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【ぬらりひょんの章】第2幕「奇妙な捜査が始まった」
【ぬらりひょんの章】第2幕 「奇妙な捜査が始まった」
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【同じく 1月17日 横須賀】
「ほれで、どうひたんだ?ほの、じひさん」
デカ部屋中央のデスクに座った刑事課長の相馬幸三郎が尋ねた。発音がはっきりしないのは、禁煙パイプをくわえているからだ。
「1時間くらいこの部屋で話を聞いて、腹が減ったっていうから、すぐそこの『すき家』で朝飯食わせて帰しました」
ピースの缶を両手でもてあそびながら、龍が答えた。
「あのじじい、牛丼3杯もおかわりしやがったんですよ。年を聞いても言わないんですが、どう見たって80歳は超えてます。それであの食欲なんだから、『すき家』のおばちゃんがびっくり仰天ですよ。おまけに金がないって言うんで、避難所までのバス代も出させられたうえにですよ、ほら、これっ」
ピース缶のふたを開けて、相馬の鼻先に差し出す。
「買ったばかりの煙草まで、ごっそり持って行きやがった」
本当なら50本入っているはずの煙草が、半分近く無くなっていた。相馬は禁煙パイプをかじりながら笑って聞いている。龍はスカスカになった缶から煙草を一本抜き取り、口にくわえた。だが、百円ライターで火をつけようとした所で、チラリと相馬の顔を見て、手を止めた。
ライターを消し、くわえていた煙草をもう一度缶に戻そうとすると、相馬が禁煙パイプを口から外してギロリとにらんだ。
「吸ってもかまわん、といつも言っとるだろう」
相馬は『落としの幸三郎』と異名をとった神奈川県警では知らぬ者がない名刑事だった。14年前に県内を震撼させた輝明ちゃん誘拐殺人事件の犯人・大原啓一を自供に追いこんだ話は県警の伝説だ。
それ以外にも手にした本部長賞や刑事部長賞は数知れない。
県警本部の捜査一課で順調に出世し、末はキャリアを押しのけて、叩き上げからの捜査一課長就任は間違いない、といわれた。しかし1年半ほど前に肺ガンが見つかり、左肺の半分を切除した。手術後の体力的な問題もあり、本部の人事課は管理部門への異動を打診した。
が、本人が固辞した。
「戦力にはならないかもしれないが、自分はもう少し現場にこだわりたい。本部の捜査一課は激務で無理だろうが、所轄の刑事課長なら、なんとか務まるのではないか。体は動かなくとも、頭と経験で若い刑事達の捜査に助言できると思う」
結局、人事課も「伝説の刑事」の希望をむげに扱うことができず、7か月前に横須賀中央警察署に刑事課長として赴任してきたのだ。
例えるなら、地方の弱小野球チームにメジャーからイチローがやってきたようなものだ。はじめは署全体が緊張して迎えたが、相馬は偉ぶることもなく、署員全員に接した。柔和な人当たりと適切な捜査指揮で、横須賀中央署の検挙率は飛躍的に上がった。
当初、刑事達は相馬の目の前で決して煙草を吸わなかった。相馬はかつては一日に60本以上吸うチェーンスモーカーで、肺ガンの原因も煙草だった。手術後は医者に喫煙を禁じられていることを皆が知っていたからだ。
しかし、相馬本人が「かまわんから、俺の前でもどんどん吸え」と言う。「俺は医者に止められているから仕方ないが、お前達まで吸うのをやめてたら、仕事の効率が上がらないだろう」それが、なかば口癖になっていた。
相馬の視線と沈黙に耐えられなくなり、龍はまたピースをくわえなおした。
「じゃあ、遠慮無く・・」
龍が吐き出した煙を満足げに眺めながら、相馬が話を続ける。
「で、お前の見立てはどうなんだ。そのじいさん、シロなのか、クロなのか」
「課長、なに言いだすんですか。クロなはずないでしょう。避難所の殺しは、ホシの自殺で一件落着してるんですから」
「でも、そのじいさんは、4人を殺させるように仕向けたのは自分だ、と言ってるんだろ」
「ボケたじじいの戯言ですよ。ただ、・・・」
龍が、一呼吸置いてから、言った。
「ちょっと、妙な事があるんです」
「妙なこと?」
「朝6時過ぎに私が来た時には、じいさんはもうこの部屋に居たんですよ。でも、あとで当直の人間全員に聞いてみたんですが、誰一人として、玄関を入ってきた姿を見た者がいないんです。もちろん、誰かがさぼってたり、見逃したりってことも考えられなくはないんですが、当直長が『鬼軍曹』の田原でしょう。さぼれるはずないんですよ」
「裏口は?」
「施錠されてました。確認しましたから」
「ふ~ん・・・」
しばらく無言で考えている相馬の顔は、なにか楽しそうに見えた。
「龍、ひとつ聞くがな」
「なんです?」
「もしもだ、あの避難所の4人殺しがホシわれでなかっとしたら、お前、そのじいさんの話を信じたか?」
聞かれて、龍はピースの煙を胸一杯に吸い込んだ。それを、天井に向けて吐き出してから、相馬の目をまっすぐに見て答えた。
「信じたかもしれません」
「なぜ?」
「カンです。なんか、あやしいんですよね、あのじいさん」
「じゃあ、そのカンを信じてみちゃあどうだ。優秀な刑事の直感ってのは馬鹿にしたもんじゃないぞ。少なくとも俺は、そう信じてる」
「自分は優秀じゃありませんから」
「そう謙遜するな」
「してませんよ」
「俺はな、『落としの幸三郎』を継げるのはお前だと思ってるんだがなあ」
「ご冗談を」
相馬がまた楽し気に笑った。「今、何のヤマは抱えてる?」
「駅前の宝石店で起きた強盗(たたき)を手伝ってます」
「それは坂巻にやらす。避難所の件、調べてみろ。わかってるだろうが、表だって派手には動けんぞ。容疑者の自殺で落着してる事件だし、事件を処理した逗子北署の面子もあるからな。幸い、あそこの刑事課に一課の時の部下がいる。内々で会えるように電話しておく」
「助かります」
続けて、右手に持った禁煙パイプで龍の顔を指さしながら相馬が言った。
「それにしても、ひどい顔だぞ」
「田原にも言われましたよ、休暇を取った方がいいって。でも、仕事してる方がいいんです。気がまぎれますから」
「奥さんの事は本当に気の毒だったな」
龍は返す言葉が見つからなかった。
「だがな、ひとつだけ言っておくぞ。仕事を休もうが、続けようが、それはお前が決めることだ。俺は文句は言わん。連れ合いを突然失うってのは大変なことだからな。休みたかったら、遠慮なく休職願いを出せ。いくらでもハンコをついてやる。ただ、捜査をすると決めたのなら、きっちりやらんと許さんからな」
「わかってます」
「なら、まず洗面所に行って無精ひげを剃れ。背広とコートにもアイロンぐらい掛けろ」
「そんなにひどいですかね」
「鏡を見てみろ」
「まいったな」頭をかいた。
「俺はな、刑事ってのは、ただの捜査馬鹿じゃあ駄目だと思ってるんだ。例えば、民間企業の営業にだって学ぶ事はいっぱいある。飛び込みの営業で仕事を取るのも、容疑者に口を割らせるのも同じことだよ。こっちの話を全く聞く気なんかない相手に、心を開かせて、押したり引いたりしながら、最後はこっちのペースに持っていけるかが勝負の分かれ目になるんだ。それには、第一印象の善し悪しも大事だぞ。お前だって、初対面の相手が汚ねえ格好して薄汚れた顔だったら、話なんてする気にもならないだろう」
課長は自分に刑事の手ほどきをしてくれているのだ、と思った。「落としの幸三郎を継ぐのはお前だ」と言ったのも、まんざら冗談ではないらしい。
「ひげは今から剃りますが、アイロンがけまでは無理ですよ」
「剃ってる間に、警務の松本さんに頼んでおいてやるから、ここに置いてけ」
「ズボンもですか・・」
「ひげ剃りだけなら、パンツ一丁だってできるだろう」
「感謝感激であります」茶化して敬礼する。
「さっきも言ったが、あくまで極秘捜査だから目立った動きは禁物だぞ。署の車両も使わせるわけにはいかんしな」
「それなら大丈夫です。地震の日に乗ってきた自分の車が、裏の駐車場に停めっぱなしになってますから」
「あれか・・・・」
相馬が大きく首を振って、ため息をついた。
「かえって目立つ気がしないでもないが」
「80キロ以上は出しませんよ」
「スピードの問題じゃない」
「中古車業者に電話かけまくって、四国まで行って手に入れたビンテージカーですよ」
「新車でいくらでもいい車があるだろうに」
「あの美しいフォルムは他にはありません」
「おまえの車の趣味だけは、俺には理解不能だ。まあ、いい。ただし、事故だけは起こすなよ。知っての通り、自家用車を捜査に使うのは禁止されてる。もし事故でも起こしたら、うちの署長のことだ、始末書だけじゃすまんからな」
「起こしませんよ。私の腕と、あいつのコーナリング性能をなめないでください」
「事故ったら、修理代も自腹だぞ」
大きく頷いてから、龍がもう一度敬礼しながら直立不動で言った。
「それでは、ただ今より『極秘捜査』に出発いたします」
相馬がもう一言つけ加えた。
「ひげ剃りとアイロンがけは忘れるな」
* *
賛美歌のようなハイトーンの歌声が響く。
それが『ボディソニックシート』から直接振動となって、龍の体に伝わってくる。
クイーンの「SOMEBODY TO LOVE(愛にすべてを)」だ。
ハーモニーに続いて、フレディ・マーキュリーの伸びやかな高音ボーカルが背骨を駆け上がり、脳天から突き抜けた。
『 誰か僕に愛する人を見つけてくれ
毎晩 起きあがるたびに
僕は少しずつ死んでいく
自分の足で
立ちあがることさえできない 』
『ボディソニックシート』を世界で初めて採用したのが、1982年に発売されたこの『CITY TURBO』だ。状態のいい車体を手に入れるのには、苦労した。今ではプレミアがついて、値段も新車の時の倍以上した。
国道16号から本町山中道路に入り、横浜横須賀道路を通って、逗子ICから逗葉新道で逗子に向かう。「課長、約束破りますよ」と謝って、アクセルを踏み込む。
1・2リッター、100馬力ハイパーターボのエンジンがうなりをあげる。
全長3.38メートル、全高1.46メートル。寸詰まりで背が高い『トールボーイ』と呼ばれた銀色のシティ・ターボが山間を抜ける逗葉新道を疾走する。
ホンダのシティに乗り始めたのは、大学の自動車部の時からだ。龍の学生時代でさへ、自動車部というサークルの存在自体が全国的に減っていた。通っていた東北地方の国立大学でも廃部寸前だったが、龍が入学した年、同じ新入生にオタク的な自動車好きが何人かいて、かろうじて廃部を逃れた。皆でなけなしの金をはたいて、おんぼろの中古車を買い、レース用に改造して各地のサーキットを回った。
シティは憧れだった。コーナーリング性能が他の車種に比べて格段に良かったからだ。ようやく4年の時に事故車扱いで安くなっていた中古のシティを見つけた時は、部員全員で大喜びしたものだ。レースの成績も格段に上がり、みんなで勝利の美酒に酔った。就職してからも、シティの中古を探して、乗りつぶすまで使い、次のシティを探した。今のシティ・ターボが3台目になる。
後ろには、埃がつもった「モトコンポ」が積まれたままだ。ハンドルとシートを折りたためば、シティのトランクにすっぽり収まってしまう小型の50ccバイクだ。
つきあっている頃から、友香を助手席に乗せて、よく湘南をドライブした。キャンプにも出かけた。友香は原付の免許しか持っていなかったので、龍がテントを設営している間に、この黄色い「モトコンポ」にまたがって食料の買い出しに行ってくれた。
思い出がまた頭の中でぐるぐる回り始めた。頬が熱くなった。
1月だが、窓を開ける。冷気がうなりをあげて、窓の隙間から吹き込んできた。
『 誰でもいい どこの誰でもいい
誰か愛する人を見つけてくれ
見つけてくれ
見つけてくれ
見つけてくれ・・・・』
ボディソニックシートから伝わってくるフレディ・マーキュリーの歌声が、冷たい風に吹き飛ばされ、龍の周りを何周か回ったあと、窓から車の外へと流され、消えていった。
【 逗子 】
逗子市立「神成小学校」は逗子湾を望む丘の上にあった。
通用門を抜けると、台数は少ないが、職員用の駐車スペースがあるのが見えた。バックで車を駐め、降りる。
陽光にきらめく逗子湾がまぶしかった。掌で日差しを遮り、目を細めると、湾の向こう側に逗子マリーナの白い建物が見えた。
「龍さんですね。横須賀中央署の」
突然、後ろから声がかかった。
振り返ると、いつの間にか背後に男が立っていた。
龍より、わずかに小さい。170センチくらいか。短く刈った髪をデップでつんつん立てた吊り目の男だった。
「あんたは?」
「逗子北署の炭谷です。相馬の”親父さん”から協力するよう電話をもらって」
課長が言っていた県警捜査一課時代の部下とは、この男か。
「よく俺だってわかったね」
「珍しい車に乗ってくるから、すぐわかるって。言うとおりだった」
笑いもせずに言った。要点を短くしか話さない。静かな口調だが、言葉の底には敵意が感じられた。「犯人死亡」で捜査が決着した事件を、所轄違いの刑事がひっかき回しにやってきたのだ。おもしろいはずがない。
「で、あんたはどうしたいんだ?」
「現場が見たい」
自然に龍の口調もぶっきらぼうになる。敵意むき出しの相手と、笑顔でやさしく話せるほど、俺は人間ができちゃいない。
「こっちだ」
炭谷があごをしゃくった。
コートのポケットに両手を突っ込んだまま、無言で後に続く。駐車場から曲がりくねった渡り廊下を抜け、校舎の反対側にある校庭に出た途端、風景が一変した。
広い校庭に30台を超える車が並んでいる。車は大半がボックスタイプのワゴンだが、普通乗用車もあるし、軽も混じっていた。
二人で身体を横にしながら、車と車の間を縫って進む。
年季の入ったカローラがあった。倒したシートで白髪の老夫婦が毛布にくるまり、横になっているのが、窓ガラス越しに見えた。
狭い車内には寝返りを打つスペースもない。顔をあげた旦那の方と目が合った。疲れ切って何の感情も読み取れないマネキンのような目だった。地震から2ヶ月たつが、櫛でとかすことなどしていないのだろう。髪は寝癖でぼさぼさだ。老人は白い無精ひげの浮いた顔で龍の顔をちらりと見たが、すぐにまた毛布に顔を埋めた。
犬の鳴き声がした。
そっちを見ると、車と車の間に犬が3匹、見えた。首輪がない。野良犬のようだ。避難住民の誰かが与えたのだろうか。地面に落ちた唐揚げを争って、吠え立てているのだ。
けだるい静寂の底に沈んでいた校庭に、耳を覆いたくなるほどの鳴き声が響き続けた。
「うるせえんだよ!誰か、静かにさせろ!」
体育館の脇にある扉が開き、どてら姿の中年男が怒鳴った。男は校庭に向かってペットボトルを投げつけると、また扉の奥に消えた。
「ペットに興味のないもんにとっちゃ、犬の鳴き声はただの騒音だからな」
鳴き声は止まない。
「最初に殺されたのも、被害者一家が飼っていたメスの小型犬だった」
炭谷は校庭の南隅にある白い百葉箱を指さした。温度計や湿度計が入った気象観測用の箱だ。
「一家殺害の3日前だ。首をかき切られ、はらわたが引きずり出されたトイプードルが、あの百葉箱の屋根に逆さにぶらさげられてた」
よく見ると、百葉箱に塗られた白いペンキの一部に、今もまだ赤黒いしみがこびりついていた。次に炭谷は駐車車両が並ぶ一角を指さした。
「奥さんと生後11か月の赤ん坊、そして3歳の長女は、あそこに駐めてあったワンボックスカーに逃げ込んだ。そして、その中で殺された」
一瞬、両目の焦点がぼやけ、遠くを見ているような眼差しになったのを、龍は見逃さなかった。炭谷の身体は今ここに立っているが、その視線は過去に飛んで、阿鼻叫喚の殺害現場を見ているのだろう。
「車内はひどい有り様だった・・・」
炭谷が酸っぱさを堪えるような表情を浮かべた。整然と並んだ車の列の中に、そこだけぽっかりと、ちょうど車1台分のスペースが空いている場所がある。事件の凄惨な記憶が、避難民たちに同じ場所へ車を駐めるのをためらわせているのだろう。
「最後は、逃げまどう旦那を、あの体育館の中まで追い回して」体育館を指す。「女子供も見ている前で、馬乗りになってメッタ刺しだ」
そこで炭谷は口の中に溜まったつばを飲み込んだ。ごくり、と喉が鳴る音が龍にも聞こえた。
「どこが目で、どこが鼻かもわからないくらい、ぐちゃぐちゃだったよ」
体育館の正面に回り、ガラス扉を開けると、小さいホールのようなスペースがあった。避難している人達が暮らす体育館の中に入るには、さらにホールの向こう側にある内扉を開けなければならない。ホールの中央には長机が置いてあり、大きな白い紙がセロテープで貼り付けられいた。太いマジックで「ボランティア・センター」と書かれている。
長髪を後ろで束ねた痩せた青年がパイプ椅子に座って、退屈そうに文庫本を読みながら、あくびをしている。あごにひげを生やし、赤いミッキーマウスのトレーナーを着ていた。
「高萩さん、いるかな?」
ミッキーマウスの男が顔をあげた。
「ああ、刑事さんか・・・」
炭谷とは顔見知りらしい。露骨に迷惑そうな表情が浮かんだ。
「きょうは、なにか?」
「ちょっと、例の事件でもう一度聞きたいことができてね」
「もう話す事なんて、なんもないですよ。みんな、思い出したくもないんだから」
突っかかってくる男に、炭谷が営業マンのような笑みを浮かべながら言った。
「まあ、そう言うなよ。上に出す書類を作んなきゃならないんだ。宮仕えもつらいのさ。時間はとらせないよ」
短気そうな容貌に似合わず、意外に辛抱強い。県警の捜査一課で相馬の部下だったというが、相馬の薫陶をかなり受けた「優秀な刑事」なのだ。だからこそ、龍の案内役に指名されたのだろう。
「仕方ねえなあ」
ミッキーマウスの男は、面倒くさそうに立ち上がり、「ここで待っててよ」と言い残すと、スリッパの音を響かせながら、奥の事務所の方へと歩いていった。
「高萩さん、ってのは?」
龍が尋ねた。
「ここのボランティアのまとめ役さ。被災直後からここにいて、大概のことは知ってる」
さっきまで男が座っていた後ろの壁には様々なペーパーが貼り付けられていた。
ひときわ目についたのは、『三浦半島南部地震被害まとめ 1月17日現在』と書かれた大きな紙だ。今日の日付ということは、毎日、更新されているらしい。
『 死亡 10人、
負傷者 317人、
倒壊家屋 288戸 』
「三浦半島南部地震」は去年11月13日の午後4時すぎに起きた。マグニチュードは6、8。プレートの沈み込みによる地震ではなく直下型だったために、被災エリアは比較的狭かったが、震源の真上に位置した三浦市や逗子市ではかなりの被害が出た。
『倒壊家屋288戸』の中には、三浦市内にあった龍の自宅も含まれている。そして、『死亡10人』の中には、友香も・・・。
潰れた家と友香の顔がフラッシュバックし、一瞬、立ちくらみがした。
こめかみを押さえる。
「どうした?」
炭谷が尋ねた。
「いや、ちょっと、目まいが・・・・、大丈夫だ」
「聞いたよ。あんた、奥さんをあの地震で亡くしたんだってな」
聞こえなかったふりをした。詳しく話す気もなかった。
それより、龍が目を止めたのは、被害まとめの一番下に書かれた数字だった。
『 不明 2人 』
地震から2か月以上たつというのに・・。
「まだ行方がわからない人間がいるのか?」
「この小学校の3年生の男の子が2人、まだ見つかってないんだ。来る途中、長滝山トンネルが土砂崩れで通行止めになっていただろう」
「ああ」
おかげで脇道を迂回しなければならなかった。
「地震のあった日に一緒に釣りに出かけたんだ。トンネルを抜けて、反対側にある防波堤に。途中で運悪く土砂崩れに巻き込まれたらしい。なにしろひどい崩れ方だったからな。ほとんど山ひとつ崩れ落ちて、トンネル全部が埋まっちまった。今も重機が入って、掘り返し作業が続いてる」
後ろからペタ、ペタ、とスリッパの音が近づいて来るのが聞こえた。
振り返ると、ミッキーマウスのちょんまげ男が中年の女を連れて戻ってきたところだった。白髪まじりの髪をポニーテールにして、丸縁の眼鏡をかけた女だ。年齢は五十すぎくらいか。
「今度は何を聞きたいのよ」
化粧気のない顔に薄笑いを浮かべて、高萩が言った。
「そっちの人は?見ない顔だけど」
「新しい同僚なんだ。横須賀の方から転勤してきたばっかりでさ。今度、こいつに担当を引き継ぐことになって、一度現場を見せといた方がいいと思って連れてきた」
もちろん、うそだ。高萩は眼鏡の奥から疑い深い視線を投げかけていたが、「まあ、いいわ。ちょっと、いい男だし」と言って、大口を開けて豪快に笑った。
相馬の言う通りだ。ひげはきっちり剃って、シャツにはアイロンをあてておくものだ。
体育館と外界とを隔てる内扉には「お互いにルールを守って生活しましょう」と、ことさら大きく書かれた張り紙がしてあった。高萩が力を込めて、重そうな扉を押して開く。
むっとする匂いが鼻をついた。汗と体臭が入り混じり、生臭くすえた匂いだった。
体育館の床には、100人ほどの人間がひしめいていた。老人もいれば、赤ん坊もいる。一家族に割り当てられたスペースは2畳ほどだ。隣との境目は、段ボール箱を積み上げて、なんとか確保されていた。段ボールと段ボールの間にロープを渡し、洗濯物を吊している。
昼間なのに布団を敷いて横になっている高齢者も目立つ。耳にピアスをぶら下げた若者が、膝を抱えてぶつぶつと何かを呟きながら、床を見つめている。その横では、茶髪の若い母親が乳児のおむつを替えていた。
不思議なのは、自分たちの生活空間に闖入してきた龍たちに、誰も目を向けないことだった。皆が一様に、さっきカローラの座席で見かけた老人と同じく、疲れ切って感情の読み取れない目をしている。
龍の気持ちを察したのか、隣に立つ高萩が「ここでの避難生活も2か月になるからねえ」とつぶやいた。
「プライバシーなんてないから、ここには。初めは、人の目が気になって、眠ることもできやしない。でも、四六時中、他人の目にさらされているうちに、ここで暮らしていくには感覚を麻痺させてゆくしかないって気づくの。無関心になるしかないって」
五味安志がめった刺しにされて殺された場所はすぐにわかった。
妻のかつえと赤ん坊の亜樹、長女の亜弓が殺された校庭と同じだったからだ。避難住民たちで埋め尽くされたこの場所で、そこだけがポッカリと空いている。白い花をさした花瓶が手向けられていた。
「だけど中には、いつまでたっても、他の人がやることが気になって仕様がない人間もいるのよ。気に障って気に障って仕方がないっていう人間がね」
続けて炭谷が吐き捨てるように、殺人犯の名を口にした。「観堂友貴のようにな」
「奴が暮らしてたのは?」
龍が訊くと、高萩が体育館の一番奥を指さした。
「五味さん一家は観堂とはお隣さんだったのよね」
「あの凄惨な事件も、いわゆる隣人トラブルだったってわけだ」
「ここじゃあ、隣の住人を選べないからね」
「ちょっと見てみたいんだが」
「それはいいんだけど・・・」
高萩が言い淀んだ。
「今は別の人が暮らしてるのよ」
「別の?」
「沼来さんって、おじいちゃん」
「ぬら・・!」
驚いた。
「知ってるのか?」
炭谷が怪訝な顔で聞いた。知っていると言えるほど知っているわけではないが、まったく知らないわけでもない。
説明するのが難しい。「まあ」と、うやむやに答えておいたが、いずれ炭谷には詳しく話さなければならないだろう。
今はあの怪しい老人が使っているという「一家惨殺犯の元居住区域」は、きれいに整頓されていた。2畳ほどのスペースに段ボールで器用に作った棚があり、湯飲み茶碗やコップが並べられている。ジャージや下着は几帳面に畳まれ重ねてあった。やはり段ボールで作られた本棚には古い「映画ファン」や「キネマ旬報」といった映画専門雑誌が並んでいた。背表紙を見ると、原節子の特集号もある。
「あんなむごい事件を起こした犯人が生活してた場所で平気で暮らしてるなんて、俺には絶対にできないね」
ミッキーマウスのトレーナーの男が声を潜めて言った。
「普通の神経じゃねえよ。ていうか、いかれてるよ」
沼来のことが嫌いらしい。
高萩に聞いてみた。
「観堂ってのは、どんな男だったんだ?」
「相当変わってたわね。いつも誰彼かまわず文句ばかり言ってたわ。小さい子なんて、あの男の顔を見ただけで泣き出したり逃げ出してた。沼来さんだけかな、口きいてたのは」
「っていうより、自分からわざわざ近づいてってる感じだったぜ。沼来のじいさんはよ」
「隣りは今は誰かが暮らしてるのか?」
「五味さん一家が使ってたままになってるわ。なんか、片付けちゃうのが忍びなくって」
すぐ隣のスペースに回り、覗いてみた。
手垢で汚れたアンパンマンのぬいぐるみが転がっている。畳まれたベビー服の脇には、袋が空いたままの「パンパース」が残っていた。ベビーカーも横倒しになって埃をかぶっていた。
「沼来のじいさんは?姿が見えないが」
龍が聞いた。ミッキー男がきょろきょろと周囲を見回した。だが、すぐに高萩に肘で脇腹をつつかれた。
「バカねえ、あれ見なさいよ」
指さしたのは壁に掛かった大きな時計だ。12時少し前を指している。
ミッキー男が「ああ」と合点のいった表情を浮かべた。
「もうすぐ、お昼の炊き出しだ。いっつも必ず一番前に並ぶからなあ。まったくあの年で、どこからあんな食欲がでてくるんだか」
あのじいさんの底知れない食欲は、龍もよく知っている。思い出しただけで、こっちまでゲップが出そうだ。
「関係者に話が聞けないかな」
高萩が「何人くらい?」と聞いた。
「できるだけ多いとありがたい」
「何回同じ事聞けば気が済むんだよ。みんな忙しいんだぜ、あんたら公務員と違ってさ」
悪態をつくミッキー男を、高萩が「まあ、まあ、まあ。そう言わずにさ、協力してあげようよ、ねっ」となだめながら、龍にウインクを投げてきた。高萩には頭が上がらないのか、ミッキー男が「ちぇっ」と舌打ちしながらしぶしぶうなずいた。
「あなたたちも一緒に食べていったらいいじゃないの。避難所の食事も悪くないわよ」
高萩が進めてくれたが、「いや、炊き出しは、ここに避難してる人達のものだろ。遠慮しとくよ」と断った。炭谷もうなづいている。同じ考えらしい。倫理観が一緒というのは、捜査パートナーとしては重要なことだ。
「俺たちは、その辺で適当に買ってくるから、昼飯の時間が終わったら、都合のつく人から呼んでくれないか」
「じゃあ、2階の特活室で、1時半はどう?」
「助かるよ」
「わかった、手配しとくわ」
高萩がもう一度、ウィンクした。
龍と炭谷が買ってきたチーズバーガーをつまんでから、南校舎2階の端にある「特別活動室」の扉を開けると、座っていたのは、赤いミッキーマウスのトレーナーを着たあの男だった。
「なんだ、あんたがトップバッターか」
龍が言うと、男は「俺で悪いかよ」と毒づいた。
「一番最初にと思ってた乾さんがさ、2時すぎになんないと体が空かないっていうからさあ。で、高萩さんに無理矢理頼まれちまったんだよ。イヤなら帰るぜ」
腰を上げた。
「まあ、そう突っかかるなよ」
炭谷がなだめて、もう一度、椅子に座らせる。
ミッキー男は、鴨志田と名乗った。
■ボランティア
鴨志田 豊(28)の証言■
なんで、いっつも真っ赤なミッキーマウスのトレーナーを着てるかって?あのさ、俺たちの仕事はさ、ここに避難してきてる人達にさ、少しでも明るい気持ちになってもらわないといけないわけよ。それにはさあ、こういう漫画とかのキャラクターが一番なんだよ。胸の真ん中にドカーンとミッキーが描いてあるのを見たら、少しは気持ちがなごむじゃん。相手も俺のことを覚えてくれるし、話のきっかけにもなるしさ。俺だってバカみたいに見えるけど、これでも考えてんだよ、いろいろ、ボランティアとしてさ。
なんで、ミッキーかって?みんなが知ってるからだよ。エヴァンゲリオンじゃ、おじいちゃんやおばあちゃんは知らないし、アトムとかじゃ今の子はわかんないだろ。そうなると、サザエさんかミッキーしかないじゃんかよ。
で、どっちの話から聞きたいの?殺された方、やっぱり、殺した方か。あんた、刑事だもんね。観堂ってのは、ほんと変わった奴だったね。ミッキー見ても、いやがるしさあ。他人とまともに話してんの、見たことな無かったな。ちょっとしたことですぐに揉めて、ケンカばっかりしてたよ。一人でいる時は、何かぶつぶつ言ってんだ。よく絵を描いてたなあ。スケッチブックをいつも持って歩いててさ。どんな絵かって?
不気味な絵なんだよ。
なに描いてるか、わかんねえんだ。なんか、黒とか灰色とか暗い色の絵の具で、グルグル、グルグルって渦巻きみたいなもん描いてんだよな。
一度、本人に聞いてみたことがあんの。なに描いてるんですか、って。そしたらさ、なんて答えたと思う?
ゴッホだって言うんだぜ。笑っちゃうだろ。あの人、好きなんだって。世界一尊敬してるって。画集も見せてくれたんだ。そのなかの、なんてったっけなあ・・・、星とか月とかいう字が入った名前の絵・・・・・。
そう、そう、『星月夜』っていう絵だ!
その絵の真似だ、って言うんだ。でも、全然、似てないんだぜ。『星月夜』って、メラメラ燃え上がる炎みたいな糸杉があってさ、その上には確かに渦巻きみたいな模様が太い線で描かれてるんだけど、夜空に浮かんでる月や星には黄色みたいな綺麗な色も使ってるんだよね。だけど、観堂の絵は違うんだよ。明るい色なんて、1カ所もないの。暗いのよ、ゴッホのどの絵より。わかる?ゴッホより暗い、って相当クライよ、マジで。
あの人がゴッホと同じなのは、頭がおかしくなっちまった、っていうことだけだね。もっとも、切り刻んだのは自分の耳じゃなくて、五味さん夫婦と赤ん坊だったけど。
そうだ、絵っていえばさ、チャッピーがさ・・、えっ?チャッピーって何か、って?
知らねえのかよ、殺された五味さん一家が飼ってた子犬だよ。茶色のトイプードル。人なつっこくて、可愛かったよ。俺も配給されたパンや牛乳をやったりしたよ。配給の食料を犬にやっていいのか?いいんじゃないの、別に。余ったやつなんだから。とにかく、そのチャッピーが、観堂の描いた絵をさ、咬みちぎっちゃったことがあったんだよ。
その頃はパンくずとかやっても全然食わなくなってて、ちょっとした事でキャンキャン鳴いてさ。それで、隣の観堂になんか投げつけられたんだよ。チャッピーも怒って、観堂の住まいに飛び込んでって、そこらじゅうひっくり返して暴れて、スケッチブックもビリビリさ。
今だから、言うんだけど、実は、チャッピーが殺されて、百葉箱にぶらさげられてた前の日、おれ、見たんだよ。
観堂がさ、校庭のベンチに座って、百葉箱の方を見ながらスケッチしてんの。なに描いてんのかな、と思って、脇を通った時に覗き込んでみたら、例のグルグルだったんだけど、その時、”あれっ”って思ったんだよ。だって、いつもの黒や灰色じゃなくて、真っ赤な絵の具を使って描いてたんだもん。赤一色だけでだぜ、グルグル、グルグル、渦巻きを描いてたんだ。何重にも厚塗りしてさあ。後で考えると、あれが前兆だったのかな。
だってさ、赤って血の色だろ。
なんで、その時に警察に話さなかったかって?そっちの刑事さんに言わなかったっけ?言ってない?
怒んなよ!だって、わかるわけないじゃんかよ!まさか、チャッピーを殺しちゃうなんて!ましてや、五味さんとこの家族4人、切り刻んじゃうなんてさ!
おれはノストラダムスじゃねえんだから、未来のことなんかわかんねえよ。
あくまで、今から考えればって話じゃんかよお。
俺のせいで事件が起きたみたいなこと言うなよ、おっさん。
■避難所の仲間
乾 佳代子(42)の証言■
すみませんねえ、遅れちゃって。炊き出しの手伝いをしてるもんですから、どうしても1時半には抜けられないんですよ。代わりに誰か来てくれたんですか?鴨志田さん・・・?ああ、ミッキーさんのことね。
ここだけの話だけど、あの人もあれよね、ちょっと変わってるでしょ。そう思わなかった?だって、いい年して、いつもミッキーマウスの赤い服ってのもねえ。最初にここに来た頃には違ったのよ。あ、でも、本人には言わないでよね。傷ついちゃうから。あれで、けっこう、ナイーブなのよ。
それで、なにが聞きたいのかしら?
犬?ああ、チャッピーのことね。チャッピーが観堂さんの絵を咬みちぎったことがあったかって?
知らないわ。あたしが覚えてるのは、犬じゃあなくって、タコよ、タコ。
えっ、タコってなにかって?あなた、タコ知らないの?足が8本あって、グニャグニャしてる軟体動物のタコに決まってるじゃない。食べたこと、あるでしょう、あなたも。
そのタコを見たのよ!生きて動いてるやつ。海でかって?
なに言ってるのよ、ここよ、この避難所でよ。しかも、あの事件があった日に。
観堂さんが五味さん一家を刺し殺した直後よ。あの日はね、インフルエンザの出前接種があったのよね。前の週にさ、横須賀の小学校でインフルエンザの集団感染が出てねえ、避難所でも感染が広がる恐れがあるってことでさ、この辺りの医師会のお医者さん達がわざわざ来てくれたのよ。で、みんなで保健室に並んで注射うってもらって、結構痛かったんだけどさ、体育館に戻ってきたら、いたわけよ、タコが。
足だけで30センチはあったかな。体育館の中のさ、ちょうど観堂さんが暮らしてる場所があるじゃない。あのすぐ前の床で、うねうねうねうね、のたくってたのよ。
警察には話したか?
言ったわよ、もちろん。だけど、あんな大事件が起きた時によ、タコがどうしたなんて話、誰もまともに聞いてくれないわよ。あなただってそうでしょ。
そのタコがどうなったかって?
仕方ないから、あたしが拾ってさ・・、大丈夫なのかって?平気よ。あたし、父ちゃんが漁師だったから慣れてんのよ。この辺、タコが有名なのよ。佐島のタコって言ってね。で、うねうね動いてるやつをさ、そばに落ちてた発泡スチロールの箱に放り込んで、持ち主を捜したけど、誰も名乗りでないから、炊き出しのおばさんのとこに持って行って、タコ飯にしてもらったわよ。
もっともさ、あんな血みどろの事件が起きた日だから、みんな食欲なんかなくって、いっぱい余っちゃったわよ。
ほんと、もったいない。立派なタコだったのに。あたし?もちろん、食べたわよ。おいしかった。おかわりもしたし。あたし、これでも神経は太いのよ。身体も太いけどね、ハハハッ、ここ笑うとこよ。
観堂さんの仕事?
昔のことはわからないけど、家の周りに畑があって、大根とかキャベツとか作って暮らしてたみたい。この辺りは大根も有名なのよ。おいしいのよ、味噌汁なんかに入れても最高よ。
家族?いるわけないじゃない!一人で細々耕してたんじゃないの。他人とまじわるのが苦手な人だったからねえ。家と畑もだいぶ人里から離れてるし、近所づきあいはあんまりなかったって。寂しくなかったのかしら。でも、あんな性格じゃあねえ、誰も一緒に暮らしたがらないと思う。わたし?無理、無理、無理、無理、無理よ!あの男と暮らすぐらいなら死んだ方がまだましよ・・・って、あいつの方が死んじゃったか。あんまり、出来のいいジョークじゃないから、笑わなくていいわ。
それにしても、あんであんな所にいたのかしらねえ、タコが。
■避難所に派遣されている心理カウンセラー
小比類巻 華江(30)の証言■
この避難所ではペットと一緒には暮らせません。アレルギー体質の人もいるかもしれませんから。
でも、みなさん、突然の地震で慌てて逃げてくるわけですからね、家族同然のペットを連れて避難してきてしまう人も、やっぱりいるんです。それは仕方がないことだと思います。
ペットと離れるのもストレスになるんですよ。どうしても一緒にいたいという人は、避難所以外の場所で車の中ででも暮らすしかないんですけど、そうなるとエコノミー症候群も心配になります。だから、この近くの空き地に市がペットも同伴が可能な仮設テントを用意したんです。
ペット嫌いな人にとっては、犬や猫の鳴き声は騒音以外の何物でもありません。ここは完全な仕切りもないし、ただでさえ音には過敏になってますから。観堂さんも私の所に何度かカウンセリングに来ましたが、鳴き声ももちろんですけど、匂いも気になって仕方がない、とこぼしていました。布団におしっこをかけられたのも、一度や二度じゃないって。
チャッピーが観堂さんの絵を咬みちぎった?
私は直接見てませんけど、そういうことは起こりうると思います。ペットたちだって、住み慣れない環境で長時間過ごすわけですから、人間と同じくストレスが溜まるんですよ。イライラして咬みつきやすくなったり、極端に食欲がなくなったり。
人間も人によってストレスが行動に及ぼす影響は違います。観堂さんの場合ですか?
ずっと一人暮らしで、自分のテリトリーを犯されるのを極端に嫌う性格でしたから、避難所という特殊な場所でのストレスは普通の人より過剰に感じていたとは思います。
ただ、まさか、あんな事件を起こすとは考えてもいませんでした。仮定の話ですけど、私がもし、観堂さんの心の奥底から噴き出しそうになっていた「狂気の芽」を、事前に発見することができていたなら、五味さん一家は死なずにすんだかもしれない。
そう思うと、毎日眠れません。
心理カウンセラーとして、未熟だったんです。
私以外のカウンセラーなら事件を防げたんじゃないのか。
そう思うと、いまも、自分を責めてしまうんです。
本当言うと、私の方こそ、カウンセリングが必要なのかもしれません。
■避難所の仲間
雨貝 光聖(61)の証言■
ペット同伴のテントがあるっていってもさ、五味さんとこは乳飲み子の亜樹ちゃんがいるだろ。テント生活は無理だ。だからチャッピーは泣く泣くボランティアに預けたんだよ。だけど、そのボランティアの家が、この体育館のすぐ近くにあるもんだから、亜弓ちゃんがさ、連れてきちまうんだよ。亜弓ちゃんだって、まだ3歳だろ。なんてっても、亜弓ちゃんがチャッピーを一番かわいがってたからさ。もちろん五味さんも注意はしてたんだよ。でも、チャッピーが来ると、亜弓ちゃんも少し明るくなるじゃない。ついついね。それで、よく隣の観堂とトラブルになってたんだ。
そうそう、それから、二女の亜樹ちゃんのウンチのことでね、観堂と相当もめてたなあ。
生まれて11か月だろ、おまけに避難所暮らしで環境も変わったから、亜樹ちゃん、お腹をいつもくだしててねえ、奥さん、しょっちゅう、おむつ替えてたもんな。ウンチもゆるいからさ、おむつの脇からはみだしたりしてね。おむつ替えりゃあ、そりゃ、臭うよ。だけどさ、仕方ねえさ、赤ん坊なんだから。我慢してやりゃあいいんだよ。それを、奴は「くせえ」の「外でやれ」のって、怒鳴り散らしやがって。外でやれるわけねえだろうよ。真冬なんだから。これみよがしに、奴はさ、臭い消しだとか言って男性用のオーデコロンとかまくんだけど、あんまり大量にまくから、そっちの方が臭くってさ。とにかくね、男性用の香水はずいぶん持ってたなあ、観堂は。
体調が悪いから、亜樹ちゃんはよく泣くだろ。それでまた、奴が怒鳴る。奥さんのかつえさんも気が休まることがなかったんじゃないかなあ。
あ、そう、そう、一度、気が違ったみたいに怒り狂ってたことがあったよ。
「ぶち殺してやる」って叫びながら、五味さんに飛びかかりそうだったんで、俺らが必死で止めたんだ、羽交い締めにしてさ。五味さんは「そんなことはしてない」って必死で否定してた。奥さんなんか、泣きながら、赤ちゃんかばってさあ・・・。誰かが、おむつについてたうんちを奴の画集に塗りたくったんだって。まったく、たちの悪いイタズラだよ。お気に入りのゴッホの画集だったらしい。
誰がやったかはわかんないけど、観堂のことはみんな嫌ってたからなあ、自業自得なとこもあるんだよ。
■避難所の仲間
中馬 文哉(47)の証言■
仮設トイレでさあ、死んでたんだよ。五味さんじゃないよ。五味さんのご主人が殺されたのは体育館だろ。奥さんと赤ちゃん達は車の中だし。観堂?違うよ。あいつはプールで死んだんだから。
佐々木さん、っていうおじいちゃんだよ。81歳だったって。俺が見つけたんだ。
ここじゃあ、よく眠れないから、朝4時くらいに眼が覚めちまって、トイレにいったら倒れてたんだ。身体半分が個室からはみ出してて、脳梗塞だって。避難所はプライバシーなんてないし、睡眠不足が続いて体調を崩してたみたいなんだ。ストレスもあったろうよ。
その時、たまたまトイレで一緒になったのが、観堂だよ。佐々木さんが死んでるってわかった時の、あの野郎のうろたえようは異常だったな。
腰抜かして、ヒイヒイ言っちゃってさ、「死んじまう!ここにいたら、おれも死んじまう!」って気が狂ったみたいに何度も叫んでたよ。佐々木さんを便所から運び出すのを手伝いもしねえんだぜ。思えばさ、あの時からかな、観堂が特におかしくなったの。
五味さん一家も本当に気の毒だった。言葉もないよ。
五味さんのご主人に馬乗りになって滅多刺しにした後、あいつは血の海の中でゆっくり立ち上がったんだ。着てたシャツも顔も真っ赤だった。五味さんの身体はまだ、ピクッ、ピクッ、と震えてた。五味さんが動かなくなったのを確認してから、あいつは、ニヤ~ッと笑ったんだ。血で赤く染まった顔の中で、歯だけが白いんだ。俺は一生忘れられないよ、あの笑い顔は・・・。
そしたら、歩き出したんだ。ペタッ、ペタッ、ってね。周りには何十人もの人間がいたんだよ。でも誰一人動けなかった。奴が歩いた後には、血のハンコを押したみたいに赤く足跡が残ってた。足跡は体育館を出て、校舎の廊下から階段を上って、屋上まで続いてた。
ここからは、下で見てた人間の話だよ。あいつは屋上の柵を乗り越え、ひさしの端っこに立ったんだってさ。真下は25メートルプールだ。両手を大きく開いてから、五味さん一家を皆殺しにした包丁を自分の首にあてた。太陽に一瞬、包丁がきらめいたそうだ。次の瞬間、屋上から真っ赤な鮮血が、シャワーみたいに降り注いだって。奴の身体は、そのままプールに真っさかさまさ。警察が到着するまで、ず~っと浮かんでたよ。それは俺も見た。プールの水は真っ赤だったよ。身体から血液が全部流れちまったみたいにさ。
いまプールはどうなってるか?
もちろん、水は全部抜いて、空っぽだよ。
でもなあ、今年の夏はどうするんだろうね。いくら水を入れかえたって、子供たちはとっても泳ぐ気にはなれないだろうよ。
俺が親なら、絶対に入れないね。
あんただって、そう思うだろ。
「ほれで、どうひたんだ?ほの、じひさん」
デカ部屋中央のデスクに座った刑事課長の相馬幸三郎が尋ねた。発音がはっきりしないのは、禁煙パイプをくわえているからだ。
「1時間くらいこの部屋で話を聞いて、腹が減ったっていうから、すぐそこの『すき家』で朝飯食わせて帰しました」
ピースの缶を両手でもてあそびながら、龍が答えた。
「あのじじい、牛丼3杯もおかわりしやがったんですよ。年を聞いても言わないんですが、どう見たって80歳は超えてます。それであの食欲なんだから、『すき家』のおばちゃんがびっくり仰天ですよ。おまけに金がないって言うんで、避難所までのバス代も出させられたうえにですよ、ほら、これっ」
ピース缶のふたを開けて、相馬の鼻先に差し出す。
「買ったばかりの煙草まで、ごっそり持って行きやがった」
本当なら50本入っているはずの煙草が、半分近く無くなっていた。相馬は禁煙パイプをかじりながら笑って聞いている。龍はスカスカになった缶から煙草を一本抜き取り、口にくわえた。だが、百円ライターで火をつけようとした所で、チラリと相馬の顔を見て、手を止めた。
ライターを消し、くわえていた煙草をもう一度缶に戻そうとすると、相馬が禁煙パイプを口から外してギロリとにらんだ。
「吸ってもかまわん、といつも言っとるだろう」
相馬は『落としの幸三郎』と異名をとった神奈川県警では知らぬ者がない名刑事だった。14年前に県内を震撼させた輝明ちゃん誘拐殺人事件の犯人・大原啓一を自供に追いこんだ話は県警の伝説だ。
それ以外にも手にした本部長賞や刑事部長賞は数知れない。
県警本部の捜査一課で順調に出世し、末はキャリアを押しのけて、叩き上げからの捜査一課長就任は間違いない、といわれた。しかし1年半ほど前に肺ガンが見つかり、左肺の半分を切除した。手術後の体力的な問題もあり、本部の人事課は管理部門への異動を打診した。
が、本人が固辞した。
「戦力にはならないかもしれないが、自分はもう少し現場にこだわりたい。本部の捜査一課は激務で無理だろうが、所轄の刑事課長なら、なんとか務まるのではないか。体は動かなくとも、頭と経験で若い刑事達の捜査に助言できると思う」
結局、人事課も「伝説の刑事」の希望をむげに扱うことができず、7か月前に横須賀中央警察署に刑事課長として赴任してきたのだ。
例えるなら、地方の弱小野球チームにメジャーからイチローがやってきたようなものだ。はじめは署全体が緊張して迎えたが、相馬は偉ぶることもなく、署員全員に接した。柔和な人当たりと適切な捜査指揮で、横須賀中央署の検挙率は飛躍的に上がった。
当初、刑事達は相馬の目の前で決して煙草を吸わなかった。相馬はかつては一日に60本以上吸うチェーンスモーカーで、肺ガンの原因も煙草だった。手術後は医者に喫煙を禁じられていることを皆が知っていたからだ。
しかし、相馬本人が「かまわんから、俺の前でもどんどん吸え」と言う。「俺は医者に止められているから仕方ないが、お前達まで吸うのをやめてたら、仕事の効率が上がらないだろう」それが、なかば口癖になっていた。
相馬の視線と沈黙に耐えられなくなり、龍はまたピースをくわえなおした。
「じゃあ、遠慮無く・・」
龍が吐き出した煙を満足げに眺めながら、相馬が話を続ける。
「で、お前の見立てはどうなんだ。そのじいさん、シロなのか、クロなのか」
「課長、なに言いだすんですか。クロなはずないでしょう。避難所の殺しは、ホシの自殺で一件落着してるんですから」
「でも、そのじいさんは、4人を殺させるように仕向けたのは自分だ、と言ってるんだろ」
「ボケたじじいの戯言ですよ。ただ、・・・」
龍が、一呼吸置いてから、言った。
「ちょっと、妙な事があるんです」
「妙なこと?」
「朝6時過ぎに私が来た時には、じいさんはもうこの部屋に居たんですよ。でも、あとで当直の人間全員に聞いてみたんですが、誰一人として、玄関を入ってきた姿を見た者がいないんです。もちろん、誰かがさぼってたり、見逃したりってことも考えられなくはないんですが、当直長が『鬼軍曹』の田原でしょう。さぼれるはずないんですよ」
「裏口は?」
「施錠されてました。確認しましたから」
「ふ~ん・・・」
しばらく無言で考えている相馬の顔は、なにか楽しそうに見えた。
「龍、ひとつ聞くがな」
「なんです?」
「もしもだ、あの避難所の4人殺しがホシわれでなかっとしたら、お前、そのじいさんの話を信じたか?」
聞かれて、龍はピースの煙を胸一杯に吸い込んだ。それを、天井に向けて吐き出してから、相馬の目をまっすぐに見て答えた。
「信じたかもしれません」
「なぜ?」
「カンです。なんか、あやしいんですよね、あのじいさん」
「じゃあ、そのカンを信じてみちゃあどうだ。優秀な刑事の直感ってのは馬鹿にしたもんじゃないぞ。少なくとも俺は、そう信じてる」
「自分は優秀じゃありませんから」
「そう謙遜するな」
「してませんよ」
「俺はな、『落としの幸三郎』を継げるのはお前だと思ってるんだがなあ」
「ご冗談を」
相馬がまた楽し気に笑った。「今、何のヤマは抱えてる?」
「駅前の宝石店で起きた強盗(たたき)を手伝ってます」
「それは坂巻にやらす。避難所の件、調べてみろ。わかってるだろうが、表だって派手には動けんぞ。容疑者の自殺で落着してる事件だし、事件を処理した逗子北署の面子もあるからな。幸い、あそこの刑事課に一課の時の部下がいる。内々で会えるように電話しておく」
「助かります」
続けて、右手に持った禁煙パイプで龍の顔を指さしながら相馬が言った。
「それにしても、ひどい顔だぞ」
「田原にも言われましたよ、休暇を取った方がいいって。でも、仕事してる方がいいんです。気がまぎれますから」
「奥さんの事は本当に気の毒だったな」
龍は返す言葉が見つからなかった。
「だがな、ひとつだけ言っておくぞ。仕事を休もうが、続けようが、それはお前が決めることだ。俺は文句は言わん。連れ合いを突然失うってのは大変なことだからな。休みたかったら、遠慮なく休職願いを出せ。いくらでもハンコをついてやる。ただ、捜査をすると決めたのなら、きっちりやらんと許さんからな」
「わかってます」
「なら、まず洗面所に行って無精ひげを剃れ。背広とコートにもアイロンぐらい掛けろ」
「そんなにひどいですかね」
「鏡を見てみろ」
「まいったな」頭をかいた。
「俺はな、刑事ってのは、ただの捜査馬鹿じゃあ駄目だと思ってるんだ。例えば、民間企業の営業にだって学ぶ事はいっぱいある。飛び込みの営業で仕事を取るのも、容疑者に口を割らせるのも同じことだよ。こっちの話を全く聞く気なんかない相手に、心を開かせて、押したり引いたりしながら、最後はこっちのペースに持っていけるかが勝負の分かれ目になるんだ。それには、第一印象の善し悪しも大事だぞ。お前だって、初対面の相手が汚ねえ格好して薄汚れた顔だったら、話なんてする気にもならないだろう」
課長は自分に刑事の手ほどきをしてくれているのだ、と思った。「落としの幸三郎を継ぐのはお前だ」と言ったのも、まんざら冗談ではないらしい。
「ひげは今から剃りますが、アイロンがけまでは無理ですよ」
「剃ってる間に、警務の松本さんに頼んでおいてやるから、ここに置いてけ」
「ズボンもですか・・」
「ひげ剃りだけなら、パンツ一丁だってできるだろう」
「感謝感激であります」茶化して敬礼する。
「さっきも言ったが、あくまで極秘捜査だから目立った動きは禁物だぞ。署の車両も使わせるわけにはいかんしな」
「それなら大丈夫です。地震の日に乗ってきた自分の車が、裏の駐車場に停めっぱなしになってますから」
「あれか・・・・」
相馬が大きく首を振って、ため息をついた。
「かえって目立つ気がしないでもないが」
「80キロ以上は出しませんよ」
「スピードの問題じゃない」
「中古車業者に電話かけまくって、四国まで行って手に入れたビンテージカーですよ」
「新車でいくらでもいい車があるだろうに」
「あの美しいフォルムは他にはありません」
「おまえの車の趣味だけは、俺には理解不能だ。まあ、いい。ただし、事故だけは起こすなよ。知っての通り、自家用車を捜査に使うのは禁止されてる。もし事故でも起こしたら、うちの署長のことだ、始末書だけじゃすまんからな」
「起こしませんよ。私の腕と、あいつのコーナリング性能をなめないでください」
「事故ったら、修理代も自腹だぞ」
大きく頷いてから、龍がもう一度敬礼しながら直立不動で言った。
「それでは、ただ今より『極秘捜査』に出発いたします」
相馬がもう一言つけ加えた。
「ひげ剃りとアイロンがけは忘れるな」
* *
賛美歌のようなハイトーンの歌声が響く。
それが『ボディソニックシート』から直接振動となって、龍の体に伝わってくる。
クイーンの「SOMEBODY TO LOVE(愛にすべてを)」だ。
ハーモニーに続いて、フレディ・マーキュリーの伸びやかな高音ボーカルが背骨を駆け上がり、脳天から突き抜けた。
『 誰か僕に愛する人を見つけてくれ
毎晩 起きあがるたびに
僕は少しずつ死んでいく
自分の足で
立ちあがることさえできない 』
『ボディソニックシート』を世界で初めて採用したのが、1982年に発売されたこの『CITY TURBO』だ。状態のいい車体を手に入れるのには、苦労した。今ではプレミアがついて、値段も新車の時の倍以上した。
国道16号から本町山中道路に入り、横浜横須賀道路を通って、逗子ICから逗葉新道で逗子に向かう。「課長、約束破りますよ」と謝って、アクセルを踏み込む。
1・2リッター、100馬力ハイパーターボのエンジンがうなりをあげる。
全長3.38メートル、全高1.46メートル。寸詰まりで背が高い『トールボーイ』と呼ばれた銀色のシティ・ターボが山間を抜ける逗葉新道を疾走する。
ホンダのシティに乗り始めたのは、大学の自動車部の時からだ。龍の学生時代でさへ、自動車部というサークルの存在自体が全国的に減っていた。通っていた東北地方の国立大学でも廃部寸前だったが、龍が入学した年、同じ新入生にオタク的な自動車好きが何人かいて、かろうじて廃部を逃れた。皆でなけなしの金をはたいて、おんぼろの中古車を買い、レース用に改造して各地のサーキットを回った。
シティは憧れだった。コーナーリング性能が他の車種に比べて格段に良かったからだ。ようやく4年の時に事故車扱いで安くなっていた中古のシティを見つけた時は、部員全員で大喜びしたものだ。レースの成績も格段に上がり、みんなで勝利の美酒に酔った。就職してからも、シティの中古を探して、乗りつぶすまで使い、次のシティを探した。今のシティ・ターボが3台目になる。
後ろには、埃がつもった「モトコンポ」が積まれたままだ。ハンドルとシートを折りたためば、シティのトランクにすっぽり収まってしまう小型の50ccバイクだ。
つきあっている頃から、友香を助手席に乗せて、よく湘南をドライブした。キャンプにも出かけた。友香は原付の免許しか持っていなかったので、龍がテントを設営している間に、この黄色い「モトコンポ」にまたがって食料の買い出しに行ってくれた。
思い出がまた頭の中でぐるぐる回り始めた。頬が熱くなった。
1月だが、窓を開ける。冷気がうなりをあげて、窓の隙間から吹き込んできた。
『 誰でもいい どこの誰でもいい
誰か愛する人を見つけてくれ
見つけてくれ
見つけてくれ
見つけてくれ・・・・』
ボディソニックシートから伝わってくるフレディ・マーキュリーの歌声が、冷たい風に吹き飛ばされ、龍の周りを何周か回ったあと、窓から車の外へと流され、消えていった。
【 逗子 】
逗子市立「神成小学校」は逗子湾を望む丘の上にあった。
通用門を抜けると、台数は少ないが、職員用の駐車スペースがあるのが見えた。バックで車を駐め、降りる。
陽光にきらめく逗子湾がまぶしかった。掌で日差しを遮り、目を細めると、湾の向こう側に逗子マリーナの白い建物が見えた。
「龍さんですね。横須賀中央署の」
突然、後ろから声がかかった。
振り返ると、いつの間にか背後に男が立っていた。
龍より、わずかに小さい。170センチくらいか。短く刈った髪をデップでつんつん立てた吊り目の男だった。
「あんたは?」
「逗子北署の炭谷です。相馬の”親父さん”から協力するよう電話をもらって」
課長が言っていた県警捜査一課時代の部下とは、この男か。
「よく俺だってわかったね」
「珍しい車に乗ってくるから、すぐわかるって。言うとおりだった」
笑いもせずに言った。要点を短くしか話さない。静かな口調だが、言葉の底には敵意が感じられた。「犯人死亡」で捜査が決着した事件を、所轄違いの刑事がひっかき回しにやってきたのだ。おもしろいはずがない。
「で、あんたはどうしたいんだ?」
「現場が見たい」
自然に龍の口調もぶっきらぼうになる。敵意むき出しの相手と、笑顔でやさしく話せるほど、俺は人間ができちゃいない。
「こっちだ」
炭谷があごをしゃくった。
コートのポケットに両手を突っ込んだまま、無言で後に続く。駐車場から曲がりくねった渡り廊下を抜け、校舎の反対側にある校庭に出た途端、風景が一変した。
広い校庭に30台を超える車が並んでいる。車は大半がボックスタイプのワゴンだが、普通乗用車もあるし、軽も混じっていた。
二人で身体を横にしながら、車と車の間を縫って進む。
年季の入ったカローラがあった。倒したシートで白髪の老夫婦が毛布にくるまり、横になっているのが、窓ガラス越しに見えた。
狭い車内には寝返りを打つスペースもない。顔をあげた旦那の方と目が合った。疲れ切って何の感情も読み取れないマネキンのような目だった。地震から2ヶ月たつが、櫛でとかすことなどしていないのだろう。髪は寝癖でぼさぼさだ。老人は白い無精ひげの浮いた顔で龍の顔をちらりと見たが、すぐにまた毛布に顔を埋めた。
犬の鳴き声がした。
そっちを見ると、車と車の間に犬が3匹、見えた。首輪がない。野良犬のようだ。避難住民の誰かが与えたのだろうか。地面に落ちた唐揚げを争って、吠え立てているのだ。
けだるい静寂の底に沈んでいた校庭に、耳を覆いたくなるほどの鳴き声が響き続けた。
「うるせえんだよ!誰か、静かにさせろ!」
体育館の脇にある扉が開き、どてら姿の中年男が怒鳴った。男は校庭に向かってペットボトルを投げつけると、また扉の奥に消えた。
「ペットに興味のないもんにとっちゃ、犬の鳴き声はただの騒音だからな」
鳴き声は止まない。
「最初に殺されたのも、被害者一家が飼っていたメスの小型犬だった」
炭谷は校庭の南隅にある白い百葉箱を指さした。温度計や湿度計が入った気象観測用の箱だ。
「一家殺害の3日前だ。首をかき切られ、はらわたが引きずり出されたトイプードルが、あの百葉箱の屋根に逆さにぶらさげられてた」
よく見ると、百葉箱に塗られた白いペンキの一部に、今もまだ赤黒いしみがこびりついていた。次に炭谷は駐車車両が並ぶ一角を指さした。
「奥さんと生後11か月の赤ん坊、そして3歳の長女は、あそこに駐めてあったワンボックスカーに逃げ込んだ。そして、その中で殺された」
一瞬、両目の焦点がぼやけ、遠くを見ているような眼差しになったのを、龍は見逃さなかった。炭谷の身体は今ここに立っているが、その視線は過去に飛んで、阿鼻叫喚の殺害現場を見ているのだろう。
「車内はひどい有り様だった・・・」
炭谷が酸っぱさを堪えるような表情を浮かべた。整然と並んだ車の列の中に、そこだけぽっかりと、ちょうど車1台分のスペースが空いている場所がある。事件の凄惨な記憶が、避難民たちに同じ場所へ車を駐めるのをためらわせているのだろう。
「最後は、逃げまどう旦那を、あの体育館の中まで追い回して」体育館を指す。「女子供も見ている前で、馬乗りになってメッタ刺しだ」
そこで炭谷は口の中に溜まったつばを飲み込んだ。ごくり、と喉が鳴る音が龍にも聞こえた。
「どこが目で、どこが鼻かもわからないくらい、ぐちゃぐちゃだったよ」
体育館の正面に回り、ガラス扉を開けると、小さいホールのようなスペースがあった。避難している人達が暮らす体育館の中に入るには、さらにホールの向こう側にある内扉を開けなければならない。ホールの中央には長机が置いてあり、大きな白い紙がセロテープで貼り付けられいた。太いマジックで「ボランティア・センター」と書かれている。
長髪を後ろで束ねた痩せた青年がパイプ椅子に座って、退屈そうに文庫本を読みながら、あくびをしている。あごにひげを生やし、赤いミッキーマウスのトレーナーを着ていた。
「高萩さん、いるかな?」
ミッキーマウスの男が顔をあげた。
「ああ、刑事さんか・・・」
炭谷とは顔見知りらしい。露骨に迷惑そうな表情が浮かんだ。
「きょうは、なにか?」
「ちょっと、例の事件でもう一度聞きたいことができてね」
「もう話す事なんて、なんもないですよ。みんな、思い出したくもないんだから」
突っかかってくる男に、炭谷が営業マンのような笑みを浮かべながら言った。
「まあ、そう言うなよ。上に出す書類を作んなきゃならないんだ。宮仕えもつらいのさ。時間はとらせないよ」
短気そうな容貌に似合わず、意外に辛抱強い。県警の捜査一課で相馬の部下だったというが、相馬の薫陶をかなり受けた「優秀な刑事」なのだ。だからこそ、龍の案内役に指名されたのだろう。
「仕方ねえなあ」
ミッキーマウスの男は、面倒くさそうに立ち上がり、「ここで待っててよ」と言い残すと、スリッパの音を響かせながら、奥の事務所の方へと歩いていった。
「高萩さん、ってのは?」
龍が尋ねた。
「ここのボランティアのまとめ役さ。被災直後からここにいて、大概のことは知ってる」
さっきまで男が座っていた後ろの壁には様々なペーパーが貼り付けられていた。
ひときわ目についたのは、『三浦半島南部地震被害まとめ 1月17日現在』と書かれた大きな紙だ。今日の日付ということは、毎日、更新されているらしい。
『 死亡 10人、
負傷者 317人、
倒壊家屋 288戸 』
「三浦半島南部地震」は去年11月13日の午後4時すぎに起きた。マグニチュードは6、8。プレートの沈み込みによる地震ではなく直下型だったために、被災エリアは比較的狭かったが、震源の真上に位置した三浦市や逗子市ではかなりの被害が出た。
『倒壊家屋288戸』の中には、三浦市内にあった龍の自宅も含まれている。そして、『死亡10人』の中には、友香も・・・。
潰れた家と友香の顔がフラッシュバックし、一瞬、立ちくらみがした。
こめかみを押さえる。
「どうした?」
炭谷が尋ねた。
「いや、ちょっと、目まいが・・・・、大丈夫だ」
「聞いたよ。あんた、奥さんをあの地震で亡くしたんだってな」
聞こえなかったふりをした。詳しく話す気もなかった。
それより、龍が目を止めたのは、被害まとめの一番下に書かれた数字だった。
『 不明 2人 』
地震から2か月以上たつというのに・・。
「まだ行方がわからない人間がいるのか?」
「この小学校の3年生の男の子が2人、まだ見つかってないんだ。来る途中、長滝山トンネルが土砂崩れで通行止めになっていただろう」
「ああ」
おかげで脇道を迂回しなければならなかった。
「地震のあった日に一緒に釣りに出かけたんだ。トンネルを抜けて、反対側にある防波堤に。途中で運悪く土砂崩れに巻き込まれたらしい。なにしろひどい崩れ方だったからな。ほとんど山ひとつ崩れ落ちて、トンネル全部が埋まっちまった。今も重機が入って、掘り返し作業が続いてる」
後ろからペタ、ペタ、とスリッパの音が近づいて来るのが聞こえた。
振り返ると、ミッキーマウスのちょんまげ男が中年の女を連れて戻ってきたところだった。白髪まじりの髪をポニーテールにして、丸縁の眼鏡をかけた女だ。年齢は五十すぎくらいか。
「今度は何を聞きたいのよ」
化粧気のない顔に薄笑いを浮かべて、高萩が言った。
「そっちの人は?見ない顔だけど」
「新しい同僚なんだ。横須賀の方から転勤してきたばっかりでさ。今度、こいつに担当を引き継ぐことになって、一度現場を見せといた方がいいと思って連れてきた」
もちろん、うそだ。高萩は眼鏡の奥から疑い深い視線を投げかけていたが、「まあ、いいわ。ちょっと、いい男だし」と言って、大口を開けて豪快に笑った。
相馬の言う通りだ。ひげはきっちり剃って、シャツにはアイロンをあてておくものだ。
体育館と外界とを隔てる内扉には「お互いにルールを守って生活しましょう」と、ことさら大きく書かれた張り紙がしてあった。高萩が力を込めて、重そうな扉を押して開く。
むっとする匂いが鼻をついた。汗と体臭が入り混じり、生臭くすえた匂いだった。
体育館の床には、100人ほどの人間がひしめいていた。老人もいれば、赤ん坊もいる。一家族に割り当てられたスペースは2畳ほどだ。隣との境目は、段ボール箱を積み上げて、なんとか確保されていた。段ボールと段ボールの間にロープを渡し、洗濯物を吊している。
昼間なのに布団を敷いて横になっている高齢者も目立つ。耳にピアスをぶら下げた若者が、膝を抱えてぶつぶつと何かを呟きながら、床を見つめている。その横では、茶髪の若い母親が乳児のおむつを替えていた。
不思議なのは、自分たちの生活空間に闖入してきた龍たちに、誰も目を向けないことだった。皆が一様に、さっきカローラの座席で見かけた老人と同じく、疲れ切って感情の読み取れない目をしている。
龍の気持ちを察したのか、隣に立つ高萩が「ここでの避難生活も2か月になるからねえ」とつぶやいた。
「プライバシーなんてないから、ここには。初めは、人の目が気になって、眠ることもできやしない。でも、四六時中、他人の目にさらされているうちに、ここで暮らしていくには感覚を麻痺させてゆくしかないって気づくの。無関心になるしかないって」
五味安志がめった刺しにされて殺された場所はすぐにわかった。
妻のかつえと赤ん坊の亜樹、長女の亜弓が殺された校庭と同じだったからだ。避難住民たちで埋め尽くされたこの場所で、そこだけがポッカリと空いている。白い花をさした花瓶が手向けられていた。
「だけど中には、いつまでたっても、他の人がやることが気になって仕様がない人間もいるのよ。気に障って気に障って仕方がないっていう人間がね」
続けて炭谷が吐き捨てるように、殺人犯の名を口にした。「観堂友貴のようにな」
「奴が暮らしてたのは?」
龍が訊くと、高萩が体育館の一番奥を指さした。
「五味さん一家は観堂とはお隣さんだったのよね」
「あの凄惨な事件も、いわゆる隣人トラブルだったってわけだ」
「ここじゃあ、隣の住人を選べないからね」
「ちょっと見てみたいんだが」
「それはいいんだけど・・・」
高萩が言い淀んだ。
「今は別の人が暮らしてるのよ」
「別の?」
「沼来さんって、おじいちゃん」
「ぬら・・!」
驚いた。
「知ってるのか?」
炭谷が怪訝な顔で聞いた。知っていると言えるほど知っているわけではないが、まったく知らないわけでもない。
説明するのが難しい。「まあ」と、うやむやに答えておいたが、いずれ炭谷には詳しく話さなければならないだろう。
今はあの怪しい老人が使っているという「一家惨殺犯の元居住区域」は、きれいに整頓されていた。2畳ほどのスペースに段ボールで器用に作った棚があり、湯飲み茶碗やコップが並べられている。ジャージや下着は几帳面に畳まれ重ねてあった。やはり段ボールで作られた本棚には古い「映画ファン」や「キネマ旬報」といった映画専門雑誌が並んでいた。背表紙を見ると、原節子の特集号もある。
「あんなむごい事件を起こした犯人が生活してた場所で平気で暮らしてるなんて、俺には絶対にできないね」
ミッキーマウスのトレーナーの男が声を潜めて言った。
「普通の神経じゃねえよ。ていうか、いかれてるよ」
沼来のことが嫌いらしい。
高萩に聞いてみた。
「観堂ってのは、どんな男だったんだ?」
「相当変わってたわね。いつも誰彼かまわず文句ばかり言ってたわ。小さい子なんて、あの男の顔を見ただけで泣き出したり逃げ出してた。沼来さんだけかな、口きいてたのは」
「っていうより、自分からわざわざ近づいてってる感じだったぜ。沼来のじいさんはよ」
「隣りは今は誰かが暮らしてるのか?」
「五味さん一家が使ってたままになってるわ。なんか、片付けちゃうのが忍びなくって」
すぐ隣のスペースに回り、覗いてみた。
手垢で汚れたアンパンマンのぬいぐるみが転がっている。畳まれたベビー服の脇には、袋が空いたままの「パンパース」が残っていた。ベビーカーも横倒しになって埃をかぶっていた。
「沼来のじいさんは?姿が見えないが」
龍が聞いた。ミッキー男がきょろきょろと周囲を見回した。だが、すぐに高萩に肘で脇腹をつつかれた。
「バカねえ、あれ見なさいよ」
指さしたのは壁に掛かった大きな時計だ。12時少し前を指している。
ミッキー男が「ああ」と合点のいった表情を浮かべた。
「もうすぐ、お昼の炊き出しだ。いっつも必ず一番前に並ぶからなあ。まったくあの年で、どこからあんな食欲がでてくるんだか」
あのじいさんの底知れない食欲は、龍もよく知っている。思い出しただけで、こっちまでゲップが出そうだ。
「関係者に話が聞けないかな」
高萩が「何人くらい?」と聞いた。
「できるだけ多いとありがたい」
「何回同じ事聞けば気が済むんだよ。みんな忙しいんだぜ、あんたら公務員と違ってさ」
悪態をつくミッキー男を、高萩が「まあ、まあ、まあ。そう言わずにさ、協力してあげようよ、ねっ」となだめながら、龍にウインクを投げてきた。高萩には頭が上がらないのか、ミッキー男が「ちぇっ」と舌打ちしながらしぶしぶうなずいた。
「あなたたちも一緒に食べていったらいいじゃないの。避難所の食事も悪くないわよ」
高萩が進めてくれたが、「いや、炊き出しは、ここに避難してる人達のものだろ。遠慮しとくよ」と断った。炭谷もうなづいている。同じ考えらしい。倫理観が一緒というのは、捜査パートナーとしては重要なことだ。
「俺たちは、その辺で適当に買ってくるから、昼飯の時間が終わったら、都合のつく人から呼んでくれないか」
「じゃあ、2階の特活室で、1時半はどう?」
「助かるよ」
「わかった、手配しとくわ」
高萩がもう一度、ウィンクした。
龍と炭谷が買ってきたチーズバーガーをつまんでから、南校舎2階の端にある「特別活動室」の扉を開けると、座っていたのは、赤いミッキーマウスのトレーナーを着たあの男だった。
「なんだ、あんたがトップバッターか」
龍が言うと、男は「俺で悪いかよ」と毒づいた。
「一番最初にと思ってた乾さんがさ、2時すぎになんないと体が空かないっていうからさあ。で、高萩さんに無理矢理頼まれちまったんだよ。イヤなら帰るぜ」
腰を上げた。
「まあ、そう突っかかるなよ」
炭谷がなだめて、もう一度、椅子に座らせる。
ミッキー男は、鴨志田と名乗った。
■ボランティア
鴨志田 豊(28)の証言■
なんで、いっつも真っ赤なミッキーマウスのトレーナーを着てるかって?あのさ、俺たちの仕事はさ、ここに避難してきてる人達にさ、少しでも明るい気持ちになってもらわないといけないわけよ。それにはさあ、こういう漫画とかのキャラクターが一番なんだよ。胸の真ん中にドカーンとミッキーが描いてあるのを見たら、少しは気持ちがなごむじゃん。相手も俺のことを覚えてくれるし、話のきっかけにもなるしさ。俺だってバカみたいに見えるけど、これでも考えてんだよ、いろいろ、ボランティアとしてさ。
なんで、ミッキーかって?みんなが知ってるからだよ。エヴァンゲリオンじゃ、おじいちゃんやおばあちゃんは知らないし、アトムとかじゃ今の子はわかんないだろ。そうなると、サザエさんかミッキーしかないじゃんかよ。
で、どっちの話から聞きたいの?殺された方、やっぱり、殺した方か。あんた、刑事だもんね。観堂ってのは、ほんと変わった奴だったね。ミッキー見ても、いやがるしさあ。他人とまともに話してんの、見たことな無かったな。ちょっとしたことですぐに揉めて、ケンカばっかりしてたよ。一人でいる時は、何かぶつぶつ言ってんだ。よく絵を描いてたなあ。スケッチブックをいつも持って歩いててさ。どんな絵かって?
不気味な絵なんだよ。
なに描いてるか、わかんねえんだ。なんか、黒とか灰色とか暗い色の絵の具で、グルグル、グルグルって渦巻きみたいなもん描いてんだよな。
一度、本人に聞いてみたことがあんの。なに描いてるんですか、って。そしたらさ、なんて答えたと思う?
ゴッホだって言うんだぜ。笑っちゃうだろ。あの人、好きなんだって。世界一尊敬してるって。画集も見せてくれたんだ。そのなかの、なんてったっけなあ・・・、星とか月とかいう字が入った名前の絵・・・・・。
そう、そう、『星月夜』っていう絵だ!
その絵の真似だ、って言うんだ。でも、全然、似てないんだぜ。『星月夜』って、メラメラ燃え上がる炎みたいな糸杉があってさ、その上には確かに渦巻きみたいな模様が太い線で描かれてるんだけど、夜空に浮かんでる月や星には黄色みたいな綺麗な色も使ってるんだよね。だけど、観堂の絵は違うんだよ。明るい色なんて、1カ所もないの。暗いのよ、ゴッホのどの絵より。わかる?ゴッホより暗い、って相当クライよ、マジで。
あの人がゴッホと同じなのは、頭がおかしくなっちまった、っていうことだけだね。もっとも、切り刻んだのは自分の耳じゃなくて、五味さん夫婦と赤ん坊だったけど。
そうだ、絵っていえばさ、チャッピーがさ・・、えっ?チャッピーって何か、って?
知らねえのかよ、殺された五味さん一家が飼ってた子犬だよ。茶色のトイプードル。人なつっこくて、可愛かったよ。俺も配給されたパンや牛乳をやったりしたよ。配給の食料を犬にやっていいのか?いいんじゃないの、別に。余ったやつなんだから。とにかく、そのチャッピーが、観堂の描いた絵をさ、咬みちぎっちゃったことがあったんだよ。
その頃はパンくずとかやっても全然食わなくなってて、ちょっとした事でキャンキャン鳴いてさ。それで、隣の観堂になんか投げつけられたんだよ。チャッピーも怒って、観堂の住まいに飛び込んでって、そこらじゅうひっくり返して暴れて、スケッチブックもビリビリさ。
今だから、言うんだけど、実は、チャッピーが殺されて、百葉箱にぶらさげられてた前の日、おれ、見たんだよ。
観堂がさ、校庭のベンチに座って、百葉箱の方を見ながらスケッチしてんの。なに描いてんのかな、と思って、脇を通った時に覗き込んでみたら、例のグルグルだったんだけど、その時、”あれっ”って思ったんだよ。だって、いつもの黒や灰色じゃなくて、真っ赤な絵の具を使って描いてたんだもん。赤一色だけでだぜ、グルグル、グルグル、渦巻きを描いてたんだ。何重にも厚塗りしてさあ。後で考えると、あれが前兆だったのかな。
だってさ、赤って血の色だろ。
なんで、その時に警察に話さなかったかって?そっちの刑事さんに言わなかったっけ?言ってない?
怒んなよ!だって、わかるわけないじゃんかよ!まさか、チャッピーを殺しちゃうなんて!ましてや、五味さんとこの家族4人、切り刻んじゃうなんてさ!
おれはノストラダムスじゃねえんだから、未来のことなんかわかんねえよ。
あくまで、今から考えればって話じゃんかよお。
俺のせいで事件が起きたみたいなこと言うなよ、おっさん。
■避難所の仲間
乾 佳代子(42)の証言■
すみませんねえ、遅れちゃって。炊き出しの手伝いをしてるもんですから、どうしても1時半には抜けられないんですよ。代わりに誰か来てくれたんですか?鴨志田さん・・・?ああ、ミッキーさんのことね。
ここだけの話だけど、あの人もあれよね、ちょっと変わってるでしょ。そう思わなかった?だって、いい年して、いつもミッキーマウスの赤い服ってのもねえ。最初にここに来た頃には違ったのよ。あ、でも、本人には言わないでよね。傷ついちゃうから。あれで、けっこう、ナイーブなのよ。
それで、なにが聞きたいのかしら?
犬?ああ、チャッピーのことね。チャッピーが観堂さんの絵を咬みちぎったことがあったかって?
知らないわ。あたしが覚えてるのは、犬じゃあなくって、タコよ、タコ。
えっ、タコってなにかって?あなた、タコ知らないの?足が8本あって、グニャグニャしてる軟体動物のタコに決まってるじゃない。食べたこと、あるでしょう、あなたも。
そのタコを見たのよ!生きて動いてるやつ。海でかって?
なに言ってるのよ、ここよ、この避難所でよ。しかも、あの事件があった日に。
観堂さんが五味さん一家を刺し殺した直後よ。あの日はね、インフルエンザの出前接種があったのよね。前の週にさ、横須賀の小学校でインフルエンザの集団感染が出てねえ、避難所でも感染が広がる恐れがあるってことでさ、この辺りの医師会のお医者さん達がわざわざ来てくれたのよ。で、みんなで保健室に並んで注射うってもらって、結構痛かったんだけどさ、体育館に戻ってきたら、いたわけよ、タコが。
足だけで30センチはあったかな。体育館の中のさ、ちょうど観堂さんが暮らしてる場所があるじゃない。あのすぐ前の床で、うねうねうねうね、のたくってたのよ。
警察には話したか?
言ったわよ、もちろん。だけど、あんな大事件が起きた時によ、タコがどうしたなんて話、誰もまともに聞いてくれないわよ。あなただってそうでしょ。
そのタコがどうなったかって?
仕方ないから、あたしが拾ってさ・・、大丈夫なのかって?平気よ。あたし、父ちゃんが漁師だったから慣れてんのよ。この辺、タコが有名なのよ。佐島のタコって言ってね。で、うねうね動いてるやつをさ、そばに落ちてた発泡スチロールの箱に放り込んで、持ち主を捜したけど、誰も名乗りでないから、炊き出しのおばさんのとこに持って行って、タコ飯にしてもらったわよ。
もっともさ、あんな血みどろの事件が起きた日だから、みんな食欲なんかなくって、いっぱい余っちゃったわよ。
ほんと、もったいない。立派なタコだったのに。あたし?もちろん、食べたわよ。おいしかった。おかわりもしたし。あたし、これでも神経は太いのよ。身体も太いけどね、ハハハッ、ここ笑うとこよ。
観堂さんの仕事?
昔のことはわからないけど、家の周りに畑があって、大根とかキャベツとか作って暮らしてたみたい。この辺りは大根も有名なのよ。おいしいのよ、味噌汁なんかに入れても最高よ。
家族?いるわけないじゃない!一人で細々耕してたんじゃないの。他人とまじわるのが苦手な人だったからねえ。家と畑もだいぶ人里から離れてるし、近所づきあいはあんまりなかったって。寂しくなかったのかしら。でも、あんな性格じゃあねえ、誰も一緒に暮らしたがらないと思う。わたし?無理、無理、無理、無理、無理よ!あの男と暮らすぐらいなら死んだ方がまだましよ・・・って、あいつの方が死んじゃったか。あんまり、出来のいいジョークじゃないから、笑わなくていいわ。
それにしても、あんであんな所にいたのかしらねえ、タコが。
■避難所に派遣されている心理カウンセラー
小比類巻 華江(30)の証言■
この避難所ではペットと一緒には暮らせません。アレルギー体質の人もいるかもしれませんから。
でも、みなさん、突然の地震で慌てて逃げてくるわけですからね、家族同然のペットを連れて避難してきてしまう人も、やっぱりいるんです。それは仕方がないことだと思います。
ペットと離れるのもストレスになるんですよ。どうしても一緒にいたいという人は、避難所以外の場所で車の中ででも暮らすしかないんですけど、そうなるとエコノミー症候群も心配になります。だから、この近くの空き地に市がペットも同伴が可能な仮設テントを用意したんです。
ペット嫌いな人にとっては、犬や猫の鳴き声は騒音以外の何物でもありません。ここは完全な仕切りもないし、ただでさえ音には過敏になってますから。観堂さんも私の所に何度かカウンセリングに来ましたが、鳴き声ももちろんですけど、匂いも気になって仕方がない、とこぼしていました。布団におしっこをかけられたのも、一度や二度じゃないって。
チャッピーが観堂さんの絵を咬みちぎった?
私は直接見てませんけど、そういうことは起こりうると思います。ペットたちだって、住み慣れない環境で長時間過ごすわけですから、人間と同じくストレスが溜まるんですよ。イライラして咬みつきやすくなったり、極端に食欲がなくなったり。
人間も人によってストレスが行動に及ぼす影響は違います。観堂さんの場合ですか?
ずっと一人暮らしで、自分のテリトリーを犯されるのを極端に嫌う性格でしたから、避難所という特殊な場所でのストレスは普通の人より過剰に感じていたとは思います。
ただ、まさか、あんな事件を起こすとは考えてもいませんでした。仮定の話ですけど、私がもし、観堂さんの心の奥底から噴き出しそうになっていた「狂気の芽」を、事前に発見することができていたなら、五味さん一家は死なずにすんだかもしれない。
そう思うと、毎日眠れません。
心理カウンセラーとして、未熟だったんです。
私以外のカウンセラーなら事件を防げたんじゃないのか。
そう思うと、いまも、自分を責めてしまうんです。
本当言うと、私の方こそ、カウンセリングが必要なのかもしれません。
■避難所の仲間
雨貝 光聖(61)の証言■
ペット同伴のテントがあるっていってもさ、五味さんとこは乳飲み子の亜樹ちゃんがいるだろ。テント生活は無理だ。だからチャッピーは泣く泣くボランティアに預けたんだよ。だけど、そのボランティアの家が、この体育館のすぐ近くにあるもんだから、亜弓ちゃんがさ、連れてきちまうんだよ。亜弓ちゃんだって、まだ3歳だろ。なんてっても、亜弓ちゃんがチャッピーを一番かわいがってたからさ。もちろん五味さんも注意はしてたんだよ。でも、チャッピーが来ると、亜弓ちゃんも少し明るくなるじゃない。ついついね。それで、よく隣の観堂とトラブルになってたんだ。
そうそう、それから、二女の亜樹ちゃんのウンチのことでね、観堂と相当もめてたなあ。
生まれて11か月だろ、おまけに避難所暮らしで環境も変わったから、亜樹ちゃん、お腹をいつもくだしててねえ、奥さん、しょっちゅう、おむつ替えてたもんな。ウンチもゆるいからさ、おむつの脇からはみだしたりしてね。おむつ替えりゃあ、そりゃ、臭うよ。だけどさ、仕方ねえさ、赤ん坊なんだから。我慢してやりゃあいいんだよ。それを、奴は「くせえ」の「外でやれ」のって、怒鳴り散らしやがって。外でやれるわけねえだろうよ。真冬なんだから。これみよがしに、奴はさ、臭い消しだとか言って男性用のオーデコロンとかまくんだけど、あんまり大量にまくから、そっちの方が臭くってさ。とにかくね、男性用の香水はずいぶん持ってたなあ、観堂は。
体調が悪いから、亜樹ちゃんはよく泣くだろ。それでまた、奴が怒鳴る。奥さんのかつえさんも気が休まることがなかったんじゃないかなあ。
あ、そう、そう、一度、気が違ったみたいに怒り狂ってたことがあったよ。
「ぶち殺してやる」って叫びながら、五味さんに飛びかかりそうだったんで、俺らが必死で止めたんだ、羽交い締めにしてさ。五味さんは「そんなことはしてない」って必死で否定してた。奥さんなんか、泣きながら、赤ちゃんかばってさあ・・・。誰かが、おむつについてたうんちを奴の画集に塗りたくったんだって。まったく、たちの悪いイタズラだよ。お気に入りのゴッホの画集だったらしい。
誰がやったかはわかんないけど、観堂のことはみんな嫌ってたからなあ、自業自得なとこもあるんだよ。
■避難所の仲間
中馬 文哉(47)の証言■
仮設トイレでさあ、死んでたんだよ。五味さんじゃないよ。五味さんのご主人が殺されたのは体育館だろ。奥さんと赤ちゃん達は車の中だし。観堂?違うよ。あいつはプールで死んだんだから。
佐々木さん、っていうおじいちゃんだよ。81歳だったって。俺が見つけたんだ。
ここじゃあ、よく眠れないから、朝4時くらいに眼が覚めちまって、トイレにいったら倒れてたんだ。身体半分が個室からはみ出してて、脳梗塞だって。避難所はプライバシーなんてないし、睡眠不足が続いて体調を崩してたみたいなんだ。ストレスもあったろうよ。
その時、たまたまトイレで一緒になったのが、観堂だよ。佐々木さんが死んでるってわかった時の、あの野郎のうろたえようは異常だったな。
腰抜かして、ヒイヒイ言っちゃってさ、「死んじまう!ここにいたら、おれも死んじまう!」って気が狂ったみたいに何度も叫んでたよ。佐々木さんを便所から運び出すのを手伝いもしねえんだぜ。思えばさ、あの時からかな、観堂が特におかしくなったの。
五味さん一家も本当に気の毒だった。言葉もないよ。
五味さんのご主人に馬乗りになって滅多刺しにした後、あいつは血の海の中でゆっくり立ち上がったんだ。着てたシャツも顔も真っ赤だった。五味さんの身体はまだ、ピクッ、ピクッ、と震えてた。五味さんが動かなくなったのを確認してから、あいつは、ニヤ~ッと笑ったんだ。血で赤く染まった顔の中で、歯だけが白いんだ。俺は一生忘れられないよ、あの笑い顔は・・・。
そしたら、歩き出したんだ。ペタッ、ペタッ、ってね。周りには何十人もの人間がいたんだよ。でも誰一人動けなかった。奴が歩いた後には、血のハンコを押したみたいに赤く足跡が残ってた。足跡は体育館を出て、校舎の廊下から階段を上って、屋上まで続いてた。
ここからは、下で見てた人間の話だよ。あいつは屋上の柵を乗り越え、ひさしの端っこに立ったんだってさ。真下は25メートルプールだ。両手を大きく開いてから、五味さん一家を皆殺しにした包丁を自分の首にあてた。太陽に一瞬、包丁がきらめいたそうだ。次の瞬間、屋上から真っ赤な鮮血が、シャワーみたいに降り注いだって。奴の身体は、そのままプールに真っさかさまさ。警察が到着するまで、ず~っと浮かんでたよ。それは俺も見た。プールの水は真っ赤だったよ。身体から血液が全部流れちまったみたいにさ。
いまプールはどうなってるか?
もちろん、水は全部抜いて、空っぽだよ。
でもなあ、今年の夏はどうするんだろうね。いくら水を入れかえたって、子供たちはとっても泳ぐ気にはなれないだろうよ。
俺が親なら、絶対に入れないね。
あんただって、そう思うだろ。
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