すべてはあなたを守るため

高菜あやめ

文字の大きさ
上 下
3 / 41

3.泥だらけの靴で一緒に散歩

しおりを挟む
 雨が上がった翌日。殿下に誘われて、王宮の庭園へ散歩に出た。
「ねえロキ、カタツムリがいるよ。可愛いね、ほらこっちにも。いくついるかな」
「そーですねえ、いくついますかね」
 なぜか男二人、並んでカタツムリを数えてる。この光景、何気にキモい。
(殿下の糖度が下がらないな)
 昨夜は毒入りパイを大量に食べたせいか、夜になっても熱が下がらず本当につらかった。雨が部屋のガラス窓を打ちつける中、殿下の献身的な寝ずの看病が、ますます俺を追いつめた。こうして横顔をみると、麗しいご尊顔にうっすら隈ができてるなんて、ゆゆしき問題だ……と朝イチでクソ眼鏡に呼び出されて説教された。
 それにしても殿下は、本気で俺を妾にするつもりだ。この甘ったるい空気は、そうとしか思えない。妾として可愛がろうとしてる……この俺を。寒い絵面だ。それに俺は、一ヶ月後にはお役目御免になるのに。
 俺の複雑な心境とは裏腹に、殿下はとても楽しそうだ。今だって、隙あらば手を繋ごうとしてくる。いや、手ぐらい繋いでもいいけどさ。
「ロキは自分の国では、普段何をしてたの?」
「……運動?」
 という名の、訓練に明け暮れる日々だった。基礎体力の強化からはじまって、実戦で役立ちそうな武器の扱いはひととおり学んだ。
「やはりそうだったのだね。ロキは細身だけど、体がしまっているから、きっと体を動かすのが好きだと思った。なにか得意なスポーツはある? 球技とか、水泳とか」
 補助なしのロッククライミングとか、服着たままの遠泳なら得意かな。
「いえ、これといったスポーツは。野山を走ったり、川を泳いだりと、体力作りが中心でした」
「自然の中で、のびのび運動してたのだね。だからかな、君からは草原のような香りがする」
 急に影が落ちたと思ったら、頭のてっぺんにキスを落とされた。草原のような香りって、そりゃ殿下が庭に出る前に、一足先に庭に出て、草むらとか花壇とか木々の間にアヤシゲなものや人が潜んでないか、入念に確認したからな。はいつくばっていた芝のにおいが、髪や体にしみついたに違いない。
「それに君の髪色は、少し黒みがかったオレンジ色で、とてもきれいだね」
「そんな風に言われたのは、生まれてはじめてです」
「そう? まるで夜明けの空のように素敵な色だよ」
 おたくの宰相補佐には、野山の赤猿のようだと言われましたけど。
「殿下がきれいって思うなら、この髪色でよかったです」
「セレ」
「セレ様……すいません、まだ慣れなくて」
「ふふ、ゆっくり慣れてくれればいいよ」
 殿下は繋いだ手を軽くゆらしながら、鼻歌交じりでご機嫌だ。
「なんだか、うれしそうですね。なにか良いことでもありましたか」
「うん。いつもひとりで散歩していたけど、今日は君と一緒だから」
 たしかに、いくらこの意匠をこらした豪華な庭だって、毎回ひとりで散歩してたら退屈だろう。どうやら俺は、話し相手くらいならつとまりそうだ。
 薔薇のアーチの前にさしかかると、殿下は足を止めて、不意に語り出した。
「兄が亡くなって、突然こんな状況になってしまったときは、いろいろ思うところもあってね」
 萌黄色の瞳に、淡いピンクの薔薇色がふんわり帯びて、いつもより二割り増し神秘的にみえる。その視線を俺ひとりに向けてるのが、本当に意味不明。
「でもこれからは、君がずっとそばにいてくれるかと思うと、この立場も悪くないね」
 ずっとではない。ほんの一ヶ月だけだ。でも当然それは口にできない。

「散歩もかまいませんけどね。おかげで庭園にひそんでいた刺客も、三名ほど捕縛できましたし? ただその汚らしい靴で、殿下と並んで歩くなど言語道断。スペアの靴くらい用意しておくように」
 いつものように、宰相補佐の執務室に呼び出された俺は、恒例になりつつある小言にうんざりしていた。
「いや替えの靴を、持ってなくてですね」
 昨夜の雨で、庭のあちこちがぬかるんでいたから、靴が泥だらけになってしまった。たしかに汚い。
「まったく。殿下も『あの子は一足しか靴がないようだから、もっとそろえてあげたい』とおっしゃってましたよ。これ以上殿下にご心配かけないよう、あなたには普段用の靴二足と運動用の靴二足、それからパーティー用の靴を二足ほど支給しますので、後ほど足のサイズを測らせてもらいます」
「待ってください、普段用と運動用はありがたいですが、パーティー用ってなんですか?」
 ワイダールは、小馬鹿にするような視線をよこした。
「パーティーで履くための靴ですよ」
「俺、パーティーに出るんですか?」
「ええ。明日の夜に、内輪の小さな晩餐会が予定されてます。あなたには、殿下のパートナーとして出席してもらいますので、そのつもりでいてください」
 早く言ってよ。もちろん俺に拒否権なんてないけどさ。
「えーと、俺あまりちゃんとした服を持ってなくてですね」
「こちらで用意してあります」
「あ、どうも」
「殿下がはりきって、自ら選んでおられました。せいぜい馬子にも衣裳を期待しましょうか」
 ワイダールはそう言うと、あらためて俺を頭のてっぺんから足のつま先までながめ、わざとらしいため息をついた。
「あなた、仮にも一国の元首のご子息でしょう。晩餐会くらい、出席された経験ありますよね?」
「晩餐会って、宴席よりもちょっとかしこまったイメージであってます? うちの親父、いや国の気質ですかね、かたくるしい席が苦手でして。だいたいが無礼講な集まりばかりなんです」
「そうですか。我がY国とは、だいぶ習慣が違うようですね」
 まあ、うちは歴史も浅い小国な上、王族も貴族もいないからな。起源は山岳地帯の傭兵家業を生業にする部族で、肉体的な強さを重んじる国民性だから、人の上に立つ人間ほど荒くれ者が多い。まあ多くはガサツだけど、義理人情に厚くて、それほど悪くない国だと思ってる。
「とにかく晩餐会では、せいぜいボロがでないよう気をつけなさい」
 殿下からもらった衣装を身に着けて、出されたメシを大人しく食えばいいんだろ。『なにを大げさな』と思いつつも、神妙な顔でうなずく。
「それで、衣装はどこにありますか?」
「明日の朝、殿下直々にあなたの部屋へ届けられるそうです。受け取ったら、可愛らしくよろこんで差しあげるように」
 可愛らしくよろこぶって、なにげに難易度高くないか。でも殿下の審美眼は少しズレてるようだから、ワンチャン俺でも可愛くみえるかもしれない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

祠壊しちゃったんですか!?

雷尾
BL
祠を壊しちゃったら、もうね。傾国の美形神様と平凡君と、鬱陶しいのの話。

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

処理中です...