40 / 79
第5章
松本温泉(39p)
しおりを挟む
昭和十二年、三月二十三日の夕刻。チャイナドレスを着た芳子が、松本市の公会堂に現れた。会場は大勢の人であふれていた。ひと目芳子を見ようと集まった人々の行列は、正面玄関から四柱神社(※)の境内までも埋め尽くした。
芳子は、平和に暮らしている日本人の好意に囲まれてほっと安らぐ気持ちになった。
戦いに明け暮れた満州の日々がふと、蘇る。軍隊の先陣をきって敵に突っ込んだ勇敢な安国軍の兵士達。同じ中国人(軍閥)に打ち殺され、墓もなく、骸骸は、地面に転がったままであった。
中国人の抗日感情はすさまじく、日本人を攻撃する事変が多発していた。しかし、日本は武力でそれを、抑え込もうとして戦線を拡大している。蒋介石と共産党は、イデオロギーの違いで敵対していたが、日本軍を追い出すために、一時的にであるが、協力して日本と戦う事を決めた。英米は、そんな中国を後押しするだろう。ロシアも隙を狙っている。こんな情勢で、資源の乏しい日本が、勝てるわけがない。
壇上では、小里頼永市長の挨拶が終わり、前松本第五十歩兵連隊長田畑八十吉少将が芳子を紹介した。
芳子は、この善良な日本人達が、何故、満州では中国人を土下座させ、彼らの土地を奪い、抵抗すれば、殺してしまうのか。ふと、分からなくなってきた。いや、日本人すべてが、そうでは、ない。この常識ある人達なら分かってくれるのではないか。
芳子は、しっかりとしたよく通る声で演説を始めた。
「今夜は、大勢お出かけ下さってありがとう。お会いできて心温まる思いです」
芳子は、コップの水で喉を潤してから言葉を続けた。
「同じ日本人でも、シナや、満州にいる人は、内地にいては相手にされぬあぶれ者が多いのです。こういう人達は、濡れ手に粟の欲得ずくで大陸に渡っている。支那人を犠牲にしてまで金儲けをするのです。支那人は、日本人を恨んで暴動を起こしています。このままでは、日本と中国は戦争になるかもしれません。
日本人は、漢字を使い、中華料理が大好きです。中国人も、日本に留学して学んでいます。私達は仲間です。それなのに、どうして、殺し会う必要があるのでしょう」
芳子は、その後、日本の対支外交の誤りを指摘して話を終えた。
芳子は講演会場を後にすると、山家が手配してくれた温泉宿に直行した。松本城が近くに見える老舗である。
すでに、浪速とフクは、座敷に到着していて、三人で夕食を共にする。久しぶりに会う浪速とフクは、芳子との再会を喜んだ。同級生だった、文子が清太郎と結婚して、子供が三人いる事、松本高校の前にあった蕎麦屋が、改築してたいそう繁盛している事など、思い出話はつきなかった。
二人が寝入った後、芳子は、貸切風呂でゆったりと身体を休めた。満州事変の時に銃弾に倒れ四平街の日本人の家に担ぎ込まれた時の傷が、まだ痛むのである。芳子は、かけ流しの湯を傷に当ててみた。温かな湯は、痛みと同時に心の疲れも流してくれるようであった。
松本市は、芳子にとって、一番心安らぐ場所なのだ。美しい自然と、青春の思い出が詰まった城下町を思い出す度に、幸せな気持ちになれた。山家は、それを知っていて、ここでの静養を勧めたのであった。
芳子は、軍の監視を逃れる為に、日本、天津、そして北京と転々と居場所を変える生活を続けていた。
※地元では、”四柱神社””神道さん、とも、呼ばれています。
四柱とは 天照大神 など四人の神様をさし、すべての願い事が叶う‘‘願い事むすびの神”です。
パワースポットとしても人気。とても綺麗な所です。
芳子は、平和に暮らしている日本人の好意に囲まれてほっと安らぐ気持ちになった。
戦いに明け暮れた満州の日々がふと、蘇る。軍隊の先陣をきって敵に突っ込んだ勇敢な安国軍の兵士達。同じ中国人(軍閥)に打ち殺され、墓もなく、骸骸は、地面に転がったままであった。
中国人の抗日感情はすさまじく、日本人を攻撃する事変が多発していた。しかし、日本は武力でそれを、抑え込もうとして戦線を拡大している。蒋介石と共産党は、イデオロギーの違いで敵対していたが、日本軍を追い出すために、一時的にであるが、協力して日本と戦う事を決めた。英米は、そんな中国を後押しするだろう。ロシアも隙を狙っている。こんな情勢で、資源の乏しい日本が、勝てるわけがない。
壇上では、小里頼永市長の挨拶が終わり、前松本第五十歩兵連隊長田畑八十吉少将が芳子を紹介した。
芳子は、この善良な日本人達が、何故、満州では中国人を土下座させ、彼らの土地を奪い、抵抗すれば、殺してしまうのか。ふと、分からなくなってきた。いや、日本人すべてが、そうでは、ない。この常識ある人達なら分かってくれるのではないか。
芳子は、しっかりとしたよく通る声で演説を始めた。
「今夜は、大勢お出かけ下さってありがとう。お会いできて心温まる思いです」
芳子は、コップの水で喉を潤してから言葉を続けた。
「同じ日本人でも、シナや、満州にいる人は、内地にいては相手にされぬあぶれ者が多いのです。こういう人達は、濡れ手に粟の欲得ずくで大陸に渡っている。支那人を犠牲にしてまで金儲けをするのです。支那人は、日本人を恨んで暴動を起こしています。このままでは、日本と中国は戦争になるかもしれません。
日本人は、漢字を使い、中華料理が大好きです。中国人も、日本に留学して学んでいます。私達は仲間です。それなのに、どうして、殺し会う必要があるのでしょう」
芳子は、その後、日本の対支外交の誤りを指摘して話を終えた。
芳子は講演会場を後にすると、山家が手配してくれた温泉宿に直行した。松本城が近くに見える老舗である。
すでに、浪速とフクは、座敷に到着していて、三人で夕食を共にする。久しぶりに会う浪速とフクは、芳子との再会を喜んだ。同級生だった、文子が清太郎と結婚して、子供が三人いる事、松本高校の前にあった蕎麦屋が、改築してたいそう繁盛している事など、思い出話はつきなかった。
二人が寝入った後、芳子は、貸切風呂でゆったりと身体を休めた。満州事変の時に銃弾に倒れ四平街の日本人の家に担ぎ込まれた時の傷が、まだ痛むのである。芳子は、かけ流しの湯を傷に当ててみた。温かな湯は、痛みと同時に心の疲れも流してくれるようであった。
松本市は、芳子にとって、一番心安らぐ場所なのだ。美しい自然と、青春の思い出が詰まった城下町を思い出す度に、幸せな気持ちになれた。山家は、それを知っていて、ここでの静養を勧めたのであった。
芳子は、軍の監視を逃れる為に、日本、天津、そして北京と転々と居場所を変える生活を続けていた。
※地元では、”四柱神社””神道さん、とも、呼ばれています。
四柱とは 天照大神 など四人の神様をさし、すべての願い事が叶う‘‘願い事むすびの神”です。
パワースポットとしても人気。とても綺麗な所です。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる