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第6章

手紙の謎(55p)

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 芳子は、毛筆の手紙を何度も読んだ。

 どういう意味なの――必死で考えていると頭が勝手に空想を始めた。
 
 ”災い転じて福となす”の”災い”は、死刑を宣告された事。”副となす”は…二人で生きていく。の意味に解釈出来る。追いつめられても、動じないおじ様らしい。それに最後に別れた時、私を“大恩人様”と言ってくれたではないか。
 アルプスの絵葉書は、おじさまと馬に乗ってよく見た風景だ。これを見ていると、ふと、おじ様が、そばにいるような錯覚すら、憶えてしまう。おじ様は、私を助ける為に中国に潜入し、救出工作をした。脱獄の日が決まったので、心配するな、嫌がらずに、俺と一緒に逃げよう。と知らせてくれたのではないか?!
 福の神は、北平にいる。“早急に訪ねて下さい”とは、もうすぐ、助かるよ!と知らせている。教え諭すような文章は、読んで不思議に優しさが伝わってくる。

 助かるかもしれない―――

 一の望みが出来たとしても、不安はつのるばかりである。
”明日の朝、処刑場に向かわれるとき”の言葉が気になる。明日、私は処刑されるのだろうか?
 漢奸は、公開処刑になる事が多い。芳子は、偶然に見た、漢奸の公開処刑を思い出した。
 
 彼は、罪名が記された高札を背中にしばりつけられ、護送車から蹴飛ばされ転げ落ちた。そして、群衆の前で後頭部に大きな拳銃をあてがわれた。芳子が思わず目をそむけた時、銃声が二発とどろいた。二発目は心臓に向けたとどめに違いない。

 ふふふ。何度か死にそこなったけれど。二発も食らえば、確実ね。潔く、死ぬまでだ。
  
 芳子は、以前から用意していた、辞世の句をポケットに入れた。


   【家あれども帰り得ず
    涙あれども語り得ず
    法あれども正しきを得ず
    冤あれども誰にか訴へん】

  松本高女の頃、これを読むと慰められた。古い漢詩だけれど。私の為に作られたのかと思ってしまう。戦いを繰り返して来た歴史の中で私と、同じ想いをした人が大勢いたのかもしれない。


 いつか―――百年後でもいい。漢奸として処刑された私の無念の思いを知って欲しい。
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