファーから立ち上がった。
「刺客ですよ。戴冠式までに、なんとしてでも捕らえなくては……万が一のことがあれば、何もかも失ってしまう……我が国の存亡に関わる事態になりかねない……まさに最悪のシナリオです」
「ふん、おさまる所におさまった、ということでしょうか」
宰相補佐は勝手知ったるといった様子で、客間のソファーに腰を落ち着けた。どうやらこの眼鏡は、奥離宮に入れる数少ない人間の一人らしい。
「なんだか、意外だとでもいう顔してますね。あなた、自分がここに閉じ込められてる自覚あります?」
「つい先ほど、自覚したとこです」
コイツがわざわざ足を運んだのも、俺が出られないからだ。殿下は自由に出入りできるのに、俺には安静にしてろと謎の指示のもと、この奥離宮に留められてる。つまり、そういうことだ。
「ここは、もともと殿下の母君がお住まいでした」
「へえ、そうなんですか」
「あなた、知ってたでしょう」
なら聞くな、と言いたい。まあ眼鏡にしてみりゃ、俺があれこれ嗅ぎ回ってるって知ってるぞ、と暗に言いたいのだろう。
「重いでしょう」
「……なにがですか」
「エルフのことですよ」
ワイダールは鼻の頭にしわを寄せた。いろいろ不本意に違いない。なんてったって、この男は最初から俺を歓迎してなかったし、戴冠式後は追い返すつもりだったようだし、計画を狂わさせて面白くないはずだ。
「あの方の思い通りに、こんな豪華な鳥籠に閉じ込められて、あなたは満足でしょうか。それとも、命を賭して次の戦場に向かった人生の方がマシですか」
「まず、命は賭けてるつもりはありませんけど。それがうちの国の、標準的な生き方なだけです。あと任務が必ずしも戦場ってわけじゃないです。今回みたいなケースもあるんですから」
「『戦場』でしょう、ここだって」
ワイダールは足を組み替えると、身を乗り出す。挑むような、にらむような、変な視線を向けられた。
「あなたは、なぜこの国へやってきたのです」
「なぜって、仕事で……」
「なぜ、あの施設から出たのです。殿下の寵愛を受けなければ、自分の身がどうなるのかすべて承知で言ってるのなら、たいした覚悟をお持ちですが」
たしかに、俺はすべて分かってた。自分の体のことだから、自分が一番よく分かる。そういう訓練を受けたから。
たぶん、俺はもう長くない。
前回の任務のダメージが相当でかくて、体が持ちそうにないのだ。施設の医者にも、この先は無理せず暮らすよう言い渡された。それって、今後は任務につくなって意味だ。傭兵としては役に立たないと、過去にいた数多の名も無き英雄たちのように、現役を退いて生きるしかばねになれと、そういう残酷な宣告だ。
「殿下には、うちはボランティアでケガ人を囲い込む習慣はありませんと、何度も進言したのですけどね」
「つまり、殿下は俺に同情して、妾に迎え入れたってわけですか」
昨夜は、結局最後まで抱かれなかった。殿下に言われたように、体内に彼の精を注がれたら、おそらく延命に繋がるのだろう。しかしそれは、エルフの愛を受け入れたことになる。それは、この奥離宮に閉じ込められることを意味する。つまり俺は、どの道ここから出られなくなるんだ。
「殿下は、相手が俺でもいいんでしょうか……」
「あなたでもいいのか、こちらが問いただしたいくらいです」
ワイダールは鎮痛な面持ちで頭を抱えた。よっぽど相手が俺なのが納得できないのだろう。まあ、俺も同じ気持ちだが。
「まさか、本当にこの赤猿がいいとは信じ難い話です。エルフは愛情深いと言われますが、その分といいますか、選り好みが非常に激しいのです。なんと言っても、人生でたった一人に対して、ひたすら己の愛情を注ごうとする、極端でやっかいな生き物ですからね」
「……ずいぶん、エルフに対して詳しいんですね」
ワイダールは俺から視線を外すと、不自然に高い位置に設けられた窓へ目を向けた。
「私の祖母が、殿下のお世話係りをしてたもので。幼い頃から、面識があるのですよ」
「殿下の子供の頃って、どんなでした?」
「好奇心で聞かれても、答えることはできませんね。さて、無駄話はここまでにして、あなたにはやっていただくことがあります」
そう言ってワイダールは立ち上がると、やはり勝手知ったると言った風に客間のライティングデスクから何やら紙を取り出して、それを俺に差し出した。
「……なんのつもりですか、これ?」
「まさかあなた、タダでこちらにかくまってもらえるとでも? 先ほど申し上げた通り、うちはボランティアで他国の傭兵を守るなんて行為はしません。その分きっちり働いてもらいませんと」
渡された紙に目をやる。どう見ても、白紙だ。しかも上質な紙で、ヘッダーにこの国の紋章が刻まれている。王室御用達の便箋だろうか。
「先の戦争に、あなたはX国の傭兵として参加してましたね」
「ご存じでしたか」
まあ、それくらいの調べはついてても不思議じゃない。俺を、仮にも妾に迎え入れるのだから、ひと通りの身辺調査は想定内の話だ。
「あの前線で、X国の傭兵部隊に誰がいたのか、名前をリストアップして欲しいのです」
「は……」
俺は耳を疑った。つまりこのクソ眼鏡は、なんのつもりか知らないが、俺に仲間を売るような真似をさせたいらしい。
「まずは、どういう目的でそんなこと知りたいのか、教えてもらえませんかね」
「そこに、最後の一人が含まれています」
「最後のひとり?」
ワイダールはチッと舌打ちすると、ソファーから立ち上がった。
「刺客ですよ。戴冠式までに、なんとしてでも捕らえなくては……万が一のことがあれば、何もかも失ってしまう……我が国の存亡に関わる事態になりかねない……まさに最悪のシナリオです」
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