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3.泥だらけの靴で一緒に散歩
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雨が上がった翌日。殿下に誘われて、王宮の庭園へ散歩に出た。
「ねえロキ、カタツムリがいるよ。可愛いね、ほらこっちにも。いくついるかな」
「そーですねえ、いくついますかね」
なぜか男二人、並んでカタツムリを数えてる。この光景、何気にキモい。
(殿下の糖度が下がらないな)
昨夜は毒入りパイを大量に食べたせいか、夜になっても熱が下がらず本当につらかった。雨が部屋のガラス窓を打ちつける中、殿下の献身的な寝ずの看病が、ますます俺を追いつめた。こうして横顔をみると、麗しいご尊顔にうっすら隈ができてるなんて、ゆゆしき問題だ……と朝イチでクソ眼鏡に呼び出されて説教された。
それにしても殿下は、本気で俺を妾にするつもりだ。この甘ったるい空気は、そうとしか思えない。妾として可愛がろうとしてる……この俺を。寒い絵面だ。それに俺は、一ヶ月後にはお役目御免になるのに。
俺の複雑な心境とは裏腹に、殿下はとても楽しそうだ。今だって、隙あらば手を繋ごうとしてくる。いや、手ぐらい繋いでもいいけどさ。
「ロキは自分の国では、普段何をしてたの?」
「……運動?」
という名の、訓練に明け暮れる日々だった。基礎体力の強化からはじまって、実戦で役立ちそうな武器の扱いはひととおり学んだ。
「やはりそうだったのだね。ロキは細身だけど、体がしまっているから、きっと体を動かすのが好きだと思った。なにか得意なスポーツはある? 球技とか、水泳とか」
補助なしのロッククライミングとか、服着たままの遠泳なら得意かな。
「いえ、これといったスポーツは。野山を走ったり、川を泳いだりと、体力作りが中心でした」
「自然の中で、のびのび運動してたのだね。だからかな、君からは草原のような香りがする」
急に影が落ちたと思ったら、頭のてっぺんにキスを落とされた。草原のような香りって、そりゃ殿下が庭に出る前に、一足先に庭に出て、草むらとか花壇とか木々の間にアヤシゲなものや人が潜んでないか、入念に確認したからな。はいつくばっていた芝のにおいが、髪や体にしみついたに違いない。
「それに君の髪色は、少し黒みがかったオレンジ色で、とてもきれいだね」
「そんな風に言われたのは、生まれてはじめてです」
「そう? まるで夜明けの空のように素敵な色だよ」
おたくの宰相補佐には、野山の赤猿のようだと言われましたけど。
「殿下がきれいって思うなら、この髪色でよかったです」
「セレ」
「セレ様……すいません、まだ慣れなくて」
「ふふ、ゆっくり慣れてくれればいいよ」
殿下は繋いだ手を軽くゆらしながら、鼻歌交じりでご機嫌だ。
「なんだか、うれしそうですね。なにか良いことでもありましたか」
「うん。いつもひとりで散歩していたけど、今日は君と一緒だから」
たしかに、いくらこの意匠をこらした豪華な庭だって、毎回ひとりで散歩してたら退屈だろう。どうやら俺は、話し相手くらいならつとまりそうだ。
薔薇のアーチの前にさしかかると、殿下は足を止めて、不意に語り出した。
「兄が亡くなって、突然こんな状況になってしまったときは、いろいろ思うところもあってね」
萌黄色の瞳に、淡いピンクの薔薇色がふんわり帯びて、いつもより二割り増し神秘的にみえる。その視線を俺ひとりに向けてるのが、本当に意味不明。
「でもこれからは、君がずっとそばにいてくれるかと思うと、この立場も悪くないね」
ずっとではない。ほんの一ヶ月だけだ。でも当然それは口にできない。
「散歩もかまいませんけどね。おかげで庭園にひそんでいた刺客も、三名ほど捕縛できましたし? ただその汚らしい靴で、殿下と並んで歩くなど言語道断。スペアの靴くらい用意しておくように」
いつものように、宰相補佐の執務室に呼び出された俺は、恒例になりつつある小言にうんざりしていた。
「いや替えの靴を、持ってなくてですね」
昨夜の雨で、庭のあちこちがぬかるんでいたから、靴が泥だらけになってしまった。たしかに汚い。
「まったく。殿下も『あの子は一足しか靴がないようだから、もっとそろえてあげたい』とおっしゃってましたよ。これ以上殿下にご心配かけないよう、あなたには普段用の靴二足と運動用の靴二足、それからパーティー用の靴を二足ほど支給しますので、後ほど足のサイズを測らせてもらいます」
「待ってください、普段用と運動用はありがたいですが、パーティー用ってなんですか?」
ワイダールは、小馬鹿にするような視線をよこした。
「パーティーで履くための靴ですよ」
「俺、パーティーに出るんですか?」
「ええ。明日の夜に、内輪の小さな晩餐会が予定されてます。あなたには、殿下のパートナーとして出席してもらいますので、そのつもりでいてください」
早く言ってよ。もちろん俺に拒否権なんてないけどさ。
「えーと、俺あまりちゃんとした服を持ってなくてですね」
「こちらで用意してあります」
「あ、どうも」
「殿下がはりきって、自ら選んでおられました。せいぜい馬子にも衣裳を期待しましょうか」
ワイダールはそう言うと、あらためて俺を頭のてっぺんから足のつま先までながめ、わざとらしいため息をついた。
「あなた、仮にも一国の元首のご子息でしょう。晩餐会くらい、出席された経験ありますよね?」
「晩餐会って、宴席よりもちょっとかしこまったイメージであってます? うちの親父、いや国の気質ですかね、かたくるしい席が苦手でして。だいたいが無礼講な集まりばかりなんです」
「そうですか。我がY国とは、だいぶ習慣が違うようですね」
まあ、うちは歴史も浅い小国な上、王族も貴族もいないからな。起源は山岳地帯の傭兵家業を生業にする部族で、肉体的な強さを重んじる国民性だから、人の上に立つ人間ほど荒くれ者が多い。まあ多くはガサツだけど、義理人情に厚くて、それほど悪くない国だと思ってる。
「とにかく晩餐会では、せいぜいボロがでないよう気をつけなさい」
殿下からもらった衣装を身に着けて、出されたメシを大人しく食えばいいんだろ。『なにを大げさな』と思いつつも、神妙な顔でうなずく。
「それで、衣装はどこにありますか?」
「明日の朝、殿下直々にあなたの部屋へ届けられるそうです。受け取ったら、可愛らしくよろこんで差しあげるように」
可愛らしくよろこぶって、なにげに難易度高くないか。でも殿下の審美眼は少しズレてるようだから、ワンチャン俺でも可愛くみえるかもしれない。
「ねえロキ、カタツムリがいるよ。可愛いね、ほらこっちにも。いくついるかな」
「そーですねえ、いくついますかね」
なぜか男二人、並んでカタツムリを数えてる。この光景、何気にキモい。
(殿下の糖度が下がらないな)
昨夜は毒入りパイを大量に食べたせいか、夜になっても熱が下がらず本当につらかった。雨が部屋のガラス窓を打ちつける中、殿下の献身的な寝ずの看病が、ますます俺を追いつめた。こうして横顔をみると、麗しいご尊顔にうっすら隈ができてるなんて、ゆゆしき問題だ……と朝イチでクソ眼鏡に呼び出されて説教された。
それにしても殿下は、本気で俺を妾にするつもりだ。この甘ったるい空気は、そうとしか思えない。妾として可愛がろうとしてる……この俺を。寒い絵面だ。それに俺は、一ヶ月後にはお役目御免になるのに。
俺の複雑な心境とは裏腹に、殿下はとても楽しそうだ。今だって、隙あらば手を繋ごうとしてくる。いや、手ぐらい繋いでもいいけどさ。
「ロキは自分の国では、普段何をしてたの?」
「……運動?」
という名の、訓練に明け暮れる日々だった。基礎体力の強化からはじまって、実戦で役立ちそうな武器の扱いはひととおり学んだ。
「やはりそうだったのだね。ロキは細身だけど、体がしまっているから、きっと体を動かすのが好きだと思った。なにか得意なスポーツはある? 球技とか、水泳とか」
補助なしのロッククライミングとか、服着たままの遠泳なら得意かな。
「いえ、これといったスポーツは。野山を走ったり、川を泳いだりと、体力作りが中心でした」
「自然の中で、のびのび運動してたのだね。だからかな、君からは草原のような香りがする」
急に影が落ちたと思ったら、頭のてっぺんにキスを落とされた。草原のような香りって、そりゃ殿下が庭に出る前に、一足先に庭に出て、草むらとか花壇とか木々の間にアヤシゲなものや人が潜んでないか、入念に確認したからな。はいつくばっていた芝のにおいが、髪や体にしみついたに違いない。
「それに君の髪色は、少し黒みがかったオレンジ色で、とてもきれいだね」
「そんな風に言われたのは、生まれてはじめてです」
「そう? まるで夜明けの空のように素敵な色だよ」
おたくの宰相補佐には、野山の赤猿のようだと言われましたけど。
「殿下がきれいって思うなら、この髪色でよかったです」
「セレ」
「セレ様……すいません、まだ慣れなくて」
「ふふ、ゆっくり慣れてくれればいいよ」
殿下は繋いだ手を軽くゆらしながら、鼻歌交じりでご機嫌だ。
「なんだか、うれしそうですね。なにか良いことでもありましたか」
「うん。いつもひとりで散歩していたけど、今日は君と一緒だから」
たしかに、いくらこの意匠をこらした豪華な庭だって、毎回ひとりで散歩してたら退屈だろう。どうやら俺は、話し相手くらいならつとまりそうだ。
薔薇のアーチの前にさしかかると、殿下は足を止めて、不意に語り出した。
「兄が亡くなって、突然こんな状況になってしまったときは、いろいろ思うところもあってね」
萌黄色の瞳に、淡いピンクの薔薇色がふんわり帯びて、いつもより二割り増し神秘的にみえる。その視線を俺ひとりに向けてるのが、本当に意味不明。
「でもこれからは、君がずっとそばにいてくれるかと思うと、この立場も悪くないね」
ずっとではない。ほんの一ヶ月だけだ。でも当然それは口にできない。
「散歩もかまいませんけどね。おかげで庭園にひそんでいた刺客も、三名ほど捕縛できましたし? ただその汚らしい靴で、殿下と並んで歩くなど言語道断。スペアの靴くらい用意しておくように」
いつものように、宰相補佐の執務室に呼び出された俺は、恒例になりつつある小言にうんざりしていた。
「いや替えの靴を、持ってなくてですね」
昨夜の雨で、庭のあちこちがぬかるんでいたから、靴が泥だらけになってしまった。たしかに汚い。
「まったく。殿下も『あの子は一足しか靴がないようだから、もっとそろえてあげたい』とおっしゃってましたよ。これ以上殿下にご心配かけないよう、あなたには普段用の靴二足と運動用の靴二足、それからパーティー用の靴を二足ほど支給しますので、後ほど足のサイズを測らせてもらいます」
「待ってください、普段用と運動用はありがたいですが、パーティー用ってなんですか?」
ワイダールは、小馬鹿にするような視線をよこした。
「パーティーで履くための靴ですよ」
「俺、パーティーに出るんですか?」
「ええ。明日の夜に、内輪の小さな晩餐会が予定されてます。あなたには、殿下のパートナーとして出席してもらいますので、そのつもりでいてください」
早く言ってよ。もちろん俺に拒否権なんてないけどさ。
「えーと、俺あまりちゃんとした服を持ってなくてですね」
「こちらで用意してあります」
「あ、どうも」
「殿下がはりきって、自ら選んでおられました。せいぜい馬子にも衣裳を期待しましょうか」
ワイダールはそう言うと、あらためて俺を頭のてっぺんから足のつま先までながめ、わざとらしいため息をついた。
「あなた、仮にも一国の元首のご子息でしょう。晩餐会くらい、出席された経験ありますよね?」
「晩餐会って、宴席よりもちょっとかしこまったイメージであってます? うちの親父、いや国の気質ですかね、かたくるしい席が苦手でして。だいたいが無礼講な集まりばかりなんです」
「そうですか。我がY国とは、だいぶ習慣が違うようですね」
まあ、うちは歴史も浅い小国な上、王族も貴族もいないからな。起源は山岳地帯の傭兵家業を生業にする部族で、肉体的な強さを重んじる国民性だから、人の上に立つ人間ほど荒くれ者が多い。まあ多くはガサツだけど、義理人情に厚くて、それほど悪くない国だと思ってる。
「とにかく晩餐会では、せいぜいボロがでないよう気をつけなさい」
殿下からもらった衣装を身に着けて、出されたメシを大人しく食えばいいんだろ。『なにを大げさな』と思いつつも、神妙な顔でうなずく。
「それで、衣装はどこにありますか?」
「明日の朝、殿下直々にあなたの部屋へ届けられるそうです。受け取ったら、可愛らしくよろこんで差しあげるように」
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