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第4章
契約結婚(17P)
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昭和二年春。大連にいた芳子に、カンジュルジャンプとの結婚話が進みはじめた。彼は、幼い頃からの婚約者である。芳子が断る理由を探しているうちに、あっという間に式の日取りまで決まってしまったのである。
大連の”ヤマトホテル”で盛大な披露宴を控え、カンジュルジャップが事前の打ち合わせの為、芳子の家まで訪ねてきた。彼は、幾度も芳子に手紙を出すが、返事はもらえない。だから、はるばる家までやって来たのに、いつまで待っても芳子は現れない。とうとうしびれを切らし、彼女の部屋へ押しかけドアをたたく。
「芳子さん?僕です。カンジュルジャップです。
二人きりで話したいことがある。お邪魔してよろしいでしょうか?」
芳子は、ため息をついた。
この素朴な蒙古人と一生をともにするなんて、私に出来るのだろうか?
いい人だから、正直に話し会えば、道は拓けるかもしれない。
「……どうぞ。」とドアを開ける。
「いや、お久しぶり」とカンジュルジャップは、芳子に微笑んだ。
「芳子さん、顔色が悪いな。大丈夫ですか?」
芳子は、3歳年上の彼を嫌いではない。芳子が小学校の頃、赤羽の川島邸で一緒に遊んだ事もある。たくましい体つきは、同じ蒙古人の血筋を証明している。けれど結婚は、嫌なのだ。
どうしたものか……
裏切りたくないから本音で話そう。
「私は、男になっているつもりなのです。見た目は女でも、心は男。あなたの妻にはなれません。こんな、私と結婚しても幸せな生活は無理なのです」
「芳子さんが断髪にして男のように振舞っている……そんな噂は、聞いています。
でも、僕は、あなたが無理をしているように思えてしかたない。
小さな頃の芳子さんは、利発ではあったけれど、女の子らしい事も大好きだった。
いつも、髪に白や、桜色のリボンを結んでいましたよね。可愛かったな……
あなたは、『リボンが、好きなのは、お母様を思い出すから』と、言いましたよね。『お母様は、初めて女の子が授かってとても喜ばれた。毎朝、素敵なリボンを私と一緒に選んで、楽しそうに結んでくれた。だからリボンを見ると、優しいお母様を思い出す』と。そんなあなたが、どうして、奇麗な黒髪を切ってまで、男の真似をするのです?」
芳子は、言葉をうしなった。優しく育てられた、優しい人だ。
『浪速に女として迫られた。好きな男がいる』などとは言えない。
これから、全部ぶちまけて話してしまおうかと思ったが、やはり本音は隠すことにした。
「私には、目的があります。
それを成し遂げるまで、私はジャンヌダルクのように男でありたいのです」
女が嫌だとは言わずに男になりたいと、明言した。
「わかりました。実は、僕にも結婚より先にしなければならない事があるのです」
「まあ!では、今回の結婚話は、カンジュルジャップさんも乗り気ではない?」
「いいえ。第一に僕はあなたが好きです。第二に、この結婚は表面上、二人だけのものですが、満州人と蒙古人の繋がりを強める意味もあるのです」
「政略結婚でしょう?」
「まあ、そんな所です。だから、僕は、男でいたいと思っているあなたを…無理やり妻にする気はない。ただ、しばらくの間でいい。表面上、両家が結ばれた形にして満蒙連合軍の結束を強化して欲しいのです。それが実現すれば、あなたを自由にします」
「わかりました。
今、満州や、蒙古がどんな運命にあるか私も分かっております。
蒙古も南の方から共産党に侵略されていくばかりです。
蒙古軍が清王朝の出身地である満州と手を結べば蒙古の王室も安泰でしょう」
「ははは。芳子さん。
そう言ってくれると思っていました。
僕も、出来るだけ早くあなたを解放するように努力しましょう。
それまでは、僕の妻だ。見かけは、亭主関白だぞ。よろしく」
カンジュルジャップは、チョンと芳子のおでこをつついた。
若い新郎新婦は結婚する前に秘密の約束を交わしたのだった。
大連の”ヤマトホテル”で盛大な披露宴を控え、カンジュルジャップが事前の打ち合わせの為、芳子の家まで訪ねてきた。彼は、幾度も芳子に手紙を出すが、返事はもらえない。だから、はるばる家までやって来たのに、いつまで待っても芳子は現れない。とうとうしびれを切らし、彼女の部屋へ押しかけドアをたたく。
「芳子さん?僕です。カンジュルジャップです。
二人きりで話したいことがある。お邪魔してよろしいでしょうか?」
芳子は、ため息をついた。
この素朴な蒙古人と一生をともにするなんて、私に出来るのだろうか?
いい人だから、正直に話し会えば、道は拓けるかもしれない。
「……どうぞ。」とドアを開ける。
「いや、お久しぶり」とカンジュルジャップは、芳子に微笑んだ。
「芳子さん、顔色が悪いな。大丈夫ですか?」
芳子は、3歳年上の彼を嫌いではない。芳子が小学校の頃、赤羽の川島邸で一緒に遊んだ事もある。たくましい体つきは、同じ蒙古人の血筋を証明している。けれど結婚は、嫌なのだ。
どうしたものか……
裏切りたくないから本音で話そう。
「私は、男になっているつもりなのです。見た目は女でも、心は男。あなたの妻にはなれません。こんな、私と結婚しても幸せな生活は無理なのです」
「芳子さんが断髪にして男のように振舞っている……そんな噂は、聞いています。
でも、僕は、あなたが無理をしているように思えてしかたない。
小さな頃の芳子さんは、利発ではあったけれど、女の子らしい事も大好きだった。
いつも、髪に白や、桜色のリボンを結んでいましたよね。可愛かったな……
あなたは、『リボンが、好きなのは、お母様を思い出すから』と、言いましたよね。『お母様は、初めて女の子が授かってとても喜ばれた。毎朝、素敵なリボンを私と一緒に選んで、楽しそうに結んでくれた。だからリボンを見ると、優しいお母様を思い出す』と。そんなあなたが、どうして、奇麗な黒髪を切ってまで、男の真似をするのです?」
芳子は、言葉をうしなった。優しく育てられた、優しい人だ。
『浪速に女として迫られた。好きな男がいる』などとは言えない。
これから、全部ぶちまけて話してしまおうかと思ったが、やはり本音は隠すことにした。
「私には、目的があります。
それを成し遂げるまで、私はジャンヌダルクのように男でありたいのです」
女が嫌だとは言わずに男になりたいと、明言した。
「わかりました。実は、僕にも結婚より先にしなければならない事があるのです」
「まあ!では、今回の結婚話は、カンジュルジャップさんも乗り気ではない?」
「いいえ。第一に僕はあなたが好きです。第二に、この結婚は表面上、二人だけのものですが、満州人と蒙古人の繋がりを強める意味もあるのです」
「政略結婚でしょう?」
「まあ、そんな所です。だから、僕は、男でいたいと思っているあなたを…無理やり妻にする気はない。ただ、しばらくの間でいい。表面上、両家が結ばれた形にして満蒙連合軍の結束を強化して欲しいのです。それが実現すれば、あなたを自由にします」
「わかりました。
今、満州や、蒙古がどんな運命にあるか私も分かっております。
蒙古も南の方から共産党に侵略されていくばかりです。
蒙古軍が清王朝の出身地である満州と手を結べば蒙古の王室も安泰でしょう」
「ははは。芳子さん。
そう言ってくれると思っていました。
僕も、出来るだけ早くあなたを解放するように努力しましょう。
それまでは、僕の妻だ。見かけは、亭主関白だぞ。よろしく」
カンジュルジャップは、チョンと芳子のおでこをつついた。
若い新郎新婦は結婚する前に秘密の約束を交わしたのだった。
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