相方は、冷たい牙のあるラーニング・コレクター

七倉イルカ

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ソーマ

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 「痛ッてええェェェ!」
 ソーマが苦痛に顔を歪めながら叫んだ。

 あたしは驚いた。
 痛いとか、そんなことを叫ぶ余裕があるのだ。
 化け物鳥の攻撃は、筋肉を切り裂き、骨を割り、臓器に達した深さに見えた。
 その場で昏倒して、意識を失ったまま出血死するほどの一撃である。

 「そこそこ痛かったぞ!」
 激高したソーマが化け物鳥を睨む。
 あのケガが「そこそこ」なのだろうか?

 化け物鳥の赤毛美人も、元気に文句を言うソーマに驚いているようであった。
 キョトンとした顔になっている。

 「こうか!? 蹴爪!」
 ソーマは、化け物鳥の胸元を狙った右の前蹴りを放った。
 当たる。と思った瞬間、なぜかソーマは自ら腰を捻り、蹴りの軌道を変えた。

 蹴りは、正面からではなく、踵でこするように化け物鳥の胸元を抜けた
 そんな蹴り方に威力があるはずもなく、化け物鳥は、二歩退いただけで「ケキキッ!」と短く鳴いた。

 「え? あれ? ウソ?」
 あたしは自分の目を疑った。
 今、ソーマのアキレス腱のあたりから、鋭い鎌のような蹴爪が生えているのが見えたのだ。

 あの蹴爪で攻撃をするため、ソーマは蹴りの軌道を変えたのであろう。
 しかし、蹴爪をアキレス腱から生えた鎌の刃に例えた場合、切っ先は地面を向いているのではない。上を向いている。

 そのため、ソーマのような蹴り方をしても、言わば刃の峰の部分が相手の体の上を滑るだけで、効果的な攻撃にならないのだ。

 「あ! 刃の向きが逆か!」
 ソーマもすぐに理解したようであった。
 右脚を戻して、左脚で化け物鳥に踏み込む。

 「蹴爪ッ!」
 踏み込みながらクルリと反転して怪鳥に背を向けた。
 そのまま上体を前に倒すと、今度は下から上へ伸びあがるような後蹴りを放った。
 体幹がしっかりしているのか、身体の軸がブレない。
 地面から鋭く斬りあげるような後ろ蹴りである。

 右脚が下から上へ閃光のように伸び、ソーマの蹴爪は、見事に化け物鳥の胸を切り裂いた。
 大量の羽と血飛沫が舞う。
 化け物鳥は「ケカッ!」と断末魔をあげると、ぶっ倒れた。

 脚をばたばたと動かしているが、中途半端に広がった翼は硬直し、細かく震えて始めている。

 「ソーマ!」
 立ち上がったあたしは、ソーマに駆け寄った。
 「大丈夫なの!? ケガをみせてよ!」

 「ん? 平気だよ。
 ちょこっと切れただけだから」
 ソーマは、すっぱりと裂け、血で塗れたシャツとパーカーを指で軽くつまんで言った。
 ちょこっとどころのキズじゃないはずだったが、すでに出血は止まっているようだった。

 「……ねえ、さっき、足首から、蹴爪が出ていなかった?」
 とりあえず、もう一つの疑問を口にしてみた。
 するとソーマは、「へーー」と感心したような声を出した。
 「蹴爪って知ってるんだ。意外と物知りなんだね」

 「いや、そうじゃなくて、どうして、そんなものが生えるのよ」
 あたしは軽く伸びあがると、ソーマの肩越しに、アキレス腱のあたりを見た。
 無い。蹴爪など生えていなかった。

 そのとき、森の外でギャアギャアと騒ぐ声が響いた。
 ドキッと鼓動が跳ね上がった。
 まだ二匹の化け物鳥がいたのだ。
 しかし、その声が近づいてくることは無かった。

 樹々の隙間から、草原の方を見ると、仲間を殺されたことが分かったのか、残る二匹の化け物鳥が逃げ出していく。
 せわしなく羽ばたいて走り、二匹は飛び去っていった。

 安堵の息を漏らしたあたしは、ソーマの方に視線を戻した。
 背を向けたソーマは身を屈め、化け物鳥の死骸を調べているようであった。化け物鳥は、もうピクリとも動いていない。
 「臭ッせ! なんて臭ェ血だ!」
 立ち上がったソーマは、顔をしかめて振り返った。

 「あ!」
 あたしは大事なことを思い出した。

 「ソーマ、あたしの前にいた、あの黄色いシャツの人を覚えているでしょ」
 「チャームの?」
 「そう。チャームマシマシの人。
 あの人が、丘の向こうで倒れているのよ!
 すぐに助けに行かなくっちゃ!」

 「今のハーピィにやられたの」
 ソーマは慌てることなく言う。
 「ハーピィって?」
 「この鳥の名称だよ」
 ソーマは化け物鳥の死骸を示し、パーカーのポケットから文庫本を取り出した。
 行列に並んでいたときに読んでいた文庫本のようである。

 ペラペラとページをめくると、その中のあるページをあたしに見せた。
 「ここ」
 文庫本だと思っていたが、それは文庫本ではなかった。
 庫本サイズのぶ厚いノートだった。

 ソーマが開いたページには、鉛筆らしきもので、あの化け物鳥の緻密な絵が描かれ、さらに細かい字で文章が書かれていた。

 『ハーピィ。またはハルピュィア。
 人面の妖鳥。肉食。寒冷地を除き、ほぼ全土に生息しているらしい。老若の違いはあるが、どの個体も女性の顔をしている。男性の顔は皆無。知能は高くない。
 特技。麻痺、脱力、パニックの効果を持つ『咆哮』。皮鎧ていどなら切り裂く『蹴爪』』

 「あの咆哮って、やっぱり、そんな効果が……いや、違うって!」
 あたしは慌てた。そんな話をしている場合じゃないのだ。
 「あの黄色いシャツの人を助けに行こうよ。
 今なら、まだ間に合うかも知れないし」
 そこまで言って、思考が戻った。

 「あれ? どうして、このハーピィとかの咆哮や蹴爪をソーマが使えたの?」
 「少し落ち着きなよ、ミホちゃん」
 ソーマは倒木を見つけると、腰を下ろした。

 「そもそも、チャームのおっさんは、どうして倒れてるの? ケガ?」
 ソーマの受け答えには、緊迫感が無かった。
 ケガの原因を知りたいのではなく、ただ助けに行くのを先延ばしにしているだけの質問に聞こえる。

 「大ケガなんだって! ドラゴンに噛まれてたんだよ。
 あとハーピィにもついばまれてた。
 死んじゃうかも知れないって!」
 「ん~~。でもチャームか。
 あれは魔法だよな」
 ソーマは煮え切らない。

 「どうしたのよ! 行きたくないの?」
 「うん。行きたくないね」
 ソーマは、屈託のない笑みを浮かべて、あっさりと答えた。

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