相方は、冷たい牙のあるラーニング・コレクター

七倉イルカ

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二日目の始まり

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 ドアを開けると、笑顔のイゼさんが立っていた。
 満面の笑みが怪しい。
 「おはようございます。
 ソーマ様は?」
 挨拶もそこそこに、イゼさんは、あたしの背後に視線を向け、部屋の中にソーマを見つけようとする。

 「入って」
 この場所でソーマの不在を話し、誰かに聞かれればマズイと考えたあたしは、イゼさんを部屋に招き入れた。
 「お姿が見えないようですが?」
 室内にソーマがいないことに、イゼさんは不審な顔になった。

 ソーマを見習い、伝声菅を指で示してから、あたしは戸口に立ったまま、小声でイゼさんに説明をした。
 「昨日の深夜、窓から外に出ていったみたいなの。
 朝までには戻るって約束したんだけど、まだ帰ってきてないわ」
 説明を聞いたイゼさんは、困ったような表情になると、開けっ放しになっている窓に顔を向けた。

 「ねえ、イゼさん。
 さっき、ソーマに至急、話したいことがあるとか言っていたけど、何なの?」
 「……わたくしたちは、これから、怪物退治に向かうことになりそうです」
 イゼさんは、窓に視線を向けたまま、小さな目を細めて言う。
 「怪物退治?」
 驚いたあたしは、昨夜、ソーマの言っていた言葉を思い出した。

 『ミホちゃんは、無邪気過ぎだろ。
 無償の施しの訳が無いじゃん。
 絶対に、代償を求められるに決まってるさ……』
 イゼさんの言う、怪物退治というのが、その代償なのだろうか。

 「……でも、イゼさん。
 どうして、そんなことを知っているの?」
 あたしは疑問を口にした。
 「詳しくは、この後、町の有力者から告げられるはずなのですが、昨夜、マリーちゃんがそっと教えてくれたのです」
 マリーちゃん? 親し気な呼び方である。
 しかも、昨夜と言った。

 と言うことは、部屋を案内されてからのことだろうか。
 イゼさんも、マリーちゃんと親しくなったのだろうか?
 疑問の答えのひとつに、例の魅了魔法のことが思い浮かんだ。

 「イゼさん。
 まさか、マリーちゃんに、チャームを使ったんじゃないよね」
 そう問うと、イゼさんの視線が、窓からあたしに戻った。
 その顔が、とてつもなく幸せそうに緩んでいる。

 「いやいや、それがですね。
 あの後です。あの後」
 イゼさんは「ぬふふふ」と堪えきれないように笑い声をもらした。

 「ソーマ様とミホさんが部屋に案内され、わたくしも一人部屋に案内されました。
 後でお風呂をいただき、さて、寝ようかと思っていたところ、ノックの音がし、マリーちゃんが現れたのです」
 「ホントに?」
 「はい。わたくしの部屋にやってきたマリーちゃんは、異世界、ああ、つまり、わたくしたちが元々いた世界の話を聞きたいと、はいはい、マリーちゃんからですよ、そうおっしゃってくれたのです」
 イゼさんは、めちゃくちゃ幸せそうな顔で言った。

 「深夜、わずかな時間でしたが、わたくしの部屋で、二人で語り合いました。
 なんと濃密で幸せなひと時であったことでありましょうか。
 マリーちゃんは女神です。
 天使のような笑い声が、未だに耳に残り、わたくしめに向けられた笑顔が脳裏に焼き付いております。
 そのような天使とも言える女性に、チャームなどかけることはいたしません」
 どこかで聞いたことのあるセリフを真顔で宣言した。
 ……ウソではないらしい。

 「そうなんだ」
 あたしがとりあえず納得すると、イゼさんは、再びあたしの背後の窓に視線を向けた。
 そして話を続ける。

 「そのときにですね、翌朝、つまり、今ですな。
 翌朝になると町長や神父たちから、西の岩山に巣食う怪物の退治を頼まれるはずだと、こう教えてもらったわけです」
 「でも、あたしたち二人で怪物退治なんて、絶対に無理でしょ」
 「マリーちゃんからも頼まれました」
 イゼさんは、聞いてもいないことを続けた。

 「まさか、イゼさん……」
 「ええ。昨夜、その場で、怪物退治を引き受けました」
 イゼさんは、とても素晴らし事をしたとでも言うような笑みを見せた。

 「ど、どうして勝手に決めるのよ!」
 「マリーちゃんが困っていたのです」
 「それは、分かるけど……」
 「心配無用です。
 ソーマ様がその気になれば、怪物など容易く倒せましょう」
 ソーマが出ていった窓を見詰めたまま、イゼさんが言う。

 「だから、そのソーマがいないのよ」
 あたしも振り返り、イゼさんの視線を追うように窓を見た。
 「ねえ、イゼさん。
 窓を眺めていても、ソーマが戻って来、る……!」
 あたしは、「ひいい!」と短く叫んだ。

 忘れていた。
 そこには、セーラー服とスカート、ショーツにブラジャーを干したままなのだ。
 外から見えないように、下着は室内側に干している。
 つまり室内からは丸見えなのだ。

 「だあああああああ!」
 あたしは窓に駆け寄り、慌てて手を伸ばすと、干していた下着を手に取り、イゼさんを睨みつけた。
 「ちょ、ちょ、ちょっと! なに、ジロジロとあたしの下着を見てるのよ!」

 「え? 下着? 
 おや、そこに下着を干されていたのですか。
 まったく気づきませんでした。
 私は、ただ、ソーマ様が今にも戻って来られるのではないかと思い、窓を見詰めていただけでございます。はい」
 イゼさんは、丸く小さな目をクリクリと動かしながら言った。
 胡散臭すぎる。

 そのとき、コンコンとノックの音がした。

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