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第5章
三途の川で、転生?(34p)
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芳子は宴会の席を立って、自室のベッドに倒れ込む。軍用の粗末な寝具に顔を埋めると……ふと、涙が出てきた。
セーラー服を着ていた頃の恋を、今も引きずっているわけではない。なのに……噂を聞いて動揺するなんて、ボクはバカだ。
ガタリと乱暴にドアが開いた。
「総司令官殿!至急お話しがあります」
方永昌が、ノックもせず転がるように入ってきた。芳子は、あわてて涙をぬぐう。
「どうした」
「匪賊の軍勢が、安国軍打倒を掲げてこちらに向かっています。
敵は、我が軍よりはるかに多勢。無駄な血は流したくありません。退却をお命じ下さい」
「退却か……」
「応援軍が来るまで退却して時間を稼ぐのです」
「よし。わかった。私は、しんがりを務めよう」
無駄な戦いは避けたい。微かに空がしらむ頃。甘粕を先頭に軍は四平街を目指し退却を開始した。 三千の騎馬隊は蒙古馬を走らせ、草原を突き進む。芳子が、丘の上から我が軍の進行を確かめていると、背後から雄叫びが上がった。
武器を携えた匪賊の騎馬隊が突進してくる。
「総司令!お急ぎ下さい!」
方永昌がつばを飛ばす勢いで叫んだ。
あぶみを蹴って馬を走らせる。方永昌が寄り添うにして後ろから駆けてきた。
パン! パン!パン! パン!
乾いた銃声が響いて地面に炸裂する。芳子は、雨のように降り注ぐ銃弾の中を駆けた。
ぱりぱりとー死ねる。悔いはない……
「よしこさま……」
呼びかける声に意識が蘇る。目を開けると、方永昌が心配そうにこちらを見ている。
「ここは……どこ?」
「日本人の民家でございます。」
「ボクは……撃たれたのか?」
「はい。芳子様を、ここにお連れした時は、息も、心臓も止まっていました。
いやぁーご無事でよかった。傷はご心配には及びません。弾は急所を外れています」
「呼吸が止まっていたのか?」
「は?はい。大変に驚くとそうなる方もいらっしゃる……
芳子様!申し訳ありません!その……わたくしが……人工呼吸を……」
方永昌は、真っ赤な顔をして何度も頭を下げた。
芳子は、微笑んだ。この善良な若者から命をもらったのだ。
「ありがとう。」
体を起こして、礼を言う。が、とたんに激痛が走った。
「あ!いけません。」
方永昌が、差し伸べた腕のなかで目を閉じた。
痛い―――痛い―――気を失ったほうが楽だ―――
芳子は、深い闇へ落ちていく。
戦場に散った男達の亡霊が私を呼んでいるのか……
三途の川を渡りかけているのだろう。
「ヨコちゃん。大丈夫か?
君が死んだら俺も死のうと思っていた」
おじさま?山家のおじさまが、駆けつけてくれたのだわ。
私を見て微笑んでいる!
「ごめんな。ヨコちゃん。辛い人生はもう終わりだ。俺の嫁さんになれ」
「ほんと?うれしい―――」
目を開けて、見渡すと粗末な布団に一人寝ていた。
芳子は、夢を見ていたのだった。痛みでうとうとする日が続いたが、痛みは日ごとに薄らいだ。弾は体に残らずに貫通していた。そのせいか傷の回復は早く、半年で軍隊に復帰した。
セーラー服を着ていた頃の恋を、今も引きずっているわけではない。なのに……噂を聞いて動揺するなんて、ボクはバカだ。
ガタリと乱暴にドアが開いた。
「総司令官殿!至急お話しがあります」
方永昌が、ノックもせず転がるように入ってきた。芳子は、あわてて涙をぬぐう。
「どうした」
「匪賊の軍勢が、安国軍打倒を掲げてこちらに向かっています。
敵は、我が軍よりはるかに多勢。無駄な血は流したくありません。退却をお命じ下さい」
「退却か……」
「応援軍が来るまで退却して時間を稼ぐのです」
「よし。わかった。私は、しんがりを務めよう」
無駄な戦いは避けたい。微かに空がしらむ頃。甘粕を先頭に軍は四平街を目指し退却を開始した。 三千の騎馬隊は蒙古馬を走らせ、草原を突き進む。芳子が、丘の上から我が軍の進行を確かめていると、背後から雄叫びが上がった。
武器を携えた匪賊の騎馬隊が突進してくる。
「総司令!お急ぎ下さい!」
方永昌がつばを飛ばす勢いで叫んだ。
あぶみを蹴って馬を走らせる。方永昌が寄り添うにして後ろから駆けてきた。
パン! パン!パン! パン!
乾いた銃声が響いて地面に炸裂する。芳子は、雨のように降り注ぐ銃弾の中を駆けた。
ぱりぱりとー死ねる。悔いはない……
「よしこさま……」
呼びかける声に意識が蘇る。目を開けると、方永昌が心配そうにこちらを見ている。
「ここは……どこ?」
「日本人の民家でございます。」
「ボクは……撃たれたのか?」
「はい。芳子様を、ここにお連れした時は、息も、心臓も止まっていました。
いやぁーご無事でよかった。傷はご心配には及びません。弾は急所を外れています」
「呼吸が止まっていたのか?」
「は?はい。大変に驚くとそうなる方もいらっしゃる……
芳子様!申し訳ありません!その……わたくしが……人工呼吸を……」
方永昌は、真っ赤な顔をして何度も頭を下げた。
芳子は、微笑んだ。この善良な若者から命をもらったのだ。
「ありがとう。」
体を起こして、礼を言う。が、とたんに激痛が走った。
「あ!いけません。」
方永昌が、差し伸べた腕のなかで目を閉じた。
痛い―――痛い―――気を失ったほうが楽だ―――
芳子は、深い闇へ落ちていく。
戦場に散った男達の亡霊が私を呼んでいるのか……
三途の川を渡りかけているのだろう。
「ヨコちゃん。大丈夫か?
君が死んだら俺も死のうと思っていた」
おじさま?山家のおじさまが、駆けつけてくれたのだわ。
私を見て微笑んでいる!
「ごめんな。ヨコちゃん。辛い人生はもう終わりだ。俺の嫁さんになれ」
「ほんと?うれしい―――」
目を開けて、見渡すと粗末な布団に一人寝ていた。
芳子は、夢を見ていたのだった。痛みでうとうとする日が続いたが、痛みは日ごとに薄らいだ。弾は体に残らずに貫通していた。そのせいか傷の回復は早く、半年で軍隊に復帰した。
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