6 / 25
ソーマ
しおりを挟む「痛ッてええェェェ!」
ソーマが苦痛に顔を歪めながら叫んだ。
あたしは驚いた。
痛いとか、そんなことを叫ぶ余裕があるのだ。
化け物鳥の攻撃は、筋肉を切り裂き、骨を割り、臓器に達した深さに見えた。
その場で昏倒して、意識を失ったまま出血死するほどの一撃である。
「そこそこ痛かったぞ!」
激高したソーマが化け物鳥を睨む。
あのケガが「そこそこ」なのだろうか?
化け物鳥の赤毛美人も、元気に文句を言うソーマに驚いているようであった。
キョトンとした顔になっている。
「こうか!? 蹴爪!」
ソーマは、化け物鳥の胸元を狙った右の前蹴りを放った。
当たる。と思った瞬間、なぜかソーマは自ら腰を捻り、蹴りの軌道を変えた。
蹴りは、正面からではなく、踵でこするように化け物鳥の胸元を抜けた
そんな蹴り方に威力があるはずもなく、化け物鳥は、二歩退いただけで「ケキキッ!」と短く鳴いた。
「え? あれ? ウソ?」
あたしは自分の目を疑った。
今、ソーマのアキレス腱のあたりから、鋭い鎌のような蹴爪が生えているのが見えたのだ。
あの蹴爪で攻撃をするため、ソーマは蹴りの軌道を変えたのであろう。
しかし、蹴爪をアキレス腱から生えた鎌の刃に例えた場合、切っ先は地面を向いているのではない。上を向いている。
そのため、ソーマのような蹴り方をしても、言わば刃の峰の部分が相手の体の上を滑るだけで、効果的な攻撃にならないのだ。
「あ! 刃の向きが逆か!」
ソーマもすぐに理解したようであった。
右脚を戻して、左脚で化け物鳥に踏み込む。
「蹴爪ッ!」
踏み込みながらクルリと反転して怪鳥に背を向けた。
そのまま上体を前に倒すと、今度は下から上へ伸びあがるような後蹴りを放った。
体幹がしっかりしているのか、身体の軸がブレない。
地面から鋭く斬りあげるような後ろ蹴りである。
右脚が下から上へ閃光のように伸び、ソーマの蹴爪は、見事に化け物鳥の胸を切り裂いた。
大量の羽と血飛沫が舞う。
化け物鳥は「ケカッ!」と断末魔をあげると、ぶっ倒れた。
脚をばたばたと動かしているが、中途半端に広がった翼は硬直し、細かく震えて始めている。
「ソーマ!」
立ち上がったあたしは、ソーマに駆け寄った。
「大丈夫なの!? ケガをみせてよ!」
「ん? 平気だよ。
ちょこっと切れただけだから」
ソーマは、すっぱりと裂け、血で塗れたシャツとパーカーを指で軽くつまんで言った。
ちょこっとどころのキズじゃないはずだったが、すでに出血は止まっているようだった。
「……ねえ、さっき、足首から、蹴爪が出ていなかった?」
とりあえず、もう一つの疑問を口にしてみた。
するとソーマは、「へーー」と感心したような声を出した。
「蹴爪って知ってるんだ。意外と物知りなんだね」
「いや、そうじゃなくて、どうして、そんなものが生えるのよ」
あたしは軽く伸びあがると、ソーマの肩越しに、アキレス腱のあたりを見た。
無い。蹴爪など生えていなかった。
そのとき、森の外でギャアギャアと騒ぐ声が響いた。
ドキッと鼓動が跳ね上がった。
まだ二匹の化け物鳥がいたのだ。
しかし、その声が近づいてくることは無かった。
樹々の隙間から、草原の方を見ると、仲間を殺されたことが分かったのか、残る二匹の化け物鳥が逃げ出していく。
せわしなく羽ばたいて走り、二匹は飛び去っていった。
安堵の息を漏らしたあたしは、ソーマの方に視線を戻した。
背を向けたソーマは身を屈め、化け物鳥の死骸を調べているようであった。化け物鳥は、もうピクリとも動いていない。
「臭ッせ! なんて臭ェ血だ!」
立ち上がったソーマは、顔をしかめて振り返った。
「あ!」
あたしは大事なことを思い出した。
「ソーマ、あたしの前にいた、あの黄色いシャツの人を覚えているでしょ」
「チャームの?」
「そう。チャームマシマシの人。
あの人が、丘の向こうで倒れているのよ!
すぐに助けに行かなくっちゃ!」
「今のハーピィにやられたの」
ソーマは慌てることなく言う。
「ハーピィって?」
「この鳥の名称だよ」
ソーマは化け物鳥の死骸を示し、パーカーのポケットから文庫本を取り出した。
行列に並んでいたときに読んでいた文庫本のようである。
ペラペラとページをめくると、その中のあるページをあたしに見せた。
「ここ」
文庫本だと思っていたが、それは文庫本ではなかった。
庫本サイズのぶ厚いノートだった。
ソーマが開いたページには、鉛筆らしきもので、あの化け物鳥の緻密な絵が描かれ、さらに細かい字で文章が書かれていた。
『ハーピィ。またはハルピュィア。
人面の妖鳥。肉食。寒冷地を除き、ほぼ全土に生息しているらしい。老若の違いはあるが、どの個体も女性の顔をしている。男性の顔は皆無。知能は高くない。
特技。麻痺、脱力、パニックの効果を持つ『咆哮』。皮鎧ていどなら切り裂く『蹴爪』』
「あの咆哮って、やっぱり、そんな効果が……いや、違うって!」
あたしは慌てた。そんな話をしている場合じゃないのだ。
「あの黄色いシャツの人を助けに行こうよ。
今なら、まだ間に合うかも知れないし」
そこまで言って、思考が戻った。
「あれ? どうして、このハーピィとかの咆哮や蹴爪をソーマが使えたの?」
「少し落ち着きなよ、ミホちゃん」
ソーマは倒木を見つけると、腰を下ろした。
「そもそも、チャームのおっさんは、どうして倒れてるの? ケガ?」
ソーマの受け答えには、緊迫感が無かった。
ケガの原因を知りたいのではなく、ただ助けに行くのを先延ばしにしているだけの質問に聞こえる。
「大ケガなんだって! ドラゴンに噛まれてたんだよ。
あとハーピィにもついばまれてた。
死んじゃうかも知れないって!」
「ん~~。でもチャームか。
あれは魔法だよな」
ソーマは煮え切らない。
「どうしたのよ! 行きたくないの?」
「うん。行きたくないね」
ソーマは、屈託のない笑みを浮かべて、あっさりと答えた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる