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町の代表者
しおりを挟む「ソーマ様の身が心配ですか?」
イゼさんが、あたしの不安を見透かしたかのような言葉をかけてきた。
「当然でしょ」
「安心してください。
ソーマ様は、ご無事です。
少なくとも、生きておられます」
「どうして、そんなことが分かるのよ」
イゼさんの言葉が気軽な慰めに聞こえ、あたしの声にトゲが生まれた。
物騒な怪物が闊歩する世界なのだ。
ソーマが死んでいる可能性が無いとは言えない。
それを簡単に「生きている」と言ったイゼさんに、苛立ちが抑えられなかった。
「わたくしが生きております」
「……え?」
イゼさんの言葉の意味が理解できなかった。
「ソーマ様が死ぬようなことになれば、どれだけ離れていようとも、わたくしも瞬時に塵となって崩れ去ります」
「……そ、そうなの?」
「ですから、ソーマ様は生きておられます。
ただ、なんらかの理由で、帰ること出来ないのでしょう。
ならば、必ず二人でお迎えに参りましょう」
「……うん! 行こう!」
元気が出てきた。
「まずは、町の代表者たちとの交渉ですね。
わたくしにお任せください」
イゼさんが階段に向かって歩いていく。
だいぶ汚れた黄色いシャツの背中が頼もしく見えた。
だめじゃない。
いざという時は、やっぱり頼りになるイゼさんである。
「……あ、ミホさん。
ひとつ頼みがあるのですが」
階段の手前で、イゼさんが振り返って言った。
「なに?」
「さっき、マリーちゃんの態度が素っ気なかったでしょう。
あれはミホさんに、責任があると思うのです」
「あたしに?」
「わたくしが、ミホさんの部屋に、二人っきりでいたことで、ヤキモチを焼いたのですよ。
わたくしとミホさんは、そのような関係ではないと、はっきり彼女に伝えてほしいのです。
少なくとも、わたくしには、そのようなつもりはありません」
小さな目をクリクリと動かしながら告げてきた。
……少なくとも、わたくしにはありませんって、はあ?
なに? ならば、あたくしの方には、そーいうつもりが、ちょっとでもあるっての?
……うん。なんかこう、一転して、あたしの中に、イゼさんに対する、邪悪なものが湧いてきた。
階段を降り、イゼさんがドアを開ける。
あたしたち二人は、酒場のホールに出た。
思っていた以上に人がいた。
あたしたちが出てきたのは、店の奥、カウンターの横にあるドアからである。
正面には、丸テーブルが幾つか並ぶホールがあり、そこを通り抜けたると、この酒場の出入り口がある。
ここから見て、ホールの左側に多くの人が集まっていた。
さすがに子供の姿は無かったが、年配者から若者まで、三十人ほどの人々がいた。
ショールを肩に掛けた、上品そうな老婦人。
胸板の厚い、仕事着姿の中年男性。
ふくよかで優しそうな目をした中年女性。
杖を手にした、神経質そうな老人。
艶やかな衣装を着た若い女性……。
集まっている人々は、性別や身なりに統一感がなかった。
それぞれが各テーブルの椅子に座ったり、壁際に並んで立ったりしている。
酒場なのに、飲食をしている人はいない。
野次馬のように見えなくもないが、みんな、行儀よく静かにしている。
見学者や傍聴人と言ったところだろうか?
逆に、ホールの右側は、人がいない。
いや、正確には、奥に観葉植物が衝立のようになっている一角がある。
そこに何人かが座っているのが、観葉植物の間から少しだけ見えた。
マリーちゃんの言っていた「町の代表者」なのだろう。
そのマリーちゃんは、あたしたちの左横に位置するカウンターの前に、さっきの女性従業員と共に立っていた。
真正面、出入り口の方に顔を向け続けているため、あたしと視線が合うことが無かった。
なんだか不自然だよね……。
マリーちゃんの仕草に、あたしは胸騒ぎがした。
「おはようございます。
昨夜はゆっくりとできましたか?」
カウンターの内から、髭面のマスターが出てきた。
このマスターは、昨夜と変わらず愛想が良い。
「もう一人の少年は?
たしか、ソーマさんと言いましたよね」
マスターの視線が、ソーマを探す。
「えっと、あの……、迷子になっちゃったのかな」
「迷子?」
あたしの適当な返答に、マスターは怪訝な顔になった。
「まずは、代表者の方々に、そのことも含めて、ご説明したいと思います」
会話に入ってきたイゼさんが、うまく流してくれた。
やはり、このあたりは大人である。
「では、奥へ」
マスターの案内で、観葉植物の向こうの席に案内された。
楕円形のテーブルがある。
先着していた町の代表者の三人は、席を立って出迎えてくれた。
「どうぞ、こちらへ」
あたしとイゼさんは、楕円形のテーブルと壁の間の席を勧められた。
上座である。
この世界でも上座になるのだろうか?
勧められた席に移動はしたが、まだ座らない。
先方も立ったままである。
テーブルをはさんで向かい合ったとき、あたしは、町の代表者は三人ではなく、四人であると気が付いた。
立っている三人の横、向かって右端に、テーブルに突っ伏している老人がいたのだ。
「はっ、かか……っふ、はふん」と、変なリズムで呼吸をしている。
テーブル越しに、強い酒の匂いが届いてくる。
老人は、思い切り酔い潰れていた。
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