81 / 83
親指・Ⅱ
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇◆
ナッツの後ろに隠れていたサキは、体半分を横にずらし、フードをあげて顔を見せていた。
ナッツの提案である。
程よいタイミングで、顔を見せてやったら、高瀬たちが受けるショックは数倍になると言われたのだ。
無理して出さなくてもいいと付け加えられていたが、サキは思い切って顔をさらしたのである。
凄まじい怪物を召喚した小柄な帰還者が、自分たちが苛め抜いて自殺にまで追い込んだ同級生だと知った高瀬たちの顔は、これから自身に訪れる復讐に恐怖し、醜く歪んだ。
五人の表情を確認したサキは、再びフードを降ろして顔を隠すと、ナッツの背後に戻った。
「ざまあみろ」と子供のように思った瞬間、息が苦しくなった。
嫌な記憶が一気に溢れかえり、足元がおぼつかなくなる。
付喪神や閻羅王の力を借りるのではなく、今すぐ、黒魔法でズタズタにしてやりたいという、凶暴な衝動に駆られた。
それと同時に、誰もいない地の底まで逃げ去り、何重にも重ねた鋼鉄の箱の中で丸くなって息を潜めていたくもなる。
矛盾した想いに混乱するサキの腰に、何かが触れた。
視線を落とすと、ナッツの手があった。
ナッツが左手を背後に回し、サキの腰のあたりをポンポンと叩いたのだ。
叩くと手の平を上に向けて、わさわさと指を動かす。
サキがその手に、自分の左手を乗せる。
ナッツの指は優しく、力強く、サキの手を包み込むように握った。
『触話』で何かを伝えてくるのかと思ったが、何も伝えてこない。
ただ、ぎゅっ、ぎゅっ、ぎっゅっと穏やかなリズムで自分の手を握る。
(……大丈夫だ)
サキが触話を使い、ナッツに意思を伝えた。
……ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ。
伝えると、それから三度サキの手を握り、ナッツが離れた。
離れてから拳を握り、親指を立て、サムアップの形を作る。
「お前らは、さっき、おれに何て言ったかな?」
前から、高瀬たちに問う、ナッツの声が聞こえる。
その声を聴きながら、サキは何となくナッツの親指を握った。
サムアップの形で立てられたままの親指である。
握ると、何となく捩じって曲げた。
◆◇◆◇◆◇
「ぎゃっ!」
ナッツは思わず悲鳴をあげた。
後に回していた左手の親指に、激痛が走ったのだ。
ナッツの悲鳴に、高瀬たち五人がビクンと体を強張らせる。
(……悪い。つい)
背中にサキの指が当てられ、訳の分からない言い訳の言葉が、触話で届いた。
……ついって何だよ。
ナッツは苦い顔になりながら、気を取り直す。
「……えっと、何だっけ」
しかし、どこまで話したかを忘れ、場にそぐわない間の抜けた言葉を口にした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる