帰還者たちは、この世界で再び戦う

閻魔大王の刑罰

　
　ナッツは、安藤モドキの舌が、二本の指先で摘まみ出され、引き千切られると想像した。
　閻魔大王は、ウソをついた者の舌を抜くという話を聞いたことがあるからである。
　おそらく、高瀬たちも、そう思っていたに違いない。
　しかし、目の前で続けられた光景は、それを上回る凄惨なものであった。
　
　閻魔大王の指は、長く太い。
　しかも、鋭い爪が生えている。
　安藤モドキの口の中へ、第一関節まで入れなくとも、充分に舌を摘まみ出すことは出来る。
　しかし、閻魔大王は、そろえた二本の指の第一関節、そして第二関節までも、安藤モドキの口腔へ捻じ込んだ。
　そこで止まらない。
　そこから、さらにグリグリと指を回し、第三関節、指の根元までも安藤モドキの口の中へ突き入れた。
　指の先端が、食道の入口まで入り込み、目を丸くする安藤モドキの喉が膨れ上がっている。

　「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
　閻魔大王は、湯気が立つほどの熱い息を吐いた。
　安藤モドキと久美モドキをわしづかみにした左手を反り返すようにして、左に回す。
　安藤モドキの口に指を捩じ込んだ右手は、それとは逆、右回りに大きく回す。

　ナッツは蒼白になっていた。
　……あれに似ているな。
　……なんだ。
　……あれは、なんて言ったっけ。
　……そうだ。壺抜きだ。

　壺抜きとは、魚の処理方法の一つである。
　魚の下処理には、幾つかの方法がある。
　小さなアジなどは、洗って、ウロコや体の側面にあるゼイゴと呼ばれる部分を取ったあと、胸ビレと腹ビレを一緒にする位置で頭を落とす。
　そして、肛門から頭を落とした断面の部分まで腹の皮を裂き、内臓を掻き出す。
　二枚おろし、三枚おろし、腹開き、背開きにするのは、この後である。

　タイなどを尾頭付きで調理する場合は、もう少し手間がかかる。
　エラ蓋をこじ開け、そこに包丁の刃先を入れて、エラを切り出す。
　内臓は、盛りつけたときに下になる部分、通常は、魚を真正面から見たときの左半身の横っ腹から取り出す。
　胸ビレと腹ビレの中間あたりに包丁の刃先を入れ、肛門近くまで腹の皮を切り、そこから内臓を掻き出すのだ。
　こうすると、盛り付けたとき、内臓を掻き出した切り口が下になって見えず、綺麗な仕上がりになる。

　さらに、魚の腹部を切ることなく、エラや内臓を掻き出す下処理方法がある。
　これが、壺抜きと呼ばれる方法である。
　アジやメバル、チダイなど、小型の魚に使う方法であり、まず二本の割り箸を魚の口に突き入れる。
　割り箸の先端で、口の中からエラの付け根を刺し通し、エラの外側を通してから、腹腔に深く差し込む。
　裁縫で言う波縫いを一度だけ行うような形である。
　これを二本の割り箸で、左右同様に行う。
　エラを通した割り箸が、魚の腹の中に深く入ったら、そこで二本の割り箸をそろえたまま、ぐるぐると回転させる。
　こうすることで、エラと内臓を二本の割り箸で絡め取ることが出来るのだ。
　あとは、口から割り箸を引き抜くと、絡め取ったエラと内臓もついてくるといった段取りである。
　魚の外見に傷をつけず、エラと内臓を抜き取ることができる下処理方法である。

　ナッツは、閻魔大王に捕まった安藤モドキを見て、壺抜きを連想した。

　つまり、そういうことであった。