上 下
59 / 83

ありがとう

しおりを挟む

 「ただ、勘違いはしないで欲しい」
 ナッツが黙っていると、井沢が続けた。
 「殺害を推奨している訳では無い。
 誰かを殺害して、サキくんにストレスが掛かることは望ましくない」
 「師匠は殺人鬼じゃねぇんだぞ。
 憎い相手であっても、そいつを殺したら、ストレスが掛かるに決まってるだろう」
 「言いたいことは分かる。
 だが、その五人が平然と生きていることに、サキくんはストレスを感じているなんだろ」
 「……」
 その通りである。

 「殺すストレスと殺さないストレス。
 どちらがサキくんのためになるのか、見極めてもらいたい」
 そう言った後、井沢はさらに幾つかの要望を出した。

 広範囲の家屋の破壊も望ましくない。
 大型施設を破壊する危険があるなら、他者を巻き込まない深夜、もしくは早朝など時間帯で行ってもらいたい。
 広範囲に長期間、悪影響の残る毒物の使用もさけてもらいたい。
 現場に警察官、自衛隊員が駆け付けた場合、彼らを殺害してもらっては困る。
 最後に井沢はこう言った。
 「復讐を終えたら、連絡をくれ。
 後始末をさせてもらう」

 「……後始末ね」
 ナッツは、重い溜息をついた。
 こちらから、サキを自殺に追い込んだ五人に対して復讐をすると伝え、井沢は最大限の協力をすると応えてくれたのだ。
 その結果、黒くドロドロとしたモノを抱えることになってしまった。

 「ナッツ」
 サキから呼ばれて、ナッツは我に返った。
 笑って返答をさけたつもりであったが、サキは、「……あの五人を殺すなってことなのか」の答えを求めている。
 「……師匠が、あの五人を殺すって言うなら、その前に、おれがあいつらを殺しますよ」
 ナッツは、そう答えた。

 「お前には関係ないことだろ」
 サキが不機嫌な顔をみせる。

 「こっちの世界で、師匠に、そんな黒くドロドロしたものを抱え込んでほしくないです」
 ナッツは空気を和ませようと、笑みを浮かべて言った。

 サキの表情が少し変わった。
 一瞬、動揺したような顔でナッツを見ると、小さく唇を噛んでうつむいた。
 その姿は、外見そのままの弱々しい少女に見える。
 「師匠……。
 おれがついています」
 ナッツが優しく呼ぶと、サキはゆっくりと顔をあげた。
 和んでいない……。
 むしろ怒っている……。

 「ナッツ……。
 お前、こっちの世界に戻ってから、ちょっと上から目線になってないか?
 ちょっとイラッとしたんだけど」
 「あ、え、いや、すみません」
 ナッツは慌てて両手をあげ、害意の無いことを示した。

 サキは苛立つ顔のまま横を向き、小さく「ありがとう」とつぶやいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

いじめられて死のうとしていた俺が大魔導士の力を継承し、異世界と日本を行き来する

タジリユウ
ファンタジー
 学校でのいじめを苦に自殺を図ろうとする高校生の立原正義。だが、偶然に助かり部屋の天井に異世界への扉が開いた。どうせ死んだ命だからと得体の知れない扉へ飛び込むと、そこは異世界で大魔導士が生前使っていた家だった。  大魔導士からの手紙を読むと勝手に継承魔法が発動し、多大な苦痛と引き換えに大魔導士の魔法、スキル、レベルを全て継承した。元の世界と異世界を自由に行き来できるようになり、大魔導士の力を継承した正義は異世界と日本をどちらもその圧倒的な力で無双する。

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生したら悪役令嬢の兄になったのですが、どうやら妹に執着されてます。そして何故か攻略対象からも溺愛されてます。

七彩 陽
ファンタジー
 異世界転生って主人公や何かしらイケメン体質でチートな感じじゃないの!?ゲームの中では全く名前すら聞いたことのないモブ。悪役令嬢の義兄クライヴだった。  しかしここは魔法もあるファンタジー世界!ダンジョンもあるんだって! ドキドキワクワクして、属性診断もしてもらったのにまさかの魔法使いこなせない!?  この世界を楽しみつつ、義妹が悪役にならないように後方支援すると決めたクライヴは、とにかく義妹を歪んだ性格にしないように寵愛することにした。 『乙女ゲームなんて関係ない、ハッピーエンドを目指すんだ!』と、はりきるのだが……。  実はヒロインも転生者!  クライヴはヒロインから攻略対象認定され、そのことに全く気付かず義妹は悪役令嬢まっしぐら!?  クライヴとヒロインによって、乙女ゲームは裏設定へと突入! 世界の破滅を防げるのか!?    そして何故か攻略対象(男)からも溺愛されて逃げられない!? 男なのにヒロインに!  異世界転生、痛快ラブコメディ。 どうぞよろしくお願いします!

処理中です...