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鋭い蹴爪
しおりを挟むあたしの様子を見たソーマは、仕方ないなという感じで、一歩だけ前に進んだ。
密集した枝葉でできた、涼しそうな木陰から出て来るつもりは、一切ないらしい。
「ミホちゃん、耳をふさいで!」
森の中からソーマが叫び、あたしは走りながら耳をふさいだ。
また、化け物鳥の咆哮がくると思ったのだ。
しかし、咆哮は上からではなく、前からきた。
ソーマが軽く上半身を反らして胸を膨らませると、次の瞬間、吼えたのだ。
轟亜亜アアアアァァァと、口からレーザービームのような声を放ったのだ。
大気にビシビシと亀裂が走るような、強烈な咆哮だった。
人間の口から出る声量とは思えない。
あらかじめ耳をふさぎ、咆哮がくると身構えてなかったら、あたしは、もう一度、腰を抜かしていたに違いない。
いや、耳を塞ぎ、身構えていても、膝が震えるほどだった。
大気の震えが止むと、あたしは耳から手を離した。
「上ッ!」と、注意するソーマの声が聞こえた。
反応できなかったあたしの周囲に、ドサドサと大きなものが落ちて来た。
あの化け物鳥である。
ソーマの咆哮で衝撃を受け、羽ばたくことが出来ずに落下してきたのだ。
「上ッ!」と言うソーマの言葉に反応し、下手に動いていたら、直撃されていたかも知れない。
落ちて来た化け物鳥は、ギェギェと激しく喚きながら、横倒しになったまま脚をバタつかせ、草地の中でコマみたいに、グルグルと回り出した。
「ほら、今のうち!」
ソーマに呼ばれ、あたしは最後の力を振り絞って、森の中に駆けこんだ。
「ソーマッ!」
感極まって、ソーマに抱きつこうとしたら、信じられないことに、ひょいと体をかわされた。
つんのめったあたしは、盛大にひっくり返った。
湿った森の腐葉土で回転し、尻もちをついた形で振り返る。
「ひ、ひどいんじゃない?」
色んな意味でショックだった。
「草まみれだし、パンツ見えてるし」
振り向いたソーマの冷めた目と声で、あたしは慌ててスカートを押さえた。
そのとき、咆哮の衝撃から回復したのか、化け物鳥の一匹が、森の中に駆けこんできた。最初に見た茶金である。
「ソーマ、後ろッ!」
あたしの叫びに、ソーマは慌てるでもなく振り返った。
樹々のせいで、羽を大きく広げるほどの空間は無い。
走りながらソーマに迫った化け物鳥は、右膝を曲げた。
人間とは逆方向に膝が曲がり、鋭い爪を持つ四本の脚の指がソーマに向けられる。
実際には、鳥の膝に見える部分は踵であると聞いたことがある。
馬の後ろ脚も同じだ。
逆に曲がっているように見える関節は、高い位置にある踵の部分だから、膝が逆に曲がっているように見えるのである。
化け物鳥は、右脚を曲げたまま左脚でジャンプした。
そして、空中から、鋭く打ち下ろすような右脚の蹴りをソーマに放った。
ソーマは、どういう自信があるのか、よける素振りを見せない。
化け物鳥の脚には、五本目の爪があった。
人間で言えば、アキレス腱あたりから生えている蹴爪である。
太い鎌のような蹴爪が、ソーマの右肩から入り、胸を深く切り裂いて、左わき腹へと抜けた。
大量の血飛沫があがる。
……うそ。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」
あたしは悲鳴をあげていた。
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