吉原お嬢

あさのりんご

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第3章

独眼竜(35p)

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「いらっしゃいまし―――」
 白い割烹着を来た太った女の人が、私を不思議そうにじろじろと見た。
 女将おかみさんかな?女一人で来る店じゃないから、怪しまれるかも。
 ほかに客もいないから、
「独眼竜さん、もう来ている?」とごまかしてみる。
「あんた……知り合い?」
「はい!」
 嘘も方便。ほんとは、知り合いじゃない。見ず知らずの人だけど。白松を尾行して来たとは言えないし。
「なら、二階の座敷だよ。そこの階段は暗いから、気をつけな」
 女将さんは、バチバチと油の跳ねてる奥の台所へ戻っていく。

 そろーり、そろーりと、足音を忍ばせて、階段を上った。座敷から、ガヤガヤと男達の声が聞こえて、襖にそっと耳を近づける。

「参謀本部はこんクーデタが成功したら、二階昇進級させると言っとるげな」
「ちょっと、待ってくれ。それは、俺の考えと違うばい。陛下の重臣を殺す以上、自決は、覚悟しとる。失敗はもとより、成功も死だと思っているけん。生きて二階級昇進しようなんて思ってなかとです」
なまっているから、よくわからない。話しているのは、九州の人だろうか。
「うむ。よく言った。今の日本を救えるのは君ら若い軍人しかおらんのだ」
錦旗きんき革命の時は、大勢よってたかって騒いだ。それが、失敗の原因だろう。
大勢いれば、まとめるのが大変だ。仲間割れして、ばらす奴も出てくる。こうなったら、俺一人でやるから、貴様らはお膳立てしないか」
「おい、白松。君は、殺人鬼じゃねぇ。それどころか-人一倍仏心をもっているのだから。殺すと決めたら、ものも言わずに拳銃を発射しなければ、失敗するぜ」 
 
 人殺しの集まりだ。怖くなってきた。帰ろう。
「ほら、あんた、どげんしたと?遠慮ばせんと、入らんね?」
 ふいに声がして振り向くと女将さんがお盆を持って立っている。
「……」
女将さんは、さっさと襖を開けた。
「お待たせば、しましたぁ~
ほら、あんた、おしゃくでもせんね。女は愛嬌ばい。お燗は、熱燗あつかんにしといたけん、やけどせんようにな」
女将さんは、徳利を押し付けて、出て行った。
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