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8.紅葉狩りとは
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「紅葉狩り、ですか?」
「うん。お昼前には出発するから、あたたかい服を着て、出かける準備しておいてね」
朝食の席で、殿下に本日の予定を告げられた。俺は残りのスクランブルエッグを口につめこみながら、紅葉狩りの意味について考える。紅葉狩り……聞いたことないフレーズだ。
(狩猟みたいなもんかな。でもこの国って、あまりいい飛び道具はないからなあ)
Y国を含む多くの国では、いまだ戦いにおけるメインの武器は剣か槍だ。それというのも、銃みたいな飛び道具は最新のやつでもコントロールがむずかしく、接近戦でないとほぼ命中しない。その上あたっても、防具服を着られたら貫通しないから、敵にダメージを与えにくくて非効率なのだ。
まして山に生息する、すばしっこい獣ならば、よっぽど腕利きじゃないと、しとめるのはほぼ不可能だろう。
(となると、剣とか槍とか使って獲物を追いこむのかな)
俺にもそれ、やらせてもらえるのだろうか。
(今日こそ帯刀を許されるかも。やっぱ丸腰だと、護衛としては片手落ちだもんなあ)
殿下が仕事に行ってしまった後も、ひとり自室であれこれ考えていたら、新しい防寒着が届いた。
「えっ。これ、俺が着るんですか」
「ええ、殿下のお見立てです」
色づいた紅葉のように真っ赤なコート。こんなの着てたら、獲物が一目散に逃げてしまいそうだ。しかし、そこは殿下のチョイスなので、着る選択肢しかない。サイズは少し大きめで、裾がマントのように広がるタイプは、やはりユニセックスなデザインでちょっと、いやだいぶ気恥ずかしい。こんなお洒落なコート似合わないし、なにより動きづらそうだし。
実際、届けてくれたメイドの手で着せてもらったが、ハッキリ言って動きづらい。俺の微妙な反応に、メイドは『何か文句あるのか』といった顔でにらんでくる。
(こんなんで、まともに動けるかよ。俺、殿下の護衛なのに)
やや気分が下がってきたところで、殿下が部屋まで迎えにやってきた。そして俺の姿を一目見て、ぶわっといっせいに花が咲くような笑顔を見せた。
「ああ、よく似合うね。可愛い」
「それは、よかったです……」
殿下の後ろには、当然のようにレイクドル隊長がついてきた。隊長は俺を一瞥すると、苦笑いを浮かべている。うんわかる、殿下の審美眼は壊れてるんだ。俺、勘違いしてないから、遠慮なく笑ってくれ。
とにかく可愛いを連呼する殿下をどうにか止めたくて、俺はコホンと咳払いとともに無理やり話題を変えた。
「あのー、今回の外出は仕事の一環ですか?」
「ん? 紅葉狩りのこと? もちろんプライベートだよ。でも君にはしっかり楽しんでもらいたいから、今回だけはレイクドルを連れていくことにした。ごめんね?」
「いえ、それはかまいませんが」
何を狩るのかわからないけど、俺に楽しんでもらうって、この服で?
(もしや殿下は……俺を試そうとしてる?)
この国にやってきて早六日目。殿下も薄々、俺がただの妾ではなく護衛だと気づいても不思議じゃない。だから実施で、俺の実力がどの程度か確認しておきたいのだろう。きっとそうだ。
「わかりました。ご期待にそえるようがんばります」
「ふふ、はりきってるね。僕も楽しみだ」
こんな動きづらいコートを着させたのも、さてはハンディ付きの戦いだな? やさしい顔して、殿下は案外意地悪なのかもしれない。
王宮の裏山に到着すると、殿下の指示により、付きそいの近衛兵たちがテントの設営に取りかかった。紅葉狩り一行は、なぜだかやたらと荷物が多く、それに加えてレイクドル隊長率いる小隊もついてきたため、予想以上に大所帯になってしまってる。だからテントもたくさん、お昼時も近いせいか、食料もあれこれ用意してきたようだ。
(なんだかピクニックみたいなノリだな)
ちなみに俺はテントの設営も食事の準備も手伝わせてもらえず、手持ちぶさたでウロウロしてる。殿下は、座ってればいいとか言うけど、じっとしてても落ち着かない上、体も冷えてしまいそうだ。
(少しだけウォームアップしたほうがいいかもな)
テントの設営場所は山の斜面にもかかわらず、人工的に盛土された土地らしく、広く平らにひらけていた。辺りをグルリと見回すと、赤や黄色に色づいた木々が目を楽しませてくれる。空気もひんやりして気持ちがいいので、軽く走ってもいいな。俺は隣で設営の指揮を取る殿下に、そっと声をかけた。
「お忙しいところすいません。少しだけ、この辺りをぐるっと回ってきていいですか」
「いいけど、あまり遠くにいっちゃダメだよ? もうじき昼食のしたくも整うからね」
先に腹ごなしをするのか。動く前はあまり食べたくはないけどしかたない。つまり今しか準備運動のチャンスはない。
(今のうちに走っておけば、体もじゅうぶんあたたまるから、いっか)
さっそく設営テントの裏手に回ると、下流の川へ向かって伸びる細い獣道を発見した。かなり急勾配だから、準備運動がてら降りてみるのもいいだろう。
(ええと、こっちに曲がって……あれ、崖だ)
獣道はあっという間に途切れ、崖の先端にたどり着いてしまった。普通ならば引き返すところだろう。しかし俺はロッククライミングも得意だ。足場をたしかめつつ、岩肌をつたって、調子よくスルスルと崖を降りていった。
(到着っと……うわ、けっこう降りたな)
あらためて崖を見上げると、高さ十メートルはありそうだ。崖を背にして周囲を見回すと、茂みの先から川の流れる音が聞こえる。
せっかくだから川まで行ってみたかったが、戻るのが遅くなると殿下に心配かけてしまう。降りたばかりだけど、すでに体がポカポカしてるから、登ればちょうど汗ばむくらいになるだろう。
(えーと、どうやって登ろうかな……まずあの岩を使うだろ、それから……)
俺は来た道を引き返すべく、再び岩肌の足場を探して腕を伸ばしたが、ふと誰かの視線を感じて動きを止めた。
(あれ……いち、に、さん……よん……もしかして囲まれてる?)
茂みの影に複数の人間の気配があった。しかも明らかに好意的ではない。俺はあいかわらず丸腰のままだし、一人きりだして、自分のうかつさに後悔したが、時すでに遅し、だ。
「うん。お昼前には出発するから、あたたかい服を着て、出かける準備しておいてね」
朝食の席で、殿下に本日の予定を告げられた。俺は残りのスクランブルエッグを口につめこみながら、紅葉狩りの意味について考える。紅葉狩り……聞いたことないフレーズだ。
(狩猟みたいなもんかな。でもこの国って、あまりいい飛び道具はないからなあ)
Y国を含む多くの国では、いまだ戦いにおけるメインの武器は剣か槍だ。それというのも、銃みたいな飛び道具は最新のやつでもコントロールがむずかしく、接近戦でないとほぼ命中しない。その上あたっても、防具服を着られたら貫通しないから、敵にダメージを与えにくくて非効率なのだ。
まして山に生息する、すばしっこい獣ならば、よっぽど腕利きじゃないと、しとめるのはほぼ不可能だろう。
(となると、剣とか槍とか使って獲物を追いこむのかな)
俺にもそれ、やらせてもらえるのだろうか。
(今日こそ帯刀を許されるかも。やっぱ丸腰だと、護衛としては片手落ちだもんなあ)
殿下が仕事に行ってしまった後も、ひとり自室であれこれ考えていたら、新しい防寒着が届いた。
「えっ。これ、俺が着るんですか」
「ええ、殿下のお見立てです」
色づいた紅葉のように真っ赤なコート。こんなの着てたら、獲物が一目散に逃げてしまいそうだ。しかし、そこは殿下のチョイスなので、着る選択肢しかない。サイズは少し大きめで、裾がマントのように広がるタイプは、やはりユニセックスなデザインでちょっと、いやだいぶ気恥ずかしい。こんなお洒落なコート似合わないし、なにより動きづらそうだし。
実際、届けてくれたメイドの手で着せてもらったが、ハッキリ言って動きづらい。俺の微妙な反応に、メイドは『何か文句あるのか』といった顔でにらんでくる。
(こんなんで、まともに動けるかよ。俺、殿下の護衛なのに)
やや気分が下がってきたところで、殿下が部屋まで迎えにやってきた。そして俺の姿を一目見て、ぶわっといっせいに花が咲くような笑顔を見せた。
「ああ、よく似合うね。可愛い」
「それは、よかったです……」
殿下の後ろには、当然のようにレイクドル隊長がついてきた。隊長は俺を一瞥すると、苦笑いを浮かべている。うんわかる、殿下の審美眼は壊れてるんだ。俺、勘違いしてないから、遠慮なく笑ってくれ。
とにかく可愛いを連呼する殿下をどうにか止めたくて、俺はコホンと咳払いとともに無理やり話題を変えた。
「あのー、今回の外出は仕事の一環ですか?」
「ん? 紅葉狩りのこと? もちろんプライベートだよ。でも君にはしっかり楽しんでもらいたいから、今回だけはレイクドルを連れていくことにした。ごめんね?」
「いえ、それはかまいませんが」
何を狩るのかわからないけど、俺に楽しんでもらうって、この服で?
(もしや殿下は……俺を試そうとしてる?)
この国にやってきて早六日目。殿下も薄々、俺がただの妾ではなく護衛だと気づいても不思議じゃない。だから実施で、俺の実力がどの程度か確認しておきたいのだろう。きっとそうだ。
「わかりました。ご期待にそえるようがんばります」
「ふふ、はりきってるね。僕も楽しみだ」
こんな動きづらいコートを着させたのも、さてはハンディ付きの戦いだな? やさしい顔して、殿下は案外意地悪なのかもしれない。
王宮の裏山に到着すると、殿下の指示により、付きそいの近衛兵たちがテントの設営に取りかかった。紅葉狩り一行は、なぜだかやたらと荷物が多く、それに加えてレイクドル隊長率いる小隊もついてきたため、予想以上に大所帯になってしまってる。だからテントもたくさん、お昼時も近いせいか、食料もあれこれ用意してきたようだ。
(なんだかピクニックみたいなノリだな)
ちなみに俺はテントの設営も食事の準備も手伝わせてもらえず、手持ちぶさたでウロウロしてる。殿下は、座ってればいいとか言うけど、じっとしてても落ち着かない上、体も冷えてしまいそうだ。
(少しだけウォームアップしたほうがいいかもな)
テントの設営場所は山の斜面にもかかわらず、人工的に盛土された土地らしく、広く平らにひらけていた。辺りをグルリと見回すと、赤や黄色に色づいた木々が目を楽しませてくれる。空気もひんやりして気持ちがいいので、軽く走ってもいいな。俺は隣で設営の指揮を取る殿下に、そっと声をかけた。
「お忙しいところすいません。少しだけ、この辺りをぐるっと回ってきていいですか」
「いいけど、あまり遠くにいっちゃダメだよ? もうじき昼食のしたくも整うからね」
先に腹ごなしをするのか。動く前はあまり食べたくはないけどしかたない。つまり今しか準備運動のチャンスはない。
(今のうちに走っておけば、体もじゅうぶんあたたまるから、いっか)
さっそく設営テントの裏手に回ると、下流の川へ向かって伸びる細い獣道を発見した。かなり急勾配だから、準備運動がてら降りてみるのもいいだろう。
(ええと、こっちに曲がって……あれ、崖だ)
獣道はあっという間に途切れ、崖の先端にたどり着いてしまった。普通ならば引き返すところだろう。しかし俺はロッククライミングも得意だ。足場をたしかめつつ、岩肌をつたって、調子よくスルスルと崖を降りていった。
(到着っと……うわ、けっこう降りたな)
あらためて崖を見上げると、高さ十メートルはありそうだ。崖を背にして周囲を見回すと、茂みの先から川の流れる音が聞こえる。
せっかくだから川まで行ってみたかったが、戻るのが遅くなると殿下に心配かけてしまう。降りたばかりだけど、すでに体がポカポカしてるから、登ればちょうど汗ばむくらいになるだろう。
(えーと、どうやって登ろうかな……まずあの岩を使うだろ、それから……)
俺は来た道を引き返すべく、再び岩肌の足場を探して腕を伸ばしたが、ふと誰かの視線を感じて動きを止めた。
(あれ……いち、に、さん……よん……もしかして囲まれてる?)
茂みの影に複数の人間の気配があった。しかも明らかに好意的ではない。俺はあいかわらず丸腰のままだし、一人きりだして、自分のうかつさに後悔したが、時すでに遅し、だ。
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