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親指・Ⅱ

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   ◆◇◆◇◆◇◆

 ナッツの後ろに隠れていたサキは、体半分を横にずらし、フードをあげて顔を見せていた。
 ナッツの提案である。
 程よいタイミングで、顔を見せてやったら、高瀬たちが受けるショックは数倍になると言われたのだ。
 無理して出さなくてもいいと付け加えられていたが、サキは思い切って顔をさらしたのである。

 凄まじい怪物を召喚した小柄な帰還者が、自分たちが苛め抜いて自殺にまで追い込んだ同級生だと知った高瀬たちの顔は、これから自身に訪れる復讐に恐怖し、醜く歪んだ。

 五人の表情を確認したサキは、再びフードを降ろして顔を隠すと、ナッツの背後に戻った。
 「ざまあみろ」と子供のように思った瞬間、息が苦しくなった。
 嫌な記憶が一気に溢れかえり、足元がおぼつかなくなる。
 付喪神や閻羅王の力を借りるのではなく、今すぐ、黒魔法でズタズタにしてやりたいという、凶暴な衝動に駆られた。
 それと同時に、誰もいない地の底まで逃げ去り、何重にも重ねた鋼鉄の箱の中で丸くなって息を潜めていたくもなる。
 矛盾した想いに混乱するサキの腰に、何かが触れた。

 視線を落とすと、ナッツの手があった。
 ナッツが左手を背後に回し、サキの腰のあたりをポンポンと叩いたのだ。
 叩くと手の平を上に向けて、わさわさと指を動かす。
 サキがその手に、自分の左手を乗せる。
 ナッツの指は優しく、力強く、サキの手を包み込むように握った。
 『触話』で何かを伝えてくるのかと思ったが、何も伝えてこない。
 ただ、ぎゅっ、ぎゅっ、ぎっゅっと穏やかなリズムで自分の手を握る。
 (……大丈夫だ)
 サキが触話を使い、ナッツに意思を伝えた。
 ……ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ。
 伝えると、それから三度サキの手を握り、ナッツが離れた。
 離れてから拳を握り、親指を立て、サムアップの形を作る。
 「お前らは、さっき、おれに何て言ったかな?」
 前から、高瀬たちに問う、ナッツの声が聞こえる。
 その声を聴きながら、サキは何となくナッツの親指を握った。
 サムアップの形で立てられたままの親指である。
 握ると、何となく捩じって曲げた。

   ◆◇◆◇◆◇

 「ぎゃっ!」
 ナッツは思わず悲鳴をあげた。
 後に回していた左手の親指に、激痛が走ったのだ。
 ナッツの悲鳴に、高瀬たち五人がビクンと体を強張らせる。
 (……悪い。つい)
 背中にサキの指が当てられ、訳の分からない言い訳の言葉が、触話で届いた。
 ……ついって何だよ。
 ナッツは苦い顔になりながら、気を取り直す。

 「……えっと、何だっけ」
 しかし、どこまで話したかを忘れ、場にそぐわない間の抜けた言葉を口にした。

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