吉原お嬢

あさのりんご

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第3章

お手玉(28P)

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 輝は恥ずかしそうに手を離すと両手をズボンのポケットに、つっ込んだ。照れ隠しなのか,立ちあがって応接セットのテーブルの上を覗いた。
「あれ?鈴?お前、裁縫なんてやってんの?」
 暇が出来ると、お手玉を縫っていたのでテーブルの上には色とりどりのハギレ(端布)やお手玉が散らばっている。
「ああ。お針をやっていると母さんを思い出してな。この針は、母さんがくれたもんだで。
母さんは、服がほころびたら縫えと、渡してくれたけんど――破れた服を繕って着ていたら、奥様に叱られた―――みっともねえんだと。だから、お手玉を作っている。もう……お坊ちゃまも使わないけどな……」
ジュンは、私が作ったお手玉を大切にしてくれた。あの頃が懐かしい。ジュンは一途に私を好いてくれた…
「お!懐かしいな。お手玉じゃねぇ?」
 輝はお手玉を数個取り上げると器用に遊び初めた。
「うまいだろ?」
「うん。三個も飛ばせるってすごい!」
「玉の扱いには慣れてるぞ!ホラ」
 お手玉をポン、ポンと私に投げつける。
「やだ!なんか、いやらしい?ヘンなとこ狙わないで」
「あっはは」
あれー
「なんか、へん」
「ぎゃはは。お前胸がでけぇ!」
「やだ!お手玉が入っている?」
 襟元にお手玉が入りこんでいる。
 輝がスーと近寄ってきて胸のお手玉に手を伸ばした。
 あっー
 接近して顔がくっつきそう。
 輝は黙ってお手玉を取り上げてポーンと抛り上げる。
 ……っ
 グイと引き寄せられた。
あっー
 輝の唇が頬に触れた。ビクっとした。「やめて!」と言わなくては。
 そう思ったけど、あまりにびっくりして身体が動かない。輝が近すぎて目を閉じた。
 ……っ。
 唇が占領された。
 これは…接吻ってこと!
目が会うと口角をちょっと上げて笑った。
「帰るわー我慢できなくなる。やばい」
輝は、マントを翻して去って行った。

 輝が豹変した!びっくりした!
 一人になって、今の出来事を復習する。
 今のが、接吻?

 ”おさしみ”と、吉原で姐さん達が、騒いでいたくるわの言葉。その意味が分かってしまった。学校じゃ”キスしたら子供が生まれるのょ”なんて誠しやかに囁かれているけれど。

 噂に聞いていた、“接吻”はあっけないものだった。もっと、ドキドキするかと思っていたけれど。輝の唇に触れてびっくりした。それだけだった。

 輝は、私をからかっているのだわ。
 びっくりさせて、おもしろがっているのだわ。
 もう、ばかにして!
 許せない!

 床に散らばったお手玉を拾った。あら!手帳が落ちている。黒い皮表紙の手帳。輝の落し物かしら?使い込まれたそれは、大切そうに見えた。開いてみると細かなペン字でぴっちり書き込まれている。見ちゃいけないと思いつつ、不吉な予感がしてページをめくった。
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