相方は、冷たい牙のあるラーニング・コレクター

七倉イルカ

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歓迎の食事

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 「可能性は高いと思っておりました」
 答えたイゼさんは、笑顔でタネ明かしをした。
 「入る前に建物を見上げると、『酒・BEER』と書かれた看板が見えたのです」
 気が付かなかった……。

 「あとさ、転生者だって言っちゃって良かったの? 
 って言うか、そもそも、転生者という言葉が、ここの人たちに通じたことに驚いているんだけど」
 「それはですね……」
 イゼさんは少し言葉を途切れさせた。
 どう説明すれば、あたしに理解できるかを考えているようであった。

 「私たちの使う言葉や文字が、この世界に浸透しているということは、以前にも、転生者が、この世界にやってきたということです」
 「うん。そうなるよね」
 あたしは頷いた。
 それぐらいは理解できる。

 「一人や二人の転生者が、短期間の間に、広範囲に渡る言語体系に、大きな変化を与えるとは考えにくいでしょう?」
 「うん」

 「少なくとも何十年、もしかしたら何百年も前から、多くの転生者が、この世界へ訪れていたのではと考えたのです。
 おそらく総数は数百人、いや、数千人はいたのではないでしょうか。
 その結果、転生者の使う言語が、この世界に住む人々の間で広がったのでしょう。
 元々、この世界にあった言語や文法は、その過程で駆逐されたのかも知れませんね」

 あたしは、この世界に入る前に並んでいた、あの行列を思い出した。
 イゼさんは続ける。
 「それほど多くの転生者が訪れたのなら、中には、自身が転生者だと説明した者も、少なくは無かったのではないかと推測した次第であります」
 
 「つまり、この世界じゃ、転生者が何者かという知識は一般的だと言うことね」
 あたしは「は~~」と、感心の声を漏らした。

 「どのみち服装や会話の内容から、いずれは私たちが転生者と知れることでしょう。
 ならば早い段階で、こちらからオープンにした方が、相手に好印象を与えることにもなるかと考えました」
 「ねえ、ソーマ。
 イゼさんって、思ったより頼りになるよね」
 ソーマは何も答えず、皮肉めいた笑みを唇の端に浮かべた。

 その笑みを『不愉快』と捕らえたのか、「あわわわわ」とイゼさんがうろたえた。
 「ソーマ様のお許しも得ず、勝手な振る舞いをしてしまい、申し訳ございませんでした」
 「えええ? 謝ることないじゃん」
 あたしがそう言った時、髭面のマスターがカウンターを回り、ホール側に出てきた。
 
 「どうぞ、こちらのテーブルへ。
 さあ遠慮なく」
 マスターが愛想の良い笑顔で、四人掛けのテーブルにあたしたちを招いた。
 「今、料理を作らせていますから」
 「待って、待って、待って!」
 あたしは慌てて声をあげた。

 「あたしたち、この世界の通貨? 
 そういうのを全然持っていません」
 そう言ってイゼさんとソーマを見る。
 イゼさんは肯定するように頷き、ソーマはそっぽを向いている。

 二人とも通貨の代わりになりそうなものは、持っていないと言うことであろう。
 「ああ、気にしないで大丈夫です。
 昔から、転生者はできる限りもてなせと言われているですよ」
 そう答えたマスターの向こうから、二人の女性従業員が、トレイにグラスや料理を乗せてやってきた。

 「さあ、座って座って」
 マスターが、あたしたちをうながした。

 次々と運ばれて来た料理で、テーブルは埋まった。
 グラスに注がれた葡萄酒、ミルク、果汁。
 蒸した数種の根菜類。
 岩塩が添えられた、ウサギらしき動物の丸焼き。
 肉と野菜がたっぷりと入ったミルク煮。
 塩焼きにした大きな魚。
 揚げたエビ。
 軽く焦げ目のついたパンにチーズ。
 柑橘系の果物。

 あたしはゴクリと大きく喉を鳴らしてしまった。


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