上 下
41 / 79
第5章

梅の香り(40p)<エピソード>

しおりを挟む
 松本市で講演をした翌朝、芳子は、まぶしい光で目を覚ました。カーテンを閉め忘れた窓から、松本城が見える。梅でも、見てこよう。温泉宿を抜け出し早朝の散歩に出かけた。美しい城が映る鏡のようなお濠を眺めながら、公園まで歩く。紅白の梅が満開で、芳子は、かぐわしい香りをいっぱいに吸い込んだ。

 宿に戻ると、女将が、駆け寄って来た。
「芳子様!ちょうど、よかった。頭山満とうやまみつる様からお電話です」
 女将は、ロビーの片隅にある、電話ボックスに芳子を案内する。

「頭山様、お久しぶりです」
「おお。芳子か。お前、外地にいたと聞いていたが、松本に帰って来たのか?」
「中国と日本を行ったり来たりです」
「そうか。では、外地行きの船に乗る前にワシの家によりなさい。話したい事がある」
「はい。喜んでお伺いします」

 芳子は、うれしそうに受話器をおいた。頭山は、芳子がまだ幼い頃、浪速の家に出入りしており、「芳子、芳子」と、孫のように可愛がってもらった人である。今は、博多に住んで、鉱山の経営で大金を動かしている。若い頃は、自由民権運動などで活躍したり、日露戦争では、馬賊軍団を率いて戦争に参加した事もある。
 
 アジア人同志が戦うのを嫌い、日本に亡命してきた、孫文(※1)を支援した事もあった。孫文の伝手つてで、頭山をたよって日本に来ていた蔣介石(※2)は、東京の頭山の家と隣同志。親しい仲であった。
 
 時はめぐり、今、蔣介石と日本は交戦状態にある。だが、蒋介石は、頭山となら、停戦交渉の話し合いに応じるかもしれない。芳子は、なんとか、戦争を避けようと模索していた。


 (※1)孫文:中国最初の共和制の創始者。日清戦争後、中国(清朝)で武装蜂起をして失敗。日本に亡命した。     

 (※2)蒋介石:孫文の後継者。中華民国の最高指導者。戦後、毛沢東率いる中国共産党に破れて1949年に台湾へ移る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

春雷のあと

紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。 その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。 太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

処理中です...