吉原お嬢

あさのりんご

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第2章

お召しの使者(25p)

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 園遊会の翌朝、私は、憂鬱な気分で目が覚めた。―――登校したくない。途中で抜け出してしまったから桃子達に何か言われそう。学習院は学校だけれど大人社会の縮図のようなのだ。微妙な力関係がからみ合い、生徒は敏感にそれを察知する。だから、価値観の違う友達とは垣根が出来てしまう。
 
 『天は人の上に人を創らず』と偉い人は言った。だが、それは嘘だと思う。生徒達は生まれた家で上下関係が決まっている。もちろん、皇族が最上位。公家と、元大名はお互いバカにし会っている。ていうか、血筋がもう異質。水と油だから仲よしにはなれない。そして、この公家と元大名が、一緒になって、バカにしているのが、以前は下級武士だった元勲族や、財閥。さらに大名同士仲が良いのかと思えば、桶狭間の戦いで争った事を根に持って今も仲が悪いとか――だんだん分かってくるとややこしい社会なのだ。

 園遊会から黙って消えたから、何と言われるか想像もつかない―――だから行きたくない。でも、お付きの多恵さんや、執事の上田は、やる気満々、行く気満々で、朝早くから用意をして待っているから、学校は休めない。
 仕方なく登校してみると桃子達は全然気にしていない。忘れているみたいでよかった。ほっとした。
 
 お昼休み、梅宮様が、あたしの傍にそっといらして
 「お兄様が、お手紙のお返事を。って。園遊会でもお話出来ずにとても落胆なさっているのよ」
 と、おっしゃられた。
梅宮様のお兄様である竹宮様には毎朝、登校時にお会いする。
おつきの多恵さんは
「宮様は、鈴子様の時間に合わせてお家を出ていらっしゃる」と自信ありげに言う。
宮様は、毎朝、挙手の礼を送って下さる。私も微笑みながら頭を下げる。それが、数か月続いている。それだけで、話した事もない。手紙の返事を書くなんて無理。―――親しい人にすら、手紙は書けない私。平安時代の貴族のように、素敵な歌を作れるといいのだが―――
 どうしよう―――悩みながらお屋敷に戻ると玄関に奥様が立っている。私を待っていたらしく、すぐに駆け寄って来た。
「竹宮様からお召の使者がいらしてるの」
 と囁く。
「えっ?!」
「こんなに早くお話が進むなんて……どうしましょう……今更、手遅れだわ。とにかく宮家に伺候しこう出来るなど一家一門の名誉です。鈴子様、行ってらっしゃいまし。お着物は訪問着を用意しております」
 奥様が私に深く一礼した。

 急いで着替えてお召しの車に乗った。宮様は、宮中から独立され、ご自分の寮にお住まいらしい。ご殿に着くと玄関で銀髪の夫人が待っていた。大柄で男みたいな体格をしている。
「ご用取締役の石井でございます。さ、こちらへ」
 長い廊下を奥へ行きかけると、
「鈴子さま…」
「はい…?」
「宮様のお手紙にお返事はなさらないの?」
「……」
「殿方にお手紙を書くのは”はしたない”かしら?」
「……ええ、まあ…」
「さすが、お嬢様ですわ。でも、お文を差し上げると宮様はきっと御喜びになられる。お歌ができたら封筒には”石井殿”と私宛に書きになって。おほっほっほ。誰にも内緒で、宮様にお渡ししますわ。お返事の仕方にも宮中のお作法がございますの」
「はい……?」
「皇族は、お歌で国を動かしたりなさる……野蛮には戦いませんけど」
「は?」
「あら?御存知ないの?
 昔、お歌の会で、皇族が”信長を打て”という意味の歌を披露して―――
 暗に光秀に信長討伐を命令したのですよ。鈴子様、もう少しお歌のお勉強をなさいまし」

 奥座敷へ通って緊張して座っていると竹宮様が入っていらした。
「あ!お呼び立てして…すみません。昨日は園遊会にお招き、ありがとう」と爽やかにおっしゃられる。

 うやうやしく、石井が入ってきた。朱塗りのお膳を私の前に置く。お膳には、さ湯が入った白いお茶椀が一つのっている。宮様は床の間の前にお座りになり別の女官が同じ朱のお膳を宮様の前に置く。広いお座敷なので上座の宮様と下座の私は凄く離れている。

 襖の奥に石井達が消えた。と、竹宮様は
「園遊会では、お話が出来ずに残念です。昨日、鈴子さんは、和食のテントにいらした?」
「え?はい」
「じゃぁ、僕を見て、逃げ出したのかな?」
 え!宮様は笑っていらっしゃるけど目が真剣。
「ご、ごめんなさい」
 逃げ出したわけではない。ちょうどお種さんが呼びに来たのだ。奥様に呼び出されて、
『園遊会には出られないことよ。竹宮様とお話が進んだりしたらめんどうになるわ。皇族と結婚出来るのは華族だけなの。ここを動かないでね』と、クギをさされた。でも、それを正直に言えず、とっさにあやまってしまった。

「正直に言うと、僕は鈴子さんに嫌われたかと心配になった。なんだか、いてもたってもいられなくて。迎いの車を差し向けた」
 き、嫌いだなんて!
「そんなこと絶対ありません!」
 爽やかで、清らかでひな人形のように美しい宮様を嫌いになれるわけがない。
「嫌いじゃないなら、どうして、僕を避けたの?」
「実は……宮様のお姿を拝見したとたん、あの……その……緊張のあまり……なんだか息が苦しくなって……逃げ出したのでございます」
 とっさの言訳。確かに、あの時は宮様のお姿に困惑して緊張した――― まんざら、嘘でもない?
「息が?」
「はい。息がつけず胸が苦しくて……」
「胸が苦しいのか?僕も、鈴子さんを見ると胸がキュッと痛くなる」
 宮様はスクッと立ち上がり風のように近寄って、私を引き寄せる。
「話せてよかった……僕は……」
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