帰還者たちは、この世界で再び戦う

七倉イルカ

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獰猛閻羅王

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 黒い渦の中から、冠が現れた。
 最初それは、ナッツにも何だか分からなかった。
 冠と言うには見慣れぬ形をしていたし、何よりも大きかった。
 一抱え以上はあるシロモノだったのである。

 冠だと認識したときには、その下から、冠のサイズに見合う大きな頭が現れた。
 赤黒い皮膚に、憤怒の形相を浮かべた顔がある。
 黒い針金のような眉は、荒々しく跳ね上がり、ぎょろりとした大きな目は、見開かれている。
 獅子鼻の下には、これも針金のような髭が逆立ち、びっしりと顎までを覆っている。
 髭の中ではギリギリと歯が喰いしばられ、そこから、ふーー、ふーーー、ふーーーーと、荒い息が聞こえてくる。

 首から下が現れると、その巨人は、派手な色彩の道服を着ていることが分かった。
 右手には笏を握りしめている。
 「これが、閻魔大王か……」
 ナッツは、巨人を見上げ、掠れた声でつぶやいた。

 サキが召喚したのは、冥界の王にして地獄の裁判官、ヤマラージャとも、閻羅王とも呼ばれる、閻魔大王であった。
 閻魔大王が腰のあたりまで出現したところで、サキが右手を閉じた。
 
 そこで閻魔大王の出現が止まった。
 しかし、上半身だけでも4メートル近くある。
 閻魔大王は、ナッツとサキ、高瀬ら五人をギョロギョロと見回しながら、ふーーー、ふーーーと熱い息を吐いている。
 それだけで、ただただ恐ろしい。
 「知性とか理性とか、あるんですよね……」
 「……実は、よく分からん」
 ナッツが小声で問うと、サキは心許ない返事をした。
 
 狂ったプレス機。
 狂いそうな閻魔大王。
 この二体に挟まれた高瀬たち五人は、身を寄せ合い、蒼白になって震えていた。
 「……召喚法だ」
 五人の前で説明するナッツの顔も白い。
 召喚された二体の想像を超えた凶暴さと迫力に、血の気が引いているのだ。

 「この御方が……」
 ナッツは背後に隠れているサキを示した。
 サキは、フードを深く被ったままで顔を伏せている。
 「……召喚した付喪神をプレス機に憑かせた。
 お前ら、付喪神は知っているか?
 古い道具を依代にして、それを操る妖物だ」
 ガガガガガガガ。
 ナッツの説明に応じるように、プレス機が吼えた。
 吼えてスライドを上下させ、凄まじい音を立てる。

 「召喚された妖物や怪物、精霊は、召喚した主が傷つけられると怒り狂うからな。
 これは、しっかりと覚えておけよ」
 そう言ったナッツは、閻魔大王の方に視線を向けた。
 目が合い、慌てて視線を伏せる。
 「こちらは、あ、ええっと、知っているよな。
 あの有名な閻魔大王だ。
 浄玻璃鏡と言う鏡でウソを見抜き、ウソをついた者の舌を引き抜く」
 ……おれは?
 ……おれは大丈夫だよな。
 説明をしつつ、ナッツの額から汗が流れてきた。
 罠を主体の攻撃ってところが、そもそも相手を騙すようなもんだしな。
 まさか、この騙す行為がウソと判定されたりしないよな。
 対象は、こいつら五人なのに、ついでにおれまで裁くとか、そんなことになんねえよな。

 「な、何しようってんだよ」
 高瀬が裏返った声で訴えた。
 「もう、イヤ!」
 「家に帰してよ!」
 サユリと久美も叫ぶ。

 ガゴギゴガガゴゴ!
 
 プレス機が吼え、三人は静かになった。

 「……ちょっと待て」
 ナッツは高瀬たちに右手の平を軽く向け、引きつった笑みを浮かべた。
 「おれも、ここまで凄いのが出てくるとは思ってなかったわ」

 ナッツは息を整えると、人間モドキを指さし、こっちに呼んだ。
 「来い。全員だ」
 五体の人間モドキは、近寄って来た。
 ペンギンのような小さな歩幅で、手と体を揺らしながら歩くため、どこかワカメのように見える。

 人間モドキは、ナッツと高瀬の間にまで移動した。
 高瀬たちにそっくりな顔で、ニコニコと笑っている。

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