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第4章

東洋のジャンヌダルクは、ダンスがお好き(24p)

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 田中大佐は、芳子を差し向かいの席に座らせ、うれしそうに話し始めた。
「いやー、川島先生は、お酒がお好きでしたね。君は、どお?飲めるの?」
「もちろん」
「赤羽のお屋敷には、川島先生を慕って士官学校の生徒や満州浪人が集まってよく酒盛りをしておった。わしが、おじゃましていた時の事だが…満蒙の独立について、話に熱が入っていた。それを川島先生の横で聞いていた君は、『お養父様、わたしも大きくなったら、満蒙の独立の為に働きたいわ』と、言ったのだ。
これを聞いた人が『芳子王女様は、大きくなったら、外交官になりたいのですか?』と尋ねると君は、『外交官?そんなものには、なりたくない。ボクは、軍隊の先頭に立ち、大草原を駈けまわるのだ!』と、答えた。あまりに、太く大きな声でね。一瞬、皆が静まりかえった。やがて、『さすがに、芳子様は、大清国の王女様。芳子様の前途には、輝かしい未来が待っていらっしゃる。かならずや、大物になられるに違いない。と、つぶやく声が聞こえて、それをきっかけに大きな拍手が起こったのだよ。」
「そんな昔話、よく覚えているものだ。あの頃は、ジャンヌダルクに憧れていたからな」
「昔ばなしでは、ありません。ジャンヌダルクの出番は、これからです。辛亥革命後の満州は、いまだに支配者が決まらず、争いが絶えません。満州民族である清王朝が、民を治めれば平和な日々が戻ってくるのです。我が日本軍が、全力を尽くしてお支え致しましょう」
 田中は、三十代なかば。若々しく自信にあふれていた。芳子は、山家と同じ歳頃である田中が、頼もしく思えた。 
「大佐は、よく状況をご存じですね。袁世凱の奴は、清朝の家臣でありながら、アメリカと手を結んで満州を制覇する気なのだ。今、手を打たないと、大変な事になる。ボクに出来ることがあれば、何でもする」
 芳子の真剣な顔色を読んで、田中大佐は、声をひそめた。
「おほめに預かって恐縮です。自分は、上海の公使館付武官補佐官ですから。情報収集が、仕事です」
 田中大佐は、芳子の真剣な顔色をみのがさなかった。意味ありげに人差し指で、手招きするとささやいた。
「あの給仕は、さっきからうろついている。国民党の探群スパイやもしれん。上海は、諜報部員がいたるところで、聞き耳を立てているのだ。ヨコちゃんに、内密に相談したい事があるのだが、ここでは話せん。明日、私を訪ねて来なさい。夕方、金子君に日本公使館まで案内させよう」
 芳子は大きく頷いた。
 金子がワインのボトルを数本抱えて戻って来た。金子は飲むペースが速い。すっかりご機嫌になっている。
 ダンスフロアに、お馴染みのヨハン・シュトラウスの曲が流れはじめると、カップルが次から次へと踊り始めた。
「踊りませんか」
 金子は、返事も待たずに芳子を引っ張りだし「大丈夫です。ステッツプは簡単。ほら…ワンーツースリー… 」と楽しげに踊り出す。
 芳子も、金子の真似をしてステップを踏んでみる。優雅なメロディーに、いつしか夢中で体をあずけていた。芳子は、宮廷にいた幼い頃、ロシアバレエを習った事がある。父が、踊り好きの芳子に先生をつけてくれたのだ。微笑みながら、バレエを見ていた父と母。満ち足りていた頃に戻ったような気分である。

「いやー!すごくお上手ですね!驚いた!皆見ていますよ」
 踊り終えると、大勢の人が拍手をして芳子を見ていた
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