すべてはあなたを守るため

高菜あやめ

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11.殿下の公務に同行

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 今日は殿下が公務で外出する日だ。そしてなぜか今日から、俺もそれに付そうことになった。殿下の独断で決定したらしく、宰相補佐が『面倒なことになった』と苦々しく舌打ちしてた。
(ま、部屋の中で暇を持てあましてるよりマシだけど)
 殿下が待ち合わせ場所にやってきたのは、出発予定時刻を少し過ぎたころだった。前の会議が長引いて、予定が押したらしい。
「ロキ、待たせてごめんね」
 デートの待ち合わせか。たのむから公衆の面前で、甘い空気をふりまかないでくれ。ほら衛兵が冷めた目で見てるってば。
 俺がこまっているのに、殿下はホワホワと浮かれ気味で、足取りも軽い。
「ああ鼻の頭が赤くなってる。可愛いけど、冷えちゃったね」
 殿下ってば、自分の首に巻いてるストールを外して、俺にかけようとした。いやそれダメだから。そんなきれいな布、俺にはもったいないから。それに殿下が寒くなるでしょーが。
 俺はどうにか殿下の腕をすり抜けて、護衛隊の輪に無理やり加わった。彼らは馬車の整備点検を入念におこない、持っていく荷物の最終確認をしていた。輪の中心にいたレイクドル隊長は、俺がやってくるとわざわざ作業の手を止めて、あいさつがてら声をかけてくれた。
「おはよう、ロキ。ずいぶんと早くから、ここで待機してたんだって?」
「おはようございます、レイクドル隊長。いえ初日ですし、なにぶん勝手がわからないので」
「真面目なお前らしい」
 フッと微笑む隊長は、今日もイケメンで隙がない。その惚れ惚れする姿に、周りを固める兵士もどこか得意げに見える。まあ、自慢の上司だよな。
 うっかり隊長に見とれていると、背後から腕を引っぱられてハッとした。そこには言わずもがな、殿下が立っていた。
「ロキ、僕には『おはよう』のあいさつはないの」
「殿下には、朝イチであいさつしたでしょう」
 そう返答すると、殿下はなにが面白くないんだか、俺の手首をつかんでグイグイと馬車から離そうとする。
「ロキはこっち……レイクドルは近づくな」
「殿下、そばで護衛する人間に無茶言わんでください」
「そうですよ殿下、隊長をこまらせちゃダメですよ」
 おおかた俺が隊長と打ち解けてることが気に食わないのだろう。俺、ヤキモチ焼かれるほどの人間じゃないんだけどな。振り返ると、無言で俺たちについてくる隊長と目が合った。苦笑いを向けられ、非常に気まずい。ようやく出発の準備が整ったときは、正直助かったと思ったくらいだ。
 殿下と同じ馬車に押しこまれ、狭い座席で隣同士くっついて座った。距離近いな。
「ロキ、馬車は大丈夫? とても揺れるから、気分が悪くなったらすぐ僕に言ってね」
 殿下は実に楽しそうに、俺の世話を焼く。ぶつかった二の腕が意外と硬く、それなりに鍛錬していることがうかがえた。
(ずるいよな、殿下だって体鍛えてんのに、なんで護衛の俺ができないんだよ。しかも今日も丸腰だし)
 外出でも武器を持たせてもらえなかった。サイアク素手で戦うしかない。
「浮かない顔だね」
「え」
 殿下は整った柔和な面立ちだけど、なにを考えてるのかわからない。表情が読めない怖さを、今ヒシヒシと感じはじめてる。
「アメをお食べ」
「あ、ども……」
 棒付きのアメを渡された。コレ到着するまでに食べ切れるかな……まてよ、これ武器の代わりにできるか?
「僕がお仕事中は、それを食べながらいい子に待ってること。いいね?」
「はあ、わかりました」
 そうこうしているうちに、巨大な合同庁舎に到着した。殿下はときどき抜き打ちで訪れて、視察することにしてるらしい。
(絶対王政のわりには、議会政治っぽい。わりと民主的な国なのかな。てっきりトップダウンの官僚制かと思ったけど)
 庁舎は明るい煉瓦造りの建物だ。俺が口を開けながらながめていると、隣の殿下が小さく笑った。
「中を案内してあげたかったけど、残念ながら視察中は君を同伴できない」
 まあ俺はしょせん、よその国の人間だからな。興味はあるけど、俺の仕事の管轄外だから気にしない。
「僕とレイクドルが離れている間、君には護衛をつける」
「えっ、ちょっと」
 反論する前に、レイクドル隊長から見慣れない男を紹介された。
「近衛隊副隊長のウォータルだ。殿下の不在中は、彼が君の警護につく」
「……そうすか」
 いや、いいけどね、警護に警護付けても。それで殿下の気がすむなら、俺は別に役立たずでもいいや。
「よろしくね、ロキくん」
「よろしくお願いします」
 殿下とはメインホールで別れ、俺はウォータル副隊長と一緒に、ホールのすぐそばにある待合室にやってきた。ウォータルは二人きりになると、さらに親しみをこめた口調で話しかけてきた。
「君のことは隊長から聞いてるよ。まだ若いのに、たいしたものだね」
「いや自分、そんな若くなくて」
 ウォータルは女好きしそうな雰囲気イケメンだった。自分をよくみせる術を知ってるのだろう。肩までのびた茶色の髪はゆるいカールがうるさすぎず、細面の顔によく似合っている。茶色の瞳は微笑を浮かべる口もととあいまって、全体的に柔和な雰囲気を作っていた。また硬派なイケメン隊長とは真逆のタイプで口数も多い。うまく会話の転がしてくれるのでこちらも助かる。
「副隊長ってモテそうですよね」
「いやいや隊長に比べたら全然。あの人は歩くフェロモンだからなあ」
 モテるってとこは否定しないな。まあ近衛兵って花形だろうから、肩書きだけでもモテそうだ。
「でも隊長、さいきんある方にご執心でね」
「へえ、幸せなご令嬢ですね」
「いや男。しかも君がよく知ってる人だよ」
 えっ、まさか殿下? それは無いな。
「宰相補佐殿ですか?」
「その冗談、ワイダールにも隊長にも通じないから。あの子だよ、ほら親善大使の」
「ああウルスですか?」
「虫除けになるみたいだね。隊長、ここ最近ヤバめのストーカー被害にあったから、苦労していろいろ策を練ってるんだよ」
 虫除けね。ウルスもだけど俺も似たようなもんか。護衛って、敵に襲われた時に対処するだけじゃなくて、政敵とか性的とか、いろんな方面への牽制けんせいにもなる。丸腰だからって、まるっきり役に立たないわけじゃないんだな。
「なんだか話してたら元気出てきました」
「え、そう? 少しでも気晴らしになったならうれしいよ」
 すっかり打ちとけた俺たちは、いつかウルスと三人で遊びに行こうと約束した。
「実現は難しそうだけどね。君たちそれぞれ立場があるから」
「それを言うなら副隊長もでしょ」
「俺は職場を出たらわりと気楽な身だよ」
「まあ俺も戴冠式さえ終われば……」
 あれ、副隊長は俺の素性を知ってんのかな。わからないから俺から下手なこと言えないな。
「戴冠式が終わっても、殿下は君を手放さないと思うよ?」
「えっ」
「今まで以上に政敵は増えるからね」
「あ、ああ」
 そういうこと。まあでも俺には関係ない。なぜなら戴冠式が終われば、殿下はあらためて新しい妾を迎えるから。これは最初から決まってたことで、俺はあくまで『つなぎ』の妾でしかない。
(いや正しくは妾じゃなくて護衛だけど)
 新しい妾の選定は、宰相補佐がひそかに進めている。殿下がそのことを知るのは、もう少し先の話だ。
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