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十八日目
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翌日。朝食を済ませた殿下と俺は、奥離宮へ引っ越しすることになった。
「また、この場所に戻ってくることになるとはね」
殿下は少し元気が無いが、機嫌は悪くなさそうだ。俺の手を取って、中を案内すると子供のようにはしゃぐ様子も見られた。
白を基調にまとめられた屋内は、言わずもがな洗練された内装だったが、華美に走ってるわけではなかった。ただ、不自然な間仕切りが随所にあり、窓は少なく、あっても高い位置に設けられている様子は、やはり隔離施設のように思えた。
(隔離? 何を、何から隔離する?)
王宮の庭師からは、この離宮にはもともと殿下の父王の寵姫が住んでいたと聞いた。そしてつい最近まで殿下も住んでたとすれば、つまりその寵姫は殿下の母親ということか。
(殿下のお母さんがエルフだったのか?)
だとすれば、きっととんでもない美人だったに違いない。きっと不埒な輩に目をつけられないよう、誰の目にも触れさせたくなくて、ここに隔離したとも考えられる。独占欲というか、あまりにきれいすぎて心配で、過保護になってしまったのだろう。
(でも、それじゃ殿下がここにいた理由としては、弱いよな……)
殿下がきれいだから? でも、じゃあどうして今になって王宮に、表舞台に出てくることになったのか。後継者不足で、苦肉の策で仕方なくとでもいうのか。
ひと通り案内してもらって、最後に到着したサンルームの窓辺で外を眺めながら、いろいろな考えが次々と頭に浮かんだ。
「眉間にしわがよってる」
「わっ……」
眉間の真ん中をつつかれて、驚いた俺は後ろに飛び退いた。これでも俺は、特殊な訓練を受けた傭兵だ。考え事に気を取られていたとはいえ、やすやすと急所に触れられてしまうとは。やはり殿下は、実戦での戦いを知ってる手練れとしか思えない。
しかし目の前に立つ殿下は、ゆったりとした軽装をまとい、長い髪を優雅に垂らしていて、そんな戦いなどという血生臭いこととは無縁に見えた。
「難しいことばかり考えてると、疲れてしまうよ。君はもっと、ゆっくりくつろぐことをおぼえないとね」
「毎日ゆっくり、くつろいでますよ」
殿下は何も言わずに、薄く色づいた頬をゆるませて、俺の頭をサラリとひとなでした。たぶん嘘つきとか思ってるんだろうな。
まあ、嘘だ。俺は殿下の護衛で任務中なんだから、常に気が抜けない。そのことについては、おそらく殿下も分かってる。
(絶対にバレてるよなあ)
俺がなぜこの国にやってきたのか。何の目的で、殿下のそばにいるのか。きっと殿下はすべて知ってる。知ってて、知ってることを言わないだけだ。
ワイダール宰相補佐からは、決して護衛だとバレないように、なんて言われたけど、初めからバレバレだったのだ。
(じゃあ丸腰でいた意味ないわ。だいたい殿下は、うちの国に来たことあって、俺のこと施設で見かけたとか……ん?)
何かおかしい。だってあの施設は、負傷した傭兵を専門に収容している場所だ。ならば殿下は、はじめから俺が傭兵だと知ってたことになる。
(負傷して、使い物にならない俺を妾に迎えた? なんで? それなら健康で俺より若い、もっときれいな傭兵を、護衛兼妾に迎えればよかったんじゃない?)
施設で俺を見て、選んだようなことを言ってたが、あいにく俺は一目惚れされるほど容姿端麗ではない。この国の人間に比べりゃ小柄かもしれないが、華奢なわけでもなく、なにより体は傷だらけだ。
(やっぱ趣味、悪いのかな)
日差しが届くテーブルには、温かいお茶とおやつが用意されてた。俺はひたすら毒味をしながら、手元のカップで口の中を胃に流し込んでいく。甘いカップケーキは、誰得で焼かれたのだろう。殿下は、甘い物はほとんど口にしないってのに。
「おいしい?」
「はい、おいしいです」
そう、言いつつも、殿下はどこか不満そうだ。俺が義務的に食べているのが、気に食わないのだろう。自分なんて、ひと口も食べてないくせに。
「殿下は召し上がられないんですか」
「君のために、用意したからね」
「俺、こんなに食べきれないです。いや、食べ切ったとして、せっかくの夕食が入らなくなります」
「じゃあ、食べさせて」
「えっ……」
甘い空気で、一気に室内に満たされた。
殿下は耳に髪をかけながら、身を乗り出して口を開く。その様子がどことなくエロティックで、俺はカップケーキを手に持ったままゾクリとした。
「ロキ?」
「あ、はい……」
下側を薄い紙に包まれたスポンジは、俺の指ごと殿下にかじられてしまった。あわてて手を引くものの、濡れた指の感触が行動をえらく鈍らせた。
気がつくと席を立った殿下に、膝裏から体をすくい上げられ、サンルームの奥の小部屋に連れ込まれてしまった。
「治療の時間だよ、ロキ」
「あっ……ふ……」
すばやく左腕の袖をまくられ、むき出しになった二の腕に走る傷に舌を這わされる。最近の殿下は、この傷を集中的に舐めている。おかげであれほど醜くかった裂傷が、柔らかく白い肌に変化しつつあった。
「……すごいですね。もうこんなに痕が薄くなってる」
「もっと効率のいい方法があるけどね」
殿下は、口元を手の甲で拭いながら体を起こすと、小さなベッドで仰向けに押し倒さらた俺の頬をそろりと撫でた。
「僕の精を、君の体内に注げば、劇的な効果が望める」
「また、この場所に戻ってくることになるとはね」
殿下は少し元気が無いが、機嫌は悪くなさそうだ。俺の手を取って、中を案内すると子供のようにはしゃぐ様子も見られた。
白を基調にまとめられた屋内は、言わずもがな洗練された内装だったが、華美に走ってるわけではなかった。ただ、不自然な間仕切りが随所にあり、窓は少なく、あっても高い位置に設けられている様子は、やはり隔離施設のように思えた。
(隔離? 何を、何から隔離する?)
王宮の庭師からは、この離宮にはもともと殿下の父王の寵姫が住んでいたと聞いた。そしてつい最近まで殿下も住んでたとすれば、つまりその寵姫は殿下の母親ということか。
(殿下のお母さんがエルフだったのか?)
だとすれば、きっととんでもない美人だったに違いない。きっと不埒な輩に目をつけられないよう、誰の目にも触れさせたくなくて、ここに隔離したとも考えられる。独占欲というか、あまりにきれいすぎて心配で、過保護になってしまったのだろう。
(でも、それじゃ殿下がここにいた理由としては、弱いよな……)
殿下がきれいだから? でも、じゃあどうして今になって王宮に、表舞台に出てくることになったのか。後継者不足で、苦肉の策で仕方なくとでもいうのか。
ひと通り案内してもらって、最後に到着したサンルームの窓辺で外を眺めながら、いろいろな考えが次々と頭に浮かんだ。
「眉間にしわがよってる」
「わっ……」
眉間の真ん中をつつかれて、驚いた俺は後ろに飛び退いた。これでも俺は、特殊な訓練を受けた傭兵だ。考え事に気を取られていたとはいえ、やすやすと急所に触れられてしまうとは。やはり殿下は、実戦での戦いを知ってる手練れとしか思えない。
しかし目の前に立つ殿下は、ゆったりとした軽装をまとい、長い髪を優雅に垂らしていて、そんな戦いなどという血生臭いこととは無縁に見えた。
「難しいことばかり考えてると、疲れてしまうよ。君はもっと、ゆっくりくつろぐことをおぼえないとね」
「毎日ゆっくり、くつろいでますよ」
殿下は何も言わずに、薄く色づいた頬をゆるませて、俺の頭をサラリとひとなでした。たぶん嘘つきとか思ってるんだろうな。
まあ、嘘だ。俺は殿下の護衛で任務中なんだから、常に気が抜けない。そのことについては、おそらく殿下も分かってる。
(絶対にバレてるよなあ)
俺がなぜこの国にやってきたのか。何の目的で、殿下のそばにいるのか。きっと殿下はすべて知ってる。知ってて、知ってることを言わないだけだ。
ワイダール宰相補佐からは、決して護衛だとバレないように、なんて言われたけど、初めからバレバレだったのだ。
(じゃあ丸腰でいた意味ないわ。だいたい殿下は、うちの国に来たことあって、俺のこと施設で見かけたとか……ん?)
何かおかしい。だってあの施設は、負傷した傭兵を専門に収容している場所だ。ならば殿下は、はじめから俺が傭兵だと知ってたことになる。
(負傷して、使い物にならない俺を妾に迎えた? なんで? それなら健康で俺より若い、もっときれいな傭兵を、護衛兼妾に迎えればよかったんじゃない?)
施設で俺を見て、選んだようなことを言ってたが、あいにく俺は一目惚れされるほど容姿端麗ではない。この国の人間に比べりゃ小柄かもしれないが、華奢なわけでもなく、なにより体は傷だらけだ。
(やっぱ趣味、悪いのかな)
日差しが届くテーブルには、温かいお茶とおやつが用意されてた。俺はひたすら毒味をしながら、手元のカップで口の中を胃に流し込んでいく。甘いカップケーキは、誰得で焼かれたのだろう。殿下は、甘い物はほとんど口にしないってのに。
「おいしい?」
「はい、おいしいです」
そう、言いつつも、殿下はどこか不満そうだ。俺が義務的に食べているのが、気に食わないのだろう。自分なんて、ひと口も食べてないくせに。
「殿下は召し上がられないんですか」
「君のために、用意したからね」
「俺、こんなに食べきれないです。いや、食べ切ったとして、せっかくの夕食が入らなくなります」
「じゃあ、食べさせて」
「えっ……」
甘い空気で、一気に室内に満たされた。
殿下は耳に髪をかけながら、身を乗り出して口を開く。その様子がどことなくエロティックで、俺はカップケーキを手に持ったままゾクリとした。
「ロキ?」
「あ、はい……」
下側を薄い紙に包まれたスポンジは、俺の指ごと殿下にかじられてしまった。あわてて手を引くものの、濡れた指の感触が行動をえらく鈍らせた。
気がつくと席を立った殿下に、膝裏から体をすくい上げられ、サンルームの奥の小部屋に連れ込まれてしまった。
「治療の時間だよ、ロキ」
「あっ……ふ……」
すばやく左腕の袖をまくられ、むき出しになった二の腕に走る傷に舌を這わされる。最近の殿下は、この傷を集中的に舐めている。おかげであれほど醜くかった裂傷が、柔らかく白い肌に変化しつつあった。
「……すごいですね。もうこんなに痕が薄くなってる」
「もっと効率のいい方法があるけどね」
殿下は、口元を手の甲で拭いながら体を起こすと、小さなベッドで仰向けに押し倒さらた俺の頬をそろりと撫でた。
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