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九日目-2
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醜い傷をさらして、とても気まずかった。まるで悪いことをして、それを咎められる前のような気持ちに近い。
「すいません、俺……」
「どうしてあやまるの?」
言われて、あやまるのも変な気がした。俺はY国に頼まれて、ここまでやってきたんだ。
俺たち傭兵は、常にケガまみれ、傷だらけだ。他国が外注するような、厭われる危険な任務ばかりだから、当然の結果だろう。俺たちは満身創痍になりながら、ひたすら任務をまっとうする。X国では、これがあたりまえの生き方だ。
顔を上げると、問うような視線が向けられていた。世界を二分する、疑問の色を呈している。俺たちの違いが、今ここではっきりと浮き彫りにされた。
それでも心の境界線の向こうから、殿下が手を差し伸べる。
「君の考えてることは、僕には分からない。たぶん話してもらっても、君の気持ちを完全に理解することはできない」
ここはY国で、俺は殿下の為にここにいる。その殿下の意に背くことは、任務を遂行する上で望ましくない。
「ええ。殿下とは、あまりにも違う生き方をしてきましたから。俺も、殿下のお考えやお気持ちが分かりません……でも、分かりたいと思います」
「うん」
頭を撫でられた。こんなことされたの、はじめてだ。噂に聞くが、なんとも恥ずかしいものだ。子どもじみたわがままを、うっかり言ってしまいそうになるじゃないか。
「僕はね、君が苦しんでいるなら、寄り添いたいと思う。この傷……痛かっただろう?」
指でなぞられた腿の傷は、触れると変な具合にうずくけど痛くない。
「痛くないです」
「そうではなくて、ケガを負った時のことだよ」
「慣れてますから」
そう、ケガなんてしょっちゅうだったから、いちいち騒ぐことではない。痛みは一時的で、そのうち静まっていくものだと、経験上知っている。
「痛みに『慣れる』ことはない。痛いものは痛い、そうでしょう?」
「そうかもしれませんが、もう過ぎたことです。忘れました。そのうち慣れます」
「慣れるだなんて、悲しいこと言わないで」
殿下の顔が近づいて、震える唇を塞がれた。そうだ、俺は寒くもないのに震えてる。どうしてだろう。
たぶん、やさしく接されることに不慣れで、少し緊張してるのかもしれない。何度も繰り返される触れ合いは、とてもやわらかくて心地良くて、泣きすがりたくなる衝動が湧き上がりそうで……危険だ。
「……あのっ」
「ん、なに……」
「す、少し、はなれてもらって、いいですか」
尻込みしてそう告げると、殿下はキスを止め、大人しく体を引いてくれた。紳士だ。いや、俺に魅力が足りない? いや、不満があるわけじゃないけど。
殿下は、遠慮がちに微笑むと、俺の顔をのぞきこむ。萌黄色の瞳がキラキラして、長い銀のまつ毛が月明かりみたいに、ほのかに輝いてきれいだ。
「これからの君は、痛みに慣れてはいけない人だよ。我慢しないで、僕に打ち明けてほしい」
「……はい」
「あまり性急に関係を進めて、君の気持ちが追いつけなくなるのは嫌だ。だけど、この傷だけは先に治療させて?」
殿下がしめしたのは、俺の右足の太腿だった。もう傷はふさがっているのに、これ以上どうするのだろう。傷を目立たなくする、とかだろうか? しかしY国の医療技術は、特に高度とは聞いてない。
「ね、傷を癒させて」
「……それは、かまいませんが……ひゃっ、な、なに!?」
驚くことに、殿下が身をかがめて、俺の傷をなめだした。
「大丈夫? 痛くない?」
「い、痛くは、ないですけど……」
問題はそこじゃない……俺は恥ずかしさを堪えながら、文句も言えずにじっと耐えた。
しばらくして、殿下はようやく気が済んだのか、顔を上げると、俺の乱れた衣服を整えてくれた。その間中、俺の頭は混乱状態だった。
(なにこれ……殿下の性癖? いやそんな、動物だってケガするとなめてなおすとかあるじゃん? それに近いものかも。Y国の閨事情にくわしくないけど、文化の違いかもしれないな)
俺は無理やり納得すると、寝支度をはじめた殿下をぼんやりながめた。
「さあ、寝ようか。明日は朝から会議だから、早起きしないとね」
「ええ、そうですね……」
「だからほら、おいで。もう眠い」
殿下は、戸惑う俺をベッドに押し込めると、自分もその隣にもぐりこむ。え、まさか一緒のベッドで寝るの?
「お、俺、寝相が悪いんですけどっ……」
「そうなの? でも今日は疲れただろうから、案外おとなしいかもしれないよ?」
結果は明日の朝教えてあげる、とまで言われてしまえば、かたくなに拒絶することもできなくなった。
(まあ、今夜は殿下の気まぐれと思えばいっか……)
そっと隣をうかがうと、殿下のうれしそうな横顔があった。なんだか子どもみたいで、少しかわいい。
(いや、待て……そうじゃないだろ。もう、しかたないな……)
なかなか寝つけないかも、という杞憂は、あっさり覆されたい。俺は温かい寝床につられて、あっという間に眠りについた。
眠りに落ちる直前に、殿下の視線を感じた気がする。前髪を梳くやさしい指づかい、全身をやわらかく包みこむ毛布、みずみずしい若葉みたいな香り……どれも、とても心地良くて、うっとりと意識を手放した。
「すいません、俺……」
「どうしてあやまるの?」
言われて、あやまるのも変な気がした。俺はY国に頼まれて、ここまでやってきたんだ。
俺たち傭兵は、常にケガまみれ、傷だらけだ。他国が外注するような、厭われる危険な任務ばかりだから、当然の結果だろう。俺たちは満身創痍になりながら、ひたすら任務をまっとうする。X国では、これがあたりまえの生き方だ。
顔を上げると、問うような視線が向けられていた。世界を二分する、疑問の色を呈している。俺たちの違いが、今ここではっきりと浮き彫りにされた。
それでも心の境界線の向こうから、殿下が手を差し伸べる。
「君の考えてることは、僕には分からない。たぶん話してもらっても、君の気持ちを完全に理解することはできない」
ここはY国で、俺は殿下の為にここにいる。その殿下の意に背くことは、任務を遂行する上で望ましくない。
「ええ。殿下とは、あまりにも違う生き方をしてきましたから。俺も、殿下のお考えやお気持ちが分かりません……でも、分かりたいと思います」
「うん」
頭を撫でられた。こんなことされたの、はじめてだ。噂に聞くが、なんとも恥ずかしいものだ。子どもじみたわがままを、うっかり言ってしまいそうになるじゃないか。
「僕はね、君が苦しんでいるなら、寄り添いたいと思う。この傷……痛かっただろう?」
指でなぞられた腿の傷は、触れると変な具合にうずくけど痛くない。
「痛くないです」
「そうではなくて、ケガを負った時のことだよ」
「慣れてますから」
そう、ケガなんてしょっちゅうだったから、いちいち騒ぐことではない。痛みは一時的で、そのうち静まっていくものだと、経験上知っている。
「痛みに『慣れる』ことはない。痛いものは痛い、そうでしょう?」
「そうかもしれませんが、もう過ぎたことです。忘れました。そのうち慣れます」
「慣れるだなんて、悲しいこと言わないで」
殿下の顔が近づいて、震える唇を塞がれた。そうだ、俺は寒くもないのに震えてる。どうしてだろう。
たぶん、やさしく接されることに不慣れで、少し緊張してるのかもしれない。何度も繰り返される触れ合いは、とてもやわらかくて心地良くて、泣きすがりたくなる衝動が湧き上がりそうで……危険だ。
「……あのっ」
「ん、なに……」
「す、少し、はなれてもらって、いいですか」
尻込みしてそう告げると、殿下はキスを止め、大人しく体を引いてくれた。紳士だ。いや、俺に魅力が足りない? いや、不満があるわけじゃないけど。
殿下は、遠慮がちに微笑むと、俺の顔をのぞきこむ。萌黄色の瞳がキラキラして、長い銀のまつ毛が月明かりみたいに、ほのかに輝いてきれいだ。
「これからの君は、痛みに慣れてはいけない人だよ。我慢しないで、僕に打ち明けてほしい」
「……はい」
「あまり性急に関係を進めて、君の気持ちが追いつけなくなるのは嫌だ。だけど、この傷だけは先に治療させて?」
殿下がしめしたのは、俺の右足の太腿だった。もう傷はふさがっているのに、これ以上どうするのだろう。傷を目立たなくする、とかだろうか? しかしY国の医療技術は、特に高度とは聞いてない。
「ね、傷を癒させて」
「……それは、かまいませんが……ひゃっ、な、なに!?」
驚くことに、殿下が身をかがめて、俺の傷をなめだした。
「大丈夫? 痛くない?」
「い、痛くは、ないですけど……」
問題はそこじゃない……俺は恥ずかしさを堪えながら、文句も言えずにじっと耐えた。
しばらくして、殿下はようやく気が済んだのか、顔を上げると、俺の乱れた衣服を整えてくれた。その間中、俺の頭は混乱状態だった。
(なにこれ……殿下の性癖? いやそんな、動物だってケガするとなめてなおすとかあるじゃん? それに近いものかも。Y国の閨事情にくわしくないけど、文化の違いかもしれないな)
俺は無理やり納得すると、寝支度をはじめた殿下をぼんやりながめた。
「さあ、寝ようか。明日は朝から会議だから、早起きしないとね」
「ええ、そうですね……」
「だからほら、おいで。もう眠い」
殿下は、戸惑う俺をベッドに押し込めると、自分もその隣にもぐりこむ。え、まさか一緒のベッドで寝るの?
「お、俺、寝相が悪いんですけどっ……」
「そうなの? でも今日は疲れただろうから、案外おとなしいかもしれないよ?」
結果は明日の朝教えてあげる、とまで言われてしまえば、かたくなに拒絶することもできなくなった。
(まあ、今夜は殿下の気まぐれと思えばいっか……)
そっと隣をうかがうと、殿下のうれしそうな横顔があった。なんだか子どもみたいで、少しかわいい。
(いや、待て……そうじゃないだろ。もう、しかたないな……)
なかなか寝つけないかも、という杞憂は、あっさり覆されたい。俺は温かい寝床につられて、あっという間に眠りについた。
眠りに落ちる直前に、殿下の視線を感じた気がする。前髪を梳くやさしい指づかい、全身をやわらかく包みこむ毛布、みずみずしい若葉みたいな香り……どれも、とても心地良くて、うっとりと意識を手放した。
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