25 / 79
第4章
東洋のジャンヌダルクは、ダンスがお好き(24p)
しおりを挟む
田中大佐は、芳子を差し向かいの席に座らせ、うれしそうに話し始めた。
「いやー、川島先生は、お酒がお好きでしたね。君は、どお?飲めるの?」
「もちろん」
「赤羽のお屋敷には、川島先生を慕って士官学校の生徒や満州浪人が集まってよく酒盛りをしておった。わしが、おじゃましていた時の事だが…満蒙の独立について、話に熱が入っていた。それを川島先生の横で聞いていた君は、『お養父様、わたしも大きくなったら、満蒙の独立の為に働きたいわ』と、言ったのだ。
これを聞いた人が『芳子王女様は、大きくなったら、外交官になりたいのですか?』と尋ねると君は、『外交官?そんなものには、なりたくない。ボクは、軍隊の先頭に立ち、大草原を駈けまわるのだ!』と、答えた。あまりに、太く大きな声でね。一瞬、皆が静まりかえった。やがて、『さすがに、芳子様は、大清国の王女様。芳子様の前途には、輝かしい未来が待っていらっしゃる。かならずや、大物になられるに違いない。と、つぶやく声が聞こえて、それをきっかけに大きな拍手が起こったのだよ。」
「そんな昔話、よく覚えているものだ。あの頃は、ジャンヌダルクに憧れていたからな」
「昔ばなしでは、ありません。ジャンヌダルクの出番は、これからです。辛亥革命後の満州は、いまだに支配者が決まらず、争いが絶えません。満州民族である清王朝が、民を治めれば平和な日々が戻ってくるのです。我が日本軍が、全力を尽くしてお支え致しましょう」
田中は、三十代なかば。若々しく自信にあふれていた。芳子は、山家と同じ歳頃である田中が、頼もしく思えた。
「大佐は、よく状況をご存じですね。袁世凱の奴は、清朝の家臣でありながら、アメリカと手を結んで満州を制覇する気なのだ。今、手を打たないと、大変な事になる。ボクに出来ることがあれば、何でもする」
芳子の真剣な顔色を読んで、田中大佐は、声をひそめた。
「おほめに預かって恐縮です。自分は、上海の公使館付武官補佐官ですから。情報収集が、仕事です」
田中大佐は、芳子の真剣な顔色をみのがさなかった。意味ありげに人差し指で、手招きすると囁いた。
「あの給仕は、さっきからうろついている。国民党の探群やもしれん。上海は、諜報部員がいたるところで、聞き耳を立てているのだ。ヨコちゃんに、内密に相談したい事があるのだが、ここでは話せん。明日、私を訪ねて来なさい。夕方、金子君に日本公使館まで案内させよう」
芳子は大きく頷いた。
金子がワインのボトルを数本抱えて戻って来た。金子は飲むペースが速い。すっかりご機嫌になっている。
ダンスフロアに、お馴染みのヨハン・シュトラウスの曲が流れはじめると、カップルが次から次へと踊り始めた。
「踊りませんか」
金子は、返事も待たずに芳子を引っ張りだし「大丈夫です。ステッツプは簡単。ほら…ワンーツースリー… 」と楽しげに踊り出す。
芳子も、金子の真似をしてステップを踏んでみる。優雅なメロディーに、いつしか夢中で体をあずけていた。芳子は、宮廷にいた幼い頃、ロシアバレエを習った事がある。父が、踊り好きの芳子に先生をつけてくれたのだ。微笑みながら、バレエを見ていた父と母。満ち足りていた頃に戻ったような気分である。
「いやー!すごくお上手ですね!驚いた!皆見ていますよ」
踊り終えると、大勢の人が拍手をして芳子を見ていた
「いやー、川島先生は、お酒がお好きでしたね。君は、どお?飲めるの?」
「もちろん」
「赤羽のお屋敷には、川島先生を慕って士官学校の生徒や満州浪人が集まってよく酒盛りをしておった。わしが、おじゃましていた時の事だが…満蒙の独立について、話に熱が入っていた。それを川島先生の横で聞いていた君は、『お養父様、わたしも大きくなったら、満蒙の独立の為に働きたいわ』と、言ったのだ。
これを聞いた人が『芳子王女様は、大きくなったら、外交官になりたいのですか?』と尋ねると君は、『外交官?そんなものには、なりたくない。ボクは、軍隊の先頭に立ち、大草原を駈けまわるのだ!』と、答えた。あまりに、太く大きな声でね。一瞬、皆が静まりかえった。やがて、『さすがに、芳子様は、大清国の王女様。芳子様の前途には、輝かしい未来が待っていらっしゃる。かならずや、大物になられるに違いない。と、つぶやく声が聞こえて、それをきっかけに大きな拍手が起こったのだよ。」
「そんな昔話、よく覚えているものだ。あの頃は、ジャンヌダルクに憧れていたからな」
「昔ばなしでは、ありません。ジャンヌダルクの出番は、これからです。辛亥革命後の満州は、いまだに支配者が決まらず、争いが絶えません。満州民族である清王朝が、民を治めれば平和な日々が戻ってくるのです。我が日本軍が、全力を尽くしてお支え致しましょう」
田中は、三十代なかば。若々しく自信にあふれていた。芳子は、山家と同じ歳頃である田中が、頼もしく思えた。
「大佐は、よく状況をご存じですね。袁世凱の奴は、清朝の家臣でありながら、アメリカと手を結んで満州を制覇する気なのだ。今、手を打たないと、大変な事になる。ボクに出来ることがあれば、何でもする」
芳子の真剣な顔色を読んで、田中大佐は、声をひそめた。
「おほめに預かって恐縮です。自分は、上海の公使館付武官補佐官ですから。情報収集が、仕事です」
田中大佐は、芳子の真剣な顔色をみのがさなかった。意味ありげに人差し指で、手招きすると囁いた。
「あの給仕は、さっきからうろついている。国民党の探群やもしれん。上海は、諜報部員がいたるところで、聞き耳を立てているのだ。ヨコちゃんに、内密に相談したい事があるのだが、ここでは話せん。明日、私を訪ねて来なさい。夕方、金子君に日本公使館まで案内させよう」
芳子は大きく頷いた。
金子がワインのボトルを数本抱えて戻って来た。金子は飲むペースが速い。すっかりご機嫌になっている。
ダンスフロアに、お馴染みのヨハン・シュトラウスの曲が流れはじめると、カップルが次から次へと踊り始めた。
「踊りませんか」
金子は、返事も待たずに芳子を引っ張りだし「大丈夫です。ステッツプは簡単。ほら…ワンーツースリー… 」と楽しげに踊り出す。
芳子も、金子の真似をしてステップを踏んでみる。優雅なメロディーに、いつしか夢中で体をあずけていた。芳子は、宮廷にいた幼い頃、ロシアバレエを習った事がある。父が、踊り好きの芳子に先生をつけてくれたのだ。微笑みながら、バレエを見ていた父と母。満ち足りていた頃に戻ったような気分である。
「いやー!すごくお上手ですね!驚いた!皆見ていますよ」
踊り終えると、大勢の人が拍手をして芳子を見ていた
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
春雷のあと
紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。
その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。
太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……
東へ征(ゆ)け ―神武東征記ー
長髄彦ファン
歴史・時代
日向の皇子・磐余彦(のちの神武天皇)は、出雲王の長髄彦からもらった弓矢を武器に人喰い熊の黒鬼を倒す。磐余彦は三人の兄と仲間とともに東の国ヤマトを目指して出航するが、上陸した河内で待ち構えていたのは、ヤマトの将軍となった長髄彦だった。激しい戦闘の末に長兄を喪い、熊野灘では嵐に遭遇して二人の兄も喪う。その後数々の苦難を乗り越え、ヤマト進撃を目前にした磐余彦は長髄彦と対面するが――。
『日本書紀』&『古事記』をベースにして日本の建国物語を紡ぎました。
※この作品はNOVEL DAYSとnoteでバージョン違いを公開しています。
最も死に近い悪女になりました(完)
江田真芽
ファンタジー
10歳からの10年間、魔女に体を乗っ取られていたサマンサ・ベル・カートライト。彼女は20歳の誕生日に、稀代の魔女から体を解放された。
「もう死亡フラグしかないから、あんたに体返すわ。ちょっと可哀想だし、楽しませてくれたお礼ってことであんたにリセット魔法をかけてあげるわね。指を鳴らせば1日3回、朝からリセットできるわ。ついでに処女に戻しておいてあげる。いや〜皇女として遊べるなんて、最高の10年だったわ。ありがとね。じゃあバイバ〜イ」
カートライト帝国の皇女であるサマンサは、魔女の好き勝手な行いにより帝国中から【悪女】と呼ばれていた。
死亡フラグしかない彼女は、果たして生き残れるのか?!そして、魔女のせいで悪女となった彼女は幸せになれるのかーー?!
哀れな皇女様のお話、はじまりです☆
11/7完結しました^^
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
壬生狼の戦姫
天羽ヒフミ
歴史・時代
──曰く、新撰組には「壬生狼の戦姫」と言われるほどの強い女性がいたと言う。
土方歳三には最期まで想いを告げられなかった許嫁がいた。名を君菊。幼馴染であり、歳三の良き理解者であった。だが彼女は喧嘩がとんでもなく強く美しい女性だった。そんな彼女にはある秘密があって──?
激動の時代、誠を貫いた新撰組の歴史と土方歳三の愛と人生、そして君菊の人生を描いたおはなし。
参考・引用文献
土方歳三 新撰組の組織者<増補新版>新撰組結成150年
図説 新撰組 横田淳
新撰組・池田屋事件顛末記 冨成博
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる