吉原お嬢

第３章

清朝の姫君（33P）

「こちら、川島芳子様の妹さん。十六番目と十七番目の王女様よ。女子学習院で、お勉強なさっているの」
　桃子はさらりと言った。
　えっーあの、芳子様の妹様？では、では、本物のお姫様って事？
　流暢りゅうちょうな日本語を操る姉妹は、気品と気迫がある。私は、素敵な魅力に惹ひかれておもわず話かけた。
「満州からいらしたのですか？」
「はい。旅順から船に乗ってきました」
　輝も満州にいるかもしれない。聞きたい事が沢山あるけれど、お姫様に相応しい言葉が見つからない。

　桃子は、二人に近づいてそっと囁ささや囁いた。
「ねえ？水谷八重子は、芳子お姉さまに似てらして？」
　周りの人達に聞かれては、迷惑がかかると配慮して、声をひそめたらしい。
「全然似てないわね。でも、気が強いとこなどは、そっくりでしたよ。ほっほっほ」
　おつきの人が迎えに来て、二人は急かされるように帰ってしまった。

　満州を知っている二人にもう少し話を聞きたかった。輝の消息を知っているかもしれない。
「ねぇ、鈴子様。川島芳子は満州で、東洋のマタハリ゛って言われているの。御存じ？」
　桃子の口調は、いつになく蓮はっ葉で大人っぽい。
「……マタハリ…？スパイ容疑で銃殺されたパリの踊り子よね。川島芳子が東洋のマタハリ？知らなかったわ」
　マタハリは吉原で夏代姐さんが教えてくれた。

「上海あたりでは、日本と近しい彼女に不満を持って゛マタハリ゛と陰口されているの。マタハリは゛股を張る゛をもじっている。……売春婦って意味よ。だから、あの妹達の心境はきっと複雑よ。日本じゃ英雄でも、祖国では悪女ですもの」
「むずかしいのねぇ……」
　大陸では、いろんな事が日本と違うらしい。新しい国満州へ、行ってみたい。
「鈴子様、今度お会いする時は三越デパートでお買い物をして、アイスクリームを頂きたいわ」
「そうね。でも、桃ちゃん、もうすぐお嫁に行くのでしょう？」
「ええ。そろそろ忙しくなりそう。もう遊べないかしら……」
桃子は、残念そうにため息をついた。