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10.前の任務との落差
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「というわけで、それ以来この部屋から出してもらえなくなった」
部屋に訪れたウルスに対して、俺は近況報告ついでに愚痴っていた。この旧友はX国からの親善大使で、俺と同郷で同胞で、共に戦火をくぐり抜けた仲間でもある。今日は文化交流の名目で、王宮に用事があったらしく、ついでに俺の顔を見に部屋まで訪ねてくれた。
「それ以来って、昨日の今日だろう? 休みをもらったと思って、グダグダゴロゴロしてろよ……ところでここ、すっげえフカフカだな!」
ウルスは体が沈むソファーの座り心地にはしゃぎながら、やさぐれ気味の俺を笑い飛ばした。くすんだ黄土色の短髪をきちんとセットして、品の良い焦茶色の上着を着ていると、良いとこのボンボンに見えなくもない。実際はスラム育ちの五男坊で、小さなころから苦労人なのだが。
対する俺は、親父が国家元首なもんで、金に困ったことはない。ただ物心ついたころから全寮制の学校に放り込まれたので、ウルスのように食うや食わずといったことはなかったものの、親兄弟とはかなり縁遠く育った。青春時代は毎日厳しい訓練に明け暮れ、早くから傭兵として駆り出されたから、灰色の青春を送ったと言えよう。
(休みって、逆に落ち着かないんだよな)
俺は起き抜けのボサボサ髪のまま、だらしなく向かいのソファーに寝そべった。
「ところで俺、さいきん体が鈍っちゃって。休みもいいけど、ここに来てから毎日が休みみたいなもんだからさ」
「ふーん……たしかに俺も、親善大使なんて言われても、たいしたことやってねーなあ」
「お前はまだいいよ。刺客の捕縛も手伝ってるじゃん」
「まあ多少は。でもメインで動くのはY国の特殊部隊だから、実はあんま動けてないんだ。お前の方が動いてるかもよ? 昨日の外出でも山登りしたんだろ」
「あんな小さな山じゃ、山登りのうちに入らないよ。でもまさか紅葉狩りが、単に紅葉を観るだけなんて知らなかったわ」
「だよなあ。うちの国にそんな優雅な習慣ないもんなあ」
どうやら俺たちどちらも、今の任務が張り合いなさすぎて、ちょっとだけ不満なのだ。それがわかって、どうすることもできないが。ウルスは持参した故郷のお茶をすすりながら、どこか投げやりな態度だ。
「それにしても丸腰なのに、大人数の刺客に遭遇したのは、だいぶ運が悪かったな」
「大人数じゃない、たった五人だ。俺だって足をすべらせなけりゃ、あんな奴らなんか手こずらなかったのに」
「ま、結果的に全員捕縛できたんだし、それだけ帰る日が早くなるし、いいじゃないか」
「なあ、やっぱ刺客が一掃されたら、俺らの帰国も早まるのかな」
「そりゃそうだろ。こんな楽ちんな任務なんて、せいぜい一か月程度だろ。今のうちに骨休みして、次の任務に備えといたほうがいいぞ」
「そーだなあ」
なんとなくスッキリした気分になれないのは、次の仕事に対する不安のせいか。少なくとも、また前のようにハードなやつはゴメンだ。
「俺、この任務じゃ役立たずな気がする。殿下を守るどころか、逆に守ってもらっちゃったもんな」
「まあ考え方かな。かけつけた殿下に、花を持たせてやったって思えば?」
「花を持たせたっていうか、おかしくないか」
殿下は間違いなく強い。本当は護衛なんかいらないレベルだと思う。それについてはウルスも同意見のようだ。
「俺も、この間の晩餐会でお会いしたとき、なんとなく気づいた。だって戦意は感じないのに、まったく隙がないんだぞ? なにげに動きに無駄がない。あれは実戦を知ってる人だよ」
「殿下が手練れなのは、昨日の敵をふっとばした時点でわかったよ。レイクドル隊長が追いかけてきたけど、ただ倒れてた奴を回収するだけだったもんな」
「レイクドル隊長と言えば、さっきそこで会ったぞ」
聞けば文化交流の場に、殿下も出席したらしい。そこにレイクドルも護衛として居合わせたのだろう。
「お前について、あれこれ聞かれたわ」
「なに俺のこと? 殿下から?」
「殿下もレイクドル隊長も、お前の過去について興味しんしんだった。どこまで話したらいいのかわかんなかったから、適当に答えといたよ。とりあえずお前ここに来る前に、事故で大けがしたことになってるからヨロシク」
「あ、そうなんだ」
殿下は俺の体中にある古傷を、ずいぶん気にしてたもんな。でもそうそう体を見せる機会もないだろうから、適当にごまかせるだろう。
「そろそろ帰るわ。親父殿に報告書を書かなきゃ」
ウルスは、よっこらせと立ち上がった。どこか動きがぎこちないのは、ケガの後遺症なのかな。
「そういや、どこに滞在してんの?」
「王宮近くの高級ホテル。ゼータクな待遇だよなあ、前回の任務との落差がはげしい」
「たしかに。次の任務に支障が出るレベルだわ。さっきの話に戻るけど、刺客が一掃されたら、俺もお役目御免でいいよな? 殿下はあれだけ強いし、レイクドル隊長もついてるし」
「まーなあ……親父殿に聞いとくよ」
ウルスが帰ってしまうと、とたんに手持ち無沙汰となる。ウロウロ部屋を歩き回り、どうにか外へ出れないか考えてみた。窓から抜け出すことは簡単だけど、扉の前に立つ護衛兼見張りの人が責められるだろうから、あまり得策ではない。お人よしかな、俺。
いつの間にか眠っていたようだ。髪をとかされるような感触にそろりと瞼を上げると、麗しい殿下の顔があった。見上げるアングルで、これほど作画が素晴らしい人は、めったにお目にかかれないだろう。
「ロキ、よく眠ってたね。お腹空かない?」
「うん、空いたかも」
「じゃあ、なにか用意させようね。温かくて食べやすい物がいいな。僕も一緒に食べていい?」
「うん、いいよ」
一連のやり取りのあと、違和感を覚える。しまった、言葉づかいがなれなれし過ぎた。ガバッと体を起こすと、殿下がおどろいた様子で俺の髪から手をはなした。
「どうしたの、なにかあった?」
「あああの、すいません、俺ちょっとだけ寝ぼけてて……失礼しました!」
「なにに対して『すいません』で、どれについて『失礼しました』なの?」
殿下は、本気でわからない、という顔をした。
「その、寝ぼけてて、礼儀を欠いた口をきいたからです」
「寝ぼけてたのは、寝起きだからあたりまえ。礼儀ってなに? 君は、僕の伴侶になる人だよね? かしこまった口調は、かえってよそよそしくて『失礼』ではないの?」
つめよられるように言われて、俺は面食らって口をつぐんだ。
部屋に訪れたウルスに対して、俺は近況報告ついでに愚痴っていた。この旧友はX国からの親善大使で、俺と同郷で同胞で、共に戦火をくぐり抜けた仲間でもある。今日は文化交流の名目で、王宮に用事があったらしく、ついでに俺の顔を見に部屋まで訪ねてくれた。
「それ以来って、昨日の今日だろう? 休みをもらったと思って、グダグダゴロゴロしてろよ……ところでここ、すっげえフカフカだな!」
ウルスは体が沈むソファーの座り心地にはしゃぎながら、やさぐれ気味の俺を笑い飛ばした。くすんだ黄土色の短髪をきちんとセットして、品の良い焦茶色の上着を着ていると、良いとこのボンボンに見えなくもない。実際はスラム育ちの五男坊で、小さなころから苦労人なのだが。
対する俺は、親父が国家元首なもんで、金に困ったことはない。ただ物心ついたころから全寮制の学校に放り込まれたので、ウルスのように食うや食わずといったことはなかったものの、親兄弟とはかなり縁遠く育った。青春時代は毎日厳しい訓練に明け暮れ、早くから傭兵として駆り出されたから、灰色の青春を送ったと言えよう。
(休みって、逆に落ち着かないんだよな)
俺は起き抜けのボサボサ髪のまま、だらしなく向かいのソファーに寝そべった。
「ところで俺、さいきん体が鈍っちゃって。休みもいいけど、ここに来てから毎日が休みみたいなもんだからさ」
「ふーん……たしかに俺も、親善大使なんて言われても、たいしたことやってねーなあ」
「お前はまだいいよ。刺客の捕縛も手伝ってるじゃん」
「まあ多少は。でもメインで動くのはY国の特殊部隊だから、実はあんま動けてないんだ。お前の方が動いてるかもよ? 昨日の外出でも山登りしたんだろ」
「あんな小さな山じゃ、山登りのうちに入らないよ。でもまさか紅葉狩りが、単に紅葉を観るだけなんて知らなかったわ」
「だよなあ。うちの国にそんな優雅な習慣ないもんなあ」
どうやら俺たちどちらも、今の任務が張り合いなさすぎて、ちょっとだけ不満なのだ。それがわかって、どうすることもできないが。ウルスは持参した故郷のお茶をすすりながら、どこか投げやりな態度だ。
「それにしても丸腰なのに、大人数の刺客に遭遇したのは、だいぶ運が悪かったな」
「大人数じゃない、たった五人だ。俺だって足をすべらせなけりゃ、あんな奴らなんか手こずらなかったのに」
「ま、結果的に全員捕縛できたんだし、それだけ帰る日が早くなるし、いいじゃないか」
「なあ、やっぱ刺客が一掃されたら、俺らの帰国も早まるのかな」
「そりゃそうだろ。こんな楽ちんな任務なんて、せいぜい一か月程度だろ。今のうちに骨休みして、次の任務に備えといたほうがいいぞ」
「そーだなあ」
なんとなくスッキリした気分になれないのは、次の仕事に対する不安のせいか。少なくとも、また前のようにハードなやつはゴメンだ。
「俺、この任務じゃ役立たずな気がする。殿下を守るどころか、逆に守ってもらっちゃったもんな」
「まあ考え方かな。かけつけた殿下に、花を持たせてやったって思えば?」
「花を持たせたっていうか、おかしくないか」
殿下は間違いなく強い。本当は護衛なんかいらないレベルだと思う。それについてはウルスも同意見のようだ。
「俺も、この間の晩餐会でお会いしたとき、なんとなく気づいた。だって戦意は感じないのに、まったく隙がないんだぞ? なにげに動きに無駄がない。あれは実戦を知ってる人だよ」
「殿下が手練れなのは、昨日の敵をふっとばした時点でわかったよ。レイクドル隊長が追いかけてきたけど、ただ倒れてた奴を回収するだけだったもんな」
「レイクドル隊長と言えば、さっきそこで会ったぞ」
聞けば文化交流の場に、殿下も出席したらしい。そこにレイクドルも護衛として居合わせたのだろう。
「お前について、あれこれ聞かれたわ」
「なに俺のこと? 殿下から?」
「殿下もレイクドル隊長も、お前の過去について興味しんしんだった。どこまで話したらいいのかわかんなかったから、適当に答えといたよ。とりあえずお前ここに来る前に、事故で大けがしたことになってるからヨロシク」
「あ、そうなんだ」
殿下は俺の体中にある古傷を、ずいぶん気にしてたもんな。でもそうそう体を見せる機会もないだろうから、適当にごまかせるだろう。
「そろそろ帰るわ。親父殿に報告書を書かなきゃ」
ウルスは、よっこらせと立ち上がった。どこか動きがぎこちないのは、ケガの後遺症なのかな。
「そういや、どこに滞在してんの?」
「王宮近くの高級ホテル。ゼータクな待遇だよなあ、前回の任務との落差がはげしい」
「たしかに。次の任務に支障が出るレベルだわ。さっきの話に戻るけど、刺客が一掃されたら、俺もお役目御免でいいよな? 殿下はあれだけ強いし、レイクドル隊長もついてるし」
「まーなあ……親父殿に聞いとくよ」
ウルスが帰ってしまうと、とたんに手持ち無沙汰となる。ウロウロ部屋を歩き回り、どうにか外へ出れないか考えてみた。窓から抜け出すことは簡単だけど、扉の前に立つ護衛兼見張りの人が責められるだろうから、あまり得策ではない。お人よしかな、俺。
いつの間にか眠っていたようだ。髪をとかされるような感触にそろりと瞼を上げると、麗しい殿下の顔があった。見上げるアングルで、これほど作画が素晴らしい人は、めったにお目にかかれないだろう。
「ロキ、よく眠ってたね。お腹空かない?」
「うん、空いたかも」
「じゃあ、なにか用意させようね。温かくて食べやすい物がいいな。僕も一緒に食べていい?」
「うん、いいよ」
一連のやり取りのあと、違和感を覚える。しまった、言葉づかいがなれなれし過ぎた。ガバッと体を起こすと、殿下がおどろいた様子で俺の髪から手をはなした。
「どうしたの、なにかあった?」
「あああの、すいません、俺ちょっとだけ寝ぼけてて……失礼しました!」
「なにに対して『すいません』で、どれについて『失礼しました』なの?」
殿下は、本気でわからない、という顔をした。
「その、寝ぼけてて、礼儀を欠いた口をきいたからです」
「寝ぼけてたのは、寝起きだからあたりまえ。礼儀ってなに? 君は、僕の伴侶になる人だよね? かしこまった口調は、かえってよそよそしくて『失礼』ではないの?」
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